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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
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第18話 魔術師の弟子

 なぜエルフを追いかけるのか。

 パパジャンに次ぐ魔術を使う人物だからか。

 初めて会う異種族だからか。

 そのどれもが、どこかしっくりこない。

 理由としてはあるのだろうが、核心をついていない。


 だから俺は、もっと単純なことだと思った。

 俺は求めていたのかもしれない。

 自分より強い者の庇護を。

 頼れるもののない現状、誰かに頼りたいのだと。

 寄りかかられるだけでなく、誰かに寄りかかりたいのだと。

 できることならナルシェがいい。

 でもナルシェには怯えられた。

 フレアはイランが好きなようだし、さっきもぐったりするイランに駆け寄って涙を浮かべていた。

 ウィート村に来て二年になるが、周りは敵だらけだ。

 本当の意味での友達はおらず、味方もいない。


 魔力の濃い方へ足を進めた。

 七歳児の足で追いつけるわけもないので、身体強化をして駆けた。

 エルフに師事できるなら、これほど都合のいいこともない。

 自分の知らないこの世界の情報を教えてくれる。


 情報は財産だ。

 前世の情報社会では大した価値を見出せなかったが、この世界にくると情報がどれだけ大事か身をもって知った。

 村人と仲良くしたのも、ごく自然な形で情報を手に入れるためだ。

 世間話をするような間柄になれば、自然と村の外の情報も入ってくる。


 インターネットも電話もない世界。

 両親のその後の足取りだって調べようがない。

 村にはたまに冒険者や行商が訪れる。

 話を聞くにしても、王都のことだったり、世間の流行だったりして、俺の欲しい情報はあまり持ち合わせていなかった。

 もちろん王都に屋敷を持っていたラインゴールド家のその後は気になったのでそれとなく窺ってみたが、没落して貴族の称号を剥奪され、関係のある家まで連座して取り潰されたと、悲惨な話しか入ってこなかった。


 ラインゴールドの縁戚は、ほぼ縛り首だと言う。

 パパジャンの兄弟だった軍人たちも、生きてはいまい。

 両親にしたって、捕まって殺されているかもしれない。

 母方の実家は、どうやらセラママと縁故を切って連座を免れたらしいが、それを咎めることは誰にもできないだろう。

 ナルシェは職を失う羽目になっただろう。

 わかるのはそれくらい。

 貴族同士の駆け引きなど、辺境の田舎村でわかるはずもない。

 なんて言ったって、厳格な祖父があっさり暗殺される世界だ。

 まずは自分が強くなければ飛び込めない。

 そのためのエルフである。


 ヤツメオオカミの群れが逃げ込んだ大森林。

 背の高い広葉植物が群生しているせいか、足元は木の根が剥き出しになって真っ直ぐ進めない。

 大森林の入り口でこれだから、人の手の入らない奥の方には何があるかわからない。

 しばらく駆けていると、エルフの背中が見えた。

 悠々と歩いている。

 そしてその向こうに、警戒をあらわにするヤツメオオカミが数十頭。


 エルフは腰に細剣を佩いていた。

 いまは抜刀し、魔術を唱えながら近づいて行っている。

 ヤツメオオカミたちが広がってエルフに襲い掛かる。

 一陣の風が吹いた。

 途轍もない魔力のこもった風だった。


 目を閉じるまいと手をかざし、ヤツメオオカミだけを風の魔術で切り刻んでいく様子を、俺は驚きとともに見つめた。

 魔術で仕留めきれなかったオオカミに駆け寄り、エルフは無駄のない剣筋で一匹ずつ確実に仕留めていく。

 さらにもう一度魔術。

 逃げようとするオオカミの足に、植物が巻き付いていく。

 足止めの魔術だろう。

 エルフは急いだ様子もなく、すべてのオオカミを始末してしまった。


 確かにレベルは高くないし、俺だって全滅させることはできただろう。

 ただひとつ違うのは、圧倒的な経験値の差だ。

 オーバーキルすることもなく、最低限に抑えている。

 省エネだ。

 小細工と言ってしまえばそこまでだが、魔術でより難しいのは、実は発動させることではなく精度を上げることだ。


 俺はそこに研鑽を見た。

 文句なく、師匠になってほしい。

 俺は一歩踏み出した。

 すると、エルフは初めからそれに気づいていたようで、オオカミの死骸を火の魔術で燃やす作業を終えると、足元に魔力を溜めて詠唱を始めた。

 そして一瞬で森の奥へ飛んでしまった。


 ぽかんとする俺。

 いやいや、追いかけなくては。

 この機を逃したらもう次はない。

 とはいっても、普通に走っただけでは追いつかない。

 エルフのあれは身体強化の応用だ。

 俺も足に集めてみた。

 走る。さっきよりは早いが、到底追いつけるような速度ではない。

 これではまだ足りないらしい。


 一瞬にして飛び去るほどのバネ。

 あるいは爆発力と置き換えてもいい。

 足の裏に爆発力。

 俺は足の裏に衝撃波を作り出す。それで飛んで行け――

 ブォン!

 飛んだはいいが、威力を誤った。

 木々の枝をぶち破って、俺の体は弾丸のように飛んでいく。


 いや、やばい。

 木々をへし折り、俺の体はズタボロである。

 目の前に巨樹が立ちはだかった。

 体を丸めて衝撃に備える。

 体の芯まで鈍い衝撃が走った。

 巨木の根元にずり落ちて、俺は樹冠を見上げた。

 木漏れ日がキラキラしていた。


「うぅ……」


 体にヒーリングをかけて、鈍い痛みを取り除く。

 巨樹に衝突したことで、左腕が使い物にならなくなっていた。

 さながら七歳児の人間砲弾になったわけだ。


 日本は昔、アメリカと戦争をして特攻隊なる自爆部隊を編成したそうだ。

 人生の片道切符。死んでこその栄誉。

 お国を大事にして身を犠牲にしたという。

 生前、自分を甘やかすこと三十年弱。

 自己愛に溢れるこの俺が、この世界にきて何の気の迷いか特攻野郎になってしまった。

 用法容量を守って正しくお使いにならないと、本当にひどい目にある。

 それが魔術だ。

 知っているつもりだったが、最初の魔術はコントロールが難しいのも事実だ。


 誰かが近づいてきた。

 足音がする。

 大森林。

 そうそう散歩には向かない場所である。

 振り返ると、村を救ったエルフがいた。


「やはり魔術師か。その体躯であれほどの魔術を使うとはの。いや、それとも小人族か?」


 耳触りのいい声だった。

 その上美形である。

 エルフイケメン多し。

 ファンタジーの定番は外さないようだ。


「いえ、どこにでもいる普通の七歳児です」

「面白い言い回しをするのぉ」


 喋り方がどこかジジ臭い。

 あれだろうか。

 エルフは見た目は若くとも何百歳と歳を取っていたりするのだろうか。

 それよりまず、俺は居住まいを正して幹の上で器用に正座をする。

 そして深々と頭を下げた。


「アルシエル・ラインゴールドと申します」

「ニシェル=ニシェスじゃ」

「弟子にしてください」

「いやじゃ」


 素っ気なく断られてしまった。

 しかしである。

 ここではいそうですかと引き下がってはいけない気がするのだ。

 それでは知識が手に入らない。

 知識、そして情報はこの世界で何よりも貴重なものである。

 俺はニシェル=ニシェスさんが「はい」と首を縦に振るまで、粘る所存である。

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