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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 五章 ダンジョン&ドラゴン
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第116話 遊牧の民、暴奪の郎党

二話投稿一話目。


 迷宮の入り口を調査するために送り出した三度目の斥候部隊から報告が入る。

 巨大な窪地の底に土を盛ったような小山があり、迷宮の入り口がぽっかりと開いているらしい。

 報告からのイメージとしては、隕石が墜落してできた巨大クレーターの中央に盛り塩。

 なぜ盛り塩が出てきたのかは自分でもわからない。


 遠征部隊を指揮してまで探していた迷宮だとわかる報告もあった。

 一度確認した斥候が案内したのだが、盛り塩を見つけられないと言う。

 けれど同道した斥候は入り口も見えて、少しだが中の様子まで確認したらしい。

 見えない斥候からは、クレーターの中心で突如として仲間が消えたように見えたというのだ。


 これ以上の斥候を放つ意味もないので調査を切り上げ、次は自分たちが本格的に調査隊として侵入することになる。

 クレーターには無闇に近づかないように各隊に伝令を飛ばし、同時に迷宮の周辺一帯を探索してもらった。

 獣人たちでも手に負えない魔物がいたら、俺が飛んで行って排除しなければならない。

 俺が迷宮調査に当たっている間に地上では遠征隊が全滅していたなんてことにはしたくない。

 適当な魔物をテイムしておいて、迷宮に野良魔物が近づいたら自爆覚悟で特攻させるよう命令しておくのも手である。

 懸念はなるべく減らしておきたい。


「さてさて、俺は何を望もうかな」


 迷宮最奥のご褒美の話だ。

 叶えてくれる願いごとをあと三つ増やしてくれ、というセコい願いは抜きにして、欲しいものが多すぎて決まらない。

 生まれてくる子どもに不自由がないように、身内に加護を与えられる能力とかどうだろう。

 それならある程度成長したら迷宮に挑むのを成人の儀にするとかでいいか。

 祝福の劣化版加護とかいらないし。


 そもそも到達できる保証はないのだが、迷宮攻略がそれほど難しいとも思っていなかった。

 難関は同道者を怪我なく連れていくことだ。

 どんなに魔物を完膚なきまでに撃退し、行程の危険をすべて排除しようとも、小石に蹴躓いて負傷するような鈍臭いのがちらほらと混じっている。

 そればかりはどうしようもない。

 何かの拍子に地面の亀裂に落ちて行方不明、数ヶ月後に髪が白くなってチート能力に目覚めた状態で再会する、なんてファンタジーがあるかもしれない。

 個人的にはティムが落ちて復讐の鬼になって戻ってきたら主人公っぽいなと思う。


 徒歩で二時間の場所にクレーターがあると報告を受けているが、それを自分の目で確かめないのは一度見てしまったら最後、迷宮に入るしかないからで、俺はまだしも、興味本位でミィナたちが近づかないともかぎらない。

 彼女たちも大事な戦力なので、もしもがあってほしくはない。

 それよりもヴィルタリアやクェンティンが考えなしに迷宮に走っていきそうだ。

 もしそうなっても、俺は止めるつもりはこれっぽちもない。

 子どもより子どもっぽいときがあるから手に負えない。


 帰還部隊の準備と並行して迷宮探索に持っていく荷物の準備も進めている。

 飲み水は魔術で出せるからいいが、主に食料、生活必需品で荷物は嵩張る。

 ポーター役を何人か連れて行こうかと思って何人かに相談したが、カマロフやボン坊が荷役を頑張ると意気込んでいた。

 しかし残念ながらカマロフの荷物はヴィルタリアの私物で占められてしまいそうなので、残るはボン坊頼みだ。

 スフィやクェンティンは非力なので大して背負っていけないだろうし。

 ヴィルタリアお嬢様の荷物はとにかく多い。

 こういうとき、彼女が貴族だと実感させられる。

 それいる?と思うものが多いのだ。

 着替え、化粧道具、魔物事典等々。

 こういうとき『無限収納(ストレージ)』があったら楽だなと思う。

 いっそ四次元ポケットを願うか。

 いやいや、日本に戻るための『異世界転移魔術(パラレル・シフト)』も捨て難い。

 元の日本にアルの姿で行き来できたら生活は格段に良くなる。

 おにぎりが無性に食べたい。

 チートの代表格にしてバランスブレイカーの『創造魔術(クリエイター)』なんかあれば、もはや敵なしだ。

 これでおにぎりとか創造できるか?

 はっとした。

 この世界に米ってあるの?と。

 いまのところ見たことも聞いたこともない。

 以前、様々な国に旅をしたというクェンティンに米の存在を尋ねてみたが、見たこともないと言われた。

 どこかに米食が根付いていればいいなあと思う。


 方向性を変えて、世界の名立たる美少女が自分に惚れる『魅了魔術(チャーム)』とかどうだろう。

 ご都合主義なイベントでチョロイン増やしてハーレム形成とか男の夢ではないか。

 ヒロインの個性が薄くなりそうだな。

 話が単調になって面白くなさそう。

 アル様大好きー!

 パコパコー。

 これじゃあお粗末だよな。

 雪に閉ざされた獣人村で、やることもほとんどなくなってヤルだけだった毎日を思えば、数だけ増えても仕方ない。

 主人公をヨイショするだけのヒロインに魅力があるのか。

 マリノアさんは別だぞ。

 ブチ切れると武力制裁も厭わない子だし。

 普段は俺の命令を聞くのが至上の喜びとばかりに尻尾を振る子なんだけどなー。


 ……閑話休題。

 ひとり悩んでいたらマリノアが呼びに来た。

 従者としてどこに行くにも付いてくるティムが、マリノアを見て嬉しそうな顔をする。

 ちょっと込み入った話で、さわりだけ聞いた俺は、すぐにボン坊を呼びに獣人を走らせた。

 交渉事ならクェンティンだが、どちらかといえば政治的な話だ。

 スフィでもいいのだが、彼はいま、めくるめく愛欲(♂×♂)に溺れている真っ最中だ。

 ボン坊は犬系獣人ふたりに豚の丸焼きのように木に縛り付けられて届けられた。

 上着が捲れてお腹の肉がはみ出ているところに哀愁を感じる。

 急いで呼んできてとは言ったが、捕まえてきてとは言っていないのだが……。


「酷いであります、アル殿ぉ……」

「いや、丸焼きにしろなんて指示出してないし」


 荒縄を解かれたボン坊は、割と涙目だった。

 悪ふざけで和んだが、ボン坊も交えて作戦会議を行うと場はピリッとした空気になった。


「遊牧民の使者が見えました。襲撃の非礼を詫びたいそうです」

「その使者殿はひとりで来てるでありますか?」

「六人です。使者の代表は族長の息子と名乗っています。十頭の羊を献上したいとのことです」

「ボンさん、これは謝罪の段階で言うとどれくらい?」

「上から三番目くらいでありますぞ。族長が自ら詫びに来るのを最上として、族長縁者の女を差し出すのが二番目。縁者が使者に立つのが三番目。献上の内容が謝罪以上のものではないであります。ゆえにこちらに臣従する気はないということの表れであると愚考するであります」

「それって謝罪にならなくない? ……ですか?」


 ティムが口を挟むが、俺は首を振る。


「下には付かないけど敵対はしたくないってことじゃない?」

「その通りでありますぞ。こちらから敵対する必要はないでありますから、受けておくのが吉であります」

「族長の息子なら宴を開いて歓待しておくのもありっちゃありかな。別に殺しは好きじゃないし」

「どの口が……」


 ポツリとティムが呟く。

 奴隷商人の砦を粉砕した様子を見せたからな。

 そう思っても仕方ない。

 そう思わなかったものもいて、マリノアがティムの鹿耳をぎゅっと抓った。


「アル殿は割と支配者向きでありますな。善悪両方の顔を使い分けるであります。そして腹黒いから、裏の裏まで読むのであります」

「その仰りようはアル様に失礼では?」


 マリノアに睨まれて、竦み上がるボン坊。

 親子でマリノアにタジタジか。

 だが、ちょっと嬉しそうに見えるのはなぜだろう。

 Mっ気があるからかな。

 うちの妻で悦ぶなよという話だ。


「向こうから仕掛けてきたのに宴会するの? ……するんですか? 接待ってもてなすってことでしょ? どうして? ……ですか? 意味がわからないんだけど……です」

「ティム、大人の話であります。それ以上は話を引っ掻き回すだけであります」


 父親に窘められて不貞腐れた顔をするティム。

 別にフォローするわけではないが、ティムの頭をぐりぐりと押さえつけ、鹿耳を指で弾いた。


「なんだよ! 触んな! ……ですよ」

「それ敬語じゃないからな。理不尽だと思うならそうなんだよ。なんで接待をやるのか、わからないならわからないなりに最後までその理由を考えてみ? あとで感想文書いて提出すればいいよ」


 夏休みの宿題みたいだ。

 そういえばミィナたちは、大平原の魔物を掴まえて観察日記を書いていた。

 チェルシーが暇そうにしているミィナたちに宿題を与えたのだ。


「それがいいであります。アル殿のおそばならば、見えてくるものは多いのであります。ティムは見識を広げるべきでありますぞ」

「こいつは人殺しの魔術師だろ! 変態でクズで人として終わってるんだよ!」

「「ティム!」」


 マリノアとボン坊の声が重なる。


「おまえは目の前の出来事しかまだ見えないんだよ」


 フッ、と大人びた笑みを浮かべてみせると、ティムが逆上した。


「なんだよ、ふたりして! そいつの味方すんのかよ! えっらそうにしてるだけの、ただの変態のくせに!」

「それ以上は絞め殺しますよ、ティム」

「う……」


 父親のお叱りなど屁でもないと言わんばかりのティムだが、マリノアだけは頭が上がらないのか首を竦めて逃げ出した。

 それを追いかけるマリノア。

 すぐに捕まり、尻叩きを食らっていた。


 偉そうなことを言ったが、俺も目の前のことしか見えていないのは内緒だ。

 ティムより知識も経験もあって頭が回る分、少しだけ先が見える。

 攻撃された憤りだけで行動したなら、向こうの謝罪など突っぱねてしまっていただろう。

 こっちに多大な被害や死人が出ていたら、尚更そうなっていた。

 使者を追い返した場合、面子を潰された遊牧民の一族には恨まれる。

 後々俺のあずかり知らないところで獣人たちに報復行為をされるかもしれない。

 だから、向こうから友誼を結ぼうと申し入れてきたのなら、それが陰謀の可能性があっても受け入れて認めるべきだ。


「宴会を開こう。迷宮が見つかったことで腰を据えて準備もできてる。送り出す帰還組との別れもしておかなきゃと思っていたし、宴会には相応しい日和じゃない?」


 空を見上げると、今日も日差しが強い。

 そして風が気持ちよかった。

 使者には歓待の旨を伝え、夕方にその支度ができた。

 彼らが献上した羊を肉にし、野営地のすべての獣人に振る舞う。

 夕方、あちこちで肉の焼ける匂いが煙とともに立ち昇った。

 これまで絞っていた酒も開放したので、そこら中で笑い声が聞こえる。


 しかし羊には驚いた。

 大平原は魔力が高い土地である。

 魔力を吸い上げた草を食べているからか、体が俺の知っている羊より二倍ほど大きかったのだ。

 まるで牛のような大きさになっていて、毛の量も二倍で丸いもこもこが歩いているようにしか見えなかった。

 それを食べて生活している遊牧民はやはり普通の人間より魔力保有量が多く、魔物を普通の獣と同じように狩れるほどに強い。

 族長の息子は精悍な青年で、日焼けして腕が丸太のように太かった。

 獣人が身体強化を覚えていたので今回は撃退できたが、鍛える以前の獣人では狩られる側に回ったことは想像に難くない。

 遊牧民は機動力もあるし、騎射もうまい。

 獣人は矢を潜り抜けて騎乗の彼らを蹴落としたが、そのスピードがなければいい的にされていた。


 族長の息子は戦力過多なこの遠征隊を恐れているようだった。

 彼とは年齢が妨げとなって酒こそ酌み交わせなかったが、マリノアの通訳で互いの意思の疎通は取れる。

 会話の中でこちらの内情を少しでも探ろうとしているのがわかった。

 獣人がどの程度の強さかも知っていたようで、限界を超えた強さを備えている遠征隊の秘密をひとつでも多く持ち帰ろうとしているのだろう。

 お互い争いはもうやめようねと言うだけで済めばどれほど楽だろう。

 そう思うのも、こちらの方が強いという自信があるから、というのはわかっている。

 もし仮に力関係の均衡が逆で俺の方が脅威に晒されているとしたら、どうやって遊牧民の力を削ぐか、もしくは彼らの力の源を叩く方法を交渉の中から模索するだろう。

 相手の立場に立ってみればわかることだ。

 だからこそこちらの戦力の全貌は掴ませず、攻撃の代償として殲滅の報復を匂わせたり、脅威を会話の中に匂わせて抑止力にするのだ。

 核を撃たれたくなければ戦争をやめようねと言っているようなものだった。


『自分がどうして遠征隊の指導者かって? それはあれですよ、唯一の魔術師だからです。ええ、獣人たちは従ってますよ。実力主義ですから』

 とか。

『獣人が強いのは彼らが過酷な環境を生き抜いてきたからなんですよ。ついこの前もケンタウロスの群れとぶつかりそうになって、向こうが引いたんですけどね』

 とか。

『この遠征隊は大平原の探索と魔物の狩猟が目的なんですよ。大平原は魔物の宝庫ですね。ここまで特に難しいことはありませんでしたし、大量の収穫がありましたよ。見ますか?』

 とかとか。


 迷宮とかその辺は知られると面倒なので秘密にして、なんとか乗り切った。

 こちらの隠したいことに見事に気づかず、族長の息子はしきりに頷いている。

 聞き出したい情報はあるようだが、話術はそれほど得意ではなさそうだ。

 こちらも聞かれてばかりでは吊り合いが取れないので、いくつかの質問を族長の息子にぶつけてみると、彼は自慢気に力こぶを作って嬉しそうに武勇伝を披露していく。

 酒が回ってきた所為か、段々と当初の目的から外れて腕自慢になってきた。

 大丈夫かな、もうちょっと腹の探り合いを頑張った方がいいと思うんだけど……。

 それとも阿呆のフリをして油断を誘おうとしているのかも。

 などなど、頭ではいろいろと考えを巡らしながら話をしていたが、最後の方になってようやくわかった。

 二十歳になろうという彼は純朴だ。

 酔った勢いで獣人と相撲を取り、二勝三敗という結果に落ち着いて、いまは焚火に当たってけらけらと笑っている。

 少し離れたところで、遊牧民の付き人が獣人と相撲を取って投げたり投げられたりしている。


『羊を飼うには草がいるでしょ。草が生えるには大地がいる。その大地には魔物が跋扈しており、広大な大平原でも安全な場所を得るだけでも大変なのではないですか?』

 そういう質問をしてみた。

『だから鍛えるんだ。体を鍛え、馬を鍛え、強くなったら魔物を皆殺しにするんだ。そしたら土地は得られる。だからオラたちは子どもの頃から剣を持ち、馬を操る』


 まるきり出来上がった酔漢が顔を赤くしながら、勇まし気に武勇を語る。

 脳筋なのだ。

 七歳のティムよりも。

 学より前に生き抜くことを第一にしてきたことがわかった。

 族長が息子を送り込んできた思惑も、こちらには豪胆な戦士がいるんだぞ、とほのめかすことにあるのかもしれない。


『実を言うと、ケンタウロスの群れに襲われるのをオラたちは見ていたんだ』


 それは知ってる。

 というか随分前から野営地を見張る遊牧民が数名いたが、初めからわかって野放しにしていた。

 何度襲って来たって追い返すつもりだったが、遊牧民は思ったより慎重なようだ。

 それよりも俺は、小さな引っ掛かりを覚える。


『ケンタウロスの群れを泥沼で捕まえた魔術はすげえとしか言えねえ。オラたちの馬もそれで身動きが取れなくなったら、勝ち目がねえからな。だからだと思う。族長は結局、オラを遣わしたんだ。もう二度とおまえたちを襲わねえ。族長の名においてオラは誓う』

『こっちも被害が出るのは嫌だから、そうしてもらえるならありがたいですよ』


 族長は割と打算的なようだ。

 襲撃に利がないとわかればすぐさま使者を立て、詫びを入れてくる。

 こちら側としては納得できないことも多々あるが、交渉とはそういうものだ。

 手打ちという意味では悪くない。

 広大な大平原で生き抜く遊牧民と誼を通じておくのは大事なことだ。

 過酷な生き方をあえて選んでいるところは素直に称賛したい。


『たとえばケンタウロスを捕まえるなら、貴方はどんなケンタウロスを選ぶ? 子ども? それとも年老いたやつ?』

『ケンタウロスに手を出すものは命が惜しくない奴だけだ』

『じゃあ捕まえられない?』

『いいや、胎に子を抱えたやつが捕まえやすいぞ。習性なのだろうが、群れから少し離れたところにいるからだ。それに足は遅いし、他のより弱っているからな。なぜかは知らんが』


 適当に頷いて、酒を勧めた。

 木のジョッキに注いでやると、彼は豪快に飲み干した。

 かなり酒を飲んでいるはずだが、言葉遣いは怪しくならない。

 どうやら陽気になるタイプの酒豪のようだ。

 口が軽くなっているだろうから、自慢気に語る言葉に誇張はあれ嘘はないはずだ。

 奴隷商人にケンタウロスを流したのは遊牧民だというのはほぼ確定だろう。

 奴隷商人のところから助け出したケンタウロスはこの遊牧民が捕獲したのかもしれないし、彼ら以外の部族の仕業かもしれないが、犯人探しには意味がない。

 それが彼らの生きる手段であるのは想像がつくし、大平原では弱肉強食がまかり通る世界だった。

 俺の質問の意図に気づいたのはマリノアだけで、瞳にわずかに敵意を滲ませて目配せしてくるが、俺は余計なことはするなと視線を切った。


 極論を言ってしまえば、捕まったケンタウロスが悪いのだ。

 妊婦なら普通群れ全体で守ろうとすると思うのだが、ケンタウロスの習性では違うのかもしれない。

 そうして狙い目となって密猟者に捕獲され、奴隷商人へと流されても、そいつに運がなかっただけだと片付けるのだろう。

 感情はすっかり冷えてしまったが、宴会は続いている。

 手を取り合い助け合うつもりはお互いに毛頭ないのだが、隣人として境界を踏み越えないようにしましょうね、という握手は必要だった。

 もうこれ以上ないくらい遊牧民のことは嫌いになっていたが、少しでも有益な関係を築けるようにいくつかの話を持ち掛けてみる。

 互いに必要なものは奪うのではなく、物々交換や商いで得ればいいじゃないと問いかけたのだ。


『おまえらは強い。それは認める。だけども、奪うことを辞めてしまったらオラたちは生きていけねえ』

『この大地を奪えるものはいないでしょ。自分たちは大地から奪うのではなく、恵みをいただいています。大地からは草が生え、草を食んで羊が育つ。その羊からは肉が取れる。羊毛も取れる。我々はあなたたちが育てた羊を貰い受け、お返しに畑の作物を渡せます。奪うことで得る物は多くあるかもしれませんが、しかし奪われることで失われるものも同じく多いでしょう。交換は得る物は少なくとも、減る物も少ない。どちらを良しとするかだと思います』

『……わからないな。少なくとも、オラには決められねえ』


 悩んだ末に、判断をしなかった族長の息子。

 羊肉を貪って口を油まみれにしているが、酒気が飛んだように目が据わっている。

 族長の息子とは名ばかりではない鋭さがあった。


『今回のことに置き換えてみるといい。奪うことに失敗すれば、その分羊を持って詫びなければならない。そちらとしても、羊十頭は安くないはずだ。大事に育ててきた騎馬も失っただろう。だが羊十頭を持ち寄ることで、こちらはいまなら余った魔物肉を荷車五つ分譲ることができる。その方が互いに無駄な血を流さなくていいと思わないか?』

『ほう、小さいのによく考えるな。その小さい頭には難しいことがたくさん詰まっているのだな。一度開いて中を見てみたい』

『見せたら俺死ぬんだけど……』

『ははは、冗談だ!』


 闊達に笑う族長の息子。

 笑い声をあげて持ち掛けた話を流されたが、手応えはそれなりにあったと思う。

 いくらか和解したところで、お腹を空かした遊牧民は人肉を喰らうのかというブラックジョークをひとつ聞いてみたかったが、はいと答えられたらどんな顔をしていいかわからないのでやめた。

メインの話から脱線しまくりの今日この頃。


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