第115話 ケンタウロスの群れと
やることが急に増えて、ちょっと目が回った。
迷宮の発見と、ケンタウロスの群れを見つけたことはまだいい。
クェンティンがケンタウロスの群れに騒ぎ出したり、それに気づいたヴィルタリアも興奮したりで収拾がつかなくなっていたが、それよりもまず、マリノアのお腹に芽吹いた新たな命の方が問題だ。
「俺の子……なんだよなぁ」
妊娠には驚き戸惑ってはいるが、特に拒否感はない。
男の中には妊娠という事実に向き合えないチキンもいるらしいが、単純に新たな命は喜ばしいことだ。
そりゃ、毎日のように体を重ねあってればできるものもできる。
雪が積もってやることのなかった冬は、かなり爛れた日々だったのを思い出す。
獣人村全体がそんな感じで、春になって夫婦まではならなかったものの、恋人になった男女は多い。
そりゃサルにもなるってもんだ。
マリノアやニニアンが日毎に妖艶になっていく姿は、若い雄の性にモロに直撃した。
ミィナの成長途中の身体だってみずみずしくていい匂いがして、情欲を掻き立てる。
あへあへと腰を振って発射するだけのモンキーになっていたのは否めない。
チェルシーに何度となく白い目で見られたものだ。
「子ども……子どもなぁ……」
まだ驚きが強い。
現実感がないと言ったほうが正しいかもしれない。
この世界に前世の記憶を引き継いで、アルシエルという器に間借りする形で生まれたときもそれなりに驚いた。
同じような境遇の少年とは相容れない仲になり、その辺りのことを詳しく聞きそびれているし。
自分の血が半分流れる子ども。
まぁ、リエラの小さい頃のように保護者目線で育てることになるだろう。
なんだかしみじみしてしまう。
この世界に根を張って生きていくんだなあと、趣深い気持ちに包まれる。
中央司令部となった天幕で働きつつも、マリノアの引き締まったお腹をちらちらと見てしまう。
つぼみが開いたばかりの若々しい少女に種をつけてしまったのだ。
釣り目がちな狼系獣人のマリノアはいま十四歳で、この一年で背丈も伸びて目算で一五〇くらいだろうか。
まだまだ伸びそうな気がする。
手足がモデルのようにすらりとしており、ちょっとした仕草に大人の色香も出てきた。
ふとももの肉付きが良いが、足が全体太いわけではなく、女として成熟していっている証だ。
割とホットパンツのようなズボンを履くことが多いマリノアは、お尻のラインが神がかっていて尻神様と崇めたくなる。
同じく肉厚なお尻のニニアンは早熟した女を感じさせるが、マリノアはフレッシュな十代のエロい少女という感じだ。
色気がムンムンなので、男の獣人たちには割と毒だったりする。
マリノアにはもちろん産むなとは言わない。
むしろ元気な子どもを産んでほしい。
この世界の出産事情を知らないのだが、衛生面を考慮すれば困難であることは想像に難くない。
しかし俺には治癒魔術がある。
浄化の魔術で清潔に保つことができる。
それである程度はカバーが効くのだと思う。
さて、マリノアにどうやって妊娠のことを伝えたものか……。
「ケンタウロスの一団をどうしますか?」
マリノアが来て指示を仰いでくる。
俺はマリノアの妊娠について考えていたこともあって、マリノアと目が合った瞬間、思わず逸らした。
別に悪いこともないが、なんとなく咄嗟に顔を背けてしまったのだ。
「アル様?」
マリノアが怪訝に思ったのか、覗き込んでくる。
俺はもっと顔を逸らす。
不審な動きに気づいたマリノアは、それを拒絶されたと受け取ったようで、ショックを隠せない様子だった。
「アル様……」
「ちょっと、マリノアちゃんが聞いてんだから無視するんじゃないよ」
書き物をしていたチェルシーから、棘のある視線が飛んでくる。
そんなことわかってるんだってば。
うー。
天井を見上げ、しばし黙考。
ちなみに天幕にいるのはこの三人だけで、ティムはボン坊と一緒に穴掘りに精を出している。
何のための穴か?
それは男女問わず日常的に出るものを処理するための穴だ。
不衛生は病気のもとだからね。
下らない話でお茶を濁そうかとも思ったが、それでは誠意がない。
俺はついに覚悟を決める。
チョイチョイとマリノアを招き寄せた。
マリノアは恐る恐る耳を寄せてくる。
ごにょごにょと頭の上の犬耳に囁くと、くすぐったいのかピクピクと震えた。
見たものをありのまま伝える。
もちろんお腹の中の命についてだ。
マリノアは深刻な顔をして頷いた。
「……実は、私もそうではないかと思ってました。ミルフィリアさんに色々と話を聞いて、初期の体調変化に符合することが多かったので」
「みんなに言う?」
「もうしばらくは黙ったままでいいかと。安定期というものに入るまでは、何が起こるかわかりませんから」
「体調のことを考えたら獣人村に帰還する組に入った方がいいと思うけど」
「それだけは、それだけはどうか許してください……」
しなしなと力なく垂れる尻尾と耳。
いつものキリリとした顔が嘘のようにしょんぼりして悲しげだ。
チェルシーが、「え? なに?」と怪訝そうな顔をする。
瘦身で鼻の上にそばかすが目立つチェルシーさんからは、俺たちのやり取りは聞こえなくとも丸見えだった。
「チェルシー、ちょっと黙って」
「なんでよ……」
「後で話すから」
「そうですか!」
むすっとしてしまったが、彼女の機嫌は後で治してもらおう。
「アル様、私はもう、置いていかれたくありません。この体が動けなくなったときは、大人しく留守番をしますので、どうかそれまではお側においてください……」
マリノアは潤んだ瞳をしており、必死だった。
何があっても置いていかれたくないようだ。
次の旅には絶対に付いていくと強く決意していたのだ。
ここで置いていくのはしのびない。
その安定期に入るまでの間に、どれくらい安静にしていたらいいのかもわからない。
遠征隊には出産経験のある人間がほとんどいないことに気づく。
ボン坊は子持ちだが、領主が妊婦のことを詳しく知っているとも思えない。
懸念はあるが、置いていった方が精神的に不安定になりそうだ。
戦闘は他の元気印たちに任せて、マリノアは側に置いて秘書をさせよう。
うん、そうしよう。
「わかったよ。無茶はしないように」
「ありがとうございます……ぐすん」
「だから何なのよ……」
マリノアの頭に手を伸ばすと、察しの良い彼女は膝を折って素直に撫でられた。
身長差十センチはあるか。
しかし俺の方が、マリノアを守る側なのだ。
愛おしさが溢れて、耳の後ろまでカリカリと擦った。
身をよじってくすぐったいのを堪えているが、離れようとはしない。
それは傍から見たらイチャイチャしてるだけだ。
チェルシーがうんざりした顔で視線を切る。
見なかったことにして手元の書き物の続きを始めたようだ。
マリノアと今後の方針を決めると、ようやくその他の報告が身に迫ってきた。
迷宮の方は、再確認しに向かった獣人戦士が見つけられず、同行した戦士には迷宮入り口が見えているという不可思議現象が起こっていることからも、目的のダンジョンで間違いない。
「本当にあるんですね。冗談かと思っていました」
「クェンティンは実績があるから言葉は信用できるよ。ただ行動が信頼できないだけで」
「それは……なんというか、不思議な方ですね」
マリノアが答えに窮して目を彷徨わせた。
クェンティンに気を遣う必要はない。
目下、急ぐべきはふたつ。
獣人村へ帰還する分隊を送り出し、ケンタウロスの妊婦を群れに引き渡さねばならないということ。
マリノアに分隊の方を任せ、俺はケンタウロスの群れの相手をすることにした。
誰かに一任できればいいのだが、クェンティンに任せるのはちょっと心配だ。
交渉?がうまくいかずに暴れられたら抑え込める人材がいない。
信用はできるが信頼できないとはこういうことだな。
ミィナが状況を理解して動いてくれればいいのだが、まだまだ遊びたい盛りの彼女を引っ張り出すのは至難だ。
別の意味で気まぐれなエルフも現在行方不明なので役に立たない。
ヒト族諸兄は獣人族をうまく扱えず、結局マリノアか自分が頑張るしかないという……。
現場指揮官が不足している状況で戦争なんてできないだろう。
戦争してないからいいか。
ケンタウロスの群れはその数、百頭を優に超えていた。
遠征部隊の野営地の外縁をウロウロしていたが、獣人たちがゆっくりとまとまって近づくので、逃げられる間合いと取るためにまとまって下がってしまう。
まさに一触即発。
どちらかが短絡的な行動に出たら、一瞬にして乱戦になりそうだ。
押したり引いたりと剣呑な雰囲気が両者の間に漂い、気配に特に敏感な獣人たちは牙を剥いて唸っていた。
そんなところに到着した俺は、まず獣人たちを宥めておく必要があった。
どうどう。
それと、檻に入れられた妊婦を解放しなければならない。
そちらはクェンティンに任せた。
目を離したらケンタウロスの群れと全面戦争をおっぱじめそうな雰囲気が漂っているため、気軽にここを抜けられる気がしないので任せるしかなかった。
マルケッタとミィナを護衛につけたので、妊婦ケンタウロスに暴れられても最悪対処できる……はずだ。
彼女をケンタウロスの群れに引き合わせて、お引き取り願うだけなのだが、その場を用意するのがなかなかどうして困難だった。
獣人が身構える中、俺は散歩のつもりでケンタウロスたちに近づいていく。
後ろにはおっかなびっくりのティムが付いてくるだけだ。
不意に、空から槍が飛んで来た。
放物線を描いて、まっすぐに俺に向かって落ちてくる。
正面に轟々と燃え猛る炎を生み出し、槍が接近するよりも早く飛んできた投げ槍を燃やし尽くす。
燃えカスがケンタウロスたちとの間に降り落ちる。
ケンタウロスから放たれた槍は、要するに様子見の一手。
悪手であることには違いないが、ケンタウロスは元々平和的交渉に前向きではないのだ。
機嫌を損ねればすぐさま不届き者を成敗するつもりであろうし、あえてそうなるように誘っているようでもある。
乗ってやるつもりはない。
こちらとしてはケンタウロスと誼を通じる必要も特に感じていない。
囚われていた妊婦を速やかにお返しし、丁重にお帰りいただくだけでいいのだ。
マルケッタは心中複雑であろうし、クェンティン、ヴィルタリアは草原の智者とも呼ばれている人馬族とせっかく交流を持てる機会だと憤慨するだろうか、知ったこっちゃあない。
前者はタイミングが悪かったと慰めることもあるだろうが、後者は本当に知ったことではない。
自分たちで交渉しろよ。
ケンタウロスの顔立ちは皆彫りが深い。
鼻が高く、男女に限らず凛々しい。
男は精悍な髭を蓄え、女は波打つ金の髪と美貌を持つ。
そんな言葉の通じない連中から見下ろされ、俺はしみじみと異世界の不思議さを感じている。
「聞け! 腹に子を抱える娘は返す! こちらから戦いは望まないし、これ以上関わろうとも思わない! 言葉がわからずとも、こちらに敵意のないことを知れ!」
「んん!」と咳払いの後に両手を広げて言ってみたが、反応は悪い。
むしろすべった感があってちょっと恥ずかしい。
地面を蹄で掻く個体もいれば、手製の槍を肩に担ぐ個体もいる。
女だからと戦えなさそうな様子もなく、二本の槍を器用に持つものまでいた。
気の強そうな美女ケンタウロスのおっぱいがつんと上向いているのを見て、股間がもじもじしてしまう。
もし一気呵成に突っ込んで来たら、どさくさに紛れて揉めるだろうか。
しかしそんなことになれば、現実問題、被害を抑えて小康状態に持って行けるかも怪しい。
ケンタウロスからの挑発に後ろの強面のわんこやにゃんこたちが今にも弾けそうなのだ。
攻撃されたと感じれば、もはや獣人たちの手綱を掴んではいられない。
乱戦状態になってどちらにも犠牲が出るだろう。
そうなれば俺も手を下さざるを得ず、被害を抑えるためにテイムしまくってケンタウロスを配下に従え、マルケッタに嫌われる未来が見えた。
「け、けけ、ケンタウロスがいっぱいやー!!!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけスンスンさせてくださいましー!!!」
後ろの方が騒がしくなったと思ったら、クェンティンとヴィルタリアだった。
マルケッタが自分より頭ふたつは背の高い妊婦ケンタウロスを横から支えてやってくる。
スフィやカマロフ、ボン坊もいたが、彼らは金髪商人と年増令嬢に引っ張られて来たと見え、野次馬に落ち着いている。
マルケッタに目配せすると、まだ罪悪感を引きずっているのか目が合った瞬間、落ち着かない様子で目を逸らされた。
しかし眉をハの字にして、諦めたように目を合わせてくる。
真面目な子だ。
手を挙げて気にするなと伝えたつもりだが、マルケッタは一層恐縮してしまったみたいだ。
とはいえ、妊婦を支えて群れの前まで運んで来た。
ヴィルタリアは今にも走りだしかねないが、手綱をカマロフが握ってくれている。
クェンティンの方は喜んでいると見えて実はその多さに腰が引けていた。
ヘタレやな。
しかし物々しい様子とその数に圧倒されているのはしょうがない。
罷り間違っても有意義な交渉は望めないことは、いち早く気づいていたようだ。
俺の横まで連れてきた妊婦ケンタウロスは、肩を震わせ怯えているようだ。
俺たちにではなく、群れそのものに。
これが示す結末を、俺は予想もしなかった。
槍が投げられた。
まっすぐに妊婦ケンタウロスを狙った投擲だった。
それも一本ではない。
五本、十本と数が増えていく。
支えるマルケッタにまで被害が及びそうになったので、地面から土壁を作り出して槍を防いだ。
ちらりと横目で見た妊婦ケンタウロスはまだ震えていた。
人の手に落ちることは仲間から外れることになるのだろうか。
誇り高いケンタウロスの高尚な考えはわからないが、目の前の光景はただただ胸糞悪い。
土壁を迂回して駆け込もうとしたケンタウロスの足元を泥状に細工し、次から次へと足を取られて沈んでいく。
やがてズブズブと腰まで泥に埋まり、身動きが取れなくなる。
両手で泥を叩いているが、身体は持ち上がらないだろう。
大平原は土系の魔術の親和性が他より高いと思う。
海では水系、火口では火系が使い易いことと一緒だろう。
魔力量をそれほど消費しなくとも沼は広がり、次々と後続も沼に足を取られ、気づけば百頭以上の群れをまるまる泥沼で拘束していた。
「す、すげぇ……」
ティムが恐れおののいている。
そう言えば側にいたっけ。
勝負は完全についたと思うのだが、彼らの目からは殺気が消えていない。
槍を振り回したり、泥を叩いたり、激情を露わにしている。
何かの拍子に抜け出さないように泥沼を硬化させておこう。
コンクリートで固めたみたいになっている。
これで尻だけ出ている状態なら、さぞかし愉快な光景だな。
丸みを帯びた女尻が壁に嵌っている姿を想像して、胸が熱くなった。
女性の権利を考慮しない外道さに目を瞑れば、壁から女尻だけを出し、それに思いの丈をぶつける姿は男性優位の優越感を味わうものとなろう。
そんな夢のようなビデオを俺は知っている。
リーダーっぽい壮年の髭面ケンタウロス。
他の個体と同じように泥に足を取られていたが、硬化が完全でないうちに、目の前にいた若者の背中を足場にして跳躍した。
踏まれた青年は頭から泥にめり込んでご愁傷様だ。
泥から飛び出た髭面ケンタウロスは、俺だけを狙って突撃してくる。
正面からだと、騎兵突撃のような尋常ではない圧迫感だ。
眼に映る怒りは炎を噴いたよう。
しかし付き合ってやる義理はないので、正面に壁を作ってそこに激突してもらった。
ぶち当たった髭面はなおも土壁を乗り越えてきた。
鼻から鼻血を垂らし、身体に付いた泥を飛ばしつつ、なりふり構わず向かってくる。
獣人たちが飛び出そうとしたのを手で押し止め、暴走機関車のように突っ込んでくる髭面ケンタウロスと馳せ違った。
ケンタウロスの身体が宙を舞い、背中から地面に落ちる。
俺は無傷だ。
周りの獣人たちからは俺がケンタウロスを投げ飛ばしたように見えただろうが、なんてことはない、足元の土を隆起させてケンタウロスを転ばせ、つんのめった体の下に潜り込んで、突撃の威力を殺さないように上に力を込めただけだ。
片足が折れたのか足を引きずってフラフラだが、それでも立ち上がろうとするケンタウロスに近づき、頭を鷲掴みにする。
頭皮の脂っぽい嫌な感じが手に伝わってきて思わず顔を顰めたが、抵抗される前にテイムを始め魔力を流していく。
ケンタウロスの魔力はやはり膨大で、獣人たちは足元にも及ばない。
正面からやりあえば、重機関車のような突撃力も相まって壊滅は必至だ。
平原では比類なき突破力だろう。
そんなことを考えている間に俺の魔力を馴染ませて主導権を奪う。
思考はするが、逆らえない状態である。
完全に支配下に置いておかないと、今後も妊婦ケンタウロスがいじめでは済まないことになる。
髭面ケンタウロスの目が虚ろになって、ぼうっとし始めると、ほぼ完了だ。
俺は手を離し、とりあえず手のひらを浄化で清めた。
髭面ケンタウロスの意識が戻り、俺の顔をじっと見上げる。
顔の前で手を振ると、それに合わせて目で追っかけている。
先程の激情は鳴りを潜め、寝起きのようなぼんやりとした様子だ。
テイムした相手には特に言葉を必要としないところがいい。
ある程度の知能があれば念じるだけで動いてくれる。
髭面ケンタウロスもまた知性ある瞳で起き上がり、命令を待つ騎士のように胸を張って控えた。
片足が折れていたので、治癒魔術で治してやる。
治療されながらもじっとしており、その目に敵意はない。
残念ながら言葉が通じないので、彼らの因習がどのようなものか聞き出すことはできないが、ここは引いてもらうように髭面ケンタウロスを使って群れを動かすことはできる。
妊婦ケンタウロスも連れてってくれない?と念じると、首を振られた。
リーダーを引き込んだところですでに遅く、どうやら仲間内からすでに妊婦ケンタウロスはハブにされているようだ。
泥沼の硬化を解くと、コンクリートがボロボロの土くれに変わる。
ケンタウロスの群れが髭面の先導で駆け去っていく。
こちらをチラチラと振り返る個体も多いが、指導者に楯突いてまで再戦しようとは思わないようだ。
一難去った。
妊婦ケンタウロスはと見やると、その場に座り込んで俯いていた。
マルケッタがそばに付き添って介助している。
言葉が通じないのに同族という不思議な組み合わせだ。
クェンティンとヴィルタリアがそばにいるが、もの珍しそうに妊婦ケンタウロスの馬体を触っている。
こんなときくらいはいじるのやめてやれよ……。
マルケッタからは特に目を向けられる様子がないから、テイムしているところは見られなかったと思っていいのか?
まあいいや、ビクビクしていても仕方ない。
妊婦ケンタウロスはこのままこちらで預かることになりそうだ。
クェンティンとヴィルタリアが魔物の言語を理解できるようになれば、妊婦ケンタウロスの件は解決に向かうのではないかと思う。
妊婦ケンタウロスはとりあえず護衛を付けて檻に戻した。
檻の中はある意味で安全なのだ。
野放しにしても問題が起こることは目に見えているので、この采配は双方が安心できる妥協点だ。
チビたち、主にマルケッタだが、同族の身を心配してそばに寄り添っているので、自然とチビたちがそこに集まることになる。
ニィナとオルダは歩行がままならないので、移動はほぼマルケッタの背中だった。
いまは檻の前が保育園のようになっている。
おまけのようにヴィルタリアやクェンティンなど戦闘力のない大人たちも集まるので、ひとかたまりになってくれてある意味安心である。
さて、見つかったまま保留にしている迷宮の話だ。
最奥到達のご褒美になんでも願いを叶えてくれるというお伽噺のような話だ。
眉唾を疑うところだが、なにせここは異世界。
大霊峰の頭上を銀龍が思うさま飛び回り、大平原の荒野を要塞のような陸王亀が散歩するような世界だ。
現に商都を牛耳る大商人チェチーリオ・トレイド氏は迷宮攻略者で、『商都においてのみ万能』の能力を手に入れた。
息子のクェンティンが父から聞き出した話を元に、裏付けを取って迷宮の所在を明らかにした。
クズ人間に見えてなかなか執念深く、有能なのはお墨付きだ。
俺の周りに集まる連中はどこかそういう傾向にある。
類は友を呼ぶというか。
スフィは今日も獣人の男を数人侍らせて、真昼間からどこぞの天幕にしけ込んでおぞましい世界に浸っているだろうし。
それを人心掌握術と取るか、同好の士を見つける嗅覚が鋭いだけと見るか。
見る人間によって評価が割れるような人間は、ときにクズと言われるのだろう。
クズであるに否やはないのだ。
むしろクズを集めた一大帝国を作ったっていい。
クズゆえに崩壊の危険を常に孕んでいるようなアホな国だろうが、国民全員が人生を誰よりも謳歌しているのは間違いない。
いまはそれぞれの思うように行動している。
ボン坊は領地運営の知識を借りてマリノアとチェルシーの補佐&指導役に抜擢されている。
ヴィルタリアが無茶をしないようにとそばでカマロフが目を光らせていたし、メイドたちはそれぞれの主人に寄り添っている。
それぞれがそれぞれに気ままにやっている中、俺はついに迷宮へ挑む気持ちを固めた。




