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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 五章 ダンジョン&ドラゴン
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第114話 お腹の子

 狭い入り口なのに器用に体を折りたたんで突っ込んできたマルケッタは、普段のおっとりさを忘れたように俺に渾身のタックルをかましてきた。

 俺は咄嗟に腕を交差してガードしたが、馬乗り状態で無理に踏ん張ることもできず、鉄格子にしたたかに背中を打ち付ける。

 マルケッタは割と本気だった。

 殺意はないものの、怒っているのは明白だ。

 ふーふーと呼吸を荒げて、俺を鉄格子にぐいぐいと押しやっている。


「マルちゃん!?」


 檻の外ではクェンティンが上ずった声で叫んでいる。

 だがそれはマルケッタを落ち着かせるには至らない。

 鉄格子から離されたと思ったら、今度は一転、床に押さえつけられ俺が馬乗りにされていた。

 腿から下をマルケッタの折り畳んだ馬体に下敷きにされただけでなく、肩を押さえつけられている。


「ややー! やー!」

「いや、わからんて……」


 ガクガクと揺さぶられる。

 その度に頭の左側をガツンガツンと鉄格子にぶつけるのが地味に痛い。


「ややー! やー、やー!」


 ポロポロと涙の雨を俺の顔に降らせながら、マルケッタはなおも揺すり続ける。

 手を掴もうとして、俺は躊躇った。

 少女を泣かせたことがまずボディブローより重い一撃だったし、泣き止ます言葉を思いつかなかった。

 対処の仕方がわからずクェンティンを見たが、彼はおろおろするばかりで役に立たない。

 ニキータも想定外の事態に固まってしまっている。

 基本、クェンティン以外だと反応が遅いよね、貴女。


「マルちゃん! にゃにしてるのー! アルからはにゃれてー!」


 ここで救いの天使が現れる。

 その天使は猫耳だった。

 マルケッタの肩をミィナが掴んだ。

 助けてくれるのはありがたいが、ぐいぐい引っ張るとマルケッタに肩を掴まれた俺まで体が持ち上がる。

 そしてミィナもガクガクとマルケッタを揺する。

 浮いた俺の頭がガツンガツンと鉄格子にぶつかる。

 天使なのか疑わしくなってきた。


「おい! おいって! イテェッてば! 頭割れるからっ! いけない汁が出ちゃうから! とりあえず離れてくれって!」


 ミィナが参入したことでマルケッタが大人しくなり、なんとか立ち上がることができた。

 そのまま全員、檻の外まで下がらせ、後ろ手で檻を閉じる。

 檻の中には、ぐったりしたケンタウロスの女がいる。

 治療を施した後なので、顔色はそれほど悪くない。

 むき出しのあばらが静かに上下していた。


 一方でマルケッタの方だ。

 ミィナが俺を守るように立ち、マルケッタと睨み合っている。

 あれだけ仲の良かったふたりが、ひとりの男を巡って対立している。

 惚れた腫れたの修羅場でないことだけは確かだが、ミィナが親友とあえて対立したのはちょっと驚きだった。

 猫ちゃん猫ちゃんと玉を転がすように可愛がっていた頃から、猫耳少女も随分と成長したものだ。


「マルちゃんは攻撃しちゃダメ! アルが踏み潰されたらいけにゃいの!」

「やや! ややー!」

「アルはひどいことしにゃい! だから悪くにゃいの!」


 してるけどね、割と。

 ティムをパシリに使ったりとか。

 ミィナが必死に庇ってくれているのでわざわざ水は差さないけども。


「にゃんでケンカしてるのー?」

「おうー」


 少し離れたところで地面に座り込むニィナとオルダは、状況をこれっぽちも理解しておらず、地面の乾いた土をいじりながら首を傾げている。

 できれば俺もそっちに混ざりたい。


「マルちゃんがおかしくにゃっちゃった」

「やや!」

「おかしいもん! だってアルを押さえつけたもん!」

「ややー!」

「ミィニャよくわかんにゃいよ! でもアルにひどいことしにゃいで! マルちゃんだって許さにゃいから!」

「ややや!」


 マルケッタが首をブンブンと横に振る。

 それがなんの主張になっているのか俺にはわからないが、どうにも風向きが悪い方へ向いている。

 幼い猫と馬の友情に亀裂が入りそうなので、ミィナの肩にそっと手を置いて、前に出る。


「俺は治療をしてたんだ。彼女が起きていると暴れるから、先に失神させて治療に専念してたんだよ。それと、ほら、彼女を繋いでた枷は俺が壊したんだよ。足元に転がってるでしょ?」


 マルケッタがちらりと檻を見やる。

 それでも警戒心は解いていない。


「この檻馬車は奴隷商人の拠点を潰して回収して来たものなんだ。解放した四十人の獣人たちはもう見た? 獣人たちを救出したついでに檻馬車を運び出したはいいけど、魔物はおいそれと外に出せないから、現状檻の中にいてもらってる。ここまではいい?」

「やー」


 不承不承と言った顔でマルケッタは頷く。

 眉間にシワが寄っているが、性根は素直で優しい子だ。

 話せばわかってくれると思っている。


「さて、マル氏はいったい何に対して腹を立てているのか、もう一度よく考えてみてくれないかな。俺がケンタウロスを捕獲して檻に閉じ込め、虐めているように見えたかな? クェンティンはどう思う?」

「確かに弱いものいじめが好きなクズだよ、アル君は。ティム君可哀想」

「おいぃ……」


 援護射撃を期待したら背中を撃たれた気分だ。


「でも、アルくんのいじめは誰かを傷つけるってことにはならない。ボン氏の子息を連れ回すのも、何か意味あってのことだと思う。そもそも先にナイフで刺そうとしたのはボン氏の息子の方だからね。ケンタウロスをいじめているように見えたのだとしたら、それはマルちゃんの勘違いだ。現にぼくは怪我を治すところをこの目で委細漏らさず見ていた。そのやり方があまりにひどくて、ときには悪魔のように見えたりもしたけど、おおむね彼女の尊厳を守ろうとしていた」


 理路整然と飲み込みやすいような説明の数々は、さすがは商人の十八番と言える。

 しかし俺を擁護しつつディスっているのはどういう了見だ。

 あとで覚えてろ。


「まぁ、だいたいそんな感じ。あまり暴れて欲しくないから締め落としたけど、それはこのケンタウロスのお腹に赤ん坊がいるからなんだ。精神的な負荷は胎教によくないと配慮したわけだよ、マル氏」


 檻の中のケンタウロス、俺、クェンティン、ミィナを順繰りに見たマルケッタは、渋々納得したらしく、しゅんとする。

 自分の非を認める潔さは性格の良さの表れだ。

 俺の近くまで寄って来て膝を折った。

 俺と目線を合わせると、手をギュッと握ってきて、そっと手の甲に口づけを落とす。


「あー!!! なにそれ!? なんでアル君なんかにキスするんだ! お父さん許さないからね!!」


 クェンティンがまた騒ぎ出す。

 なんかに~、とはひどい言い草だ。

 だが誰も気にしない。

 ニィナとオルダがコミカルなクェンティンを見てケラケラと笑っているくらいだ。


「やー……」

「マルちゃん謝りたいって」


 前々から思っていたが、チビたちはなぜ意思の疎通が図れているんだろう。

 同じ肉体年齢のはずなのに、俺にはさっぱりだ。

 純粋さをアルシエルとともに心の奥底にしまいこんでしまったからなのか……。


「間違いは誰にでもあるさ。刺し殺そうとしてきたティムだって許したくらいだからね」

「……やー」


 マルケッタはいっそうしょぼくれた。

 悪気を感じてくれているなら十分許せる。

 どこぞのぽっちゃり少年はいまだに虎視眈々となにかを狙っている節があるし。

 ちらりと見ると、黙って空気と化していたティムは居心地悪そうに目を逸らした。


 ケンタウロスの彼女はとりあえず檻の中で様子を見ることにして、俺は報告が集まってくる本部に戻った。

 報告を受けるマリノアとチェルシーのふたりが目を回す忙しさで紙束に報告を書き綴っており、チェルシーは俺を見つけるとやっときたと言いたげな目を向けてきた。

 まあまあ、こっちだって忙しかったんだから。

 よし、仕事をこなしますかね。

 ティムを雑用に走らせつつ、指示を出しているうちに夕方になった。


「急ぎの報告が。騎馬に襲われているそうです」


 夕方に差し掛かる前に現れた、大平原に住んでいると思しき遊牧民である。

 顔と頭をターバンのようなもので覆った連中だ。

 大平原で戦争をしていたときにも、火事場泥棒をしていた。

 そのときミィナはまだ奴隷としてを死体漁りやらされていて、遊牧民に矢を射かけられて死にかけた。

 交渉もなく馬に乗って攻めかかってきたので、発見した獣人たちが交戦状態となり、向こうに十数人の犠牲を出してこちらは無傷という結果に終わった。

 逃げ延びた三十近い騎馬は追いかけなくていいと伝令を飛ばした。

 たぶん、もうちょっかいをかけてくることはないだろう。

 獣人たちがニオイを覚えたので、いつでも遊牧民の村を襲撃して根こそぎ奪い尽くすことができる。

 鹵獲した十六頭の馬は、傷を負っていた三頭はその場で殺して肉にし、使えそうな馬は労役馬として荷車を牽かせた。

 元の世界の馬と比べるとどう見ても大きく、全身がスタイリッシュだ。

 荷車を牽かせるのはもったいない気がしたが、馬をうまく操れるものがほとんどいないのでしょうがない。

 遊牧民に対しては、六人の生き残りはその場で解放した。

 一度は許すが、二度目は殲滅するという脅しも忘れていない。


 突発的な事件はあったが、その間に獣人村へ帰還する面々の選定が終わった。

 帰還する割合については、百人ほどの規模になった。

 元々遠征隊の人数が多すぎだったこともあり、暇を持て余したものが多かったのだ。

 獣人村に戻ることを希望した六十名の戦士と解放した四十弱の元奴隷たちで構成される。

 戦士の内訳は、大平原に飽きた猫組が二十名。

 護衛の犬組が三十二名。

 荷車を引く草組が十八名である。

 元奴隷たちも、動けそうなら荷運びを手伝ってもらう予定だ。

 獣人に馬に慣れたものがいなかったので、結局は人力である。

 準備は済んだので、明日には出発だ。


 檻に入っていた魔獣だが、ケンタウロス以外はトドメを刺し、その日の晩ご飯になった。

 ワニに似た魔物は少し歯ごたえのある肉だった。

 鶏肉っぽく淡白である。

 火に炙られて手づかみで食べている手羽先は、フクロウに似た魔物だ。

 知らずに美味しくいただくチビたちの笑顔が眩しかった。


 檻の中のケンタウロスが目覚めたと報告があったのは、翌日の太陽が昇り切る前であった。

 呼びに来たのは見張りの犬獣人で、天幕の外から声がかかる。

 俺は裸のミィナを抱き枕にしており、背中に同じく裸のマリノアが引っ付いた状態で目を醒ました。

 昨夜はお楽しみでした。

 といっても本番まではいかず、三人とも疲れて眠ってしまうまで、ペロペロイチャイチャしていただけだ。

 ニニアンはどこかへ消えてしまったので不在だった。

 服を着て俺だけ見張りの犬獣人に付いていく。

 マリノアは体調が悪いのか、起き上がるのも困難だったので寝かせておいた。


「馬の魔物、暴れてる。自分、虐めてる。危ない」

「檻のケンタウロスが自虐行為とな。そりゃ大変だ」


 獣人語を完全に覚えたわけではない。

 癖のある喋り方だとわかりにくい。

 切れ切れであったが繋げてみると、妊婦ケンタウロスは治療された自分の体に驚きパニクって鉄格子に何度も体をぶつけているという。

 途中の天幕に寄って、寝起きで寝惚けたティムを引っ張り出してきた。

 めっちゃ不機嫌。

 俺だって身内関係じゃなきゃ寝てたよ。


 檻の傍に行くと、マルケッタが振り返った。

 目が合った途端に落ち込んでしまう。

 もう気にしてないのにね。

 マルケッタは治療後から檻のそばを離れようとしなかったようだ。

 檻のすぐ横に天幕が張ってあり、ニキータが顔だけ出していた。


「ここに寝泊まりしてるの?」

「主様の立っての願いですので」

「苦労するね」

「これくらいならそれほどでもありません」


 今日までのニキータの苦労を感じさせる返答だな。

 鼾が聞こえてきているので、中にクェンティンがいるのだろう。

 彼も妊婦ケンタウロスの傍を頑として離れようとはしなかったのだ。

 野営地の端っこにあるだけあって、清潔とは言い難い環境だ。

 それでも望んでここにいようとする信念は見事としか言いようがない。

 やれと言われても俺は辞退させていただきます。


 ニキータの頭は引っ込んだ。

 髪を整えて応対するくらいにはできたメイドだ。

 ただ、首だけしか出さなかった理由が気になる。

 首から下はすっぽんぽんだったのだろうか。

 メイド服姿しか知らないが、胸はだいたいCカップくらいだよな。

 露出している肌は白く、腰が細くて無駄のない体つき。

 エルフの血を少し引いているので、涼し気な目元と相まって、氷の美貌である。

 クェンティンは贅沢な男だ。

 美女にメイドをさせて、ケンタウロスに目移りするんだから。


「やや、ややー」

「なんとかするよ」


 マルケッタが俺に申し訳なさそうにしつつも、ちらちらと妊婦ケンタウロスに気遣う視線を送っている。

 わかってるって。

 近くまで寄ってきてなにかと思えば、ぎゅっと手を握られた。

 マルケッタのハシバミ色の瞳にじっと見つめられる。

 「ややー」とも言わず、天幕の傍まで下がった。


「……ケンタウロスにも手を出すのかよ」

「……出してねえよ」

「……なんだよ、いまの」

「……いい子なんだよ、クェンティンさんちのマルケッタさんはよう」


 ぼそぼそとティムと言い合う。

 いつの間にか互いに軽口を叩き合う仲になっていた。

 ティムは七歳にしてひねくれもので、教養はあるがせこい少年だ。

 俺と不思議と波長が合う。

 俺の性根も相当ねじ曲がっているからな。


 とりあえず鉄格子を壊さんばかりに暴れる妊婦ケンタウロスを鎮めるために檻の中にお邪魔する。

 俺に怯えて逃げる妊婦ケンタウロスを捕まえて、暴れる体に治癒魔術をかけた。

 ついでにちょっとだけ魔力を流し込む。

 テイムではない。

 そこまではいかない。

 ちょっと気持ちよくなるだけ。

 妊婦ケンタウロスは少しだけ落ち着き、ぼうっとした目で虚空を見上げた。

 阿呆のように半開きにした口から涎が垂れているが、テイムはしていないんだ。

 妊婦ケンタウロスはゆっくりと膝を折り、その場に座り込んだ。

 腹を守るように馬体を横たえ、ひとの上半身は妊娠したお腹の辺りを撫でさすっている。

 後は食事を摂ってくれれば御の字だろう。

 檻を出ると、マルケッタが膝を折って首を垂れた。

 まるで主君に忠誠を誓う騎士のように仰々しい。


「そのうちケンタウロスの群れが来たら返すから、それまでは妊婦さんを守ってやってね」

「ややー」


 任せてと言わんばかりにマルケッタは神妙な顔をしていた。

 目が使命感に燃え、キラキラとしている。

 ティムはそれを微妙な面持ちで眺めていた。

 面倒なことを自分から背負いこんで馬鹿じゃねーの、と思っているのだろう。

 心がひねくれているやつに純真な子の想いは理解できないのである。

 俺はノーコメントで。





 朝の炊き出しが始まる。

 その頃にはマリノアも起き出していて、少し青い顔をしながら朝食を持ってきてくれた。

 器に盛られた粥のようなものを啜っていると、似たような木の器を持ったヴィルタリアがカマロフを連れて近くに腰掛ける。


「ちょっと聞いてくださいよ、アル君。スフィ殿もクェンティン殿も自分勝手に動いていますわ。私は自由にさせてくれませんのに」

「え? 自由に動き回ってない?」

「どこがですの! まるで窮屈な籠の中の小鳥ではありませんの! 何をしてもダメ、あっち行っちゃダメ、こっち言っちゃダメ。ダメダメばっかりですのよ」

「小鳥さんと一緒にしちゃダメよぉ。そんな可愛らしいものじゃないわん」


 理系女子のようなヴィルタリアは頬を膨らましている。

 いやいや、貴女籠から抜け出して飛び回るじゃないの。

 それを周りの人間が止めて籠に戻すけど、結局飛んでいくじゃない。

 プンプンしたヴィルタリアを宥めているのが青ひげでケツアゴのカマロフだ。

 異色の組み合わせである。

 しかし仲が良い。


「虫の魔物を一匹あげたじゃん。満足しなかったの?」

「一日一緒にいて満喫しましたわ。もうあの子は十分ですの」

「夜も一緒に眠るんだもの、気持ち悪いわ」

「カマロフはもっと魔物の愛らしいところを知るべきですわ」

「うじゃうじゃといっぱいある足が受け付けないのよぉ。あぁぁん、考えただけでゾクゾクしてきたわん」

「俺も虫と一緒に寝るのはごめんだな」

「アル君ならわかっていただけると思いましたのに」

「限度があるわー」


 ヴィルタリアの魔物スキーは度を越えて、キ〇ガイレベルだ。

 筋肉質の体を乙女のようにかき抱いてくねくねするカマロフも相当なものだ。

 要するに、波長が合うのだろう。

 だから俺みたいな魔物に対する愛がない輩とは同じレベルで話ができない。

 美女、美少女だったら考えなくもないけどな。

 マルケッタとか、ケンタウロスは可愛いし、美人だと思う。

 ヴィルタリアから次の魔物の催促を受けたが、気が向いたら、とだけ答えておいた。


 昼頃、様子を見に妊婦ケンタウロスの檻まで足を運んだ。

 一旦落ち着いた妊婦ケンタウロスは、鉄格子越しにマルケッタに顔を近づけて何やら止め処なく話しかけていたが、マルケッタは要領を得ないのか首を傾げていた。

 檻の中から訴えかけていたが、なにぶん聞き慣れない言語なので通じない。

 勉強家のマリノアも、さすがにケンタウロス語まではわからないと言うし。


「言葉が通じるならすぐにでも解放できるんだけどな」

「だからそのための迷宮探索でしょ!」


 クェンティンがしたり顔で言う。

 その迷宮はまだ見つかっていないし、結果意思の疎通はままならない。

 こっちはいますぐ取れる解決策を考えているというのに。

 ケンタウロスの群れも捕捉できていない。

 見つかったとしても、場合によっては向こうから一方的な攻撃を受ける危険を孕んでいる。

 治療したんだから後のことは知らんとばかりに放り出そうと思っても、クェンティンが納得すまい。


「妊婦ケンタウロスは弱いんだ。誰かが守ってあげないといけないんだ。マルちゃんのときもそうだったんだからね」


 クェンティンが聞いてもいないのにマルケッタの出生とか話し始めた。

 この哀れなケンタウロスと同じような境遇で生まれてきたマルケッタを育てるに至った経緯には同情を禁じ得ないが、いちいちケンタウロスがどんなに素晴らしいかと注釈を入れる必要はない。

 ニキータなど無関心な顔でまったく聞いていない様子だし。

 俺もこの前の男子会で散々聞いた話だ。

 ちなみに男子会常連参加者は俺、ボン坊、クェンティン、スフィの四人である。

 最近、カマロフも参加するようになった。

 あと熊さんもメンバーのひとり。


 不毛なクェンティンの話を聞き流していると、報告が入った。

 大平原の荒野にポツリと存在する迷宮の発見。

 それと、ケンタウロスの群れを捕捉したという報告が、同時に舞い込んで来たのだ。


「祝福を与えてくれる迷宮にケンタウロスの群れ! 幸先がいいね!」


 喜ぶクェンティンを横目に、もうひとつ俺を驚かせたことがある。

 ケンタウロスの魔力を見たように、なんとなく俺の周りの面子にも目を向けて見たのだ。

 以前はミィナやマリノアの強化のために魔力を体に流す訓練を行っていたが、最近は強くなりすぎて遠慮していた。

 久しぶりに魔力の流れを見て、俺は衝撃を受けた。

 マリノアのお腹の中に、ケンタウロスの女と同じような、新しい魔力の芽が生まれていたのだ。

 本当に小さな小さな魔力の粒だった。

 手にとって見たとしたら、小指の先くらいである。


「アル様、どうかされたんですか?」

「え? えー。あ、いやー。あー、えー、マジすかー……」


 お腹のことは、本人すら気づいていないかもしれない。

 あんぐりと口を開きっぱなしの俺に、マリノアは心配そうな顔で小首を傾げていた。

 俺、驚きすぎて挙動不審になっている。

 落ち着け、俺。

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