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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 五章 ダンジョン&ドラゴン
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第109話 準備会議

修正作業に飽きた→最新話ができた!

 獣人村にはひとつだけ大きなゲルが建っている。

 これは集会所として機能していた。

 獣人村で何かを決めるときの会議に既に何回か使われており、車座になって酒と肴が振る舞われるのも定番となりつつあった。


「それでは、一月後の大平原遠征、及び迷宮攻略の参加者を募るものとする。族長より順に、右手のものより発言を行うように」


 凛々しく振る舞うマリノアの司会進行によって会議は進んでいく。

 右手と言われてどちらかわかっていない獣人の代表もいたが、安定した進行ぶりである。

 それに獣人語とヒト語を交互に話してもいる。

 この獣人村でスムーズにバイリンガルができる智者はマリノアかボン坊しかいないだろう。

 ボン坊の方は息子の一件以来消沈してしまっているので、司会進行を任せられる状態ではない。

 離れて座っているマリノアから視線を受け、俺は頷き返した。


「俺はもちろん参加する。精霊の力とやらで一度しか挑めない迷宮だというし、何より興味がある。迷宮最奥の攻略までやってしまうつもりだ。二度目はないというから念のため戦力を二分する案もあるが、今回は自由に決めるべきだ。迷宮に挑戦しなくとも、大平原遠征に参加したいものはどんどん参加してくれ」


 続けて右手を向けて、村長の熊さんに発言を譲る。

 熊さんは村の防衛を考えて居残り組に。

 これは最初から打ち合わせ済みだ。

 俺が遠征組、熊さんが留守組。

 熊さんがそもそも迷宮に興味を持っていなかったというのもあるが、先日の子ども誘拐の一件もあって、あまり獣人村から戦力を引き抜くのはまずいとも思っているのだ。

 いくらボン坊の領地だとはいえ、危険は少なくない。

 領地の不安や息子の件がダブルパンチでボン坊を打ちのめし、肩身の狭い思いをしているのだ。

 しかしそれは言っても仕方のないことだと思う。

 山賊団が住み着くような山はいくつもあるし、危険がいっぱいの森や、獣人ですら何人も殺されるベドナ火山という魔境がすぐ近くにある。

 もしも何かあったときに俺が後任を託せる最大戦力が熊さんだった。

 動き回るよりはひと所にどっしりと腰を据えた方が熊さんの本領は申し分なく発揮されることだろう。


 現在十七人いる獣人の代表は、精悍な顔つきの実力者たちである。

 五十人から百人くらいの規模で形成された集団の家長でもあり、獣人村は十七の集団が寄り集まって族長・村長の立ち合いの上で協議によって運営されている。

 耳もそれぞれ違って動物園のようだが、見た目は壮健な男たちなので何も面白くない。

 唯一の癒しがマリノアなので、俺は黒と白のマーブル模様の耳がひょこひょこと動くのをほんわりと眺めていた。

 遠征の参加表明だが、獣人の中では割と人気なのか次々に参加を示した。

 もちろん不参加もいる。

 草食系の獣人の中には遠征に消極的なものもいる。


 五十人ほど抱える代表ならば七、八人は参加させたいらしく、ベテランの腕試しや血気盛んな若手の育成という見方が強いようだ。

 族長である俺が自ら陣頭指揮を執ることもあって、生存率がかなり高いだろうという憶測も前向きに参加を検討する要因のひとつになっているはずである。

 俺が獣人村を離れていたときの狩りの死亡率はひと月で十人前後だったが、戻ってきてからはゼロに近い。

 ヴィルタリアが王都から連れてきた奴隷たちにもひとり代表を選出させているが、こちらは治療期間がまだ明けていないものも多く不参加。

 妥当である。

 代表の中にも力関係の優劣はあるだろうが、それでもいまのところ代表制度は公平に機能している。

 そのうち抱える規模を二百三百と増やした代表の意見に追従するようになって、意見の偏りが出始めるのだろうなとも思う。

 それが普通だ。

 だが抱える規模の大小での意見が決まってしまうような会議では合議にはならない。

 その都度対処するしかないとも思う。


 結局八割方が参加を表明。

 参加者から出てきた人数を合わせると、ざっくりとだが二百人くらいの戦士が集まりそうだ。

 居残り組の方には熊さんを中心とした守備隊を組織してもらえれば問題ない。

 順繰りに聞き終えたところでクェンティンが手を挙げる。

 獣耳が目立つ中で金髪の青年はことさら目立った。

 格好も白を基調とした身なりの良い商人のものであるし。


「ちょっといい? 大平原はいいけど、迷宮に入るのは人数制限させて」

「え、なんで?」

「ぞろぞろ行っても精霊の恩恵が薄まるだけだから」


 俺の疑問もマリノアは通訳して獣人たちに伝えている。


「そんなものわからないではないか」

「精霊はそんなに心が狭いものだろうか」

「なぜニンゲンが決めるのだ」


 口々に批判の声が上がった。

 クェンティンを侮っているというより、力関係で発言力を決めてしまうのが問題だった。

 荒事にはとんと向かないクェンティンを代表たちは認めていないので、その言葉はまともに聞き入れてもらえないのだ。


「恩恵が欲しくて迷宮に挑むんだ。可能性がある限り、人数制限に関しては意見を曲げるつもりはない。それに、迷宮攻略は僕からの依頼だ。大平原への遠征が君たちの目的なんだから、欲張るのは良くないと思う」


 マリノアは眉を下げて通訳するか迷っていたが、結局言葉の通り伝えてしまった。

 それに対する代表たちの反応は、想像通りいまにも殴り掛かりそうな危険な気配だ。

 ここに俺や熊さんがどっしりと構えていなければ八つ裂きにされていた可能性もある。

 口々にクェンティンをどうしてやろうかという声が飛び交った。

 もはや私刑宣告である。

 夜道に気を付けろよ、という類の言葉がいちばん多い。

 通訳しなくても剣呑な雰囲気はクェンティンに伝わり、彼は恐怖で竦み上がっている。

 じゃあ言うなよ、と思うが、譲れない一線だったのだろう。


「クェンティン、だいたい何人くらいが理想なの?」

「……そ、そうだね、二十人以上は遠慮してもらいたいかな」


 引く気がないのはさすがだ。

 それだけ迷宮での恩恵が魅力的だというわけだ。


「クェンティンの意見を認めようと思う」

「族長!」

「欲張りたいやつが参加すればいい。大平原で安全な狩りができるように領域拡大することがそもそもの目的だろう? 迷宮の話を持ってきたのはクェンティンだ。欲をかいて迷宮にも潜りたいというものはいるか? いるなら手を上げて発言しろ」


 代表たちは互いの顔色を窺っていたが、結局名乗り出るものはいなかった。

 そもそもが彼らの間では迷宮は喜んで乗り込むものではなく、地獄の入口のように恐れられている。

 信心深いものが多いようで自発的に行きたがるものはいないが、ヒト族に舵を取られたままなのが癪に障るから異議を唱えたという感じだ。

 バカなの? と言いたい。

 クェンティンが相手をねじ伏せるような実力を持っていれば何の問題もないのだ。

 弱いのが悪い。

 だからこそ、族長がクェンティンの意見を支持すると決めた以上、反論せずに引き下がる。

 好戦的だが、躾けられた犬でもある。

 これが獣人たちの本能なのだからしょうがない。

 面倒だが、その分裏表がないので扱うのは容易かった。


 この遠征は、獣人たちにとって魔境である大平原を自分たちのテリトリーにする意味合いが強い。

 獣人たちだけでは黒煙を立ち昇らせるベドナ火山の五合目すら攻略できないこともあり、少しでも狩場を広げるために大平原へ進出する必要があるのだ。

 農耕も草食系獣人主体で進めてはいるが、やはり獣人の本能である狩猟は失くすことができない。

 牙を抜かれて野性味を失った獣人はただのペットである。

 需要はあるだろうが、彼らのプライドは死ぬ。

 彼らが彼ららしく生きるために、本来持っている輝きを奪いたくはないのだ。


 それに、たまに大平原を跨いだ先にあるオリエンス王国から交易隊商が来ないとも限らないので、安全な交易路を確保しておくことも今後の課題になってくる。

 大平原に獣人たちがある程度安全を確保できるエリアを持っておくのは大事だ。

 隊商が通るようになれば、安全を保障するという意味で関税が取れる。

 そうなれば獣人村は富むだろうし、その上にいるベレノア公ことボン坊も隣接領に対して力を持つようになる。

 ボン坊が周囲を黙らせるほど力を持てば、おのずと獣人村の存在も認知されるようになって、人攫いが横行する情勢もマシになっていくかもしれない。

 うまく回すことができればいいこと尽くめだ。

 そのための布石のような遠征計画なのだ。

 ここまで見通している代表はひとりもいないだろうが。


 大平原の安全を確保する方法として別の案があるとすれば、目に付いた魔物を片っ端からテイムして、交易路を守らせることだ。

 しかしこれには致命的な問題があり、テイムが半永久的に続くものではないので、あるときを境に洗脳が解けて、急に隊商を襲い出す可能性が捨て切れないのだ。

 何事も思い通りにはいかない。

 だからこその地道な土台づくりである。


 その後は参加組と留守組の代表がそれぞれ意見を出し合い、酒と肴をたんまりと腹に収めたあたりで解散となった。

 熊さんを含めた代表たちを帰した後、残ったのは俺とマリノア、クェンティン、それと最近息子が暗殺未遂をして獣人たちから白い目で見られているボン坊だ。

 まったく、親子揃って俺を陥れようとするなんていい度胸だよ。

 血は争えないというやつだね。

 ボン坊は責任を感じ、でっぷりした体を限界まで小さくして恐縮しきった顔をしている。

 代表たちとの話し合いでも一言も話さなかったし。

 俺は後ろに手をつき、足を伸ばして寛いでいる。

 足を揉もうとする甲斐甲斐しいマリノアをそっと止めつつ、緊張したまま汗を垂れ流すボン坊に目を向けた。


「それで、ボンさんは言っておきたいこととかないの? 迷宮は参加しない方向みたいだけど」

「はい、我輩が意見をするなど恐れ多いであります。我輩は生きる価値のないゴミクズであります。ゴミクズになど声をかける必要もないのであります……」


 卑屈さに磨きがかかっている。

 これでも王家の血筋で、真っ当に領主をやっているのだから驚きだ。

 そういった境遇を気にせず気の置けない付き合いを続けてきたから、ボン坊も素の自分で平謝りをしているのだろう。

 「我輩は貴族でありますぞ! むしろ貴様が謝るであります!」とかほざいたらミンチにする用意もあったが、それをしないのがボン坊である。

 あまりに威厳がなさ過ぎて獣人たちから舐められているが、それは本人の資質の問題だろう。

 だから息子ティムの一件から二週間経ったいまでもボン坊は思い詰めているわけで、そんな調子だとこちらとしても気が滅入るのだ。


「そんなに自分を責めなくてもいいじゃない。俺は始めから怒ってないよ」

「そういうわけにもいかないのでありますぞ。愚息の処刑も十分あり得たのでありますから。それを恩情で生かされ、このまま何も罰がないのでは我輩居た堪れないのであります」

「あれは状況が悪かったよね。みんな見てたし。まぁ、死刑になんてしないよ。俺の身内に手を出すとかでない限り」

「うぅ……胸が苦しいであります……」


 以前、猫ちゃんことミィナに裸で近づき、俺に勘違いされたことを思い出しているのだろう。

 あのときは泣きじゃくる裸の猫ちゃんが襲われたものと思い、迷わずボン坊を殺そうとしたのだ。

 マリノアに止められて股間を蹴り上げるだけで済み、かなり時間が経った後に誤解は解けたが、ボン坊の心には恐怖として刻まれてしまっている。

 その反動で必要以上に恐れているのかもしれなかった。

 しかし、ティムに関しては本当に罰を与えるつもりはない。

 ボン坊のお手付きメイドさんからも、「あの一件以来旦那様が怯え切ってしまい勃つものも勃たず夜の営みが絶えて久しいので困っています」と不満が爆発しているという。

 まだ子どもを作る気か、と思わなくもない。

 ティムの母親は領主邸で幼い弟妹たちの面倒を見ているらしいので、この事実を知らないだけマシかもしれない。


「結局子どもの行き過ぎた悪戯ってことになったんだから、それ以上に引っ張る方がアル君の善意に背いてることにならねないかな?」

「それはそうなんでありますが……」

「その分働けばいいんじゃない? 自分の納得できるまで」


 クェンティンと俺の意見にも、ボン坊の表情は晴れない。


「息子をこのまま増長させていいものかと思っているのであります……」

「しっかりしろよ、父親」

「そうだぞ、父親」


 親にしかわからない悩みを、俺とクェンティンがわかるはずもなかった。

 俺もそのうち父親になるのかなあ、と思う。

 猫ちゃんことミィナとは、嫁となりイチャイチャする機会も増えてきた。

 しかしまだ十歳。

 ようやく手足がすらりと伸び始めてきて、体つきに変化が現れる年頃だ。

 胸をいじろうが股を触ろうが性的な快感はほとんどないようで、脇腹をくすぐったときと同じ反応が返ってくる。

 まだ実は青いのである。

 ミィナの収獲にはまだ早いが、その分ニニアンとマリノアがすべて受け止めてくれるので余裕を持って待てているのかもしれない。

 これがヤリたい盛りの青い性を持て余したガキだったらと想像すると、ミィナは十歳にして妊娠してしまうことになるな。

 いまは大人の余裕があるので、時間とともに色づき始めるのを待ちつつ、自らの手でひとつずつ体の悦びを刺激していき反応を楽しんでいるというわけだ。

 現代日本で明るみになれば鬼畜の所業と蔑まれ、事案扱いでブタ箱行きの未来しかない大変世知辛い嗜みではあるが、ここは異世界である。

 十歳と結婚ができる世界である。

 十歳の猫耳と十三歳の犬耳とエルフの嫁ができてハーレムな毎日を送っている件、というラノベが書けそうだ。

 第一章、開拓。

 第二章、開発。

 第三章、開花。

 第四章、開放。

 見事なまでの性少年マン遊記である。

 異世界万歳。


 というわけで、ミィナとはまだ性交渉を行っていない。

 しかし積極的なペロペロ行為は続けており、腹がよじれるくらい笑って逃げようとする反応から、鼻にかかった熱っぽい喘ぎに変わるのも遠くない……と思う。

 もはや舐めてないところはないと豪語できるくらいには体の隅々を堪能している。

 だんだんくすぐったさから気持ちよさに変わり、猫耳ロリが発情期に入ったら俺得でしかないのである。

 赤く染まる頬に濡れた瞳で見つめられながら、恥ずかしい……と体を隠そうとする仕草、これで勃たない男は男ではない。

 とまあ、嫁との性生活は順調である。


「ティムに関しては俺の方で預かるよ。ちょうどいいから小間使いとしてコキ使わせてもらうってことで」

「よろしいのですか? それではあまりにも軽いのでは……」


 マリノアが驚いたようにピンと尻尾を立てた。

 しかし知っている。

 ティムの話題になった途端、マリノアの尻尾が落ち着かなげに揺れ始めたのを。

 人一倍面倒見のいいマリノアのことだ、やらかしたことに対して怒っていても、家庭教師だった頃の生徒への情は残っていたのだろう。


「これは決定ね。あと、俺の小間使いが楽だなんて誰が決めたのさ」

「アル殿の好きなようになさってくださいであります。ティムもそれで現実を知ってくれればよいのでありますが、わからないようなら、我輩が……」

「いらないから」


 自分を追い詰めて危うい顔をしているボン坊に、びしっと手をかざす。

 息子を×してしまいそうな末期の顔をしている。

 そういうのはいらない。マジで。


「この話はおしまい。マリノア、明日からティムを使うから」

「了解しました」


 あとのことはマリノアに任せておけばいいだろう。

 マリノアは困ったように、けれど安心したように微笑んだので問題あるまい。

 ボン坊は恐縮した様子で、床に額を擦り付けた。

 そこまで大袈裟にしなくていいというのに……。

 たぶん俺の下で働かされるのは、やってみればわかるが死ぬほど面倒くさい。

 大したことのない用事でも言いつける自信がある。

 あんパンと牛乳買ってこいよとヤンキー口調でパシる気満々である。

 わざと煽るのですぐに不満が爆発してまた殺しにくるだろうが、そのときこそ半殺しの目にでも遭わせて恐怖を植え付ければいい。

 好戦的な獣人たちが大人しく従っている意味を、ティムは幼いからか、育った環境の違いが原因かでわかっていない。

 骨の髄まで叩き込むいい機会だ。





 マリノアがふと天幕の外に目を向けた。

 だいたい気づいていたが、マリノアは俺の顔色を窺ってくる。

 「いいよ、連れてきて」と声をかけると、マリノアはスッと立ち上がり垂れ幕をめくって外に出て行った。

 しばらくして、小脇にミィナを抱え、その後からニニアンやヴィルタリア、マルケッタ、スフィやらがぞろぞろと入ってきた。

 まぁ、つまるところ獣人以外の主な面子が揃ったわけだ。


「聞き耳とは行儀が悪いんじゃないですかね?」

「そんなことないわ。私はすでにこの村の一員のつもりでいたのに、大事な話にお呼ばれしていないのよ? 忘れただけなら許してあげる。そういうわけで、聞き耳を立てるくらい悪いことでも何でもないわ」

「おーい、開き直らないでー」


 ヴィルタリアはあくまでも強気だ。

 しかしまあ、主だった代表たちとの話し合いは終わり、すでに談笑程度のやり取りだったので構わない。

 呼んだら呼んだで歴戦の代表たち相手に一歩も引かないのがヴィルタリアだ。

 言葉が通じないにも関わらず、獣人たちはわけのわからない気迫に気圧されるのだ。

 口で言い負かしてしまう様子が容易に想像できる。。

 それはもう会議でもなんでもないので、ヴィルタリアには遠慮してもらった。

 そもそも彼女に獣人村の運営を任せるつもりはこれっぽっちもない。


「まぁいいや、座って」

「理解があるようで嬉しいわ。それで、どんなことが決まったのかしら」


 俺は大平原の遠征と迷宮攻略について話した。

 決まったことと言えば、遠征でどの代表が何人戦士を出すというくらいだ。

 迷宮の方はざっくりとした決定しかしていない。


「私ももちろん参加するわ。迷宮って不思議なことがたくさん起こるから飽きないのだもの。ねえ、カマロフも同行するでしょう?」


 ヴィルタリアの横にはオロオロとするゴツい顔のカマロフがいる。

 俺の叔母にあたる護衛のゾーラと、元王国軍将軍のジオという老兵士は北の商都を目指して旅立っている。

 叔母はリエラと両親の生存が気になっているようだったので、世間話がてらリエラは修道院に、両親は地下組織で元気に暗躍していることを伝えたのだ。

 そしたら居ても立っても居られない様子だったので、後押しして旅立たせてしまった。

 両親にはすでに新しい子どもがふたりいて、彼らのことを知った叔母がどんな反応をするのか少し気になる。

 怒るか、喜ぶか。

 怒ってほしいと思うのは俺の我儘だろうか。

 まあいいや。

 ヴィルタリアを残していったわけだが、彼女の護衛とはなんだったのかと思うほどあっさりと離れて行った。

 それだけ俺を信頼しているのだろうか。

 この偏屈な淑女から解放されたかったのではないと信じたい。

 ゾーラとジオ将軍がいなくなった代わりに、ケツ顎青ひげの強面カマロフが数人の護衛を連れて傍に付いているというわけだ。


「迷宮に行きたいなら止めないよ。止めてもどこかに紛れれて付いてきそうだし」

「私のことがよくわかっているみたいで安心したわ」

「他に行きたいひとは?」

「ボクらも行っていいの? 戦力外だし、襲われたらあっさり死んじゃうけど」


 青白い細腕を上げたのは、銀髪のスフィだった。

 ちゃっかり紛れ込んだスフィやニキータは自然とクェンティンの側に陣取っていた。

 身内がいなくて心細そうだったクェンティンは、息を吹き返したように寛ぎ出している。

 ニキータに酌をさせて、スフィが足を揉み始めるが、遠慮なく股間に手を伸ばされたので身を捩って逃げようとしていた。

 何やってんだと思うが、そんな中でも話はちゃんと聞いていたらしい。


「強い子いっぱいいるから大丈夫じゃないかな。口の周りをたれでベタベタにしてる子とか。エルフもいるし」

「呼んだか?」


 ミィナとニィナの良く動く猫耳を後ろから目で追っていたニニアンが顔を上げる。

 マリノアは俺の傍にミィナを下ろしたので、そこにマルケッタやオルダ、ニィナといったチビたちに、お目付け役のチェルシーや子どもが好きなニニアンがわちゃわちゃと集まっていた。

 大皿に残った料理に目を輝かせて手を伸ばしているので、話に興味のないグループだ。

 ミィナは甘辛のたれが滴る骨付き肉に、冷めてもうまそうに齧り付いている。

 ときたま片腕の不自由なニィナの口につまんだ肉の切れ端を運んでやっている姿を見て、お姉さんなんだなあと感慨深く思う。

 マルケッタは勝手に食べてもいいのか不安そうにしながらも野菜炒めに手を伸ばしていたし、チェルシーは膝の上にオルダを乗せて果物を与えていた。


「ニニアンに期待してるよ」

「ん。応える」


 表情に変化はないが、涼し気な眼差しには確かな信頼感があった。

 ニニアンがいれば、たいていの危機は乗り越えられる。

 お荷物ばかりの旅だとしても、気楽な道中になることが約束されたも同然だった。


 ふと入り口を見ると、ティムが覗き込んでいた。

 視線に気づいたボン坊が慌てて追い出そうとするが、俺はそれを引き止めた。

 マリノアが立ち上がって、逃げ出すティムの肩を押さえて連れてきた。

 これから裁判でも始まるのかというくらいティムに視線が集まっている。

 本人は苦い顔をして力なく俯いてしまった。


「ティム、おまえも迷宮に連れて行くぞ」


 はっと顔を上げたものの、何を言われたのかわからずポカンとしているぽっちゃり顏のティムに、さらに言葉を続ける。


「おまえ、強くなりたいんだろ?」


 一拍置いて、


「当たり前だろ!」


 ティムは叫んだ。

 すぐさま飛んできたボン坊とマリノアにぽかりと叩かれたが、目には不屈の光が宿っていた。

 ふたりが感謝するように頭を下げたが、別にティムのためではないのだ。

 マリノアのことを好きなティムの目の前でイチャついてウェーイしたら気分がいいな、なんて思っただけとは口が裂けても言えない。

 まぁ、子どもの頃って意味もなく年上に張り合ったり、絶対に頭を下げたくない相手がいたりするから、生意気な態度もわからなくはない。

 身に覚えがある所為か、どこか微笑ましい気分でティムを見てしまう。

 この余裕ぶった態度がまるで相手にされていないとティムに思わせてしまい、更なる勘違いを生むことになるのだが、俺はそれをわかっていて放置するような鬼畜野郎なのである。

 更に深い恨みを買って、次こそ本当に刺されないように気をつけねばならない。

 やられるつもりは微塵もないけど。


「ま、行きたくないやつを除いて連れてけばいいと思うよ。マリノア、ミィナ、ニニアンは決定な。そうするとマルケッタとかチビたちが自然についてくるし」

「め、迷宮に入るのはヴィルとアタシだけにするわ。アタシの連れは途中までね」


 カマロフが腹の底から揺さぶるような重低音ボイスで、筋肉質な上半身をくねくねさせながら言う。

 クェンティンのところはチェルシーも含め参加するようだし、結構な大所帯になりそうだ。

 俺、マリノア、ミィナ、ニニアン。

 クェンティン、ニキータ、スフィ、チェルシー、マルケッタ、オルダ、ニィナ。

 これで十一人。


「うそ、ニィナまで連れて行くの?」

「一緒に連れて行かないなんて除け者みたいでかわいそうだわ」

「別に、反対のつもりはないんだけど……」


 チェルシーが疑い深い目をして言ったが、ヴィルタリアに強く反論されてもごもごと引き下がる。

 「でもあんたが自信満々に言うところじゃなくない?」なんて思ってそうな不満げな顔をしている。

 それには激しく同意する。


 ヴィルタリア、カマロフ、ボン坊、ティム。

 ボン坊は強制的に連れて行く。

 合わせて十五人。

 こんなものか。

 戦闘要員はギリギリマルケッタを入れて五名。

 それでも十分すぎる戦力だとは思う。

 最強種族のエルフいるし。


「迷宮の泉でなんでも願いを叶えてくれるらしいから、みんなそれぞれ願いを考えておくといいよ。ぼくはもちろん、マルちゃんと会話したいがために迷宮に潜るわけだから、魔物の言語を理解できるようにしてもらうつもりなんだ」

「すごくいい。その願いとってもいいと思うわ。魔物の言葉がわかるって、それってとっても素敵なことよ。お話ができるなんて夢みたいだわ」

「でしょでしょ?」

「あなたの考え方は柔軟で素晴らしいと思う」

「いやー、理解者がいるとは思わなかった」


 クェンティンとヴィルタリアが意気投合している。

 魔物に惚れ込んだ変態同士、通じ合うものがあるのだろう。

 俺には何が素敵なのか全然わからないのだけど。


「ま、こんなもんかな。各自、気を抜かないように。おやつは持てる分だけだからねー」


 遠足じゃないのはわかっているが、どうしても緊張感がない。

 聞けばクェンティンの父親、商都の大商人が冒険者時代に辿り着いたと言うし、そこらの冒険者が到達できる場所に俺が苦労するとは思えないのだ。


 ――願いの叶う妖精の泉。

 俺は何を望むのだろうか。

 この異世界には原理のよくわからない転移魔術があるくらいだ、空間魔法も可能だろうか。

 何もない空間に収納倉庫を生み出す魔法だ。

 いわゆる四次元ポケット。

 荷物が無限に入り、なおかつ時間が経過しないので腐らず、重量制限もないとかが理想なんだけど。

 これは第一希望かな。

 後は、異世界転移能力とか。

 現代日本に飛べるくらいの転移があるとすごい便利だ。

 これは恩恵を与えるのが神様レベルじゃないと無理そうかなとも思っている。

 精霊が果たして神様にどれくらい近いのかわからないが、さすがに規模がでかすぎて望み薄だろう。

 地続きの世界は転移で移動可能だけど、異世界という空間どころでない壁を跳躍するのは難しい。

 あとは創造生成魔術とかかな。

 無から有を生み出すという、魔術の原理を覆す奇跡だ。

 思い浮かべたものを生み出す神の能力があれば一生生活に困らないだろう。

 最強チート能力で俺Tueeeeeeである。

 想像するのは自由だし、男の子だから期待して浮かれるのはしょうがないよね。

 ニヤニヤしていたら、口に肉を押し込まれた。

 悪戯が成功したように、にへらと笑うミィナの顔がいつの間にか目の前にあった。

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