第17話 エルフ
はったいの ヤツメオオカミが あらわれた!
バックアタックだ!
たたかう
まほう
ぼうぎょ
▶にげる
アルシエルは いちもくさんに にげようとした!
てきに まわりこまれて にげられない!
「ふぅ」
まずは落ち着こう。
へたり込んでしまった腰巾着兄弟はともかく、戦えない四人が固まっていてくれると助かる。
イランのほうは……別に死んでもいいので放っておく。
俺は後ろの四人を守るように戦えばいい。
大丈夫。簡単簡単。
一度に魔術を多用したことはないけど、やればできるって。
『ぐるるぅぅぅぅぅ』
敵意剥き出し。牙も剥き出し。
誰かに噛みついた後なのか、血が滴っている。
蜘蛛の様に縦に並んだ四対の目。
オオカミさんご一行は殺る気でいらっしゃる。
撃退するにしても、水魔術は抵抗がある。
暗殺者とはいえ人を殺してしまったのだ。
トラウマほどではないが、水魔術を攻撃に使うのは少し抵抗感があった。
火魔術は派手なので、次から次へと余計な魔物を集めそうだ。なので却下。
土魔術。ああ、防衛にも使えるじゃないか。
指をくいっとやって、土壁を作る。
円形の筒をイメージ。
イランは筒の外にやってもよかったのだが、ぎりぎりで円の内側だ。
土壁にぶつかってくるオオカミの群れ。
「なんだよ! 邪魔するな!」
「なんでしょうね? ぼくにもさっぱりです」
イランが目を剥いて噛みついてくるが、知らぬ存ぜぬで押し通す。
どうせイランは魔力感知なんてできないだろうし。
土壁の外に意識を集中して、かまいたちをイメージした切り刻む風を生み出す。
さながらミキサーの刃を作り出し、外周をぐるっと一周させる。
キャンキャンと哀れな断末魔が聞こえる。
少し哀れと思わないでもないが、人間を襲う方が悪い。
念のためもう一周。
ようやく鳴き声は聞こえなくなった。
これであらかた屠ったはずだ。
次に水を大量に生み出す。
土壁を壊したら魔物の死体の山。
そんなものをリエラに見せるわけにはいかないので、水で押し流してしまえということだ。
これで襲ってきたこともチャラにしてやるよ。
よく言うだろ、水に流すってな。
そんなことを内心で思いつつ、土壁の外を洗い流す。
魔力がごっそりと持っていかれるのを感じたが、まだ魔力槽の半分程度だ。
送っていた魔力を切ると、土壁はボロボロと崩れ始める。
あっという間に腰くらいの高さまで壊れた。
土魔術で作った壁を定着させて砦のようにすることも可能だが、今回は鉄壁の布陣など考えていない。
魔力を流している分だけ頑丈になるようにしていた。
オオカミはきれいさっぱりいなくなっていた。
うん。お掃除した後は気分がいいね。
「おまえがやったのか?」
掴みかかってきそうな勢いでイランが詰め寄ってきた。
「ぼくじゃないです。どこかに魔術師がいるのかもしれません」
しれっと嘘を吐く。
「嘘をつけ! やっぱり怪しいとは思っていたんだ。実力をいまのいままで隠しやがって」
「だから違いますってば」
俺は逃げるように土壁を乗り越えた。
見るからに苛立ったイランも追ってきて周囲を警戒する。
リエラ以外、蹲って立てないようだ。
ディン、ディノ兄弟は半泣きで震えている。
そこで大人しくしててと妹に言うと、わかったと聞き分け良く頷いてくれる。
教育の賜物かね。
「いまのは絶対におまえの力だろ。なんで隠し持ってた。そうやって自分だけが強いつもりで優越感に浸ってたってわけか?」
「ぼくじゃありませんよ。ぼくの力だとこれがせいぜいです」
指を立てて、その上にポッと火を灯す。
蝋燭の火くらいだ。
その火は、イランがおもむろに振り抜いた剣に掻き消された。
どっと冷や汗が流れる。
いま人差し指が切り落とされるところだったんですけど……。
「魔術師としての素質があると知られたら、あのクソオヤジが黙ってないもんな。だから隠してたんだろ?」
「言いがかりですってば。それよりぼくらを守ってくれた魔術師を探しましょうよ」
「そんなものいねえよ」
このようにややこしくなるから魔術は使いたくなかった。
まあ、元の木阿弥なんだけど。
さて、どうやって誤魔化そう。
と思っていたら、魔物の親分の方で動きがあった。
どこからともなく金髪の美青年が現れて、親分に矢を射かけたのだ。
その一矢が目を抉ったのを見た。
どんな命中精度だ。
動き回っている相手の目だけを射抜くって、尋常ではない腕だ。
親分は怒り狂い、飛びかかり、鉄の剣を振り回した。
ひょろっと背の高い美青年は最小限の動きで避ける。
よく見たら耳が尖がってるな。
あれってもしかしてエルフじゃね?
この世界にきて初めての異種族なんですけど。
美青年は手をかざし、攻撃を避けながら何やら詠唱を行う。
次の瞬間、親分の鉄の剣を持つ腕がスパッとどこかへ飛んでいった。
え? 何の魔術かわからなかった……。
風? かまいたち?
速いし鋭い。
何より魔力を一切感知させない攻撃ってどういうことだ。
親分は突進を繰り出した。
美青年は軽やかに横に避けながら、もう一度手をかざす。
親分は不意に首を傾げるような動きをした。
なんだ? と思ったが、肩から少ない量の血しぶきが上がったのを見て、エルフの美青年は首を狙って魔術を撃ったのだとわかった。
それを避ける親分も強くね?
こういう展開だとあっさり首を飛ばされておしまいなのに。
と、傍観者に徹していた俺たちに思わぬ事態が発生。
親分が尻尾を巻いて逃げだしたのだ。
狙っていたわけではないだろうが、こっちに向かって。
自らの不利を悟って逃げるまでに、何の躊躇いもなかった。
魔物のくせにやるな!
馬鹿なことを言っている場合ではなかった。
イランは今度こそ仕留めてやると奮起している。
あんたいまの見てなかったの? と激しくツッコミたい。
でもそんな時間はない。
怒れる親分の迫力と言ったら、俺は足が竦んでしまったよ。
イランの背中を見て、そして気づいてしまった。
イランの膝が震えていた。
空元気なら前に出るなよ。
そう言って聞き入れるタマなら今頃自分たちは村で大人の帰りを待っていただろう。
イランの意地なのだ。
決して曲げたくないものがあるから、イランは前に出ている。
対して俺には意地やプライドがない。
リエラが無事ならそれでいいやと言う考えだ。
自分の内のプライドを大事にするか、自分以外の誰かを大事にするかの違いか。
向上心には必要なもので、俺には足りないもの。
笑って馬鹿にしてやることはできない。
それは純粋で尊いものだからだ。
イランの剣は毛むくじゃらの熊の足に弾かれた。
ついでにイランの体も肉弾戦車と化した親分にはねられた。
交通事故だ。昨今の交通事故は車ではなく魔物にはねられる。
青信号も赤信号もありはしない。
向こうが来たら避けねばならない。
突っ込んでくるその破壊力は、現代のトラックに近い。
元いた世界がどれほど安全であるか痛いほどわかるね。
俺は動かなかった。
ただエルフの美青年の真似をして、風の刃を撃ってみた。
横薙ぎにスパッと。
自分の力がどれほどのものか、試したいという好奇心に駆られたのだ。
俺はダメだね。
好奇心が抑えきれないときがある。
自分をセーブできない。
注意していても好戦的な部分が顔を出してしまう。
戒め戒め……。
無茶はできない。
最愛の妹がいるから。
親分の首は飛ばなかった。
しかし、動脈を切ることには成功したようで、噴泉のごとく赤いどろっとした血が首から噴き出し、あたりを濡らした。
血が俺にも降りかかる。
うげっ。失敗した……。
頭をやられた下半身は足をもつれさせて倒れ込んだ。
俺の目の前で、ようやく止まった。
レベルが上がったらファンタジーっぽいなと思った。
どこかからファンファーレが聞こえてくることはなかった。
ふと視線を感じた。
リエラ以外の三人が俺に向けてくる目。
どこかで見たことがある。
ああ、思い出した。
ナルシェが俺に向けてきた目だ。
恐怖に染まった目だ。
ゾクッと、首筋あたりに怖気が走る。
ちょっと心地よかった。
ウソウソ。
本当は居心地の悪さを感じていた。
リエラだけは俺に笑顔を向けてきたのが、唯一の救いだろう。
「すごいね、お兄ちゃん! 魔物を倒したよ!」
その笑顔さえあれば誰を敵に回そうが構わないな、なんて格好をつけたことを考えた。
プロウ村はどうなっているかというと、親分の魔物を倒したことで配下は散り散りになって、大森林へと帰って行った。
いまは戦後処理に追われている。
なにせ討伐隊は壊滅状態、プロウ村にも何百人と被害が出ている。
イランは全身打撲に、何か所か骨折もしているようだ。
ディン・ディノ兄弟の長兄、ディルがこの戦いで戦死しており、彼らの悲しみも深かった。
半壊したプロウ村は、ウィート村の援助を受けることになるだろう。
俺は村のこれからより、村を襲った魔物の親分と互角以上に戦っていたエルフが気になった。
リエラとフレアにイランたちを任せ、俺はひとりエルフを追うことにした。
しかしどこを探せど見つからない。
憔悴しきった戦士の人に話を聞いてみた。
「あれ? なんでアルが……エルフ? ああ、あいつか。あのエルフがいなかったら今頃オレたちは全滅だった。最後のキラーボアとの一騎打ちは圧巻だったな。どこに行ったかだって? 大森林のほうに歩いていくのを見たぞ」
エルフは森のほうに歩いていくのを見たと言う。
森。
危険な魔物がうろつく大森林のことだ。
その証言を元に、俺は森へ入ることにした。




