第106話 ミィナの矢
いままで猫ちゃんのことを――言い方は悪いが愛玩動物のように思って接してきた。
獣人の中でも本能寄りの部類だったので、可愛がるのも飼い主目線というか、よくて兄目線だったと思う。
だから猫ちゃんが幕家を飛び出して、ニキータから理由を聞かされたとき、冷水を頭から浴びたような気持ちになった。
以前にもドキッとする表情をすることがたびたびあって、猫ちゃんがより女らしく、大人に近づいているものと喜んでいたのだが、まさか一丁前に嫉妬するとか……。
いや、こういう考え方だからいまの猫ちゃんを傷つけたのだろう。
もう猫ちゃんとか呼べなくなるし。
これからはミィナって呼ばないと。
……いや、慣れないなあ。
猫ちゃんが幕家を静かに出て行ってから追いかけたが、その日は諦めた。
追いついたのはいいが、何もない荒野に向かって声を上げて泣く猫ちゃんの姿が衝撃的で、一歩も近づくことができなかったのだ。
猫ちゃんの横にはマルケッタとオルダも付いていたから、ほぼ危険はなかっただろう。
暗闇に向かって喉を絞り出すようにして泣き続ける猫ちゃん。
泣き疲れてぐったりし、マルケッタの馬体に乗せられて幕家に戻るまで、俺は息を潜めて見守っていた。
翌朝から、俺は猫ちゃんに会うことができなくなった。
それはひとえに、会わせまいとする連中の強硬な姿勢によってだ。
「ややー! や!」
「ううー」
ケンタウロスのマルケッタが背中に貼りつき、ドワーフのオルダが足に引っ付いている。
「……おいおい、なんだこれ?」
「ややや!」
「うう」
「君らは猫ちゃんを第一に動いているみたいだけど、俺だって同じ思いなんだぜ?」
まったく信用されていない様子で拘束はびくともしない。
昨日の猫ちゃんの態度から、どうやら俺を女の敵認定したようだった。
マルケッタは猫ちゃんの第一の親友だし、感受性も強そうだから、辛い状況の猫ちゃんの心を察して行動しているのだろう。
いい友達を持ったな、猫ちゃん。
しかしマルケッタの羽交締めは悪いことばかりではなかった。
ちょうど首あたりに布越しながら柔っこいお胸がぽよんぽよん当たるために、ちょっと気持ちいい。
それほど膨らんでいるわけではないが、柔らかさはわかるのだ、けしからん。
猫ちゃん、いい友達を持ったな(ゲス顔)。
足元のオルダは、残念ながら鶏ガラである。
もっと飯食え。
足の甲に感じるお尻はムニムニだが、あくまで子どもの域を出ない。
しっかりとしがみついているので、片足を持ち上げると一緒に浮き上がった。
ちょっと前までは物を持ち上げる握力もなく、呼吸が精いっぱいで病臥するだけだった姿を思えば、随分と快復が目覚ましい。
少女たちの微笑ましい防壁を破って猫ちゃんを追うべきであったが、結局諦めてオルダを抱え上げた。
白旗である。
俺は抵抗をやめた。
もがけばもがくほど馬の前足が腿や尻にガツガツ当たるのも地味に痛いのだ。
たまに踵を踏まれるし。
オルダはとても軽い。
治癒魔術をかけてみたが大した効果はなかった。
毎日チェルシーがサボらず治療しているおかげか、根っこに張り付いている神の恩寵以外は健康そのものだ。
よしよしとあやすと、前髪に隠れた赤目がじっと見つめてきた。
心なしかぎゅっとしがみ付かれたようだ。
抵抗をやめた途端、マルケッタはいい子いい子とばかりに頭を撫でてくる。
「やー」としか言わないが、感情は豊かだった。
そんな彼女に年下だと思われているのだろうか。
まったくけしからんぱいぱい。
おっと、慈母のごとき双山に頭を埋めていたら半分ほど心奪われていたようだ。
最近は発育の良いマリノアに思いの丈を好きなだけ放出する特権を得た自分だが、欲望は際限ないものだということをまざまざと思い知る。
発育中じゃ物足りないって?
そんなことはない。
パイに貴賎なし。
胸張って言えるだろう、パイだけに。
欲深いボン坊やねちっこいクェンティンなら諸手を挙げて同意するはずだ。
やつらはエロに関しては同志であると言える。
スフィの話になると、ちょっとニッチな趣向過ぎて賛同できない。
ただし『男の娘』なる話題を振ると、目を輝かせて食いついてきた。
「世界は広い」としきりに感心していたようで、どうやら彼の見識を一回り広げてしまったようだ。
いったいどこに行きつくやら。
ただし、こう言ったゲスな話題は、金髪シスターのファビエンヌさんや長身そばかすのチェルシーさんが相手だと猛烈ビンタが飛んでくること請け合いだ。
悲しいことにこれが男女の価値観の違いというやつだ。
ささやかなマルパイを堪能した後、ちょうど良い機会なので魔物の魔力循環を試してみることにした。
オルダはマルケッタの背中にちょこんと乗せて、首を傾げるマルケッタの正面に立った。
猫ちゃんやマリノアと手を繋いで毎日やっていたことだ。
最近の猫ちゃんはほとんど相手にしてくれないが、マリノアは尻尾を振って喜んで相手をしてくれた。
おかげで、猫ちゃんより劣っていたマリノアの魔力が、ある程度まで伸びた。
身体強化など体に魔力を流す感覚を養うために始めていたが、魔力操作が無意識でもできるようになればそれだけで有象無象から頭一個、いや、身体ひとつ分飛び出すことができることはすでに実証している。
果たして魔物を相手に魔力循環の効果があるのかわからないが、この場合魔物を手懐けるテイムと方法が似ているため、もしかしたらそっちで効果を発揮してしまうかもしれない。
でもまあ、あれは強引に自分の魔力を流し込んで、魔物に俺は敵じゃないよと刷り込む方法だから、似て非なるものだろう、そう思いたい。
「マルちゃん、ちょっと両手を繋いでみる?」
「やー?」
「猫ちゃんといつもやってた魔力循環法なんだけどね」
「やや!」
たぶん「いいよー!」という反応だろう。
笑って頷いているのでそう思うことにしよう。
マルケッタの手はひんやりしている以外、ひとの手とあまり変わらなかった。
むしろ獣人とかの方が毛深かったり、爪がアーチ状に尖って長かったりして、ひとの手と比べて一目瞭然だったりするのだ。
それに比べればマルケッタの手は綺麗に手入れされ、上品なものだ。
きっとニキータあたりが管理して維持しているのだろう。
あのひとクールな外見によらず、世話焼きな一面があるからな。
手を取るにも、マルケッタの顔は見上げる位置にある。
馬体がすでに俺の腰より高い位置にあるからな。
そこから少女の上半身が伸びているので、たとえ歳が近くとも体高が違うのも頷ける話だ。
魔力を少しずつ流し込むが、最初は弾かれた。
マルケッタもぴくっ、ぴくっと体を跳ねさせ、不思議な感覚に戸惑っている様子だ。
魔力を流したときに感じた壁は、異質な魔力を弾きだそうとする無意識の防衛反応だろう。
魔物をテイムしたときにも常に感じるものだ。
しかし俺にとっては薄膜を破くのと変わらない。
そう、初めての膜を破くのと何ら変わらないのだ!(ゲス顔)
失敗すれば血管が内部から爆発するよりひどい結果になるだろうが、そこは魔力操作に特化している俺である。
自分の魔力をわずかに変質させ、マルケッタの魔力に馴染むように調整すれば、割とすんなりガードをくぐり抜けることができる。
最初びっくりしたマルケッタも、すぐに落ち着いた。
探りを入れてみれば、やはり魔物は魔力総量が多い。
それに栓が詰まったようなヒト族に比べ、なんともスムーズに魔力が全身を廻っている。
これでは魔物が手強いのも納得だ。
魔力的な観点から見れば脆弱であるヒト族は、数と技術に恃んでなんとか対抗している状態なのだろう。
この手繋ぎ訓練は魔術操作の感覚を身体で覚えるためのものだが、結論から言えばマルケッタには必要なかった。
さすが魔物の面目躍如。
意識的に操作したことはないんじゃないかと思う。
物を見て手を伸ばし掴む動作が当たり前にできるように、戦うと決めて力を籠めると魔力が自動で身体強化に変換できる、といった具合だろうな。
身体強化をされたら人類ヤバいんじゃね?と思うが、ケンタウロス種はそこそこ上位の魔物に区分されていたはずだ。
雑魚は魔力を持っていてもそれをうまく使えていないのはこれまでの狩りでも実証済みなので、それだけでもマルケッタが高等種族だとわかる。
この世界は魔力の扱いに長けたものが強い。
それは魔物も例外ではない。
大森林に棲息していた炎の獣ウガルルム、大平原の地竜、ジェイドの迷宮の迷宮主のカトブレパス、それらも独自の魔力を持っていた。
そんな魔物をこちらに引き込めたら言うことはない。
テイムという方法もあるが、あれは手足のように動かす駒というポジションだから、マルケッタのように友好的な関係を築いた上で味方に引き込めるほうが断然好ましい。
魔物の中で特に知性を感じたのは、大霊峰に棲息する銀龍だ。
世界最強の十指に入るに違いない龍種というチート種族である。
あれとはどんな手を使ってでも戦いたくない。
ゲームで言うところのサブストーリーで、レベル差が段違いのエリアボスである。
近づかない限り戦闘にならないので、大人しくメインストーリーを進めることだ。
こっちはコツコツ上げてLv.83としよう。
ちなみに普通の兵士だとLv.10あれば優秀である。
銀龍はLv.8000くらいだ。
ちなみに数字はフィーリングだが、あながち間違ってはいないだろう。
戦闘も、交渉すらできるほどの実力がいま俺にはない。
ならば触らぬ神に祟りなしというやつだ。
手が届くところで、ちょうど大平原で見かけるユニコーンも知性があると聞くが、あれは異常に足が速くて滅多に近づいてこず、常に遠目でしか見ることができない。
あとは外見がひとに近いものだと、王都南部の森で遭遇しかけたヴァンパイアとかか。
あのときは猫ちゃんとふたり旅の途中で、迷い込んだ森で猫ちゃんがすっかり怯えて尻尾を股に丸め込んで震え上がっていたのだった。
向こうがこっちに気づいて接触を嫌って離れたようにも見えたので、やはりヴァンパイアにも知性はあるのだろう。
機会があれば穏便に接触を図ってみたい。
その後も少しばかり魔力の循環を調べ、マルケッタがくすぐったそうに身を捩るのを見て、俺の中のおじちゃんがハァハァしていた。
「うあ!」
唐突だがオルダが声を発した。
小さな指を遠くに向けている。
振り返ると、青灰色の尻尾が揺れているのが見えた。
複雑なお年頃の猫ちゃんが幕家に半身を隠してこちらをじっと見つめているではないか。
正直背中に冷や汗をかいた。
女の子に距離を取られることに慣れていないこともあるが、猫ちゃんが色が抜け落ちたような無表情だったので、心の罪悪感をチクチク刺激した。
現状マルケッタとちょうど両手を繋いで仲良くしているところだ。
傷つきやすい年頃の猫ちゃんが勘違いするのはもはや必然。
「猫ちゃん! こっちにおいで!」
ならば否定も肯定もせず、素知らぬ顔で丸く収めてしまえと。
しかし猫ちゃんは背中を見せると、タタタッと走って去ってしまった。
「ややー!」
「いやいや、俺悪くないし。猫ちゃんも拗ねてるのよくないと思います」
非難するようなマルケッタの声に、しかし俺は反論する。
「やーや!」
「そんなこと言われましても……といってもやーとしか聞こえないんだけども……」
「やや!」
「猫ちゃんの気持ちはわかってんだよ。俺だって受け入れるつもりなんだ。要は猫ちゃん次第だと思うんだよね」
ちなみにマルケッタが何を言いたいのかわかっていない。
ほぼ独り言である。
まぁ、猫ちゃんの気持ちは複雑すぎてよくわからない。
簡単に行かないのが人の心というやつだ。
マリノア、ニニアンという存在が猫ちゃんにとって姉や保護者のようなもので、そのふたりが俺と親密な関係になったことでどういう変化をしているのかもわからない。
ときにお互いに何の問題もなくとも、周りの関係性が邪魔をすることがある。
マリノアと俺、ニニアンと俺、マリノアと猫ちゃん、ニニアンと猫ちゃん。
これらの関係性がぶつかり合って、猫ちゃんが動けないでいるんじゃないか。
普通、好いた相手は独占したいって思うよな。
その思いが醜さを生んで、自分はこんな奴だったのかって自分に失望することもあるのだ。
いつの間にか自信がなくなって、右にも左にも行けないまま思い悩んでしまうとかね。
そんなお年頃なのだ、想像だけど。
「――っ!」
そんなことを思っていたら矢が飛んできた。
いつでも戦闘態勢に入れるように警戒は怠らなかったので、後頭部を狙った矢を振り返り様掴み取る。
「あつつっ!」
摩擦で手のひらが焼けたかと思った。
矢には羊皮紙が巻かれていた。
いわゆる矢文というやつか。
これほどまでに弓の腕を持つのは、俺の知る限り、ニニアンとあとひとりしか知らない。
そしてニニアンなら、俺の脳天はあっという間にグロ画像になっている。
猫ちゃんめ、古風なことをしおる。
「猫ちゃんはまったくよぉ、可愛いところがあるもんだぜ。あんなに可愛い女の子を他に知らないぜ」
少し声を張って独り言を呟いたら「早く読め」とばかりにもう一本矢が飛んできた。
こっちは余裕をもって掴むことができた。
結び目を解いて広げてみると、文字を習いたての子どもが書いたような慣れない字が綴られていた。
『ある え
みぃな かなしいかった
ある は まりのあ が いれば いいの?
みぃな いらない の?
いっしょ いられない の?
やだ
それ やだ
でも ある は まりのあ えらぶから
みぃな いらない
やだけど やだけど
くるしい のも やだ』
はっとして顔を上げてみれば、猫ちゃんの気配がない。
「ええ!? これってギャルゲーでよくあるヒロイン追いかけるイベントですか!?」
「やや?」
「ちょっと猫ちゃん追いかけるから。今度は引き留めないでよ!」
「ややー!」
「わかった!」と言ったように聞こえたので、俺は急いで駆け出し――直後に首をぐいと引っ張られて「うげっ」と首が締まり、瞼の裏にちかちかと星が散った。
「やや!」
マルケッタが笑顔で自分の背中を指差す。
「乗れよ」と言うことか。
その前に首絞めたことを謝れよぅ。
オルダを前に座らせ、いそいそと俺も跨った。
思ったより柔らかい座り心地。
「ややー!」
「行くよー!」との合図だろう、マルケッタが軽快に駆け出した。
さっきまで俺を行かせないように抑え込んでいたのはなんだったのか。
猫ちゃんに会わせないように協力していたのではないの?
矢を射るまでの時間稼ぎだったとか?
魔力を広範囲に飛ばし、猫ちゃんの魔力で探知してマルケッタに方向を指差し足取りを追った。
なんとか村の外れで背中をみつけることができた。
いまも村から遠ざかろうとしている。
マルケッタは風と一体になったように猫ちゃんを追っていた。
俺は苦しんでいたという猫ちゃんの心情を想像した。
どうすれば正しいのか。
今更マリノアとニニアンを追い出して、猫ちゃんひとりを選ぶことはできない。
みんなが円満にまとまる魔法の言葉。
都合が良すぎるだろうか?
俺の中に果たして猫ちゃんを楽にする言葉があるのか。
オルダの小さなつむじを見下ろしながら、じっと考えていた。
○○○○○○○○○○○○
アルがマルケッタの背に乗ってミィナを追いかけている頃、獣人村の反対側は一様に騒がしくなっていた。
というのも、連なる馬車が十台を超えてこの獣人村にやってきたのだ。
村の代表であるところの熊さんことベアードと、ちょうど席を同じくしていたクェンティン、ベレノア公、スフィの四人が慌てて駆け込んできた見張りの犬系獣人に引っ張られるようにして、獣人村の入り口でこうして団体一行を出迎えることに相成った。
まず最初に馬車の先頭から降りてきたのは、旅装の女性だった。
三十を超えたあたりか、燃えるような赤毛が特徴で、目つきが少し鋭い。
彼女が降りてくると、中に向かって手を差し出した。
その手を取って馬車を降りてきたのは、ふわりと浮きそうな漆黒のドレスの淑女だった。
しっとりと濡れたような黒髪を結い上げて、知的な印象を受ける涼しげな顔立ちだ。
付き人のような赤毛の女性からコートを羽織らせてもらうところなど、いいところの出自だと見ただけでわかる。
その女性は腕に少女を抱えていた。
青灰色の猫耳をして、片目や腕に包帯を巻き、左足の膝から下がなくなった痛ましい姿をしている。
「あれはアル君のところの猫にそっくりだね」
「びっくりでありますぞ。もしやミィナ殿の姉妹でありますか」
「あら、ご存じですのね。こちらはニィナ。私はヴィルタリアと申します。こちらにアルという少年はいらっしゃいます? 王都から手紙の返信をいただいて会いに来たんですの」
ヴィルタリアと名乗る淑女はそう言ってちらちらと辺りを見渡した。
「申し遅れましたぞ。我輩ボンジュール・ベレノア・ハムバーグであります。アル殿ならば村のどこかにおりますゆえ、しばらくお待ちいただきたいのであります」
「いえ、待つのは好きではないので自分の脚で探します。ゾーラ、行きましょう?」
ヴィルタリアという淑女はどうやらせっかちなようで、腕の中の猫獣人が「ミィニャ♪ ミィニャ♪」と楽しげに歌う姿に頷いて、スタスタと歩き出してしまう。
腕の中の猫少女に「どっちかしら?」と尋ねると、「あっち!」と楽しそうに指差した。
困ったようにゾーラと呼ばれた赤毛の女性が後を追う。
「また濃い女性が現れたものだね」とクェンティンが肩を竦めてため息交じりに言う。
「それを君が言っちゃダメでしょー」と優男のスフィが能天気に言うが、「おまえが言うな」とクェンティンが目を剥いた。
「あ、そういえば」とヴィルタリアが足を止める。
「私、王都で売られていた獣人たちを買い集めて連れてきたんですの。ここは獣人村でしょう? おいてくださらない?」
「それは構いませんぞ。王都まで我輩たちの手は届かなかったので、むしろありがたいことありですぞ!」
「そう、それはよかった」
ヴィルタリアがにこりと微笑めば、すでに気を許したベレノア公が腹を揺らして盛大に歓迎する。
馬車の周りの護衛団のような連中が次々に目深に被っていたフードを後ろへ流し、窮屈そうにしていた尻尾と耳を露わにした。
ベレノア公はいたく感激して、そのまま彼らに飛びつかんばかりに諸手を上げて歓迎した。
クェンティンは思う。
道中、さぞや大変だっただろう。
獣人を鎖に繋いでいるわけでもなく、護衛として移動しているのだ。
よからぬ輩が手を出すことも考えられた。
馬車に旗を立てていないのも余計に奇異の目で見られたに違いない。
家名を隠すのはお忍びのつもりだからだ。
偽装の商隊の旗を立てることも考えなかったのだろう。
領地から領地へ移動するのに、随分と金をばらまいてきたに違いない。
ゆえに、目の前の淑女は王都でも名のある家柄の貴族だろうと想像できた。
でなければ途中通り抜ける領地の貴族が、すんなりと許すはずがない。
伯爵か侯爵あたりの家かな、と辺りを付けたが、あながち外れてもいなかった。
遅れて後続の馬車から次々に獣人が降りてきた。
その中にのそりと大柄の、身なりのいい男が土の道に降りてくる。
クェンティンは目を凝らし、そして驚いた。
獣人よりもオーガに近い顔つきの強面だったからだ。
「カマロフ! 先を急ぎますよ! 貴方をアルに会わせてあげたいのです。ほら急いで!」
ヴィルタリアは集まってきた獣人村の面々の奇異の目にも動じず、むしろ興味深げににこりとほほ笑んだ。
貴族に恐怖を植えつけられた獣人の中には、裏表のなさそうな笑みにもびくりと怯えるが、そんなことは気にせずヴィルタリアは猫獣人の幼女を抱えてずんずんと先導する。
「まぁ何はともあれアル殿を呼んでからでありますな」
「そうだね、害意があるようには到底思えないし、王都の獣人たちを集めてきたってのは嘘でもなさそうだし」
馬車から降りて所在なさげにしている獣人たちの中には、傷つき包帯を巻いているものも多かった。
戦争の傷というよりは、王都の娯楽に"使われた"傷であろう。
こういうときはやけに身軽なベレノア公が、早速新顔たちを纏めるために声をかけに向かった。
クェンティンはとりあえず、スフィと一緒にヴィルタリア女史を追いかけることにした。
跳ね返りなお嬢様がそのまま歳を取ったような彼女のすっと通った背中を見つつ、クェンティンは気が合いそうだと年甲斐もなく浮かれた。
ようやく獣人村に集合。
ヴィルタリアさんのマイペースな性格は割と好きです。




