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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 四章 愛憎喜劇
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第101話 鉄国回想

 その夜、猫ちゃんがすぴーすかーと寝入った後、油さしに火を灯してマリノアと向かい合って床に座っていた。

 両足を横に流して座るマリノアに膝枕してもらっている猫ちゃんが羨ましい。

 俺はボリボリと頭を掻いて過去を振り返る。


「うーん……思い返せば寄り道の連続だったような……」


 最初は妹リエラの足取りを掴むために、転移魔術で飛ばされる前の村を目指したのだった。

 途中でエルフ師匠を探すニニアンと遭遇し、すったもんだで同道することになった。

 到着した村は廃墟と化し、半分ほど大森林に吞み込まれていて、元村人は濃い魔素に当てられて死体がリビングデッドとなって徘徊していた。

 さらに転移の魔術師ジェイド・テラディンの残した魔核が迷宮を生み出し、俺たちは三人で最深層を目指した。

 途中、王都から派兵された一軍やら魔術師団を率いる叔母やら魔物を愛する偏屈三十路に構われるやらでいろいろあったが、なんとか魔核を手に入れ迷宮を潰すことに成功した。

 その魔核はいま、ニニアンが預かっている。

 他にも何かいた気がするが、あんまり思い出したくないのでスルーでいいだろう。


 迷宮は消滅し、魔素も鎮まった。

 俺たちは妹の置手紙に従って西部地方から北部の商都テオジアへ移動した。

 商都テオジアのセンテスタ修道院にいるはずの妹の足取りを追うが、掴まえ切れず。

 修道女たちは村への奉仕活動へ出たことを知って追いかけるが、山賊団や領軍、地下組織や村の自衛団が相争う混沌の戦場へと巻き込まれていく。

 不意打ちで山賊に捕まり、奴隷として北に売り払われそうになったのはいい思い出だ。

 山賊が村人に行った惨状を目にし、妹たちが巻き込まれるくらいならと山賊団の拠点に殴り込みをかけて大虐殺を行った。

 取りこぼした山賊から"血塗れの悪鬼”と恐れられるようになったが、それで妹への危険が減るのなら安いものだ。

 そして、主戦場となったドンレミ村で山賊団の頭領の首を獲って、この一件は収束に向かっていった。


 転移の魔術師ジェイドが結局今回の一件に途中から絡んでこなかったのが気にかかるが、情報が足りない。

 商人で情報を集めるのに長けたクェンティンに探ってもらうのもいいだろう。

 裏で何やらきな臭い攻防があったようだが、結局のところジェイド側が敗北したとみていいはずだ。


「猫ちゃんとニニアンと俺は商都テオジアから出た後、ほぼ別行動だったんだよな。俺が妹を探して山賊無双をしている間に、猫ちゃんはケンタウロスのマルケッタって子と仲良くなってね、戦争で人馬一体で活躍したって聞いた。その際に腕を失くしたらしいんだけど、磨いていた弓術で敵の弓兵を討ち取ったとも聞いた。あの猫ちゃんがマルケッタとの別れを泣いて惜しむくらいだったから、相当仲良くなったんだと思う。ニニアンのほうは知らない。あれは同じエルフを探して旅をしてる。行動理由はほとんどそれ」


 ミィナの腕取れ事件にマリノアは顔を顰め、ニニアンの話には深く考える様子を見せた。

 そして、ミィナの親友と呼べるマルケッタなる人物の話には、俺と同様喜んだ。


「ミィナにそんな友だちができたんですね。話を聞く限り、危険なことばかりでわたしとしては落ち着いていられませんけど」


 むにゃむにゃと寝言を漏らす猫ちゃんの青灰色の髪を、マリノアの細い指が梳いていく。

 ああ、俺が膝枕変わってもらいたい。

 でも真面目な話をしているしな。

 がまんがまん……。


 商都周辺では出会いがたくさんあった。

 獣人とハーフドワーフの美女や、青年商人とメイドのクォータエルフ、修道女たち、病に冒されたドワーフの幼女に、北国生まれの銀髪幼女。

 あと変態で両刀な銀髪青年。

 師匠とも再会して、いろいろ気が重くなる話をした。

 他には、妹には会いたくても会えないのに、『忘れた頃にやってくる』を地で行く感じで父親に遭遇した。


「お父上には会えたんですね」

「苦い再会だった……。口の中が苦くなるってああいうのを言うんだろうなぁ……」

「えっと……そうだ、お母上には?」

「そっちには会えなかったよ。父親に会った時点で会う気も失せた」

「えっと、ええと、でも、無事とわかるだけでも違うと思います。わたしもそうだと……」


 俺を励まそうと必死になってくれるマリノアの心遣いが地味に嬉しい。

 ワタワタして尻尾が小刻みに床を掃いていたし。

 彼女の心遣いを感じられただけで十分だ。


「その後俺たちは北に向かったんだ。ドワーフのオルダって幼女の家族を探すのと、鉄国の大領主一族の後継者争いに介入するためにね」


 前者は目も当てられない事実がわかっただけで、オルダには辛い現実となる。

 オルダの村のものたちはすべて鉱山に連れて行かれて村は廃れ、その両親も反抗したために見せしめに殺されていた。

 鍛冶神の恩寵(呪い)という称号を先天的に持ち死にかけていたオルダは、そもそもドワーフという種族から畏れられ、忌み子として遠ざけられる存在だった。

 そのためオルダを引き取るものはドワーフの中にひとりもいなかった。


 それを冷たいとは言えない理由がふたつある。

 ドワーフの国家内での立場は奴隷労働扱いで、労働力にならない幼女をさらに抱える余裕がどこにもなかったこと。

 オルダはテオジア以北の村々に疫病を流行らせた元凶だったように、ドワーフの中でも穢れた存在という認識だったこと。

 ステータスを視れば神の恩寵だとわかるが、視えないものからすれば疫病という猛威を振るい、異常な赤目を持つただの疫病神だ。


 数百年に一度生まれるとされる赤目の子は神の愛され子。

 そんな赤子なら早くから殺すべきだと思うところだが、冷たい川に投げ入れようと、燃え盛る火に炙られようと、赤目の子はなぜか死ぬことができない。

 猛威を振り撒いて、めちゃくちゃにしたのち、自らの生命力が尽きることで死を迎えるのがドワーフの言い伝えに残っているという。

 命尽きるのは大抵五歳とかそのあたりだというが、殺すことができないのは神の恩寵の隠れた効果だろうか。

 めんどくさいことこの上ない。

 恩寵として受ける鍛冶の力を発揮する前に、副作用としてかかっている呪いが周囲と本人を蝕んで殺し尽すというのも勿体ない話だと思う。

 死の淵で細く生きるオルダには迷惑な話だろう。

 本人の意思などまるで意に介さない神とやらに腹が立つ。


 本来は気の良い、横幅が異常にでかく筋骨隆々なドワーフたち。

 彼らから様々な話を聞いたが、その中でも胃が痛くなる内容だったのが、オルダの村に住んでいたドワーフたちが老若男女関係なく鉱山送りになったその理由が、大平原での鉄国軍ドワーフ部隊の潰滅にあるというのだから思わず空を仰いだ。

 誰にも打ち明けることはなかったが、なんだかいたたまれなくてドワーフたちには最大限の支援をしようと決めた瞬間だった。


「あのときのドワーフ軍が巡り巡ってそのように影響されるなんて……アル様ばかり苦しんでいて、わたしはとても辛いです。大平原ではわたしたちを守るためにたくさんのひとを殺めて、そしてひとりで苦しんでいたアル様をわたしは見ているだけでしたから」

「いいんだ、もう自分の中で整理がついてる。ぐじぐじ悩んだりしないよ」

「それでもわたしは――!」

「……んにゃ……まりー、うるしゃい……」


 猫ちゃんがむずむずと起きそうになって、マリノアは少し冷静になった。

 気持ち声が大きくなっていたことに気づいたようだ。


「マリノア、俺は辛いことがあったら誰かに頼ることにしてるんだ。マリノアにも頼っていいかな?」

「はい、喜んで」


 マリノアは深く深く頷いた。


「ありがとう。で、続きだけど、同行者に面白い子がいてね――」


 ドワーフ族から弾き出されたオルダ。

 しかし捨てる神あれば拾う神あり。

 恩寵を押し付けるだけの神よりよほど女神だと思ったね。

 十四歳にして瘦身で背の高いチェルシーという少女。


 修道院に在籍していたが、商人を目指してクェンティンに師事した稀有な子だ。

 ドワーフたちの歯切れの悪い、しかし遠回しなオルダの拒絶にブチキレて、「オルダはわたしが面倒みるから! いまからわたしの家族だから!」と言い放った。

 そのときのキリッとした女丈夫の気風を見せるチェルシーを、俺は本気で尊敬したね。

 まあ、チェルシーが言い出さなければ俺の方で預かっていたけど。

 呪いの方はいますぐ解呪する手立てはないけれども、病気の進行を先送りにすることはできた。

 いずれその恩寵を如何なく発揮してもらいたかったので、ドワーフたちの反応はむしろ手元に置くチャンスと思ったくらいだ。


 しかしそばかすが鼻の上に少し浮いたチェルシーは、オルダが一族から除け者にされることが我慢ならなくて名乗り上げたのだ。

 後先なんか考えていない、ましてや打算などない。

 そこに生きている幼女がいて、いまは庇護を必要としている。

 足手まといにしかならない幼女をチェルシーは守るというのだ。

 俺よりよほど正しい性根を持っているし、チェルシーには俺のひねくれたところを見通されている節もあった。

 結局オルダの身柄は十四歳の少女が預かることになり、毎日彼女がオルダに治癒魔術をかけることで現状を維持している。


 オルダの病状の根治の最短なルートは、この世界の種族でもっとも精霊に近いエルフ族に頼むこと。

 残念ながら師匠にはアポを取れないため、同行者のニニアンに頼むしかなかった。

 しかしドワーフ嫌いのニニアンは、重い運命を背負った幼女の全癒に最後まで協力を拒んだ。

 理由は土臭いから。

 他にも理由はありそうだが、頑として言わなかった。

 そうなると「クソみたいな意地で救える命を救わないんて!」とチェルシーがまたも暴発しそうになって、俺はメイド姿のニキータとふたりで彼女を止める羽目になった。


 ニニアンはぷいと明後日の方を向いて交渉の余地なし。

 オルダの呪いは猫ちゃんの腕を再生させた妹リエラの上級魔術でも治せないほどに根深いものだから、エルフの協力は絶対だった。

 それか俺が自分の治癒魔術の練度を上げるしかない。

 足の一本や二本を軽く生やせるようにならなければ挑む権利も得られないほど超高度な呪いなのだ。


「そのオルダさんは? ご一緒ではないのですか?」

「そっちはチェルシーに預けたまま。今頃商都にいるんじゃないかな? 俺たちは目的が違うから、途中で別れたんだよ」


 峻厳な霊峰に囲まれた鉄国に踏み込んだもうひとつの理由。

 それは領主の後継争いに介入すること。

 北国で四つある大領主の一角フリーザー家。

 その分家は二十を超えていた。

 その中でも大した権力を持たない分家の若武者、ヴァレリアン・ゴルム・フリーザー。

 その後見人に、フリーザー本家に連なるもので、放蕩人として有名だったアスヌフィーヌ(仮名)が名乗り上げた。

 修道院で籠の鳥となっていた銀髪幼女ミリアの形見の品――フリーザー一族の首飾りとともにヴァレリアンを担ぎ上げると、一挙に勢力が覆った。

 それはもう唖然とする手際だったのを俺は覚えている。

 使えるものはすべて使うとばかりにアスヌフィーヌことスフィが領内に飛ばした使いは百を超え、彼の呼集にいち早く参じた実力者たちは五十人以上。

 人を動かし、権力を動かすということがどういうことか、俺はすぐ横で目の当たりにすることになった。

 人が動き、その人がまた別の人間を動かす。

 連鎖的に大きくなる人のうねりを、もはや誰が止めることもできなくなる状態である。

 傍で見ていて背筋に粟が立ったものだ。


 五十人以上とは言え、最初にスフィに心酔する十人が集まり、懐疑的ながら真実を判断しようと陣営に参集した二十人、おそらく各敵陣営に属した偵察のものたちが二十名以上。

 スフィのすごいところは、たとえ敵陣営でも味方に強引に引き込んでしまうやり口だろうか。

 連名でヴァレリアン陣営の発足を担う際、そこに集まった全員の名を書面に起こしたのだが、別陣営からやってきたものたちに「ここにきたなら味方だよね? 名前、書けないわけないよね?」と手八丁口八丁で筆を執らせ、さらにその連盟の写しを各陣営に飛ばし、動揺を与えた。


 そりゃそうだ。

 情報収集のために送り込んだものからの情報が届く前に、連盟の発足と寝返りの事実を知らされたのだから。

 しかもご丁寧に、寝返ったものの印証がいつの間にか押された文書も添えられ、末尾に『正統性が強いため他陣営にもはや勝ち目などなく、潔く配下に加わるが賢明』の一文がダメ押しに綴られている。

 暗にこっちに寝返っちゃったよと読み取れる内容だったために、各陣営は混乱がいや増した。

 それが本人の手によるものではなく、スフィが手を回したものであると知るのは、ことがすべて終わってからという電撃戦である。

 そうやって周辺の小貴族たちを疑心暗鬼に陥らせ時間制限を設けて決断を迫りつつ、本家の切り崩しも同時に進めた。


 厳重に守られたフリーザー領主の邸宅。

 そこで次期領主にもっとも近い男としてふんぞり返っていたスフィの伯父。

 邸を秘密裏に二千の兵で囲い、正面から乗り込んで武力解除を求めた。

 かつてスフィ自身を暗殺しようとした罪を糾弾して牢にぶち込んだ。

 「まあ、この一族、誰でも多かれ少なかれ暗殺者を送り込んでるんだけどね」と笑いながら教えてくれたスフィのなんと晴れやかなことか。

 だから変態性癖になっちゃったのかな。

 そうならなきゃやってられなかったのかなと同情を誘った。


『あ、それは単なる趣味。最初に勃起した相手が従兄のカーネルくんなんだよね』

『……』


 頭がおかしいやつは最初からおかしいんだなと思った瞬間だった。


 本家を押さえたスフィは、同時にヴァレリアンの名において、現在商都の修道院で静かに暮らしている銀髪の幼女オーフェミリアことミリアを保護していることを、少女の所在を隠したまま公表。

 一族の首飾り、本家の女児、本家の血筋が一か所に集まったヴァレリアン陣営は、先手を打って他陣営を動揺させていた影響もあり、風向きを見た小貴族たちの従属もあって瞬く間に膨れ上がった。

 力を持っていた伯父とヴァルム本家の力を大きく削いだことで、フリーザー家の趨勢はほぼ決した。

 と思っていたが、面倒は残っていた。

 ヴァレリアンの生家ゴルム家がすべて片付いた頃にしゃしゃり出てきたのだ。

 「ゴルムの当主はわしだ」と、でっぷりした銀髪ちょび髭のヴァレリアンの伯父に対し、スフィは兵で囲んで「投獄」と言い渡した。

 幼女ミリアを殺害しようとした事実を捏造するという「さすが貴族!」と後ろ指差したくなる権力の悪用を目の前で見せつけられた。


 策謀を巡らせる中、俺たちは一度、鉄国の村々を回った時期がある。

 金髪イケメンのクェンティンが商売の都合でドワーフの村を訪ねる必要があり、スフィがヴァレリアンを大領主の頭領にするべく色々と下地を作っている間、山々に隠れ住み決起の機会を伏して待っていたものたちと邂逅した。

 驚くことにニニアンがその村の場所を知っており、隠れ住んでいたひとりが雪山でニニアンに助けられたと言ってその礼を言ってきた。

 決起を狙っていた村のものたちは、ヴァレリアンと手を組むことで弾圧派の施策であるドワーフの奴隷化に終止符を打てると踏んで協力を受諾。

 クェンティン個人がドワーフを五人ほど引き抜くことができたようだが、俺には関係のない話だ。


 少数でひっそりと暮らしていたものたちの協力を得たクェンティンは、ここぞとばかりにヴァレリアンに恩を売りつけ、北国の大領主と商都の間に太い販路を開いた。

 これによりクェンティンには巨万の富が転がり込むのだろう。

 いままで冷戦状態が続き、鉄国とはまともな商売ができなかったのだ。

 鉄国側から王国を遮断しており、鉄国側が食糧難になると王国側の村がしばし略奪に遭っていたというから、それも交易でなんとかなるという。

 ドワーフによる高水準の生産力が欲しい商都と、限られた土地で貧困にあえぐ鉄国は、本来うまくやっていける間柄のはずだった。

 欲を出して武力で奪い取ろうとした背景があるから、関係がこじれたのだろう。

 もはや苦労を一手に背負い込んでやつれる若武者ヴァレリアンと、その背後でほくそ笑むスフィとクェンティンが見えるようだった。

 若者、憐れである。


 大領主ヴァレリアンの名を鉄国内で公表した後、ヴァレリアンが暗殺されるか道を踏み外さない限り問題ないとして、俺たちはさっさと北国を出ることになった。

 スフィもまたこれですべて終了とばかりに、表舞台から姿を消す。

 彼の息のかかったものたちがヴァレリアンの派閥に小さくない発言権を持っているので、立役者の彼がいない間に凶行に走ったとしても抑止力になるのだという。

 ついでにスフィの望まない方針をヴァレリアンが取ろうとしても、それを突っぱねるだけの権力まであるという……。


「とても大きい話ですね。国と国の取引です」

「そうはいっても話し合うのはヒトとヒトだけどね。冗談のような会話で実際に領地が動くんだから笑っちゃうよね」


 スフィとクェンティンは政策に参加してはいけない人間だ。

 スフィのごり押しで、領内に男娼館を無理やり作ったというし。

 ヴァレンティン半泣きで書類に目を通していたが、そのしょぼくれた顔がなかなか忘れられない。

 クェンティンは北国にないものをすべて商都で買い付けるように契約を結び、逆に商都以南では手に入らない北国の特産品を長期契約して商都に流れるように手配していたようだ。

 規模がアホすぎて、バカなの?って感じだ。

 良くも悪くも大領主という立場を私物化しているようにしか見えなかったが、結局は領地を動かす人間の欲望が反映されるのが施政なのだろうな。


「鉄国から戻ってきた俺らは、途中で二手に分かれたんだ。獣人村を目指す三人と、商都に向かう六人?に。クェンティンは商人で、拠点が商都だったから。俺はもう商都に用はなかったし、そろそろマリノアが待てないかなと思って」

「まったくですよ。最初の話では戻りは長くなっても三か月と言っていたのに! それを一年も……」

「ごめんごめん」


 猫ちゃんを毛布にくるんで寝かし、俺らも猫ちゃんを挟むように横になった。

 灯火がゆらゆらと部屋を照らす。

 マリノアの濡れた瞳を見つめていると、吸い込まれるような気がした。


「でも、戻ってきました。わたし、アル様の期待に応えたくてたくさん勉強しました。次は連れて行ってもらえるように、役に立てるように」

「いやいや、マリノアは十分助けになってるってば。それに、俺の右腕が務まるのはマリノアしかいないから」

「そうですか……?」

「もちろん。しばらくしたらボン坊のところに行くよ。俺は往復しなきゃいけないけど、マリノアは向こうで少し仕事をしてもらいたいな」

「うぅ、ようやく再開できたのにまたお別れなんですか?」

「ごめんね、俺が頼れるのはマリノアしかいないから」

「……わかりました。わたし、役に立ちます」


 うるうるな黒い瞳がじっと見つめてくる。

 なるほど、言葉だけでは満足できないと。

 身を起こしてマリノアに近づく。

 マリノアも目を閉じて、顔を近づけてきた。

 ふたつの影が重なる。

 ちゅ、ちゅと静かな音が鳴る。


 まさか自分たちをじっと見上げる猫ちゃんの目があったなんて、知る由もなかった。

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