第100話 手紙
翌日から精力的に動き始める。
マリノアの倉庫の備蓄管理を手伝い、帳簿を付ける。
根本的なことだが羊皮紙も筆も在庫がほとんどないとわかり、これは取り寄せねばならない。
必要なものを調べてから一度ボン坊のところに行くべきだろうな。
強盗まがいのように欲しいものを分捕ってこよう。
管理業務なんてのは誰の目にも止まらないところで頑張るお仕事。
マリノア以下、ふたりの部下をこき使って千人強の獣人村の物資を記入していく。
今ある分をまとめるのに数日はかかるかな。
書類がなくなっているところもあって、その補填に時間を喰われた。
ついでにマリノアの部下に字の書き方とかも教えている。
俺は代わりに獣人の言語を勉強をし直して、部下ふたりとも通訳を挟まず会話できる努力をしている。
とりあえず『ごはん』と『休憩』の言葉は覚えた。
村長の仕事も手伝っている。
熊さんを同席させて、村人の代表を集めて要望を検討し、実行に移していくという作業だ。
俺がいない間に大平原への遠征が計画されていたらしく、聞いてみれば足の速いユニコーンや下級竜種の地竜が狙いのようだ。
捕獲のためにはどうしたらいいか、という段階なので、遠征は冬が終わってからになりそうだ。
冬を乗り越えるだけの備蓄が必要だから検討されていたが、現在の在庫を計算してみると大きな問題がない限り冬は乗り越えられそうなので、遠征自体見送りで問題なかった。
マリノアたちの成果が報われたのだが、熊さんたちはよくわかっていなかった。
仕事の合間に、初出産を終えたミル姉さんに会いに行った。
元から巨乳を越えて超乳だったが、出産してさらに膨らんでいた。
もはや魔乳である。
最初の五分くらい目が離せなかったよ。
なんかそこには魔力が秘められているよう。
怖いよう。
思わず幼児退行して乳房に吸い付きたくなってしまった。
赤ちゃんに乳をやる姿は、絶句してしまう光景だった。
赤ちゃんを三人抱えているようなものだったのだ。
乳ふたつと赤ちゃんの大きさが同じってどういうことだってばよ……。
「飲みますか? とミルさんは言っています」
牛系獣人の母乳は美味しいらしく、俺は一も二もなく「飲みます」と即答し、ご相伴に預かった。
猫ちゃんとふたり、ミル姉さんの乳首を咥えてテイスティング。
魔乳を持ち上げると、指が沈んでいくってばよ。
とろけるようなマシュマロおっぱいである。
味の方は、甘くてコクがあり、瑞々しくも味はしっかりとしているという不思議。
人肌に温かいミルクが吸わなくとも魔乳をぎゅっとするだけで溢れてくるという奇跡。
「乳が溜まって重くなるそうです。だから絞って軽くしなければならないので、飲んでくれるのはありがたいと」
マリノアの通訳だけで股間がどうにかなってしまいそうだった。
女性陣に気づかれないように腰を引き気味だったのはここだけの秘密だ。
他にも、突貫で村に作った温泉をさらに改良し、すのこを敷いたりして使いやすくした。
一年経ってガタがきているところの修理をしたり、黒カビが生えているところがあり、そこを掃除しつつ、屋根を作るよう指示したり、冬場の雪対策を講じたり、いろいろやった。
仕事終わりの温泉は格別である。
何を言わずとも猫ちゃんとマリノアはセットだった。
ふたりと入浴して目の保養である。
「はふぅ、極楽極楽」
「みゃぁ……」
「疲れが取れますね、お風呂は」
湯をすくって肩にかけるマリノアは、落ち着いた雰囲気と相まってとても魅力的だ。
温泉の宣伝コマーシャルに起用されてもおかしくないしっとりした艶やかさを見せている。
「ミィナの右腕の毛がなくなっていますが、剃ったんですか?」
「いや、俺もひとから聞いた話なんだけど、猫ちゃん戦争に参加して右腕千切れちゃったらしいんだよね」
「……え?」
「うちの妹が猫ちゃんの腕を生やしたらしいんだけど、毛までは再生できなかったっぽい」
「……ちょっと待ってくださいね? あの、いろいろと聞きたいことがありますが、戦争とか、妹さんとか、わたしが思っているよりもふたりは危険なことをしてきたわけですか?」
「そのあたりも今度まとめて話すよ」
「できれば近いうちにでも。いまはお体に不調はないんですか?」
「俺も猫ちゃんもピンピンしてるよ」
俺は力こぶを作り、ささやかな筋肉の盛り上がりを見せた。
マリノア苦笑いだ。
それに加え、あっしの股間もさっきからビンビンですがね。
猫ちゃんの方は潜水から勢いよく顔を出して、髪に滴る水滴をぶるぶると振り落としている。
完全に温泉でのマナー違反ですね。
マリノアは湯船から上がり、縁に腰掛け、顔を扇ぎ出した。
火照った肌が色っぽい。
雫が均整の取れた裸体を流れ落ち、閉じた脚の付け根に溜まっていく。
ああ、生まれ変わるなら美女の肌を流れ落ちる雫になりたい。
タオルで体を隠さないから丸見えのマリノアの肢体。
上も下も一年前より成長してて、思わずガン見してしまうよ、おじさん。
特にふたつの先端が大人びてきており、以前見たときは引っ込んで尖っていなかったというのに、いまはぷっくりエロチックやで。
「アル様、ちょっと視線が露骨なんですけど……」
「い、いやかね、マリノア君?」
「嫌ではないんですが……」
その証拠に、顔を赤くしつつ照れているものの、腕で隠そうとしないのは評価できる。
評価できるって何様だ。
というわけでマリノアさんからOKが出ました。
そそそっと膝下だけ湯に浸かるマリノアに近づいていく。
猫ちゃんは潜ったりバシャバシャしたり遊ぶのに夢中でこっちを見ていない。
ええやろ、ええやろ? とマリノアのムチッとして引き締まったふとももに手を伸ばす。
というところで、邪魔が入った。
後続に獣人女性陣(おばちゃん・おばあちゃん勢)がやってきて温泉は賑やかになってしまったのだ。
おばちゃん・おばあちゃん勢は獣耳に尻尾がついていてさらに前を隠す文化を持っていないのだが、股間をムクムクさせるどころかなぜかしゅんとさせる力を持っていて、滾る性欲は解消できずに終わった。
そのうち俺は爆発してしまうかもしれない。
獣人村到着三日目に、ボン坊から手紙がいくつか届いた。
俺宛ての手紙を預かっていたようだ。
まず王都から、ジェイドの迷宮で顔見知りになったヴィルタリアより、要約すると『猫の妹が見つかってそっち行きたいけどいまいる?』という手紙の内容だった。
貴族らしい遠回りな語り口は、そういえばあの人貴族だったなあと思い出すくらいだ。
あの魔物バカでトウの立ったお嬢様が時節の侯を使いこなすなんてと思いつつ目を通し、猫ちゃんの妹の存在を知った。
「猫ちゃん猫ちゃん!」
倉庫の木箱に座り込んで目を通していた俺は、最後まで読み切ると弾かれたように立ち上がった。
計上していたマリノアが驚いたように顔を上げる。
「なんですか、アル様、いきなり」
「猫ちゃんはいまどこにいるかな」
「たぶん原っぱだと思いますが」
「猫ちゃーん!」
猫ちゃんの居場所を知ると、俺は手紙を掴んでハヤテのごとく倉庫を飛び出した。
猫ちゃんは村の子どもたちとボールくらいあるダンゴムシのような魔物を蹴り転がして遊んでいた。
ダンゴムシは丸まりを解くと、隙間から黄色いねばねばの粘液を飛ばしてきた。
獣人の子どもたちはきゃっきゃと騒ぎながら粘液を躱している。
粘液がかかった地面がじゅっと音を立てて黄色い煙を上げる。
おいおい、あれ皮膚に被ったらやばくね?
誰も危険性を気にしていないようで、通りすがる大人も微笑ましそうな顔をして去っていく。
子どもたちは思ったより俊敏性が高く、危険と隣り合わせの中で成長していくのかもしれない。
逞しいのか、ただ野蛮なだけなだけなのか俺にはわからない……。
「おっと、忘れるところだった。猫ちゃん猫ちゃん、妹ちゃんが見つかったみたいよ」
「妹ちゃん?」
小首を傾げる猫ちゃんに、王都で猫ちゃんの妹が見つかって、こっちにくるかもということを伝えた。
「ニィニャくる?」
「くるくる」
「ニィニャくるー!」
よほど嬉しかったのかその場で万歳して、くるくる回り始めた猫ちゃん。
獣人の子たちはきょとんとしていたが、猫ちゃんの真似をしてくるくる回っては、目を回して尻餅をついていた。
小さな尻尾や耳をぴくぴくさせて、可愛いいきものたちだ。
「そんなこと伝えに来たのかよ」
「うん?」
俺に絡んでくるチビ公。
以前、「マリノアはぼくのものだ」発言をしたために完膚なきまでに力の差を見せつけて「マリノアは俺のものだ」宣言を熨し付けて返してやった、ボン坊の倅である。
「じゃね~」
「アルは帰るの? あそばにゃいの?」
「仕事があるの~」
「ばいばい」
ティムを颯爽と無視してチビたちと手を振って別れ――ようとしたのだが、俺の前に小さい生き物が両手を広げて行く手を塞いだ。
「もう一度勝負しろ!」
「ごめん、忙しいんだ、仕事でね。マリノアが待ってるんだ。君は遊びに忙しいだろうから、そっちも頑張りたまえ」
「んぎぃぃっ!」
ちょっとぽちゃっとしたティムは、柔らかそうな茶髪の中に指先くらいの可愛い鹿角が生えて、幼さが抜け切らない。
悔しさに歯をギリギリしながら地団駄を踏む姿を、余裕の表情で見下ろしてやる。
「というかマジで仕事だから今度な。おまえはせこい奴らと違って、正面から欲しいものを手に入れようとする真っ直ぐな男だ。そういう一本気なところは認めてるよ」
「う……」
ぐしぐしと髪を掻き乱してやると、ぷいっと顔を逸らした。
認められて嬉しいけど、単純に恋敵相手に素直になるのが嫌だ、というところか。
今度こそチビたちと手を振って別れる。
ティム氏には悪いが、マリノアは俺の物だ。
譲る気は一ミクロンもない。
乙。
倉庫に戻った俺は、ちょっと黄ばんでいたがまともな紙を用意し、返信を書くことにした。
まさかヴィルタリアから猫ちゃんの姉妹の保護の連絡がくるとは思わなかったため、嬉しい誤算だった。
猫ちゃんもくるくる回る喜びようだったし。
俺も元貴族だ、見栄を張ってお礼の返事に加え、十歳では絶対に書かないだろう様式ばった文章にしてやった、後悔はしていない。
それはボン坊に届ける定期便に乗せるとして。
次に、まさかの東のオリエント王国の桃騎士ライアンから。
俺宛ての荷物まで届いていた。
オリエント王国の屈強な冒険者四人が平原を抜けて届けに来たであります、とボン坊の添え書きもあった。
平原を越えてまで届けてくれるとは、あの髭面に国境を越えて気に入られてしまったのかな。
手放しで喜べないのはなんでだろうな、あいつがホモだからだろうな。
いつか両刀のアスヌフィーヌさんを紹介しておこう。
マリノアは匂いを嗅ぎつつ危険なものでないか警戒しているようで、あの後ついてきた猫ちゃんは何が入っているのか気になるのか尻尾をゆらゆらさせて布にくるまれた荷物を見つめている。
俺は梱包を解いた。
中には、真っ赤なローブが入っていた。
「わー、まっかっかー」
「アル様にお似合いの色合いですね」
着てみると、サイズもぴったりだ。
これで中を黒のインナーにして髪を金髪三つ編みにしたら、エドワードなにがしになってしまう。
職業も赤魔導士から錬金術師にジョブチェンジだ。
名前、アルなのに。
肉体と等価交換して鎧にしなければならない。
手紙が付いている。
人間語なのでちゃんと読めた。
東西で言語は同じらしい。
『“元気にしているだろうか。
これは赤魔導士アルに相応しい衣装だと思ってオレが作らせたものだ。
すぐ大きくなって着られなくなるだろうが、やはり二つ名に恥じない衣装は必要だと思ってな。
やはり赤は正義だな!”』
いい歳して何を言ってるんだと思わなくもないが、素直に嬉しかった。
持ち上げて鑑定してみると、思いのほかスペックが高い。
装備・マント / 赤魔導士のマント
属性 / 無
スキル / 魔力防御・弱、斬撃防御・弱
あと装備しているものと言えば。
装備・腕輪 / 師弟の腕輪+30
属性 / 無
スキル / エルフの加護、魔力貯蓄
わかってはいたが俺は魔術師方面に成長している。
接近戦は苦手だから、後衛補助の装備品は多くて困ることはない。
『“魔力耐性と防刃仕様の優れものだ。
是非着てみるといい。
気が向いたらオレの元を訪ねてこい。
歓迎しよう。
若き友人に贈る。”』
『“それと、猫獣人の一族の捜索を続けているのだが、こちらは芳しくない。
獣人の奴隷の数は多く、すべてを確認することは難しいのだ。
さらに青豹族は希少種で、蒐集家にとっては垂涎だろう。
表に出すとも思えないしな。
簡単に見つかるとは思っていないが、若き友人のためになんとしても見つけよう。
――ライアン・レゲロ”』
猫ちゃんの姉妹で、同じ奴隷になった妹のニィナ。
王都でヴィルタリアが見つけちゃったんだけどね。
ミィナにはまだ姉のシィナがいるらしいので、両親ともに青豹族の一族の居場所をつきとめてくれるとありがたい。
元々獣人の生息域はオリエント王国の更に東、広大な森林地帯にあるらしいので、東国の聖騎士様であるライアンに任せきりになるのはしょうがない。
ただ純粋に、国の騎士が動いてくれるのは頼もしい。
桃騎士だけどな。
ともに猫ちゃん三姉妹の再会を目指して頑張ろうではないか。
俺はこれといって何もしてないけど、これまでに出会ったものとの繋がりが、こうしてひとつの奇跡へと結ばれていく。
やっぱり人脈は大事だよね、うん。
ライアンから贈られた赤魔導士のマントは、旅の門出を祝うような品だ。
着心地はしっくりきていて、内布もごわごわしておらず着やすい。
冬に着る用の厚手の割に、それほど重たくもない。
最高の一品ではなかろうか。
俺はお礼の手紙と、封魔石をひとつ贈ることにした。
転移の魔術師ジェイドが師匠の魔力を封じるために用意し、村のあちこちに埋めていたものを俺が掘り返して手に入れたアイテムだ。
不良在庫と化していたから贈り物にはちょうどいいだろう。
ぶっちゃけ、売ればひと財産になるくらい封魔石はかなり貴重な魔石だ。
獣人村の端にも埋めており、簡易の魔獣避けに使っている。
魔物が魔力のない場所を嫌う特性を利用したのだ。
加工して武器にすれば、魔力遮断の付与効果くらいはありそうで、用途は無数にあった。
「そのうちオリエント王国にも行ってみようかな」
「アル様はまた旅立たれるのですか?」
「そうだね。マリノアのおかげで獣人村の方もなんとかなってるようだし、いくつかやりたいことをやろうと思って」
「できたらその旅に、今度はわたしも連れて行っていただけますか?」
「もちろん、猫ちゃんとマリノアは頭数に入ってるよ」
「ありがとうございます!」
マリノアは喜びが尻尾に表れていて、パタパタと元気に振られていた。
健気でかわいいじゃないですか、うちのワンちゃんは。
一方で猫ちゃんは、目を離した隙に赤ローブを勝手に着込んでいた。
サイズもほどよく、フードを被って万歳する姿がめっちゃ可愛かった。




