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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 四章 愛憎喜劇
157/204

第96話 奇抜な旅商人の一行は

 北方のドーワフと生きる王国、鉄国(アイアンルード)

 万年雪の高山が無数に存在するかの地から戻り、その後も旅を続けたチェルシーたち一行は、大平原を目前に控えた東部あたりで野営していた。

 アル、ミィナ、ニニアンの三人とはグランドーラ王国の国境付近で別れた。

 クェンティンは長い間留守にしていたため一度商都テオジアに向かう必要があり、別れた三人は大平原と接する東部のベレノア領に拠点を置いており、そこに戻るのだという。

 彼らと別れて二月経ったが、クェンティン一行はテオジアを発った後も解散しないまま、徐々に東部へと進んでいた。


 アルたち三人が抜けて、旅は不便の連続だった。

 わずか十歳にして魔術を手足のように使いこなすくすんだ赤茶髪のアルは、手のひらに生み出した水で顔を洗い、浄化の魔術で旅の垢をあっさり落とす。

 これがなんとも贅沢な魔術だったが、エルフを除く旅の一行の誰ひとりとして身に付けることができなかった。


 青灰色の髪とピンと立った猫耳が可愛らしいミィナも、突然林に飛び込んだかと思うと、気づかない間に近づいていた魔物をあっさりと仕留めては自慢げに見せてきた。

 アルと同じくらいの年齢なのに、勇ましいチビのミィナは番犬のように頼もしかったのだ。


 長耳で途轍もない美形のエルフの少女がいたが、こちらは誰とも関わろうとせず、アルとミィナとマルケッタ以外は会話すらさせてもらえなかった。

 近くにいるだけで圧倒される雰囲気を持ったエルフだった。

 髪は常にさらさらで美しく、腰回りの艶っぽさは同性のチェルシーもドキドキするくらいだ。

 「だが男だ」とニヤニヤ顔が気持ち悪いアルにこそっと耳打ちされたが、いまだに信じられない。

 彼女?のおかげで一行は不意打ちされることはなかった。

 だいたいミィナかマルケッタ、アルが近づく野盗に先手を打ってしまったが、その取りこぼしをすべてエルフが処理していたのだ。


 彼ら三人と別れて二か月、残された面子は、実を言うと戦闘に関してあまり自信がなかった。

 六人中戦闘職はケンタウロスのマルケッタただひとり?である。

 旅装の革の胸当てや、各関節を守る馬具?はテオジアで用意した。

 戦闘大好きのミィナに触発されたのか、あるいは商都テオジア以北で巻き込まれた山賊との戦いで開花したのか、双剣を勇ましく振るうマルケッタは正しく一騎当千。

 そのマルケッタだが、ミィナとお別れしてからあまり元気がない。

 二人は人馬(猫馬?)一体となって戦い、その相性は誰もが納得するものだった。

 互いが互いの力を倍以上に引き出すほどに優秀だったのだ。

 まるで連れ合いを失くして沈む夫婦のように、マルケッタはミィナに恋していたみたいだ。


 チェルシーは十四歳。

 さすがに足を引っ張るわけにはいかなかったが、常人離れしたアルや戦闘大好き娘たちの真似はできない。

 ケンタウロスのマルケッタを除けばニキータがこの中でいちばん動けるため、修道院暮らしで荒事に慣れていないチェルシーは彼女に師事した。

 旅に必要な護身技術から暗器術まで、学べることはすべて学びたいと伝えると、ニキータも快く引き受けてくれた。

 そしてなぜか始まったメイドしての教育。

 家事、炊事、奉仕の心得。

 お辞儀するときの角度を学びたくて師事したんじゃないのに……と半ば後悔する日々が続いている。


 逆にまったく役に立たないのがクェンティンとアスヌフィーヌ――改めスフィである。

 男ふたり料理さえろくにできないし、盗賊相手に戦いになってもマルケッタやニキータにすべて任せ、自分たちはなるべく邪魔にならないところに隠れている。

 

 「男としてそれはどうなの?」と割と辛辣に告げたことがある。

 「護衛兼世話係のためにニキータを連れているんだ悪いか」と恥ずかしげもなくクェンティンは答え、「なんなら切除する用意もある」とスフィは胸張って答えた。

 「女を馬鹿にすんな、アホか、死ね」と、チェルシーは悪辣に言い捨てた。

 男たちは地味に凹んでいたようだが知るか。


 一方でドワーフのオルダはようやく歩行に慣れ、時間があればマルケッタやチェルシーと手を繋ぎ、歩く訓練行っている。

 あばらが浮き出て病的なまでにガリガリだった体は、食事を摂るようになって少しずつ改善され、瘦せ型くらいにまで肉がついた。

 一日に一回、アル直伝の治癒魔術をかけることで、オルダは寝込むこともなく順調に快復に向かっている。


 なんなら言葉を教えようと、ニキータの判断を仰ぎながらオルダに言葉を覚えさせた。

 元々ドワーフ語も拙いみたいで、学習能力はお世辞にも高くない。

 だが旅の途中は時間だけが豊富にあった。

 教えることに苦はなかったので、チェルシーは長い目で教えることにした。

 勉強中、必ずマルケッタが興味深そうに側にいたが、残念ながら下半身が馬の少女は復唱しても「やー」としか言わない。

 それでも賢いから言葉の意味は分かっている様子だ。

 「わたしたちは旅をしています。何人で旅をしていますか?」の質問をすると、マルケッタは嬉しそうに六本の指を立てる。

 逆にオルダは首を捻ったり、指を見つめたりして、結局マルケッタの手に目が行って六本指を立てる有様である。

 根気である。


 六人で旅をしてわかったことがある。

 ニキータは普段から表情が変わらないが、中身はとても感情的で、根が優しいということ。

 マルケッタがいちばん懐いているのはニキータで、よく食事の準備の手伝いをしていること。

 マルケッタの生活能力はチェルシーよりも高かった。

 涙である。


 クェンティンはマルケッタから好かれているのかはなはだ疑問だ。

 マルケッタから擦寄ることはないし、クェンティンが近づくたびに警戒しているのかちょっと逃げる。

 大の大人が女の子に拒否される姿はなかなかに滑稽で、チェルシーは指差してゲラゲラ笑った。

 スフィも腹を抱えて笑った。

 クェンティンは膝を抱えてめそめそしていた。


 旅には慣れた。

 元々ひとところにいるより、様々なものに触れて旅をするほうが性に合っていたようで、修道院にいた頃より毎日が充実しているのを感じる。

 でも修道院の仲間が嫌いというわけではなくて、少なくともチェルシーにとっては心を許せる数少ない友人たちが修道院にはいる。

 彼女たちもいずれそれぞれの道を選ぶだろう。

 あるいはミリアのようにそんな道が用意されていない子もいる。

 いや、圧倒的に修道院から出られない子どものほうが多いか。

 修道院を出て奉仕活動に参加できるのは、孤児や預けられる形で入院した子だけだ。

 どこかの貴族の私生児であれば死ぬまで修道院から出られない。

 修道院には働くシスターも含めれば五〇人を超える人間がいるが、その中には望んで修道院に身を置くものや、意思とは関係なく閉じ込められているものと様々だ。


 外の世界を旅していくうちに、チェルシーにはとある疑問が芽生えていた。

 どうにかして望まない子たちを修道院の外に出してやれないかと考えるようになったのだ。

 無論、なんの権力もない自分には無理だ。

 火起こしの最中だった博識のニキータに聞いてみることにした。


「修道院の子どもたちを解放するには、どうしたらいいか、ですか? そうですね……貴族制度、奴隷制度を撤廃するのと同じくらい難しいことではないでしょうか」


 火打ち石を持つ手を下ろし、考えるそぶりから一転、容赦のない言葉をくれる。


「そんな極端な」

「いえ、修道院の子女たちはおおよそ権力を持つ人間の血縁だと聞いたことがあります。彼女たちを利用すれば権力者さえ動かすことができる。つまり、貴族制度がある限り、修道院のような貴族の血筋を隠しておくのに便利な施設はなくならないということです。国がある限り争いがあって、争いがある限り兵士がいなくならない。そして戦争がある限り死者や戦争奴隷がなくならないのと一緒ですよ」

「貴族がいる限り修道院がなくならないって言いますけど、それってどうしようもないことなんですか?」

「庶子ならそもそも捨てられて野垂れ死ぬか、孤児院で育つかです。自由はないにしろ、修道院は生きるのに悪くない場所ですよ」


 ニキータは割りかし言い回しがきつい。

 ニキータ自身もその美貌と先祖のエルフ耳が遺伝してしまったため、奴隷に落とされ苦しい時期を経験している。

 だからこそ言えることなのだろう。

 いまは奴隷から解放されて、自分の意思でクェンティンに従っている。

 いろいろな人生があるものだと思った。

 クェンティンには勿体無い美人であるが、ニキータの方が惚れている気配がある。

 本当にもったいない。

 気づけばパチパチと火は爆ぜ、水で満たされた鍋がかけられていた。





「次の町で商談と手紙の受け取りと現地調査と穀物の取引額を調べるから、お嬢ちゃんもそれくらいできるようになってね」

「……わかりました」


 クェンティンの自分の扱いは酷いものだ。

 丁稚と客人の間くらいの扱いだが、呼び方がいつまで経ってもお嬢ちゃんから離れない。


「名前で呼んで欲しかったら一丁前になれ。アル君から頼まれてるのもあって預かってるけど、自分から働きたいって頭下げたんだ。せめて最低限の商売術は見せるから、そっから自分で考えて学ぶことだ。あと言われたことは全部やれよ」


 と言われた。

 商売人だった父親に嫌悪こそあれ憧れはひとつもないが、自分に力を付けられるとしたら商売以外に考えられない。

 女の身で力を付けようと考えるのも難しい話だった。

 女は黙って子を産めばいいと本気で思っているクソ野郎が少なくないのだ。

 クェンティン以外に頼れる商人もいないし、チェルシーから見て商売をするときのクェンティンは悔しいことに一流であった。

 いまは商才を盗んでやろうと虎視眈々と狙っている。

 チェルシーは実は強かな女だった。


 一行は次の町に到着した。

 都市と都市をつなぐ中継地のような町で、周辺には畑が広がっている。

 凶悪な魔物が生息するような森や山はないため、街道も比較的穏やかな空気が流れている。

 入町に際してマルケッタは人々の目を集めたが、特に問題も起きず町に入ることができた。

 治安はいいようだ。

 背中に鞍を乗せて荷物を運ぶ姿は荷馬にしか見えないからかもしれない。

 おどけた柔らかい表情からは、間違っても野盗を皆殺しにしてしまうような残忍性など感じられない。

 双剣や防具は町へ近づいた頃に馬車にしまってしまったし。

 この一行でいちばん強いのは無垢な笑みを浮かべるマルケッタであるところからして、この一行のおかしさが際立っていると言えよう。

 町に入って、まず宿を取るために動き出す。


「お嬢ちゃん、商人なら宿の目利きはできるようにしろよ。あの宿は大通りに面して馬車も置ける。外観は綺麗だし雰囲気も悪くない」


 そう言って自信たっぷりに入っていこうとした宿を、ニキータが止める。


「いま入ろうとしている宿は一見すると小綺麗で清潔感もありますが、裏手に賭博場や冒険者ギルドがあって治安はあまり良くないでしょう。我々の戦闘力では夜中に何が起こるかわかりません。選ぶのなら兵士の詰め所に近く、軒先は綺麗に掃除されて間口を広く取っている宿にすべきです」


 ニキータの言う宿のほうがなんだか信頼が置ける気がして、チェルシーはオルダの手を引いてそそっとニキータに寄って行く。

 残されたクェンティンの肩を、笑いを堪えたスフィがポンと叩いた。


「カッコつけるのも楽じゃないね。ププ」

「有能な部下を持ててぼくは幸せものだよ……」


 苦り切った顔で負け惜しみを言うクェンティンに追い打ちとばかりに、屈強な筋肉ダルマの冒険者が邪魔だとばかりにヒョロヒョロの彼にぶつかっていった。

 目の前の宿は冒険者が利用する宿のようだった。





 宿で荷物を置き、旅の汚れを落として身綺麗にした後、クェンティンは商業ギルドへと赴いていった。

 ニキータが補佐として付いて行く。

 商都の大商会の倅ともなると、そこそこの町に着いたときは顔つなぎに忙しいようだ。

 だがそういうときに限ってチェルシーは連れて行ってもらえなかった。

 チェルシーを連れて行くと、クェンティンの後継者だと思われて面倒になるとかなんとか。

 チェルシーの実家のことをクェンティンは知っており、そことの繋がりを邪推されるだけでも不利益にしかならないんだそうな。

 だから北の大貴族の血筋であるスフィや下半身が馬体のマルケッタ、痩せぎすだがドワーフの女の子であるオルダも置いて行かれた。

 宿でオルダとマルケッタの子守である。


 部屋にいて大人しく待っていても良かったが、チェルシーは生来好奇心が旺盛で、時間があれば休むより目新しいものを探す種類の人間だった。

マルケッタもうずうずしており、小さいドワーフのオルダは少しでも歩いて健康を取り戻すべきだし、チェルシーはあっさりと外出を決めた。

 スフィは物臭で乗り気ではなかったが、「イケメン探し」と耳元に吹き込むとすぐさま準備を始めた。

 アホである。

 スフィは銀髪貴公子のような見た目だが、クェンティンの恋人だ。

 それでもイケメンには目がないそうだ。


「そうそう、ボクとクーのことをよくわかってるね」

『違うわ! うわっ、鳥肌ッ!?』


 ……ここにいない人間の声が聞えたような気がしたが、まぁ、ひとそれぞれだ、巻き込まない範囲で勝手にやってほしい。


 解いていた亜麻色の髪を後ろで一括りにし、オルダの歩行訓練も兼ねて手をつなぎながら宿を出る。

 宿を出る際、置いていく荷物が盗まれないように部屋の窓と戸に土魔術で留め具を作った。

 主にマルケッタが。

 ニキータやクェンティン、スフィは魔術の才能が全くないが、マルケッタは種族特性からか魔術が使えた。

 戦闘に転用できるほどの強さがないのでお目にかかる機会はあまりなかったが、こういう時は便利で気兼ねなく出かけられるのはありがたい。


「別にぼくが留守番しててもいんだけどさー。子どもだけで歩かせると危ないからさー」


 まだ言っている。

 困った大人である。

 荒事になったらオルダの次に頼りないくせに。

 町へ繰り出したところで取り留めて目的はなかった。

 ただこの町には冒険者ギルドや賭博場といった、あまり素行のよろしくない連中が少なくないので、その区画には立ち寄らないようにすることは初めから決めていた。

 店先を冷やかしたり、町の雰囲気を調べたりと、簡単な調査でちょうどいいだろう。

 道行き、やはりマルケッタは目立ったが、歩行に疲れたオルダを乗せてからは何かの見世物と思われ凝視はされなくなった。

 マルケッタのような魔物は見かけないが、たまに首輪をつけた獣人を見かけた。

 みすぼらしい格好で俯きながら歩いているのを見ると、助けてあげられないことに痛ましいものを感じるのだった。


 しばらく歩き、屋台で買い食いをして昼を回った頃、古物商の軒先に並んでいた彫像を見かけてチェルシーは足を止めた。

 そこは珍品が隙間なく並んでいる棚だったが、無意識に見ていた。

 何故が琴線に触れてきた。

 よくよく見れば土を固めたようなその像は見知ったもので、そんな馬鹿なという思いが強く、凝視してしまったほどだ。


 見間違いようがない。

 その土像は、修道院の四人部屋で幾度も見てきた。

 リエラがことさら大切にしていた兄との思い出の品である。

 それがよくわからない顔だけの木像と卑猥な形をした石の置物の間に押し込められている。

 手にとってみて、さらに確信する。

 重さや手触り、形のどれをとっても記憶のものと一致し、この世にふたつとないものだと重みが伝えてくる。


 ひっくり返してみても、細部まで精巧に作られている。

 そもそもがラビットソルジャーの置物を丹精込めて作る人間がそう何人もいるわけない。

 どうせ作るなら貴族の好みそうな女神像や裸婦像に全力を注ぐ。

 とはいえよくできているのだ。

 意味のわからない置物の列に並んでいることにもなんだか腹が立ってくる。

 土像の足に紐が括られ、銀貨四〇枚と書かれた値札が下がっていた。

 隣に置かれていた棒のような卑猥な木彫りが銀貨五〇枚というのにも納得がいかない。


「なんでこんなところにあるの! これ、盗品じゃない!」

「どうしたの、チェルシー。顔を真っ赤にして。張り型見て恥ずかしくなった?」

「そっちじゃない! こっち! この魔物の土像のこと! これがここにあることがおかしいの! これアルの作品よ!」

「え、アルくんの? それ本当?」


 入り口で騒いでいると、すぐに奥から店主が姿を現した。

 ニコニコした恰幅の良い男だ。


「どうされましたか? なにかお求めで?」

「これよ! これ、盗んできたものでしょ!」


 チェルシーがぐっと掴んで店主に見せつける。


「これは異なことをもうされますなあ。流れの商人から買い取った品ですが?」

「それが盗品だって言ってるのよ! もとはテオジアにあったんだから! 製作者も知ってるの!」

「左様でございますか。では次回から同じ商人から買い上げることを止めることにいたしましょう」

「いや、盗まれた本人に返しなさいよ! この持ち主の子はね、兄からもらった大事なものなんだから!」

「そうは言われましてもこちらも商売でございます。証文をお持ちいただけましたらお譲りすることもできるのですが」

「兄からの贈り物で証文を書くわけないでしょ! バカなの? そんなこともわからないの?」

「これは参りましたなあ。なんと言われましても、証拠もなくお返しすることはできませんので。お買い上げにならないのであればお引取りを。これではお客が避けていきますので」

「ならどうすればいいってのよ! 盗まれた方が悪いってわけ? 被害者は泣き寝入りしろってこと? そんなのありえない! 悪いのは盗んだやつと、そいつに加担して商売する悪どい商人よ! 自分のところで売るものがどっからやってきたのか、その背景ぐらい知っときなさいよ!」


 店主の顔がみるみる内に怒り顔に変わっていった。

 仏の顔だったものが、阿修羅のように変化している。


「証明するものがなけりゃ言いがかりとおんなじなんだよ、嬢ちゃん。衛兵に厄介になりたくなければ大人しく引っ込みな」

「でも!」

「おいくらですか?」


 横合いから声が挟まれた。

 スフィだ。


「銀貨四〇枚だがケチがついてしまったものです、三〇枚でどうでしょう?」

「ケチってなによ! あんたそれでも商売人!?」

「これが正規の手順で売られたものと証明できないんですよね? ならば二〇枚じゃないですか?」

「お客様、ウチの店は古物を取り扱ってる店でございます。お客様の目で見て価値を判断し、買われていくものでございます」

「この元の持ち主には命を救われた恩があるんだ。なんならトレイド家のクェンティンが証人になってくれるさ。もし盗品だったことがわかった場合、こんな表通りで商売できるものなのかな?」


 トレイド家の名前が出た途端、店主の顔色が変わった。

 だが次の瞬間にはこちらを胡散臭そうに探る目になっている。


「トレイド家……いえ、お客様、あまり突拍子もないことを申されますと困りますな」

「ところが事実なんだな。いま商会に顔を出しているから、ひとをやって連れてこようか? そういえばトレイドの倅は変わった趣味があるとか噂で聞いてない? ケンタウロスの少女を連れ回しているとかさ」

「…………」


 店主の顔色は変わらなかったが、マルケッタとその背に腰掛けるオルダへと上から下まで目をやり、むすりと口を閉じた。

 スフィの言葉があながち間違いではないかもと推し量っている最中なのは、チェルシーにもわかった。

 もしここが裏通りの怪しい店だったならば、とチェルシーは考えを巡らす。

 盗品を扱う店で、いくら情に訴えたところで面倒臭そうに屈強な用心棒を向けられるのが目に見えている。

 しかしここは表通りだ。

 真っ当な商売を売りにしている以上、店にケチが付くのは避けたい。

 盗品を扱っている店だと噂が立つだけでも店に不利益だろう。

 チェルシーは店主の態度が腹に据えかねてさらに激情しているのであり、本当ならばさっさと銀貨を投げつけて引き取ってしまいたい。


「わかりました。提示なさった銀貨二〇枚でお売りいたしましょう」

「いや、四〇枚でいいよ。となりの張り型と合わせて買い取るから」


 チェルシーはスフィをこれでもかというほど蔑んだ目を向けた。

 「なんでそれ今買う?」と、理解できないものを見る目になる。

 商人の男もほんの少しだけ気色悪いものを見る目になったが、すぐに引っ込めて困ったような顔を作る。

 ちょっとだけこの男に共感を覚えたが、チェルシーの怒りはそれくらいでは収まらないのだ。

 すぐにぷりぷりと、激しい感情に塗り潰される。


「それで構いませんよ、ええ。ふたつで銀貨四〇枚で」

「そう? どうもありがとう」

「今日のところはどうかお引取りを。それと、存じ上げていると思いますが――」

「悪評を言い触らして回るようなことはしないよ。悪いのは盗みに入った悪党だ」

「もう二度と来ないわよ! この盗品屋!」

「チェルシー、それ言い過ぎだから」


 顔を紅潮させながらも、店主は作り笑顔を浮かべてスフィから代金を受け取った。

 青筋がピクピクと動いていたのだが、チェルシーは唾を吐きつける勢いで店を後にした。

 商人から土像を取り返したチェルシーは、興奮冷めやらぬ様子で街中を歩く。

 特に目的もないが、一歩でもあの店から離れたい。

 チェルシーの後に一行がついてくる。

 途中で買い物をしていたクェンティンとニキータにばったりと出会った。


「やー、みんな。お散歩かい?」

「うっさい! 知らない!」

「なんで! ひど!」

「商人なんか死ねばいいんだ。ろくな人間がいない!」


 クェンティンは目を白黒させながら、言葉の暴力に打ちのめされていた。





 チェルシーはロングドレスのメイド姿のニキータに抱きしめられ、背中をポンポンされた。

 アルやリエラ、ファビエンヌの優しい気持ちが悪い大人たちに踏みにじられた気がして憤っていたチェルシーは、いつまでも膨らみ続ける負の感情を涙としてぽろぽろ流し、ニキータに縋りついた。

 一方でスフィからことのあらましを聞いたクェンティンは、金髪でサラサラの髪をがしがしと掻いて、うーんと青空を見上げていた。


「お嬢ちゃん、その土くれがそんなに大事なの?」

「土くれぇ!? バカにしないで! これはリエラとファビエンヌが大事にしていたアルとの大切な思い出なんだから!」


 ニキータの柔らかい胸元から顔を上げて、キッとクェンティンを睨んだ。

 チェルシーはここまで精巧に作られた土像を他に知らない。

 もっと抽象的で、ひとだかモンスターだかわらかない土偶がさっきの店にも並んでいた。

 金持ちの趣味で彫刻家にモデルの彫像を作らせることもあるらしいが、魔物を題材にした作品はとても少ない。

 その中でもアルの作品は際立って個性的だった。

 ラビットソルジャーだが、こんなキョトンとした顔の兎を見たことがない。

 この世にふたつあるとも思えないし、毎日寝起きしている部屋で見慣れたものを見間違えるはずがない。


「これがここにあるなんておかしいのよ。修道院にあったものがこんな寂れた町にあるなんて。ファビエンヌが大事にしていたものだし」

「ふむ。考えられるとしたら、ミリア絡みかな」

「あり得るね」


 いつも能天気なスフィも、いつになく眉間に皺を寄せて頷いた。


「ミリアのせいにしないでよ!」

「違う違う。ほら、修道院から連れ去られたじゃない? そのついでに金目のものを盗られていてもおかしくはないかなあって」

「自分ならそうするってこと? 最低……」

「主様……」

「なんでそうなるの! みんなも冷たい目で見ないでよ!」

「それは冗談にしても、そうなるともうひとつがどこかに流れているはずなのよ……」


 チェルシーは悲しげに俯いた。

 ファビエンヌたちが修道院に戻り、大事な置物が紛失していることに気づいて悲しんでいる様子を想像していたたまれなくなってしまったのだ。


「チェルシーは優しいですね」


 「そうかあ?」と言わんばかりの目でクェンティンが顔を顰めるが、スフィに後ろから尻を撫でられて弾かれるように跳び上がった。


「クーくんも素直じゃないねえ。褒めるときは褒めてあげなきゃダメだよ。張り合うだけじゃなくて、ときには認めてあげなくちゃ」

「君はいい加減、お尻撫で回すのをやめろよ!」


 クェンティンとソフィの男同士の絡みはいつものことだ。

 面子の誰も彼らの衆道を気にしない。

 しかし子どものオルダやマルケッタに悪影響なので、見せないように配慮はする。


「やー?」


 キョトンとしたマルケッタを見て、ずっとそのままでいてほしいと切に願う。

 ひとしきり落ち着いた頃、クェンティンがぽろっと言った。


「じゃあアルくんのところに行こうか。その土像を返してあげるといいよ。というか元より寄るつもりだったけどね。古い馴染に会いに行くのが目的だったけど、そこにアルくんも滞在しているらしいし」


 アルがベレノア領に獣人村を作っている話は聞いていた。

 クェンティンが集めている話の三割くらいがベレノア公の身の回りの情報だ。

 かといってベレノア公を食い物にしようとしている様子はなく、きな臭い噂を探しているようでもあった。

 その中で拾った獣人村の情報が、ことさらチェルシーの興味を惹きつけた。


「スフィも問題ないでしょ?」

「ボクのことは気にせずに。いいよ、行きたいところに行こう。純粋にこの旅は楽しいと思ってるし」


 噂の獣人村は、他の商人や町の人間は貴族の思い付きの延長だと思って一様に顔を顰めていたが、クェンティンはむしろ目を爛々と輝かせていた。

 この男は亜人種や魔物が好きなのだ。


「んじゃ、決定ね。目的地は獣人村。その前にベレノア領主のところに寄るけど」


 「興味あるんだろう? 隠すなよ」と言わんばかりのにやけ顔で、変態性癖を持つ男がチェルシーの頭をポンポンと叩いてくる。

 チェルシーは内心を表に出さないようむっとした表情を取り繕い、女みたいな細指をぺいっと払い落とす。

 「指折れたぁ、折られたぁ」とニキータに泣きつく頼りない大人を見て、取り繕う必要もなく能面のような無表情になるチェルシーであった。

[~簡単な人物紹介~]

チェルシー…十四歳。修道院から出て本格的に商人を目指す。背が高く細身。胸は寂しい。

クェンティン・トレイド…商都テオジアの大商人、チェチーリオの倅。金髪イケメン。

ニキータ…エルフ耳を持ち容姿はエルフよりだがスペックは普通のひと。無表情メイド。

マルケッタ…栗色ショート髪の女の子。ただし下半身は馬体のケンタウロス。やー。

オルダ…痩せっぽちなドワーフの少女。生まれたときから鍛冶神の恩寵を得るが、同時に死病を患う。

スフィ…スフィもアスヌフィーヌも実は偽名。鉄国大領主一族の銀髪貴公子だが、ホモセクシャル。

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