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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 三章 家族捜索
155/204

第94話 商都の結末

エピローグ回2本目。

アル出てきません。

むさいおっさんたちの話。

お忘れの方はー…というか大抵の方は記憶のゴミ箱あたりに投棄されていたと思いますが、


第84話 ドンレミ村防衛戦Ⅳ 終盤辺り

第86話 ドンレミ村防衛戦Ⅵ 終盤辺り

第87話 猫の弓 終盤辺り


に戻っていただけるとおっさんたちのエピソードが読み返せます。

「いつまでこんなところに監禁するんだよぉ」


 ジェイドが苛立った声を出した。

 若さからか、それとも学者畑だからか、不条理な物事に対する忍耐強さがない。

 あるいは彼の計画では、彼は今後それなりに動く手はずだったのかもしれない。

 拘束期間の所為で、計画が狂ったかもと焦っているのなら、フィルマークはことさら愉快になれるだろう。

 なにせジェイドが商都で活動する理由は、王国に翻意を持つ組織を潰すことなのだから。

 それでなくとも彼自身、様々な予定を現在踏み倒し中ということもあり、ジェイドがうるさいおかげで気が紛れているところがある。


「おや、お客さんが到着したようだ」


 トレイド商会商会長にして商都の全貌をすべて知覚する特殊能力を持つ、チェチーリオ・トレイドがシワを深くして嬉しそうに笑いだした。


「どなたがいらっしゃったのでしょうかな? 果たして私と彼のどちらを喜ばせる人物なのでしょう」


 底の知れない御仁を前に、フィルマークは努めて平静に聞き返す。

 ジェイドをちらりと見やると、すでに気の抜けた顔を引き締め、抜け目なくトレイド商会長を睨んでいる。


「紹介しましょう。ミス・ベルタです」


 促すように手を向けた先の扉が内側に開き、村民の着るようなボロ服の女が立っていた。細身だがおっとりとした雰囲気が貞淑な妻を思わせる。

 フィルマークは自分の好みには十の年ほど年齢が足りていないので早々にジロジロ見るのをやめたが、視線を感じて目をやると商会長とばっちり目が合ってしまった。

 心を読んでいるのか妙に悟ったような顔で微笑まれるとなんとも腹が立つ。


「この女が一体なんだって言うんですかね?客人?浮浪者の間違いでしょ」


 ジェイドの苛立った声に女は萎縮する。


「怒鳴り散らすのはすべてを聞いてからでも遅くはないでしょう。彼女は貴殿の運命を変える悪戯な女神にもなりうるかもしれないのだから」


 客というより証言者としてここに通されたものだとフィルマークは当たりをつけていた。

 彼女の格好を見れば、街にいる女より泥にまみれ、村からやってきたと当たりをつけた方が現実味がある。

 落ち着かなげに視線を泳がせている女が、本当に女神にもなりうるのだ。

 女は不安からか手を胸の前で組み、室内から向けられる不躾な視線に耐えていた。

 ミス・ベルタ、貴女はドンレミ村の経緯を知る貴重な人物だ。

 心の傷は深かろうと思うが、今一度村の現状を我々に教授願えないだろうか?

 商会長が手を伸ばして促すと、ベルタと呼ばれた女ははっとして、ゆっくりと頷いた。


「ドンレミ村はいまや山賊の手に落ちました。私は脱出を強行した一団に身を置き、なんとか無事にテオジアまで辿り着いたのです」


 口元を押さえて涙を堪えている様子だった。

 その姿を見る三人の顔はそれぞれの思惑に従っており、ジェイドはニンマリとして無精髭を撫でてご満悦。

 商会長は同情するように何度も頷いているが、決して内心を顔に出さない。

 一方で自分は、ほぼ間違いなく顔をしかめていることだろう。

 腕を組んでなんとか内心を見せないように努める。

 やはりジャンたちを向かわせても結果は変わらなかったか。

 後は彼らが無事であることを祈るばかりだ。

 夫婦の子どもはまだ幼い。

 ベルタの話が本当ならば。


 ちらりと商会長を見やる。

 彼は慇懃に頷いて、事実ですよ、と言った。

 ジェイドの顔を見たくない。

 喜色に満ちたやつの顔を見るだけで反吐が出そうだ。


 それから数日が経った。

 その間に商都が攻め込まれたという話はない。

 だからかジェイドがイライラし始めている。

 自らの手勢が段階を順調に踏んでいるというのに、最後の詰めに至っていないのが腹立たしいのだろう。

 ドンレミ村を落としたとなれば、翌日には商都に無法者が雪崩れ込んでもおかしくはなかった。

 現に、ジェイドは今か今かと山賊の襲来を待っていた。

 結論から言えば山賊は来なかった。

 そして新たな証言者が現れる。


 呼ばれたのは修道服に身を包んだ女性であった。

 こちらも胸の前で手を組み、神に祈るように所在無げに立ち竦んでいる。


「修道院からお越しのシスター・クラレンスです。彼女もまたドンレミ村から生還し、すべてを目にした貴重な参考人なのです」


 商会長の説明に、ふたりの反応はまちまちだった。

 フィルマークはこざっぱりとした修道服姿のこの女に、あまり切迫感がないことにわずかな光明を見出し、一方で山賊の脅威が迫っていると感じられない様子にジェイドは一抹の不安を覚えているようだ。


「ではお話いただきましょう。そうですね、ドンレミ村を山賊に占拠され、脱出を図った後の辺りから」


 修道女は一度目をつむり、祈るように顎を傾けた。

 そしてゆっくりと目を見開き、希望の宿った眼差しで語り始めた。



 修道女が語り終わった後、その場の空気は変わっていた。

 ジェイドは青白い顔を怒りに歪め、歯を剥き出しにして憤っている。

 対するフィルマークは思わず安堵のため息が出た。

 耳に入ってくる内容はそれはもう突飛なものだったが、なぜか信じられた。

 対面のジェイドがすべて鵜呑みにして地団駄を踏んでいるからだろう。

 あのとき殺しておけば、とか、役立たずども、とか、聞くに堪えない恨み節を漏らしている。

 エルフが追われる馬車を助けたり、山賊の頭目が少年魔術師によって倒されたり、治癒魔術を使える修道女の活躍があったりと、正直話についていけない。


「……いや、まだ終わりじゃない。山賊の頭がやられただけじゃ止まらないはずだ」


 ジェイドの目はまだ敗北を認めていなかった。

 それを確信するだけの途轍もない力がまだ残されているのだろう。

 フィルマークもまだ予断を許さないことはわかっていた。

 実行犯の頭がやられたとはいえ、まだ配下の三千近い山賊は健在で、いくつもの拠点で主人の合図を待つ犬のように、今か今かとよだれを垂らして待っている。


「実はもうひとり客人を招待していましてね。その方はきっとやきもきするおふたりの曇りを取り払ってくれると思いますよ」


 商会長は手をパンと叩いて注目を集めると、ふたりの顔を交互に見比べた。

 修道女が帰った扉から、次の人物が近づいてきていた。

 ガチャガチャと甲冑を鳴らす音とともに扉が開かれる。

 現れたのは女騎士といった様子の装備。

 腰に帯剣している。

 この部屋に入れていいのか、とフィルマークは商会長を見るが、彼は気づいていて黙殺している。


 女騎士は不健康そうに見え、過労と精神失調で顔がドス黒くなっていた。

 髪は何日も櫛を通していないのかボサボサ、生気のない虚ろな目は何も映しておらず、亡霊のようであった。


「領主弟の側近でブロンズ家の出自の女騎士、サンドラ・ブロンドー女史だよ。テラディン殿は面識があるんじゃないかな?」


 ジェイドの家名を呼ばれて殊更に反応したのは、死んだ魚のような濁った目をしていた女騎士だった。


「テラディン? ジェイド・テラディンか?」


 虚ろな目に光が戻っていく。

 まるで飢えた狼のように獲物を探す目だ。

 そしてジェイドを嗅ぎ当て、目を見開く。


「テラディィィィン!!!! この裏切りものがァァァァァ!!!!」


 腰の剣を抜き、女騎士が跳躍した。

 甲冑を着込んでいるはずだが、その動きは並外れていた。

 ショートソードの切っ先をジェイドの心臓に狙い定め、女騎士は机を飛び越えて突き刺した。


「うぉっ!」


 いつもはヘラヘラと小馬鹿にした態度のジェイドも、さすがに転移魔術を無効化された状態では人並みに恐れを抱くらしい。

 剣から逃れようと椅子からずり落ちた。

 切っ先は椅子を貫通し、ジェイドを仕留め損なっていた。

 素早く引き抜き、第二波を繰り出す。


「ひ、ひぃ!」


 眼前を横薙ぎに振り抜かれた刃。

 ジェイドの喉の奥から恐怖が漏れ出ていた。

 臆病だとは言うまい。

 昔は冒険者もかじっていたフィルマークだが、純粋な殺意を当てられて及び腰にならない自信はない。

 ジェイドは腰が抜けたのか、腕だけでズリズリと後退する。

 女騎士が剣を構えて距離を詰めた。


「そこまで。恨む気持ちもわかるけど、公開殺人をさせるために呼んだわけではないよ。君の知る正義をここでぶちまけるといい。君の刃は、何も手にした剣だけではないのでしょう?」


 ガキンと、剣が音を立てた。

 仰向けに倒れたジェイドの頬、その指一本にも満たないところに女騎士の剣が突き刺さっていた。

 女騎士は憎々しげにジェイドを見下ろし、床から剣を抜くと鞘に納めた。

 ガツガツと音を鳴らして扉前に戻ると、引きしぼられた弓のような顔つきで誰もいない正面を睨んだ。


「我が主は山賊の拷問の末に命を落とした。そこのもやし魔術師の差し金であることはわかっている。しかし残念だったな、クソ魔術師。ドンレミ村を占領していた山賊のカスどもは、たったひとりのガキに蹂躙された。そいつは三千もの山賊を皆殺しにした。生き残った山賊どもは血塗れの悪鬼と聞いただけで震え上がるだろう。……悲しいことに私もそのひとりだが」

「ガキだと……あいつか! あのエルフの!」

「貴様が何を企てていたか知らないが、ざまあみろ! すべてあのガキがぶち壊した! そうだ、全部だ! 私のすべても、貴様のすべても! だがなあ、私にはまだ残ってる! 貴様の首を落とす最後の仕事がなあ!」


 女騎士は唾を飛ばして吼え猛る。

 目に涙を流し、怒りの熱情をぶちまける。

 声が震え、身も震え、ついには嗚咽になって、発する言葉すらあやふやになった。


「もういいでしょう。すべてにケリがついたことは全員、理解できたようですしね。彼女にはご退場願いましょうか」


 商会長が手を上げると、メイドの格好をした女性がふたり現れ、女騎士の両側を支えながら部屋から退出していった。


「まだ、まだ、まだ終わりじゃない。まだ、まだある。まだ手はある……」

「テラディン氏はどうやら心を閉じてしまわれたようですね。それが答えでしょう。アセイジオ君、おめでとう、君の勝利だ」

「お礼申し上げます、商会長。納得は行きませんが」

「ふむ。なにが不満です?」

「ここを出ればここで起きたことの記憶は失われるとか」

「ええ、私の権限に関わることはすべて。ただしテラディン氏との勝敗は記憶に残るでしょう。彼はすべてを忘れ、この商都に二度と入り込めないようにさせていただきますが」

「恐ろしい力ですよ、商会長。貴方が持つ力は」

「ええ、だから誰にも知られぬように秘匿しているんです」


 商会長は皺深く笑う。

 まるで子どもの悪戯が成功したような無邪気さに、フィルマークは生理的な嫌悪を抱く。

 この商都に長居をしてはいけない。

 ここにいる限りすべて商会長の掌の上だ。

 たとえ国王でも、この商都において彼に勝つことはできない。


「私の頭の中も覗かれているのでしょう?」

「ええ、でも安心してください、アセイジオ君。私が素性を明かせば、大概は君のように恐怖し、嫌悪し、敵意を抱く。そういう力なんです、私に与えられたものは」

「貴方は孤独だ。真の意味で」

「そうでもありませんよ。私に近い人間は、実は少なからずいるんです。たとえばそう、山賊をたったひとりで壊滅させた少年とか。彼を知り、私は嬉しくなって彼に適当な理由を付けて馬車を贈りました。彼は有効活用してくれたみたいですね」

「その少年とは誰です?」

「教えてあげません。ですが、アセイジオ君もすでに出会っている」


 誰だ? と思考を巡らす。

 フィルマークに少年という年頃の知り合いはいない。

 もっとも近いところで、二歳になったジャンの息子のアンセルムか。

 商会長は一度たりとも、表情から内心を読ませなかった。







 ジェイドは気が付くと商都の外にぽつんと立っていた。

 横を商会の馬車がいくつも通り過ぎる。

 旅装のものから好奇の目を向けられるが、ジェイドはそれどころではなかった。

 いつから記憶がないのか判然としない。

 そして商都テオジアに戻ろうと、門へ足を向けると、なぜか反対側を向いて歩き出している。


「なぜ、なんだ……」


 記憶を必死になって手繰ってみても、指の間からすり抜ける砂粒のように定まらなかった。


「いまはいつなんだ……?」


 フラフラと歩き出し、旅装の一団に話しかけて得られた日にちを聞いて、ジェイドは雷に打たれたように動けなくなった。

 山賊をけしかけてテオジアを混乱に陥れる予定の日から大きく過ぎていたのだ。

 テオジアは平穏そのもの。

 何が起きたというのか。

 商都テオジア内に設置した転移魔方陣。

 そこへ向かおうにも、何者かの力か商都へ入ることができない。

 ぼうっとする頭で考える。

 そして、ひとつの仮説が立つ。


「チェチーリオ・トレイドの仕業か、あるいはフィルマーク・アセイジオか……」


 そのどちらかしかあり得ない。

 ジェイドはポケットを探り、わずかな金を持っていることを確認すると、商都から出ていく馬車を掴まえ乗り込んだ。

 意味がわからないこの現象をなんとか解決しなければ。

 ガタガタと馬車に揺られ、王都へ向かう道をひたすら黙考するのだった。

三章のエピローグ1&2でした。

四章に入る前にちゃんと終わらせておきたい話だったので。


続けて四章のプロローグ回を今月10月中に上げて、本編は11月~12月くらいに投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
性魔のほうから読み進めてきました。 物語はなかなか面白いのです。たくさん出てくるキャラクターもちゃんと立っていて、魅力的です。ハーレム展開になっても、女性キャラの描き分けができているので、飽きもきにく…
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