第92話 最後の悪あがき
「行くよ、北に」
「そうか、助かるよ。なにせ赤魔導士の名を聞けばどんな強面の山賊も泣いて逃げ出してしまうからね。僕はそっちはからっきしだから」
「ボクもボクも」
クェンティンとスフィは悪びれず言う。
大の大人が身を守る力もないと惜しげもなく言い切る姿は、悲しくてちょっと直視できない。
チェルシーなどあからさまに冷めた目をしてふたりを見ていた。
「アル、リエラには会いに行かなくていいの?」
「そりゃ会いたいさ。でも前もって手紙も置いておいたから」
「置いたってどこに?」
「修道院の部屋。僕の贈った土細工が枕元に飾ってあったから、すぐに二人の部屋だって見当がついたよ」
「最っ低」
「なにゆえっ!」
「乙女の部屋に侵入するなんてありえない。二人の部屋は私の部屋でもあるんだから」
「あぁ、ちょっとごちゃごちゃしたベッドがあったな」
無言でパンチが飛んできたが、今度はひょいと避けた。
乙女の部屋だから俺だって入るのはちょっと申し訳ないと思ったんだ。
優先順位だよね。
あと言ってから言わなくていいことだったと思ったよね。
「殴ることないと思うんだけど」
「あるわよ!」
「普段の生活態度って大事だよね」
というか話が逸れてる。
「念のため置き手紙に書いたってことを言いたかったんだ。ふたりが待たなかったのは、たぶん猫ちゃんや俺と関わったひとたちを通して無事を感じ取ったからだと思うし」
「リエラもそんなこと言ってたわ。あんたたちはつくづく双子なのね。ぱっと見は全然似てないのに、似てるところは恐ろしくそっくり」
「そんなもんかねぇ?」
そこまで似てないでしょと心の中で思う。
双子らしい行動をとった記憶もない。
それに、自分は正しくアルシエルではない。
アルシエルという器に寄生するだけのおっさんである。
そんなことを思っていると妙に気が沈んだ。
北に行くと決めたとはいえ、イコール再会を諦めた訳ではない。
見苦しいのは百も承知だ。
それでも足を止めることは、俺らしくないと思うのだ。
「猫ちゃん、ちょっと付き合ってよ」
「んにゃ?」
ドワーフたちとじゃれている猫ちゃんを呼び寄せ、息を弾ませる彼女をどうどうと宥めた。
「いまからリエラの馬車を追いかけて顔を見に行こうと思ってるんだ」
「行く!」
間を置かず飛びついてきたので、両腕を広げて受け止め、くるくる回った。
「急ぐから置いて行かれないようにね」
「結局行くんじゃない」
「ダメ元で追いかけてみるさ」
「リエラもきっと待ってるわ」
しょうがないわねと肩を竦めるチェルシーだ。
追いかけることには賛成の様だ。
「ややー!」
「ん?」
パカラパカラと駆け寄ってきたマルケッタだ。
猫ちゃんが耳をぴくぴくさせて話を聞いて、ひとつ頷いた。
「マルも行くってー」
「いや、急ぐんだけど」
途端に不機嫌に顔をしかめたマルケッタが、その場で一度、二度、足踏みすると、放たれた矢のような速度で駆け出した。
あっという間に一同の外周を三周して見せ、薄く浮かんだ汗も眩しく、どうだと言わんばかりに俺に向かってフンスしている。
「足が速いことはわかった。なら猫ちゃんを乗せて付いてきてよ」
「やー!」
喜ぶかと思いきやマルケッタは首を振り、近づいてきた。
何をするのかと思いきや、俺の脇に腕を差し込まれ、体が浮遊感に包まれた。
気づけばストンと彼女の背中に落とされ、目をパチクリである。
猫ちゃんだけでなく、俺も乗れということらしい。
「ああああっ!!」
後ろから唐突に壮絶な声が上がった。
見ればクェンティンが形のいい眉を悲しげに歪め、血の涙を流していた。
「なんでそんな男を後ろに乗せるんだよぉ! 女の子なら許容範囲内だけど、そんなエロガキを初めに乗せるなんでぇっ!!」
頭を掻き毟りつつ、目が血走っているクェンティンである。
正直ドン引きものだった。
マルケッタも心なしか怯えて距離を置いている。
「初めては僕だと思ってたのにぃぃぃ!!! マルちゃんの初めてがぁぁぁぁ!!!」
地面に這いつくばってオロロンと咽び泣く姿は、とてもやり手の商人には見えない。
「みっともないのでやめてください。さすがの私でも百年の恋が冷めます」
「でもぉ……でもぉぉぉぉ……!!!」
ニキータが慰めるものの、効果は薄い様子だ。
他の連中はクェンティンを遠巻きにして、近づかないようにしている。
触らぬ神に祟りなしなのはわかっているが、向こうから触ってきて怒りを買うパターンのときはどうすればいいんでしょうね?
猫ちゃんが何やら準備していると思ったら、手に弦を張った弓、背中に矢筒を背負い、身の丈に合った皮鎧を装備して勇ましい狩人の姿で現れた。
すっかりベテランの目つきで弓の張り具合を見ている。
少し見ない間に頼もしくなったものだ。
チェルシーやニキータに準備してもらったようで、ドワーフの子どもに囲まれ、ちょっとお姉ちゃんぶっている様子が笑えた。
俺は待つ間、マルケッタに乗せてもらって動く練習をしていた。
最初はどこを掴んでいいのかわからず、マルケッタの細い肩に手を置いた。
しかし動き始めると、馬の下半身に連動してバランスを取るために上半身も動くので、肩では揺れが大きく掴むのに適していないことがわかった。
「おっと!」
手を滑らせ、マルケッタの柔らかい髪に鼻を突っ込んでしまった。
腕が童女の体の前に回り、頼りない細い腰や、膨らみを持たない胸元に回ってしまう。
誓ってわざとではない。
ラッキースケベならもっとグラマラスな女の子にする。
ぺたぺたと無遠慮に触ってしまったが、羞恥するような箇所ではないのかマルケッタからはおっちょこちょいだなあと言わんばかりにニコニコと笑みを向けられた。
何この無垢な子……と感動してしまった。
クェンティンは布を咥え、ニキータの膝で泣き濡れていたが、あまり目の端に入れないように努めた。
「うおっと!」
跳ねた拍子にまた上半身に抱き付いてしまった。
ペタペタ不可抗力で触ってしまったが、よくよく感触を確かめると胸はやわっこかった。
ふむ、マルケッタちゃん……幼い顔立ちだが将来性はある。
ネックはやはり馬の下半身か……。
それでも女の子だからやわっこい。
女の子はみんなやわっこい。
大人になればもっとやわっこくてフニフニである。
男は女がいなければダメな理由がこの柔らかさにある、なんて哲学的なことを考えてみたり。
「てめえ! わざとだろ! 降りてぶん殴られろや! ままま、マルちゃんのお、おぱ、おぱぁぁぁぁ!!!!」
クェンティンが半狂乱で騒いでいるが努めて見ないふりである。
普通の馬と違い、ケンタウロスには言葉で指示が出せるのでありがたい。
それに、幼い上半身の体躯とは裏腹に、馬体はしっかりと体重を支え、受け止めている。
馬上の高さから周囲を見回せば、羨ましそうにこっちを眺めているドワーフの子どもたちがいる。
まるでポニーに乗っている気分になり、いつもより視界が広がって、おまけに風が心地よい。
彼女の毛並みの良い馬肌を撫でてみれば、毛先細やかなブラシに手を当てているようでくすぐったかった。
「いいにゃーいいにゃー。ミィニャもー」
「ちょっといま練習中。猫ちゃん、待ってて。というか余裕ないんだ」
実を言うと、景色の新鮮さと一転して、下半身が心許なかった。
鞍は付いておらず、緩やかな歩調にもかかわらず、股間が地味にぐいぐいと締め付けられる。
いざ駆け足になれば、鐙のないぶらぶらした両足が重さを増し、まるで三角木馬に跨っているかのように徐々に痛みが大きくなった。
ならばと太ももで馬体を締め、少しでも股にかかる重圧を減らそうと工夫を重ねてみれば、乗ることに慣れたと思ったのか、マルケッタはご満悦になり一段スピードを上げた。
はしゃぎすぎた。
それがいけなかった。
一際跳ね上がったとき、俺の腰は頭の高さより浮き上がった。
そして当然の結末として、三角木馬に吸い込まれるように股間を強打。
「おおおぉぉうぅぅぅぅ!」
鮮烈な星が瞬いた。
チカチカする視界に目を回し、マルケッタから転がり落ちた。
落下の痛みは股の鈍痛に掻き消されてそれどころではなかった。
「つぶ、づぶれた……」
「にゃははは!」
猫ちゃんはひとを指差し、腹を抱えて転げ回った。
クェンティンがざまあみろとばかりにケタケタ悪魔笑いしている。
芋虫みたいにうごめく俺はさぞかし笑いの種でしょうよ。
俺が落ちたことにようやく気付いたマルケッタは、なにやら背中が気になるのか、俺の股間が当たっていた位置を不思議そうに撫でさすっている。
ちょっとはこっちを心配して……。
放っておけばいつまでも股間の奥の奥で鈍痛がじぃぃんと自己主張している。
治癒魔術を使えばなんとか治るが、この痛みにはとうてい慣れそうにない。
立ち上がるとき、ちょっと内股になった。
それを見て、猫ちゃんどころかチェルシーやニキータまでクスクス笑う始末だ。
スフィは同情の眼差しで眉を下げていたが、隣のクェンティンは親指を下に向けて、いい気味だとばかりにゲスい顔をしている。
男の痛みを和らげるには、やはり尻を落ち着ける鞍と足をかける鐙が絶対に必要だと思った。
風を切って駆けるマルケッタには、俺と猫ちゃんが騎乗している。
馬具は幸いにも村で手に入った。
革をなめす職人がいて、山賊との抗争中にもマルケッタを見て、具合の良い鞍を陰ながら作っていたのだそうな。
気の良い職人から、村を救ってくれたお礼だと、無料で譲ってもらった。
ただ、普通の馬のように口元から手綱に至る頭絡というものをケンタウロスは必要としないので、掴むところには工夫が必要だった。
最終的にはコルセットのような幅広な腹帯を付けて、それから手綱を伸ばす形で落ち着いた。
しかし手綱も万能ではなく、何かあればマルケッタの腰にしがみ付けば振り落とされないことを練習で学んだ。
くすぐりに弱い猫ちゃんなら身を捩って逃げ回っただろう。
幸いなことにマルケッタはくすぐりが効かなかった。
体が放り出されないように馬腹を締め、股間を強く打ち付けないよう鐙にしっかりと足を乗せていた。
一方で猫ちゃんは、俺の肩に手を置き、マルケッタの尻を踏み台にして立ち乗りしている。
俺だってできないことはないが、立って乗るより座った方が楽なのでしない。
しないだけなのだ。
ニニアンは村でお留守番である。
村の守りが薄いことを危惧して、また山賊の生き残りが現れる可能性を考慮し、過剰防衛であるが任せた。
実際、ふらりと村から離れたと思ったら、数名の山賊を血祭りにして土に埋めてきたという。
彼女の中では山賊は始末すべしという計算式がどうやら出来上がっているようで、頼もしい限りだった。
街道にはひとが戻り始め、混乱から抜け出した村々に商機を見出した鼻の利く商人が、商都から商隊を引き連れて街道を行く姿もちらほらと見かけた。
しかしマルケッタを見る目には奇異と畏怖がある。
それはしょうがない。
マルケッタは魔物である。
亜人族を好まない国風は、当然魔物への拒絶感が強いに決まっている。
周囲の人間がわりかし寛容だったので忘れがちになるが、普通は猫ちゃんに対しても魔物を見たような怖がり方をするのだ。
だからなるべくフードを被せていたのだし、余計な面倒は避けるようにしていた。
勘違いしそうになるが、クェンティンらが少数派なのだ。
クェンティンたちはエルフの見た目を持つメイドに、ケンタウロスの子ども、ドワーフの子どもたちをぞろぞろ引き連れ、まるでこの国に正面から喧嘩を挑んでいるようだ。
実際、王都の裏の組織に所属するという転移の魔術師、ジェイド・テラディンに真っ向から楯突こうというのだ。
だからだろうか。
俺は彼らを気の良い連中と思っている。
猫ちゃんの親友と呼んで差し支えないマルケッタを見るだけでも、賢く献身的な姿を見ることができた。
たぶん、王国民からしたら変人の部類に入るのだろう。
クェンティンとスフィを思い浮かべて、それも致し方ないと思ってしまう。
魔物愛好家に同性愛者である。
きわっきわであった。
「風のように速いね。これならすぐにでも追いつけそうだ」
「マル速い! もっともっとー」
「やややー!」
嬉しそうにはしゃぐふたりに水を差すことはせず、顔いっぱいに吹き付ける春の匂いを嗅いだ。
若い草木や花の香りに、湿った土の匂いは、ずうっと昔に歩いた山道を思い出した。
小学校の遠足であったか、ただ笑い、ただ駆け回っていた頃の記憶である。
異世界にしろ、混じる匂いには近いものがあるようだった。
「ねえねえアルー」
「なあに?」
「またレーラに会える?」
「……。……会うために、俺は努力を惜しまないよ」
悩んだ末にそんな言葉が出てきた。
本音半分、諦念半分だ。
会えなくとも、彼女が不幸でないことをすでに知っている。
それだけである意味十分なのだ。
足長おじさんであってもいいくらいだが、すでにその配役には長耳エルフさんがいるので、俺は俺で冒険の旅ができるというわけである。
リエラたちはドンレミ村を半日前に出発したというから、急げば商都の手前で見つけることができるかもしれないと思った。
これは一種の賭けのつもりだ。
運命が邪魔をするのなら、リエラに会うことはないだろう。
しかし定められた流れというものが実在しないのだとすれば、商都に到着する前に再会が叶うはずだった。
それに、常に走り続けるマルケッタに弱い治癒魔術をかけ続けることで、筋肉の負担はほぼないままに休憩を省略できた。
体力も相当あるようだから、休まず駆け続けることが可能だ。
唐突に肩に力がこもった。
猫ちゃんである。
訝しむ前に悲鳴が追従してきて、行く手から聞こえたことに少しばかり不安を抱いた。
近づいてみると街道が深い林に接しているところだ。
曲道の深い場所でもあり、見晴らしは悪い。
しかも林の向こうは鬱蒼と茂っており、魔物と良からぬものが息を潜めている。
「何かあったか確認しようか」
「ややー!」
正義感が強いのか、マルケッタの声に覇気が漲って、速度がさらに上がった。
十中八九山賊の生き残りの仕業だろう。
被害にあったものにはご愁傷様だが、機会があれば討伐しよう。
現場に到着すると、馬車の中身がぶちまけられていた。
幸い死体はなく、代わりに悲鳴を上げた人影も見当たらないが、魔力探知で見つけた。
藪の中にひとり。
散らかったものは雑貨や衣類が大半で、食料や金目のものはひとつも残されていない。
物盗りの上に拉致である。
短時間で必要なものを奪って逃げる手口から、そこそこに余裕のある集団であることがわかる。
規模も大きいかもしれない。
ヴォラグが討たれた後もしぶとく生き残り、領軍が去るのをじっと息を潜めて待っていたのだろう。
猫ちゃんがクンクンと匂いを嗅いでいる。
犬系ほどではないが、ヒトよりは嗅覚に優れている。
「ヒトいる。あっちー」
指差した方向は、俺が気配を探知した藪の中だった。
猫ちゃんは藪の中に飛び込んで、しばらくするとそこからひとりの女を引きずって這い出てくる。
身なりが良く、三十代くらいの貴婦人といった様子だ。
鼻が高く、つり目で、気の強そうな口元をしている。
服は枝に引っ掛けたのかところどころほつれ、頭に葉っぱを乗せていた。
マルケッタを見て怯えた様子だったが、まったく頓着しない猫ちゃんとふたり、ぐいぐいと女性に接近している。
猫ちゃんたちに気を取られているうちに傷の様子を見たが、足を挫いているか擦り傷程度でいたって健康だった。
「おばちゃん立てるー? 手伝うかにゃ?」
「ややー!」
「いや! さ、触らないで! け、けがらわしい!」
猫ちゃんの手を、婦人は身を捩って避けた。
「そこまですることないのに」
「にゃ? けがらしー?」
「ややー?」
今の一連のやりとりで、俺の心は冷え切った。
挫いた足を治癒したことを後悔するほどに。
猫ちゃんとマルケッタは顔を見合わせて首を傾げ、よくわかっていない様子だ。
女が恐怖に錯乱して、喚いているだけと思っているのかもしれない。
「何があったんです?」
聞くと、戸惑った様子で口をモゴモゴさせた。
気が動転して話せないというより、話す相手に相応しいと思っていないのが手に取るようにわかる。
はっきりとこちらを見下しているのだ。
危機的状況にもかかわらず。
ただの子どもと亜人の子どもと魔物の子どもが並んでいれば、口が重くなるのも無理はない。
しかしだからと言って、それが不躾にならないわけもなく、俺の中の善意にも限りがあった。
「じゃ、行こうか、ふたりとも」
「え……?」
俺は立ち上がり、埃を叩いた。
目を丸くした女性は、縋るような目を向けてきた。
知らぬとばかりに目を合わせず、猫ちゃんの頭とマルケッタの馬体を撫でる。
「早く追いかけないとリエラに会えないからね」
「そんな……! せめてひとを呼んできてくださらないのかしら! ここにひとりでいるなんて……おお、なんと恐ろしい!」
ヒステリック気味に叫ぶので、猫ちゃんとマルケッタは耳を塞いでいた。
最後の良心で猫ちゃんに尋ねた。
「猫ちゃん、近くにヒトいる?」
「くんくん……いにゃーい」
「だそうですが?」
「でもあっちにいっぱい臭いするー」
指差したのは木立の方向で、枝が折れ、明らかに何かが踏み込んだ跡が残っている。
女性はひっと悲鳴を上げた。
そちらから現れたものに、よほど怖い思いをしたのだろう。
「置いていかないでくださいまし! 山賊が出たんです! 他の方は連れて行かれましたの!」
堰を切ったように話し始めたが、すでにマルケッタの背中に跨っている。
「夫と使用人、御用商人たちが連れ去られました。私は夫の勇敢な行動によって奴らの目から逃れられたのです」
「じゃあね、お気をつけて」
「お待ちなさい! お願い! 行かないで! 私だけ置いて行かないで! ――うぶっ!」
猫ちゃんが飛び乗ったのを確認していざ歩み出すと、女は余裕をかなぐり捨てて追ってきた。
まぁ、自分の膨らんだスカートにつんのめって盛大に転んだけど。
哀れに思ったのか、しきりにマルケッタが振り返って俺の顔を見てくる。
猫ちゃんはあまり気に留めていないようで、そこらを飛んでいる虫に意識を奪われていた。
この辺りに性格がよく出ている気がする。
顔や髪を砂埃で汚しながら、女は様々なものを捨てて救いを乞うていた。
それに応えない……というのも後味が悪い。
ここで女を見捨てては、マルケッタが気もそぞろになってしまう。
猫ちゃんはあっさりしたもので、弓をびしゅんびしゅんと爪弾いて遊んでいる。
「マルケッタは正義感が強いね」
「や?」
「正義の味方って感じだ」
「やや!」
フンスと気合がこもったようだ。
真面目さは忠犬のマリノアに通じるものがある。
やると決まればマルケッタは速かった。
喜び勇んで棹立ちするものだから、あわや落ちかけたが愛嬌だと思おう。
興奮すると周りが見えなくなるらしい。
リエラに遠のくな、と心の中で自嘲するが、もうそういう星廻りだと割り切るしかない。
俺は女の傍にいることにして、マルケッタと猫ちゃんを派遣した。
そうしないと女は落ち着かない様子だったし。
子どもばかりで不安そうだったので、火の玉を十個出してお手玉しつつ、放り投げたところに指先を向け、水鉄砲のように水を噴射してジュッと消化する遊びを披露した。
逆に怯えるような目を向けられた。
なぜだ。
結局、猫ちゃんたちは囚われた人たちを救い出すことに成功し、街道に戻ってきたのは日も暮れかけ始めた頃。
待っている間に通りすがった商隊を掴まえ、女を保護してもらいつつ猫ちゃんたちの帰りを待っていた。
どっと疲れてしまった気がする。
それも精神的な疲労だ。
マルケッタと猫ちゃんは助けた男たちに罵声を浴びせられて戻ってきた。
亜人や魔物に助けられる筋合いはないと言い出す始末。
腹が立ったので火をつけて全裸にし尻を蹴飛ばしてやったら、商隊の護衛から武器を向けられた。
女は手のひらを返したように高圧的になって護衛の後ろから非人道的な扱いを責めてくるし、亜人に助けられた不名誉を恥だと罵るし、助け甲斐がない連中だったので頭を燃やして揃ってチリチリにしてやった。
そこに男女差はない、とだけ付け加えておこう。
「ややー……ぐす……」
「そんな泣かないで。マルちゃんの所為じゃないから。どちらにしろあそこであのひとたちを見捨てていたら、俺は妹に胸を張れる兄にはなれなかったさ」
「やー……ぐすん」
「マル泣かしたー。アルが泣かしたー」
「だから謝ってるじゃないのー、もー」
マルケッタは俺と猫ちゃんを背に乗せ、めそめそと涙を拭いながら商都を目指しひた駆けている。
日はすでに林の向こうに沈もうとしており、追っていた領軍を捕捉することはほぼ不可能だろうと思われた。
と思っていたら、正面に兵士の姿が見えた。
追いついたか? と一瞬喜ぶも、すぐさま消沈する。
よく見れば篝火を焚き、街道を封鎖する検問のようであった。
その兵士を跨いだ向こうに、暮れなずむ空に要塞のようなシルエットを切り取って浮かび上がる商都の城壁が見えた。
「おい止まれ! 怪しいやつめ! なんだおまえたちは!」
十数人の兵士が殺気立って街道を塞いだ。
槍を向けて臨戦態勢である。
「マルケッタ、一度止まって。これ以上近づいたら攻撃されるから。おっと猫ちゃん、攻撃しちゃダメだからね」
俺の背後で静かに矢を番えていた猫ちゃんに声をかけると、ぶーぶー不満げに、一応は矢を下ろした。
というか駆けるケンタウロスの背中に立ち乗りしながら弓矢を撃とうとするとか、どんな曲芸だ。
俺は弓矢の扱いは見ていたが、騎射までは見てないぞ。
猫ちゃんはとりあえず収まったものの、マルケッタは未練があるように駆け続けている。
「もう商都はいいから。大事になったら君のご主人も商売できなくなっちゃうよ」
それでも止まらない。
「もう! 言うことを聞け!」
「ややっ!」
マルケッタを後ろから抱き締め、咄嗟に目を覆う。
突然のことにマルケッタはその場に急ブレーキをかけた。
反動によりぽーんと猫ちゃんが飛んでいくが、空中でくるっと器用に捻って無事に着地した。
「大丈夫、落ち着いて。リエラたちにはまた会える。君は正しい判断をした。結果的には会えなかったけど、きっと人命救助を優先したことを誇ってくれるさ」
「やぅー……」
ぐずぐずと泣くマルケッタの頭を撫で、よしよしと宥めた。
そうこうしているうちにも領軍の兵士たちは隊伍を組んで迫ってくる。
領主弟の従える私兵団のような腐敗した領軍ではない。
商都を守る防衛機能のような領軍だ。
このまま捕まれば面倒になるのは目に見えていた。
「さ、戻ろう。俺たちのいるべき場所に帰ろう。ほら、猫ちゃんもおいで」
猫ちゃんに向かって手を伸ばすと、嬉しそうに掴まった。
一息で引っ張り上げ、マルケッタの背中に落ち着き腰に腕を回してくる。
マルケッタは涙を拭うと、並足で旋回し、来た道を矢のごとく駆け出した。
歩兵部隊の領軍が追い付けるわけがない。
いや、歩兵の後ろから騎兵が現れ追いかけてくるが、見る間に距離が開いていく。
ケンタウロスの躍動感には目を瞠るばかりだ。
遠く離れて行く商都の黒い輪郭に目を向けた。
妹よ、幼馴染よ、元気で。
言葉にしない思いだけを、俺は商都に向けて飛ばした。
不意にじんわりとした温かいものが胸に広がった。
届いたのだろうか。
そして、リエラからも思いの返事が届けられたのか。
双子だから通じる常識を超えた何か。
それを信じてみてもいいのかもしれない。
俺は前を向き、押し潰そうと迫ってくる夕闇にキッと眼差しを鋭くした。
マルケッタに騎乗した俺たちはドンレミ村へ急いだ。
途中夜営し、陽が昇り始めた頃にまた駆けだし、朝靄を抜けるようにして炊き出しの煙が昇る村に戻ってきた。
チェルシーを始め、クェンティンたちは温かく迎えてくれた。
ニニアンが無表情で頭を撫でてくる。
理解者は得難いものだなと思う。
信頼できる仲間を作ろうと以前から思っていたのだ。
俺が信頼を置く猫ちゃんやニニアン。
猫ちゃんからマルケッタというように、猫ちゃんを通してその輪が気づかないうちに広がっていくのを感じた。
次はドワーフだ。
意識を北の国へと向けるのだった。
○○○○○○○○○○○○
「わたしね、修道院には帰らない。ここに残るよ」
ふとチェルシーが真面目な顔をして、篝火を見つめながらポツリと漏らした。
ちょうど篝火の周りは、死者を悼むような厳かな曲が歌われていた。
辺りからすすり泣く声が聞こえてくる。
宴に参加せず、警備に立っていた兵士の何人かも袖で目元を拭っていた。
そんな中で最初に反応できたのはファビエンヌだった。
「いきなりお別れを告げてなに? どんな心境の変化?」
「シスターにはもう言ってあるんだ。他の子たちにはまだだけど」
「チェルシー、一緒に戻らないの? もう戻ってこないの?」
「永遠にってわけじゃないよ。時々商都には寄るつもりだし。修道院には絶対顔出すよ」
「マグ婆に入場拒否されるかも。いくら修道院の卒業生だからって許可がないと通せませんって」
「はは、十分にありそう。領主様からの入場許可証もらわないとダメって」
ファビエンヌはチェルシーと冗談を言って笑っている。
リエラも寂しくなるが、また会えるのだと信じている。
チェルシーの篝火に照らされた横顔を見ると、その瞳は先を見据え、きらきらと輝いていた。
希望と期待がつまっているのだとわかって、リエラも嬉しくなる。
チェルシーのことだから、ふらっと会いに来るかもしれない。
修道院で生活しているより、外に出て動き回っているチェルシーは普段以上に活き活きとして見えた。
だからこの決断は、ある意味で決まったことだったのかもしれない。
「修道院に戻らないのはいいけど、あなたどこでどうやって生活するつもり?」
「それはもう決めてあるよ。この子たちを親元に帰す手伝いをしてくれるってひとがいるの。ふたりがよく知るひと」
「どうせニキータさんたちでしょ?」
「そ。商人にはいい思い出がないんだけど、やっぱり血かな、商売に興味があるんだ。行商をやってるっていうから、それを間近で見て勉強するつもり。そのうち大きな商会の会長になってるかもね」
「チェルシーならなれるよ。何にだってなれる。だって頑張り屋さんだもん……でも寂しいのはちょっとあるかな」
リエラがチェルシーの腕に縋り付くと、笑って頭を撫でてくれた。
修道院生活を送るうちに、チェルシーはリエラにとってのもうひとりの姉になった。
同室のよしみというのはもちろんのこと、リエラとファビエンヌが当初入院したときに、院内を案内してくれたり、規則をいろいろ教えてくれたり、いちばん世話を焼いてくれたのがチェルシーだったのだ。
「大好きよ、ふたりとも」
チェルシーが両腕を伸ばして、リエラとファビエンヌを引き寄せた。
少女たちの笑い声が、宴を暗いものから明るくしたようだった。
兵士の肩を抱き騒ぐ村人の姿がちらほらと見えた。
翌朝、最後の仕事とばかりに修道女たちは走り回った。
領軍が準備を整え次第、出発である。
ここ数日でドンレミ村の治療を聞きつけた周囲の村から、リエラたちの元に何十人と押しかけていた。
修道女仲間も、少ない魔力で治癒に当たっているほどである。
それがひと息ついたのは、朝と昼の間くらいの時間だった。
ちょうど馬車の準備もされ、みんなで乗り込む。
「ねえリエラ、もしいまアルが追いかけてきてるんだとして、途中困っているひとがいたら、困っているひとを助けてほしい? それともまっすぐ追いかけて会いに来てほしい?」
「困ってるひとを助けてほしい」
「やっぱりね。リエラはそう言うと思った」
「……でも、やっぱり会いに来てほしい。ひと助けは大事だけど、いちばんに会いたいよ」
涙を潤ませてしまうリエラの頭を、ファビエンヌがよしよしと撫でる。
馬車にはみんながぎゅうぎゅうに詰まっていた。
ただ、チェルシーだけは見送りとして、馬車の外でニキータたちと並んで立っていた。
「そっか。リエラは自分を優先してほしいんだね」
「……ファビーのいじわる」
「ごめんごめん。リエラのいじける姿も可愛いからつい」
頬を膨らますリエラだったが、ファビエンヌの顔を見ると途端に消沈した。
ファビエンヌもまた、自分を優先して会いに来てほしいと思っているのだと察したから。
悲しくなったリエラを慰めるように、ミィナが頭を擦り付けてくる。
「……ってミィナ! なんで馬車に乗ってるの!」
「んにゃ?」
「ダメよ。この馬車は商都に戻るんだから、ミィナはここで待ってないと」
「やにゃー! ミィニャ一緒にいく!」
「やじゃないよ! ミィナが残らないと出発できないんだからね!」
「レーラといっしょがいいにゃっ!」
ファビエンヌが口をへの字に結んでミィナに詰め寄るが、リエラの腕にしっかりと抱き付いて余計離れなくなってしまった。
リエラはよしよしと頭を撫でて、ミィナを落ち着かせる。
「あたしもミィナとお別れしたくないよ。でもおうちに帰らないといけないからね」
「ミィニャいっしょにいく! レーラ守るよ?」
「ありがとう。でもミィナにはミィナにしかできないことがあるでしょ?」
「にゃあに?」
涙と鼻水を垂らしながら、ミィナは顔を上げる。
リエラの服に涙と鼻水の跡がついていたのはご愛嬌か。
ファビエンヌが無理やり引き剥がそうとしたら爪を立てて抵抗したので、リエラは「痛い痛い!」と悲鳴を上げた。
ファビエンヌが手を放すと、ミィナが恨みがましげな目をファビエンヌに向ける。
「ミィナにはあたしの代わりにお兄ちゃんを待っていてほしいな。お兄ちゃん、迎えるひとがいないと落ち込んじゃうから」
「お兄ちゃん?」
「そう、ミィナが大好きなアルのことだよ」
リエラは四人で暮らしていた頃を思い出す。
ファビエンヌとエド神官と一緒にリエラは出掛け、兄のアルはひとり大森林へと行ってしまったときの話だ。
三人は近くの町に出掛け、夜遅くに戻ってきた。
兄はひとり、暗い部屋で食卓に座り、拗ねるように待っていたことがあった。
ひとりで行動する癖に置いてけぼりは嫌がる性格なのだ。
「アルどこ?」
「村にいれば戻ってくるよ。でもあたしと一緒に行っちゃったらもう会えないかも」
「……うー」
ミィナは悩んでいるようだった。
青灰色の耳がピンと立ち、尻尾が小さく速く動いている。
リエラ、ファビエンヌ、馬車の中の修道女たち、そして窓の外に、順に目を向けた。
「ミィナ、また会えるよ」
不安げな顔のミィナを抱き締めたのは、最年少のミリアだった。
ミリアはミィナよりも年下だ。
九歳の少女より五歳の幼女のほうが物分かりのいい様子だ。
「また一緒にあそんでくれる?」
「にゃ、遊ぶ」
「マルケッタに乗って走り回りたいね」
「うん、ミリアもちゃんと掴まってにゃ」
すっかり仲良しである。
ミィナの方が年下に見えるのは気のせいではないだろう。
領軍が動き始め、そろそろ馬車を出さなければならない。
ミィナは後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら馬車を降りた。
トトトッと走っていき、ぼうっと立っていたニニアンの足に飛びつく。
馬車がゴトゴトと動き始める。
ドンレミ村にはチェルシーが残り、行きには乗っていなかったミリアが同乗する。
青灰色の髪のミィナと、栗毛のマルケッタは、見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていた。
リエラも、仲間たちと同じように手を振り続けた。
また会えるからね、と心の中で思いながら。
ファビエンヌはゆっくりと近づく商都の城壁を馬車の窓から見上げつつ、懐かしさを覚えていた。
いろいろあって疲労困憊で、馬車の中を見ればみんな誰かに寄りかかるようにぐっすりと眠っている。
むにゃむにゃと寝言も聞こえてくる始末だ。
ファビエンヌはチェルシーのことを思い出していた。
十四歳で修道院を出る決意をした少女。
たったひとり自らの進路を決めた姉御肌に尊敬の念を覚える。
自分も、と思う。
ファビエンヌは隣ですやすやと眠るリエラを見る。
治癒魔術では到底敵わない妹に、どうすれば肩を並べられるか。
やはり知識だろう。
ファビエンヌは秘めたる決意を固めた。
馬車は市街に入り、街中を進む。
領軍はそのまま領主の館まで向かうので、途中で脇に逸れて、人気の少ない区画である修道院を目指す。
それでも十騎ほどの護衛が付くのだから、彼らの本気度が窺える。
修道院の聳える外壁が見えてくると、やはり帰ってきたという気分になる。
チェルシーが常々息苦しいと言っていたが、中には囲まれ世情から隔離されていることに安心する子もいるのだ。
「おや、ようやくのお帰りだね」
修道院の門番とも言える老婆――ファビエンヌたちはマグ婆と呼んでいる――は、頭に包帯を巻いていた。
護衛の騎兵たちに門は通らせないよとばかりに強く睨んでいるが、一転、ファビエンヌに向ける目は孫を可愛がる祖母のように優しい。
「どうしたの、その頭」
「死に損なっちまってね。あんたたちが出掛けた後にいろいろあったもんさ。でもこうして生きてるってことは、神様がまだこの仕事を続けなさいって言ってるんだよ。だからあたしゃ、どんなやつがきてもこの門は通さんさね」
顔をくしゃくしゃにして嬉しそうにマグ婆は語った。
マグ婆はこの修道院にかつて世話になっていて、夫に先立たれた頃から修道院の門番になった。
だからか、修道女たちに向ける目は身内を見る目のように優しいのだ。
ファビエンヌたちは修道院に帰りつくと、元の生活に戻っていった。
朝起きたらお祈りをして、修道院を清めて、食事をして、勉強をして、寝る前にお祈りしてから眠る生活だ。
ファビエンヌはそんな生活を退屈だと思うようになっていた。
だから修道院に保管されている書物を片っ端から読み、物足りなくなると司祭様に頼んで新たな本を入手してもらった。
そんな生活だが、それでも以前とはいくつか違いがでてきていた。
まず、リエラが泣かなくなったこと。
ドンレミ村を始めとして、様々な村で得た過酷な経験は、確かに自分たちを強くした。
しかしそれとは別に、一通の手紙がファビエンヌたちの部屋の枕元にひっそりと残されていたからだろう。
手紙の主はなんと、リエラの兄アル……アリィからだった。
この少年はどうやら自分たちの居ない間に修道院に忍び込んだらしい。
門番の老婆をものともせず、彼ならやってのけそうである。
この手紙は前々から用意されたものではなく、修道院に忍び込んだはいいが、わたしたちが不在と知り慌てて手紙を残したようだった。
どこかで見たことのある紙だと思ったら、シスターアガサが夜な夜な書き綴っている怪しい物語に使われる用紙だった。
アリィはシスターの部屋に忍び込んで紙とインクを拝借したらしい。
悪いやつである。
手紙を読んで、アリィの字、アリィの言葉をひとつひとつを噛み締めることで、ちゃんと自分を心配してくれていることを実感できたのは間違いない。
ファビエンヌはその日、満足そうに穏やかな顔で寝付くリエラを見た。
そういえば部屋のもうひとりの住人であるチェルシーの荷物を片付け、急遽ミリアが同室になることになった。
いままで鐘楼で軟禁状態だったが、そこは大人の事情というやつらしい。
どうやらオーフェミリアという人物は死んだことにされ、ミリアはただのミリアとして修道院に住まうことになったようだ。
物騒な世の中である。
鐘の塔でひっそりと暮らしていた女の子、オーフェミリアことミリア。
五歳くらいの彼女は、アリィに出会って転機を迎えた。
狭い鳥籠から飛び出し、広い世界へ。
この修道院もまた鳥籠のようだが、成長すればきっと、ここよりさらに広い世界に行けるはずだ。
ミリアを見ていると、ちょっと昔、ウィート村で暮らした頃のリエラを思い出した。
ファビエンヌには手のかかる妹で、笑うと可愛い妹でもあった。
自分とリエラとアリィと父の四人で、毎日を楽しく過ごしたことを鮮明に覚えている。
貴重なランプに火を灯し、眠気が来るまでいろんな話をした。
父はかつての冒険譚を。アリィはわくわくする創作話を。リエラは今日見た綺麗なものの話をよくした。
ファビエンヌは父のだらしないところ、アリィの突拍子もないところ、リエラと過ごした楽しい一日の話を交互に話した。
また、父とアリィ、自分とリエラが食卓を囲って、夜も飽きずに話をしたい。
そこに今度は、新たな仲間を迎えて。
ミリアやミィナの話も交えて――
来る日までに、今以上に努力をしようと思う。
たくさんの本を読んで、たくさんの力を付けよう。
リエラやミリアと一緒に。
――また会う日まで。
“会える日を楽しみにしてる。それまでに、ともに成長しているように。”
アリィの便箋の一行。
――その言葉を信じて。
第2部3章はここでおしまいです。
後日談でおっさん三人の話とおまけを書こうかなと思います。
次の更新の詳細は活動報告にて。
毎日更新できるように書き溜めてから投稿しようと思います。




