第15話 村の子供たち
収穫がひと段落すると、村の人間が集まって二、三十人が山狩りを行う。
ここで得た肉や毛皮が、冬を超えるのに必要になってくるのだ。
クマの魔獣やイノシシの魔獣がよく出没するらしく、毎年ひとりかふたりの犠牲者が出た。
よくやるよねーと俺なんかは他人事のように見ていた。
安全マージンが取れないのに狩りに行かなきゃならないなんて、不幸以外の何物でもない。
七歳は参加できなくてよかった。
しかし今年は、山狩りを行わなかった。
先日、裏山の麓にあるウィート村、そこより三時間ほど北に行ったご近所のプロウ村が、大型の魔物に襲われたと連絡が入った。
例年、大森林から溢れ出した魔物が村の近くに出没すると、村を挙げて警戒する。
ウィート村だっていつ襲われるかわからない以上、他人事ではない。
さすがにムダニもこれを聞いて裏山への見張りを倍に増やしたし、プロウ村から助力を乞われて討伐隊を編成させた。
実際は討伐隊を行かせることに渋った。
自分のところの兵力が減ってしまうことを嫌ったのだ。
これでもしウィート村に大型の魔物が現れたら、討伐隊を出して兵力が心許ない状態では自分の身を守ってくれるものがいないことを心配したのだ。
生粋のクズだな、と思った。
しかし、プロウ村とは浅からぬ縁。
向こうから嫁をもらったり、こちらから嫁を出したりと血縁の深いご近所さんなのだ。
ご近所さんのピンチには当たり前のように助けの手を伸ばすもの。
うんうん、現代日本が忘れて久しいご近所づきあいがここには息づいているね。
というわけで例年なら山狩りに参加する村の若い衆、筋骨隆々のラズが中心となって武器を取った。
さすがに毎年山狩りに行くだけあって、槍や剣などの扱いには長けている。
俺たちは日課の水汲みに出ていた。
リエラと並んで、武装した物々しい討伐隊が隣村に遠征に行く様子を遠くから眺めていた。
彼らが出発して数時間後、俺たちは無理やりイランに召集をかけられていた。
俺とリエラを使い走りにして、ディン、ディノ兄弟とフレアを集めたのだ。
「イラン、どうしたの? これから探検でもするの?」
最年長のほんわか雰囲気のフレアがほわっと尋ねる。
「大型の魔物が出たっていう隣村の偵察に行く」
イランは決定事項だ、といわんばかりの顔をしていた。
「ええええぇぇぇ!」
俺以外の四人が驚いている。
俺はなんとなくそうじゃないかなー? でも外れてほしいなー? なんて淡い期待をしていたのだが、見事に裏切ってくれる。
さすがムダニの息子。
やることが馬鹿げている。
「危険だよ! 大人だって命が危ないって言ってたのに!」
年長のフレアは常識人である。
三つ編みにした栗毛とそばかすがチャームポイントの彼女の肩を持ちたいが、どうせイランには逆らえないので黙っている。
「なんかかっけー!」とちびで洟垂れのディノ。
「イランかっけー!」とのっぽで歯抜けのディン。
このふたりは考えなしだ。
彼の兄貴たちも馬鹿である。
馬鹿だけに力はあって、将来はイランの腰巾着に落ち着きそうだ。
ちなみに彼らの長男は手斧を持って討伐隊に参加していた。
「かっこいいとかじゃなくて危険なの! ねえ、アルもリエラもそう思うよね?」
フレアが同意を求めてくる。
俺はちらりとイランの顔色を窺った。
イランは、テメーバックレたらあとでボコだかんな? といまにも言いそうな顔をしていた。
「残念ですがフレア、ぼくはイランが行くと言ったらついていくしかないんですよ。最低限の安全は確保するつもりですが」
「もう、アルはいっつもそうなんだから! リエラは?」
「うーん……お兄ちゃんが行くなら、あたしもついてく」
我が妹は特に深く考えもせず、ものを言っている気がする。
もうちょっと慎重になってくれよマイシスター。
といっても、俺がついていく以上はリエラと自分の安全だけは必ず確保するつもりだった。
イランはどさくさに紛れて死んでしまえ! ペッ。
でもそうなるとムダニがリエラにも暴力を振るいそうだから、一応は助けてあげるんだからね! 勘違いしないでよね!
…………。
冗談はともかく、イランが声を張った。
「じゃあフレアは来るな。行きたいやつだけで行くから」
「い、行かないとは言ってないよ。危ないって言ってるだけだもん……」
フレアはちらちらとイランの顔を窺う。
ご想像の通り、フレアはイランを異性として意識している。
なのにイランとひとつ違いの俺のほうは、ディン・ディノ兄弟と同じように接されてちょっと不満である。
そりゃ確かにイランほどカリスマがあって美形じゃないけどさ……ブツブツ。
イランは背中にショートソードを負っている。
大人なら片手剣だろうが、八歳児のイランには両手剣である。
意味もなく剣を抜いて、進行方向へと振り上げる。
「オレについてこい。魔物の一匹や二匹、簡単に斬ってやるよ」
一匹や二匹で済めばいいけどな、と念じる。
討伐隊を組むぐらいだから、相当数いるはずだ。
「イランすっげー!」
「イランかっけー!」
未来の腰巾着兄弟は、未来の主に羨望の眼差しを向けている。
集合したときに武器を持って来いとイランから言われていたので、彼らもダガーナイフを持参で一応の戦う姿は見せていた。
ちなみに俺とリエラとフレアは丸腰だ。
イランにとって俺は敵を引き付ける囮役くらいにしか考えていない。
これが冗談じゃなくマジだから笑えない。
俺とイランの間には友情は存在し得ないのである。
まったく悲しくはないが。
イランについて語るなら、彼の剣は大人をやり込めるほどの腕に上がっていた。
だからあながち、一匹や二匹なら楽に倒してしまうかもしれない。
俺は何度となくサンドバッグにされているから知っている。
何度も骨を折られている。
最近では折られないような回避の仕方もできるようになったが、油断をしているとすぐに剣速が上がるのだ。
訓練したらしただけ伸びているようでちょっと怖い。
八歳にしては異常なスピードで剣の腕を上げているが、まあ自分みたいなチート魔術師もいるっちゃいるので、イランには剣の天賦の才があるのだろうと思っている。
「それじゃ、さっそく行くぞ。到着して終わってたら意味ないからな」
隣村の存亡をかけた戦いがあっさりと終わるとも思えないが。
イランを先頭に歩き出す。
続いて二歩後ろをフレアがついていく。
腰巾着兄弟はダガーを振り回して遊びながらその後を、俺たち双子は並んで最後尾を行く。
「お兄ちゃん、魔物って危ないの?」
「裏山に出てくる魔獣は人を食い殺すって言うし、魔獣よりひとつ上の強さって言うからかなり強いんじゃない?」
「それって危なくなぁい?」
「うん。危ないね。できたら行きたくないよ」
「でもお坊ちゃまが行くって言うから断れなかったんだよね」
「そうだよ。俺たちはお坊ちゃまに逆らっちゃいけないんだ。そこらへんよく察したね。えらいえらい」
ふわっとしたリエラの赤毛を撫でるのは兄の特権である。
リエラはうふっと満更でもなさそうに笑っている。
リエラの髪は毎日水魔術で洗っているので、毛が絡まったりとかはしていない。
木を削って作ったブラシで毎日頭を梳くのが俺の楽しみのひとつだ。
お人形さん遊びをしているみたいで背徳感があるね。
石鹸かシャンプーで艶を出したいところだが、この世界では石鹸は高級品である。
行商でも一度も目にしたことはないが、聞いてみたらあると返答があった。
俺の中で、リエラがますます可愛くなっていく。
飴ちゃん買って食べさせてあげたい。
しかし、性的な興奮は一切なかった。
親戚の姪っ子にお菓子やお小遣いを上げるおじさんの気分が抜けない。
菩薩のような平常心でリエラの着替えを手伝ったりするのだ。
幼女のお股が目前にダイレクトインしても、七歳のサムシングはスタンダップしない。
これはもしかして子作り不可なコースかなと思ったこともあったが、たとえばフレアが目の前で裸になったらと思うと、股間はぴくりと幼いながらも反応する。
よかったよかった、俺は正常だと安堵したのも束の間である。
いや、それはそれでダメだろうと自分自身にツッコミを入れたい。
小さい子にぴくぴくしちゃダメだろう。
問題が解決した瞬間、新たな問題が立ち上がるものだ。
ままならないね。
要するにだ。
リエラは血のつながった妹だ。
それは変わることがない。
リエラがもっと女らしく綺麗になっても、セクシャルな視点は今後一切ないと言えるだろう。
俺はいつまでも無我の境地でパンツを履かせたいと思う。
でも最近恥ずかしがるんだよなあ……。
俺のストライクゾーンについてだが、たとえばフレアの母親はそこそこ美人だ。
お色気むんむんの人妻という感じだ。
俺のサムシングもぴくぴく元気に反応する。
ということはなにか? 俺のストライクゾーンは下八歳、上四十歳ということか?
これ以上追究したら藪蛇になりそうなんでやめておこう。
つまるところ、リエラにしても俺は面倒見のいい兄で、頼れる存在として不動の地位を獲得しているのであって、それ以上は高望みはしないのがいちばんだねってことだ。
俺たちはウィート村を村人に見つからないようこっそりと抜け出し、プロウ村へと出発した。
登場人物紹介
アル…主人公。魔術師。この世界で言うところの中級魔術師くらいの実力がある。
リエラ…アルの双子の妹。赤い髪の女の子。兄の前だと明るいが、大人の前だと途端に無表情になる。内弁慶に育った。
イラン…双子の主人であるムダニの息子。剣の天才。イケメン。1人っ子。
ディン・ディノ兄弟…八人兄弟の七男と八男。
フレア…上に三人の兄を持つおませさん。イランが気になるお年頃。




