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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 三章 家族捜索
145/204

第84話 ドンレミ村防衛戦Ⅳ

「ひぇーっ! ち、血塗れの魔術師!」

「ひと喰らいの悪鬼!」

「バケモノッ!」


 助け、殺し、助け、殺す。

 返り血で汚れた外套は赤く染まり、赤魔導士の面目躍如だろうか。

 最初は浄化していたが、そのうち血を落とすのが面倒になってきた。

 呼び方も『血塗れ』だの、『悪鬼』だのと言われ畏れられるほうが多くなっている。

 赤魔導士のアルと名乗っていたが、言い得て妙だ。

 血を頭から浴びて、真っ赤な血塗れの魔術師。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! おまえ、以前会ったことあるガキだろ!」


 そう言われて目の前の山賊を殺すのを一瞬躊躇った。

 そいつをしげしげと見てみる。

 狐耳のオス獣人だった。

 どこかで見た?

 覚えがない。


「へへ、あのチビ猫は一緒じゃねえのか?」

「……猫ちゃんを知ってるのか?」

「お、おおうよ! むかし王都南部を縄張りにしてたが、あんちゃんにやられて北まで逃げてきたんだよ」

「……俺がやった?」


 さっぱり思い出せない。

 『猫ちゃんを知っている』、『王都南部』、このキーワードの検索結果、ニニアンと会う前に猫ちゃんとふたり旅をしていた頃を思い出すが。


「オレの仲間はみんなあのチビ猫に殺されちまって、オレだけその場を逃げて助かったんだよ」

「じゃあここで死ねよ。仲間と一緒になってめでたしめでたし」

「ちょちょ、ちょっと待って! 今回はオレ、悪いことしてねえよ! ヴォラグってやつが数を集めてて、それに参加しただけなんだ! オレみたいな獣人は表じゃ働けねえし! 山賊団に入ろうにも、オレは荒事には向かねえから! だからこういうのに参加しておこぼれに預かるしかねえんだ!」

「そうか……じゃあ死ぬか」

「ちょーっと! 待って! ねえ、ほんと待って! お願いします! このとおり!」


 狐男は地に伏せて額を擦り付け、尻尾を丸め、両手を差し出すように前に出した。

 それは獣人が強者に服従するときの行動。

 なんだか殺す気が失せる。


「この拠点の他に、あといくつ拠点が存在する? そこにいる山賊のおおよその人数は?」

「……すまねえ。知っていることは全部話したいが、それはわからねえ。横のつながりはほとんどねえんだ。そういう話はたぶん上の連中も知らないはずだ。だが山賊を集めてやろうとしてることならわかる」

「答えろ」

「途轍もない数の山賊がヴォラグの招集に応じている。それらはすべてテオジアを襲うための戦力と言われている」

「テオジアを襲う? なんで?」

「領主弟を人質に領主軍を押さえ込み、トレイド商会の会頭を殺す算段だという話だ」

「なんで商会を狙う。普通なら領主を狙うだろ」

「テオジアの裏の支配者はトレイド商会会頭だ。領主は表向きの傀儡に過ぎない」


 ヴォラグの目的はテオジアの襲撃?

 あの商都を?

 ……実際問題、可能だろうか。

 それがイコール、ジェイドの目的になっているのだろうか。


 トレイド商会の会頭といえば、同じ姓であるクェンティンの父親だ。

 実父かどうかは定かではないにしろ、親子揃ってジェイドに振り回されるということか。

 父親を殺されたら、クェンティンはどうするのだろう。

 いろいろ思い浮かぶが、そもそもがこの話を鵜呑みにするわけにもいかないことに気づく。

 信じるにしても、他の山賊を尋問して裏を取る必要がある。


「……その情報、なんでおまえが知ってる?」

「オレは斥候だ。盗み聞きが得意でな。上の連中がヴォラグと話をするのを聞いた。へへ、自分が何に巻き込まれて仕事をするのか、知っといて損はねえからよぉ。現にいま、こうしてあんちゃんに知らせることができただろう?」

「……話はそれで全部か?」

「あ、ああ、オレが聞いた話はこれで全部だ。役に立っただろ? 頼むよ、殺さないでくれよ」

「……わかった。消えろ。次に山賊として会ったら喋らせる前に殺す」

「ひ、ひぃ!」


 殺気にぶるって耳をしゅんとさせた狐男。

 そういうのはおっさんで見ても嬉しくない。

 腰を抜かしてしまったらしい狐男を見下ろし、俺の方から退散することにした。


「あ、あんちゃん! 名前はなんて言うんだい!」

「赤魔導士のアル」

「オレの名前は――」

「聞きたくない」

「そんな!」


 本当に名前を聞かず、俺はその場を離れた。

 狐男は渋々去って行ったようだ。

 震える奴隷たちを解放して回り、衰弱したふたりを隠し村に連れ帰ることにした。

 ふと、周囲の魔力を探ってみる。

 狐男は魔方陣に向かわず、森に向かい、野営地から離れていっている。

 もし魔方陣で飛ぼうとしていたら、残念ながら殺さねばならなかった。

 こちらに情報を流したにしろ、味方というわけではないのだ。

 俺という破壊の化身が拠点を潰して回っていると知られては、対策を講じられたり人質を取られたりして動きにくくなってしまう。

 そういう意味でも、狐男は選択を誤らなかったと言っていい。

 以前にも猫ちゃんと旅をしていたときに出会ったらしいが、俺はあまり覚えていない。

 これまで悪・即・斬で悪人に情けをかけてこなかった記憶があるが、山賊稼業をやっているところに遭遇して俺から生き延びたのだから、野生の勘が鋭いか悪運が強い男だ。


 両肩にふたり支えながら、隠し村に飛んだ。

 立つ鳥跡を濁さず。

 もし狐男が戻ってきて魔方陣を使おうとしても徒労に終わるように、巨石を降らせて魔方陣を押し潰した。


 隠し村に戻ったとき、もう日暮れであることに気づいた。

 森の輪郭をオレンジに染め、影にできた闇はいっそう深くなっている。

 あっという間に半日を使ってしまったようだ。

 やらなければならないことは多いが、あまり時間はなかった。

 女騎士に同道してドンレミ村を目指す修道女たちやチェルシー、ドワーフのオルダのこともある。

 女騎士を追って馬車を走らせるクェンティンや銀髪のミリアのこともある。

 さらに言えば、猫ちゃんを預けたニキータとマルケッタは、無事にテオジアに着いただろうか。

 そしてどこかにいるリエラとファビエンヌ。

 師匠や、彼の気配を追って独断でいなくなったニニアン、エルフふたりのこともあった。


 俺はいま何をしているんだろうか。

 たったひとりで。

 山賊を殺しまくり、被害者を助けて、ジェイドの魔方陣を潰す。

 

「……いや、意味はあるか」


 ぽつりと自答する。

 山賊を屠って魔方陣を潰して回ることは、テオジアを襲う戦力の低下になる。

 狐男の言う通りではなくとも、山賊を潰すことに意味はある。

 考えたくはないが、妹が山賊に捕えられていることも可能性としてはゼロではない。

 なにより、これは俺にしかできないことだ。

 誰に表彰されるわけでもないが、巡り巡って大切なひとを救うことになるかもしれないと思えば、疲れてても頑張れるような気がする。


 衰弱した彼らを隠し村の動けるやつに預けた後、疲労を我慢して魔方陣で飛ぶ。

 残りは五つ。

 後回しにしていた屋内に飛んでみると、そこは館の一室。

 人気がなく、なぜか一室が半壊している。

 ジェイドが実験にでも使ったのか。

 外に出てみると、遠くにシドレー村が見えた。

 村には山賊が跋扈していることだろう。

 ここの山賊も全滅させる頃には日も暮れ、夜のとばりが下りていた。

 あと四つだ。


 雪景色の拠点に飛んだはいいが、ひやりとした空気が全身にまとわりついてくる。

 山賊っぽくない鉄国の兵士もまとめて全滅させたが、寒冷地にぶるりと震える。

 囚われていたのは、なんとドワーフだ。

 ジェイドはすでにドワーフの奴隷を秘密裏に取引できるルートを確保しているということだ。

 ならばなぜクェンティンに任せたのだろう?

 

「……ああ、スケープゴートだ」


 そんなに悩まずとも答えに行き着いた。

 違法な裏取引であるのは間違いない。

 だから表の連中の目を集めるために、クェンティンを使うつもりなのだろう。

 それならばトレイド親子を破滅させようとするジェイドの目的に沿う気がした。


 筋書きはこうだ。

 ジェイドが用意したという鉄国の内通者は、非合法奴隷売買の罪でクェンティンを有無を言わさず捕縛する。

 鉄国に連行されたクェンティンは処刑され、倅を失ったトレイド商会は大ダメージを負う。

 鉄国から金銭的な要求もあるはずだ。

 盤石だったトレイド商会が少しでも揺るげば付け入る隙は生まれよう。

 それに合わせてヴォラグをテオジアへ送り込み、会頭チェチーリオ・トレイドを始末する。


 ……どんだけだ。

 途方もない計画じゃないか。

 全部俺の想像でしかないが、これが実現したならテオジアという都市は滅ぶ気がする。

 領主弟もヴォラグの手の中にあるということは、領主が逆らえない状況なのだ。

 街は山賊による略奪と強姦が繰り広げられ、都市機能を失う。

 さすがに山賊が都市一個を占拠するとも思えないので、王国軍が派遣されたと同時に国境付近まで逃げて解散するだろう。

 残されたテオジアは荒廃の一途を辿る。


 やはり俺の役目は大きい。

 山賊を潰すことで、結果的に都市ひとつを守ることになるのだ。

 ジェイドの筋書きをぶち壊せるなら、俺は喜んで山賊を皆殺しにしよう。

 血を被り、別の意味で赤魔導士の菜が広まることになろうとも。


 ジェイドの計画と言えば、クェンティンが最初に遭遇した鉄国軍が、横合いから戦利品(オーフェミリア)を攫おうとしたヴァレリアン・フリーザーだったことも運を味方に付けた結果だと思う。

 裏切られるかもしれない連中より先に攻撃的な連中と遭遇したことで、結果的に交渉しないまま罠を掻い潜っている。

 それに、クェンティンはたぶんヴァレリアンを利用して何かをすると思う。

 直感だが、ふたりで内緒話をしていたのを見て、なんとなくそう思った。

 まあそっちの話はどうでもいい。

 ミリアさえ連れて行かれないなら交渉がどうなろうと俺は構わないのだ。

 ただ、ニキータやマルケッタが悲しむので、クェンティンは生きて連れて帰りたいが。


 今回は隠し村に連れて行くものがいなかったので、囚われていたドワーフや土地の人間をすべて解放して魔方陣を潰し終えると、次に転移先に飛んだ。

 目の前に崩れかけた砦が聳え立っていた。

 防御性能が落ちた外観だ。

 それか、主要道から外れたかして打ち捨てられた砦なのだろう。

 篝火を焚く見張りをすぐさま倒し、内部を探る。


「うわ……」


 思わず声を上げてしまうほどに数が多かった。

 五百から六百近い魔力の反応がある。

 骨が折れる。

 だが、やってやれないこともなし。

 俺は一陣の風になった。

 血風を巻き起こし、闇夜を山賊どもの断末魔で彩りながら、殺戮マシンと化した。

 倒す、倒す、倒す。

 考えない。

 他に考えることがいっぱいすぎて、いつしか無双が作業になっていた。



○○○○○○○○○○○○○○○○



 戦いが始まった。

 その様子を憎悪とともにヘルトンは睨んだ。

 小柄な子どもである。

 ちょっと前までは村長一家の孫として何不自由なく暮らしていたが、そんな幸福な笑みは剥がれ落ちて、落ち窪んだ目からは狂気すら浮かんでいた。

 周囲の大人たちに守られるようにして前線に立ち、防衛線の危うそうなところを直感で感じ取ったヘルトンが指示を飛ばすと、大人たちはすんなりと聞いて動いてくれる。

 村長の孫だったから、ということも影響力の大きさに関係しているだろう。

 だが、もっとも大きな理由は、誰よりもヘルトンが領軍を憎んでいるからだ。


 ――皆殺しにしてやりたい。

 彼らに協力する山賊も同罪だ。

 死ねばいい。

 全員、もれなく死んでしまえばいい。


「右四番、敵が多い。十人追加。左三番、交代要員がいない。十五人すぐに送って」

「了解!」


 伝令役が後方で休憩している村人のもとへ飛んでいく。

 村人は五人ひとりの組みを作り、それをひとつの単位として動かしていた。

 それはヘルトンが発想したわけではなく、司令部前任のメーテルという女が考案し、開戦直後から徹底されている。

 ヘルトンは戦術のことに詳しくない。

 まだ九歳である。

 しかし、メーテルの指揮官能力の高さを素直に認め、戦場を通してじっと見つめていた。

 いまメーテルは過労か何かで倒れたらしく、司令部は鍛冶師だった剛毅な男が采配を振るっているのだが、彼の指揮は適当で、求めていた援軍の人数が足りなかったり、逆に求めてもいない大量の槍が届いたりして、噛み合わなさに少しずついらいらが溜まっていた。


「他のところはどんな感じ?」

「正面の敵は三百、左右、後方にもそれぞれ二百近い敵が防衛線に張り付いているようだ」

「持ち堪えられそう?」

「獣人と魔物の子どもたちが敵を引きつけてくれているからどうにかなってるようだ」

「そう……」


 ヘルトンは唇を噛んだ。

 獣人のミィナの活躍を耳にするたびに、忸怩たる思いが駆け巡るのだ。

 アルという少年魔術師が連れていた獣人で、球遊びをするだけで人間離れした跳躍や反射神経を見せていたのは覚えている。

 以前には感じなかったぴりぴりとした脅威を首筋に覚えるようになった。

 そのミィナを愛玩動物のように「猫ちゃん」と呼ぶ少年魔術師のアルは果たしてどれほどの実力を隠していたのか。

 ドンレミ村が流行病に冒されて悲観していたとき、修道女のリエラが現れヘルトンの病を治してくれた。

 だが治療できたのは全員ではなく、修道女たちが次の村に向かった後にもこの村に病は残った。

 死を待つしかないのかと絶望したが、不意に空からきらきらと綺麗な光が降り注ぎ、すべての人間の病が治ってしまったのだ。

 ちょうどアルたち一行が村を出るときと一致しており、ヘルトンは彼の連れのエルフか、アル自身がやってのけたと思っている。


 歳が近いのに、と悔しさを覚えずにはいられない。

 自分にも村をまるまる治してしまうほどの力があればこの窮地を自分の手で乗り越えられるかもしれないのだ。


 考えごとをしていたヘルトンは、突然の爆発に顔を上げた。

 他の大人たちも浮足立っている。


「なんだ! 何があったんだ!」

「防衛線の一部が吹っ飛んでます!」


 見ると積み上げた遮蔽物の一部が消え、村びとたちがひっくり返っている。

 穴の向こうではこれまた山賊たちもひっくり返っている。

 何が起こったと思う間もなく、誰かが叫ぶ。


「上だ! 上に注意しろ!」


 見上げればなぜと思うような高さに家財が浮き、自由落下に合わせて周囲に残骸の雨を降らせている。

 悲鳴が双方から上がった。


「早く人を集めて穴を固めて! 後ろの人間は壁になりそうなものを運んで埋めて!」

「怪我人を後ろに! 手の空いたものは防御を固めるんだ!」


 ヘルトンや現場のリーダー格が声を上げて、驚きから冷めやらない村人を叱咤する。

 救いと言えば、すぐには攻めてこなかったことだろうか。

 いまの魔術はどうやら風魔術で、防衛線を吹き飛ばそうとしたようだ。


「いきなりぶっぱなっすんじゃねえよっ!」

「うるせえ! てめえらがノロノロしてんのがわりいんだよ!」


 山賊の方でも罵倒が飛び交っていて、決して一枚岩ではないのが窺える。

 各々が勝手に動いているので味方を巻き込むことも躊躇いがないのだろう。

 しかしその決定的な隙を突く暇もなく、いまは穴を塞がねばこの村の命運が決まる。


 爆発が落ち着いて見れば、山賊たちは舌舐めずり。

 我先にと開いた穴に殺到する。

 こちらも人を集め、迎え討つ。

 ふたり並んで通れるほどの穴を進んでくる山賊に、村人たちは受け皿のように待ち構え、槍で突き刺す。

 突破しようとしても数に限りがあり、槍で対処ができた。

 拮抗した状態になったが、穴埋めは難しい。

 山賊は穴の近くの積み上げられた防衛線を乗り越えてくる。

 その対処ですでに追加人員は底を尽きている。

 これ以上はまずい――


 そしてまた爆発。

 後ろに魔術を扱えるものがいるのだろう。

 今度は火魔術のようで、吹き飛んでひっくり返っている。


「穴を塞げ! 侵入されて陣地を作られたら終わりだぞ!」


 衝撃から我に返ると、穴から山賊が侵入してくる。

 村人が果敢に山賊を突き倒すが、勢いが止まらない。


「ぼくも行くよ! 総力戦だ!」


 ヘルトンが短槍を両手で持ち、駆ける。

 これは本格的にまずい。

 ここを防ぎきれるかが分水嶺だ。


「へへ、ガキまで戦わせてんのかよ」

「そのガキにおまえは殺されるんだよ!」


 弱者を見つけて舌なめずりする山賊の雑な剣筋を避け、喉に刺突を放つ。


「ぐぽっ」


 槍先が喉に埋まり、奇妙なうめき声を上げると、山賊は白目を剥いて崩れ落ちた。

 ヘルトンはすでに次の敵に狙いを定めており、低い体勢から近づき、他に意識が向いている山賊の喉目掛けて槍の先端を振り抜いた。

 喉を抉り取られた山賊は仰け反って喉を押さえ、仰向けに倒れてからビクビク痙攣している。

 次、とばかりに目を向け、ヘルトンは腕を交差させた。

 重い衝撃がきて、ボールのように宙に浮いた。

 地面を転がり、腕と背中の痛みに呻く。

 体格の良い山賊に、思い切り蹴り上げられたのだ。

 指を動かしてみる。

 じんじんと痛みが痺れとなって残っているが、腕が折れてないのは幸いだった。


 顔を上げ、山賊の次の攻撃に備えなければと思ったが、「にゃー」という間の抜けた声とともにヘルトンを蹴り飛ばした山賊の脳天を一瞬で射抜いてしまう。

 ヘルトンの前に颯爽とケンタウロスに乗った獣人少女が現れる。

 馬娘のマルケッタの方は両手に持った剣で鎧だろうが剣だろうが一太刀で斬り捨てる。

 ニコニコしてるのが妙に恐ろしい。

 ミィナは馬上で器用に立って、弓から恐ろしい速さで射撃している。

 おかげで穴の侵入を押し返し、マルケッタはその穴から逆に敵の海に飛び込んで行ってしまった。


 呆けるヘルトンを大人のひとりが立ち上がらせ、前線から引きずって下がらせる。

 ほぼ入れ替わりに、数人の男たちが バリケードになりそうなものを運んできて、穴を塞ぎにかかる。

 防衛線の向こうから山賊の悲鳴が上がり、亜人の少女ふたりの壮絶な戦闘の様子がヘルトンの脳裏に浮かんだ。

 しばらくすると、マルケッタがもうひとつ空いた穴から飛び込んでくる。

 山賊を蹴散らしているのですぐに侵入はしてこないようで、準備していたものたちが急いで穴を塞いだ。


 マルケッタもミィナも返り血で真っ赤になっているが、やり遂げたような満足感を浮かべている。

 ヘルトンはギリッと音が鳴るくらい歯を食いしばった。

 少女たちは強すぎるのだ。

 何の取柄もないヘルトンが劣等感を抱くこともできず、化け物染みた強さを恐れるほどに。

 マルケッタはそのまま別の戦場へ行こうとしていたが、その肩をミィナが叩き、ヘルトンの方を指差した。

 マルケッタが頷いて近づいてくる。


「魔術師倒したにゃー。だからだいじょぶだと思うー」

「……わざわざ教えてくれてありがとう」

「レーラ守らにゃきゃいけにゃいから次行くにゃー」


 「やー」とマルケッタがのほほんとした声を上げ、ぱかぱかと行ってしまった。

 ヘルトンは頬の泥を拭う。

 「くそっ!」と誰にともなく吐き捨てた。





 いまもっとも苛烈な戦場となっているのが、後方の商都方面の防衛線であった。

 正面はミィナとマルケッタの登場で持ち直したものの、その抜けた穴を塞ぐことができず、防衛線を死守する村人たちが次々に斬り殺されていく。


「獣人と魔物の子はまだこないのか!」

「もう持たない!」


 悲観に暮れたひとりが悲鳴混じりに叫ぶ。

 怪我をしていないものがいないほどの激烈な戦場。

 押し寄せる敵の波がわずかに防衛線を乗り越えてくるが、村人が五人一組で迎え撃ってなんとか対処している。

 しかし乗り越えてくる数は少しずつ増え、村人たちの悲鳴が大きくなる。


 山賊の中に、二メートルを超える巨体の男がいた。

 のしのしと歩いてきて、手にした棍棒をバリケードに向けて叩きつけてきた。

 棍棒は一発でへし折れたが、同様にバリケードも粉々に砕き、近くにいた数人の村人を一瞬で木端微塵にしてしまった。


「ダメだ、こんな敵、抑えられるわけがねえ……」

「もうおしまいだ……」


 げへへと涎を垂らしながら、薄汚く垢塗れの山賊が薄くなった突破口を越えて猛威を振るう。

 絶望に染まりながらも戦った。

 数人で協力して槍を突き出す。

 ひとりふたりなら串刺しにできた。

 しかし、三人四人と増えてくると、その限りではない。

 山賊は味方ひとりを犠牲にして初撃を防ぐと、次の攻撃の前に五人組になった村人を全員切り刻む。


 二メートルを超える巨漢の男がバリケードの内側にのそりと侵入してきた。

 近くの村人を掴むなり、まるで棍棒のように振り回し始める。

 まるで人形を振り回しているような光景であった。

 人形の腕が千切れようとも、意に介さず振り回す無邪気な子どものようであった。


 ――狂気。


「狂ってる……」


 誰かが言ったその言葉に、すべてが凝縮されているようだ。

 いままさに、終止符が打たれようとしていた。

 絶望の大口が、希望や平穏といった心の支えをぐちゃぐちゃに噛み砕いていくようであった。


 正面の戦場で起こったような爆発が、ここ後方でも上がる。

 村人たちは恐怖した。

 特上の爆発だった。


「もう終わりだ……」


 目を瞑って首を項垂れ、死の刃が向けられることをただ受け入れる老人がいた。

 ぺたんと尻をつけ、漏れる尿を見下ろし「あはは」と気が狂う髭を生やした工人がいた。

 愛する女性を抱き締め、ただ震え、涙する若い男がいた。

 だが、爆発が村人を襲うことはなかった。

 バリケードの向こう側、山賊たちが犇めく中に爆発は起こり、何十人と吹っ飛ばしたのだ。

 何が起こったのか詳しく知るものはいない。

 亜人のふたりが駆けつけてきたのかと思うが、それとも違う様子だ。


「あぎゃー! 俺の腕! 腕がぁ!」

「がはぁっ! ごぽっ! ごががっ!」


 断末魔が聞こえてくる。

 またも爆発。

 大地を揺るがす腹の底に響く轟音を聞き、槍を手に呆然と立つ若い男は自分が空腹であることを思い出した。

 まるで現実感のない戦況。

 そんな中、異様な仮面を被った剣士と魔術師がいつの間にか防衛線の上に立っていた。

 村人は思わず槍を向けた。

 降りてきたら突き殺さねばならない。

 もしかしたら自分の方が殺されるかもしれない。

 そんな恐怖と戦い、ふたり組を仰いだ。


 顔の上部だけを覆うくちばしが突き出た鳥のような仮面。

 真っ赤な髪を背中に流し、凹凸のはっきりした肢体は肌にぴったりと合った磨き抜かれた鎧に守られている。

 腰には二本の細剣を差し、片方の白刃を抜いて腰に手をやっている。

 その体つきは細く、女であることが誰の目にもわかった。

 そして彼らの想像する騎士の姿を否応なく体現しているように思えた。


 もうひとりはローブに身を包み、鬼のような仮面でこれまた顔上半分覆った男。

 彼は二メートルはある巨漢に手を向けた。

 バリッと割れる音とともに、雷撃が巨漢を貫いた。

 仰け反る巨漢だが、ぷすぷすと煙を上げつつ振り返り、男を藪睨みした。


「ぐええ、効果ないのかよ?」


 魔術師の男が嫌そうに声を上げる。


「私に任せて」


 そう言って颯爽と跳躍したのは鳥仮面を被る赤髪の女。

 巨漢は、手に持った“ひとであったもの”で殴りつけてくる。

 それを空中で身を捻り、容易く避けた。

 まるで宙を躍る妖精のようだ。

 そして巨漢の額に着地するなり、細剣二本を抜き、足元にぶすりと刺し貫く。

 巨漢は両目とその奥の脳神経を二本の剣で切り裂かれ、暴れる間もなく死に至る。

 巨漢がぐらりと傾ぎ地面に大の字に倒れる前に、女はまるで風を操るようにひらりと着地してみせた。


「相変わらずの優雅さだな。綺麗だよ」

「ありがとう、あなた」


 ふたりは夫婦のようであった。

 妻に負けていられないと、魔術師の男はバリケードの上から山賊たちを睥睨する。

 そして魔力を一気に放出。

 山賊集団を広範囲に視野に入れると、自らを基点に扇状に閃光が迸った。

 目の奥が真っ白に霞むほどの白光ののち、焼け死んだ山賊が折り重なるように倒れた。

 ひしめき合っているほどに感電し、山賊からプスプスと白煙が上がっている。

 その数は実に五十を超えていた。


「久しぶりの実戦で鈍ってないか心配だったけど、なんとかなったみたい」

「子どもを四人も産んでそれなんだから、君の身体は大したもんだよ」

「あなたの魔術の腕も錆びてないようで安心したわ」

「でもなあ、あんまり格好良いこと言えないんだが、連発し過ぎであと二回くらいしか撃てねえ」

「十分よ。血路は開いたもの」


 村人たちは驚愕することになる。


 目にもとまらぬ速さで山賊の間を駆け抜け敵を斬り捨てる短刀使い。

 ボコボコと地面から槍を飛ばす老魔術師。

 短弓を次々発射して死体を積み上げる青年。


 この窮地に現れた援軍はノシオの手柄だが、村人たちは誰ひとりその事実を知らない。



○○○○○○○○○○○○○○○○



 チェチーリオ・トレイドの成功は、商都テオジアの発展とともにある――と、とある論学者は語る。

 別段特徴のない“イチ都市”でしかなかったテオジアが、繁栄しひとを集めたのも、チェチーリオ・トレイドが商人として活動を始めた時期と驚くほど合致するからだ。

 領主よりも為政者らしいために嘆願書はすべてチェチーリオの元に届くほどで、民衆からはテオジアの顔とも呼ばれているが、とある論学者は商都テオジアこそチェチーリオの分身、あるいは血肉ではないか、と評論している。


「……その話がいま重要?」


 自己紹介ついでにとある評論家の意見を話したところ、呆れた表情を青白い顔に浮かべ、ジェイドがあからさまな侮蔑の目を向けてくる。

 彼にはどうやら年長者を敬う心も言葉遣いを正す姿勢もないようだ。

 フィルマークが青年を不愉快そうに見るが、言われたチェチーリオはむしろ嬉しそうに微笑んだ。


「いやいや、重要ですよ。自己紹介をすると言ったばかりではないですか」

「この街は俺の身体だクォラァとイキまれてもねえ?」

「実際その通りですから。実は私、この街にいるすべての人間の思考を読むことができるんですよ」


 これにはさすがの幹部も耳を疑った。


「思考をですか?」

「そんな馬鹿なことが」

「フィルマークはアンセルム、テラディン氏はイラン、という名に心当たりがあるでしょう?」

「「!」」


 ふたりは同時に驚いた顔をし、すぐに平静を取り戻した。

 アンセルムはフィルマークが地下で匿っているジャン・セラのラインゴールド夫婦の第三子の名前。

 イランはジェイドが弟子にした異世界転生者の名前。

 チェチーリオの目の前にいるふたりは不思議と似通っているところがあり、自分の情報は周到に隠し、かつ自分の言動は常に細心の注意を払い、何気ない会話でもすべて覚えているという完全な合理主義者だった。

 だから、ふたりは自分のこれまでの発言を振り返り、一度も失言をしていないことに思い当たり、ほぼ同時にチェチーリオが優秀な間諜を放っている可能性に行き当たる。

 どちらとも超人的なチェチーリオの能力を欠片も信じていない。

 思考の流れが現実的で反応がほぼ一緒、敵対しているはずなのにどこか笑えてくる。


「商売を始める前なんですが、実は私、冒険者をしていましてね、その頃攻略した大平原の迷宮の最深部で精霊から加護を頂戴したわけです。私の他に三人の仲間がいましたが、彼らはいずれも最強の剣を望んだり、不老を願ったり、大金を求めたりして、どれも実現しています。精霊さんの大盤振る舞いですね。私は為政者に興味があったので、ならば都市ひとつを運営してみようと思いまして。まさか思考をすべて読むことができるなんて思ってもみませんでした。領主にならなかったのはそちらのほうが自由に動けそうだったから、というあっさりした理由だったんですが」


 おおっといけない、自分語りが長すぎたとチェチーリオはこほんと咳払いをする。


「あ、ちなみに、この部屋で話した私についての情報はこの部屋を出た瞬間消えますので、あしからず」


 「そういう加護ですので」と言い添えるのも忘れない。

 忘れるならなんで言った、とふたりが同時に思ったのを読み、やはり笑いを堪え切れない。


「その話が事実ならば、会頭はとても優秀な脳をお持ちだ。いや、優秀という言葉がおこがましく聞こえてきますな。何せ商都は数十万の人間が生活しており、かつ一日で出入りする人間は数千、あるいは一万に及ぶというのに、その膨大な人間の思考をすべて知ることができるというのですからな。私みたいな矮小な人間では、三人同時に喋る言葉を聞き取るだけでいっぱいいっぱいですので」

「精霊を研究する知り合いの魔術師に聞かせてあげたら泣いて喜びそうだなあ。都市ひとつ分の脳味噌ってことでしょ? ぶはっ! それって神様じゃない? ボクもなってみたいよ、神様。壁に思い切り頭をぶつければ商会長の言う精霊様に会えて力を授けてくれるんだろうね」

「皮肉の切れの方はとってもいいみたいですね。口では強がってますが、どちらも私の話が真実だったときの想定も欠かしていないですし、話してよかったですよ」


 それでも忘れるんですけどね、と付け足す。

 ふたりの悪感情が膨らむが、意図しての発言である。

 思考が似ているということは、同属嫌悪を起こしてお互いに相容れない。

 どちらとも切れる頭を持っており、(したた)かな野心を秘めているために、尚更衝突は避けられない。

 ジェイドはチェチーリオをあらゆる手管を用いて殺そうとしていたし、フィルマークは会頭の座に上り詰めるためにあらゆる方面に人脈を広げ、搦め手でチェチリーオを追い落とそうとしていることも知っていた。

 そんな油断ならないふたりをここに連れてきたのも、いまテオジア以北で起こっている一件にふたりが深く関わっているからだ。


「大平原の迷宮と言えば、確か倅殿が探していたと記憶していますが? 先達として場所と攻略法を教えて差し上げないのですかな? 会頭であればご存じでしょうに」

「迷宮を他人の手を借りて攻略するようなら底が知れるさ」

「さすが、ひとの手で迷宮を作ろうとされる人間の言葉は違いますな。失敗作だったみたいですが」

「えー、なんのことだろうねえ? 迷宮に興味があるの? 冒険者に戻りたくなったのかな? だったら入ればいいじゃない。すぐに死ぬから」


 バチバチと睨み合う。

 彼らの争いが形になったのが、いまの領主弟・山賊・村人・反乱軍の入り乱れたテオジア以北の抗争である。

 チェチーリオは商都で戦争を起こさせるつもりはなかった。

 商都が傷つかないように慎重に誘導し、テオジア以北をその舞台に選んだのだ。

 領軍を動かして関所を設け、商都まで争いの火種が及ばないように手は打ってある。


 ジェイドとフィルマーク。

 今回は、言うなればこのふたりの戦争であった。

 その目的ははっきりしている。

 転移の魔術師ジェイドはチェチーリオとフィルマークを殺そうとし、大商人フィルマークはジェイドとチェチーリオの勢力の力を削ごうとしている。

 商会の会頭チェチーリオは領主弟を生贄に二つの勢力を召喚、ぶつけ合わせることで自分に矛先が向かない効果を発動、という格好である。


「さて、私の紹介はこれで十分でしょう。ではおふたりの、“この場に相応しい”自己紹介をお願いしますね」


 やはりふたりの顔は固まり、お互いにほぼ同時に顔を見合わせた。


「先にどうぞ」

「いやいや、ボクは後でいいや」


 傍から見ればくだらない譲り合いだが、滑稽で内心大爆笑である。

 これを見たいがためにこの場を用意したといっても過言ではない……いや、過言か。


「おふたりがどのような勢力に加担しているか。それをまずはっきりとさせましょうか」


 彼らの思考を読まずとも、はっきりとお互いのことを敵として認識している。

 わざわざ言葉に出すのは、この後の話し合いで損得を明確にするためだ。


「では私から……隠し立てはできそうにないのではっきりと申しますが、反乱軍に援助を行っています」

「援助だけではないんでしょう?」

「……反乱軍の創始者のひとりですよ。部下もいます」


 開き直ったのか、敵意を込めた目で睨み付けてくる。

 チェチリーオはさらりと流して、ジェイドに目を向ける。


「えー、言っても仕方ない気がするなあ。面倒じゃない? 手っ取り早く結論を出しちゃおうよ」


 ジェイドの思考は、読まれても構わないとこちらも開き直っている。

 転移で背後からひと刺ししようとナイフを取り出すが、ジェイドは席に着いたままだ。

 魔術が使えないことに戸惑っている。


「あ、先に言うのを忘れていましたね。この空間は魔力を使えなくなっているので、テラディン氏は二つ名を貶めているようで申し訳ありませんね」

「そんな馬鹿な! 魔封石の気配なんてこれっぽっちもないのに! いや、魔封石なら相殺しているはずだ!」

「そういう加護ですので」

「その一言で済まそうとするな!」

「まあまあ、話が進まないんで自己紹介を進めてくださいよ」

「くっ……裏宮廷魔術師団の一員、これでいい?」

「目的が抜けてるんじゃないですか?」

「そんなの言わなくてもわかってるだろ! いちいち面倒なんだよ!」


 不貞腐れたようにそっぽを向くが、内心はとても焦っているのがわかってしまう。

 普段から魔術頼みなのだろう、 体を鍛えていないのがその証拠だ。

 魔術がこの部屋で使えないと分かった途端、貧乏揺すりや目が泳いでいるのが止まらない。


「さて、ようやく本題に入れますね。ドンレミ村で起こっている戦いがどこへ帰結するのか、そしてどの陣営が勝ち残るのか。負けたにもかかわらず見苦しく足掻くのはおふたりの矜持が許さないでしょう。ならば負けた人間は、潔くこの商都(テオジア)から退場するべきではありませんか? ここにいる三人で戦後処理の話をしましょう」

「負けるにしても、程度の問題ではありませんか?」

「こんなことに意味があるとは思えないんだけど」

「まあまあ。ご自分の配した駒を信じるのであれば、我々が先に落としどころを作っておくのは、むしろ余計な手間が省けるというものでしょう?」


 威圧のつもりで、チェチーリオは机の上にひと振りのナイフを置く。

 それを見てフィルマークは表情を引き締め、ジェイドは拗ねたように机の柱を蹴飛ばした。

 このナイフは、フィルマークが言った程度の問題によっては、自分の胸に突き刺さるものだ。

 それくらいの覚悟はチェチーリオにとって、午後のひとときに紅茶を嗜むくらい自然にできていた。

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