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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 三章 家族捜索
144/204

第83話 ドンレミ村防衛戦Ⅲ

今回グロありますので注意です。

「気分が悪い」、「ムリ、謝罪しろ」などの感想次第で書き直しも検討します。

 煙を上げていた村は、一目見て壊滅しているとわかる蹂躙の痕を地面や家屋に残していた。

 村を一周する木杭でできた外壁は、ところどころ崩れてへし折られている。


「ひどいな……」


 鼻を突く煙の臭いと、それに混じって血臭もする。

 魔力の気配を探ると、数十人が点在しており、どれも家屋に固まっているようだ。

 外に出ているのはふたりの見張りだけのようで、格好は武装した戦士といったところだが、薄汚さは拭えずどう見ても山賊だった。

 

 嫌な予感がした。

 風に乗って肉を焼くような油染みた臭いがする。

 風の魔術で見張りを同時に窒息死させ、村に侵入した。

 ざっと見たところ、中央に大きな道があり、左右に家屋がある。

 二百戸くらいで、そこそこの村だ。

 高床式の木造建築。

 俺のイメージだと、ジャングルの奥地に住む割かし外と交流のある村、といった感じだ。


 村の奥まったところにどうやら広場があるらしい。

 しかし遠目に飛び込んできたのは、折り重なった死体の山だった。

 火をかけた後で、黒ずんでもの凄い臭気を発している。

 思わず口を押さえ、込み上げてくるものを必死に耐えた。


 人が集まっている家屋を覗き込んだ。

 木戸は破壊され、外にまで散乱している。

 まず、饐えた臭いが鼻を突く。

 どうやら想像通りの光景が広がっているらしく、気分が悪くなった。

 裸の女数人に襲い掛かる十数人もの山賊。

 腰を動かす男、ぐったりと死んだようにされるがままの女。

 どこもこんな感じなのだろう、魔力の気配ではひとの塊が村のあちこちにあったのを思い出す。


「はぁ……ふぅ……」


 深呼吸した。

 嫌な仕事だ。

 だが、汚れ仕事を嫌ってこの場で何もしない、という結果はありえない。

 掌に風の鎌を生み出す。

 破壊された木戸からそっと覗き込み、風の鎌を操る。

 上体を起こしている男たちのそっ首を、鎌で叩き落とす。

 一度に全部片づけられたからか、悲鳴を上げなかった。

 噴き出す血しぶきで部屋が真っ赤に染まるのを、外で待った。

 生きてるのは床で道具のように使われてた女性のみ。

 それを生きていると言えるのか。

 人権なんてないこの世界、奴隷も存在する。

 弱者は強者を満足させるための道具に成り下がる。

 ファ〇クだな。

 現在女たちがフ〇ックされてんだけども。


 血だらけのくっさい部屋に上がり込む前に、浄化を部屋全体にかける。

 これで血臭や悪臭が消え、あとは目に飛び込んでくる光景に耐えるだけだ。

 真っ赤になった部屋を進み、床で血塗れになった女性たちの体に治癒魔術と浄化をかける。

 汚濁は流れ落ち、瑞々しい肌が戻るが、顔は死んだようにうつろだった。


「あー! ああー! ああがー!」


 半狂乱に腕を振り回す女性には、風魔術で一瞬だけ窒息させ、大人しくしてもらう。

 なんだか悲しくなってしまったが、裸の彼女らをひとりずつ淡々と運び出した。

 彼女らをまず別の建物に移して毛布を巻く。

 ひとり事切れていたが、三人の安全はとりあえず確保した。

 首なし山賊の中に放置しておくのは心が痛んだため、女性の死体を抱えて村外れに土を掘って埋める。

 何も考えない。

 何も考えないようにしないと……。


 次の気配の塊に近づいていく。

 同じように山賊たちを首なし地蔵にしてやったが、ここはダメだった。

 見るも無残。

 俺ができるのは、バラバラになった体を繋ぎ、清めてやることくらいだ。

 形を整えて、ようやく女性が三人いることに気づいたほどだ。

 なんでそんな惨状になっている女性の体に欲情できるのか。

 理解できないことに対して、深く考えることをやめた。

 同じように、村の外に掘った穴へ埋める。

 何も考えない……。

 何も考えてはいけない……。


 次。

 こちらは四人生きていた。

 先の二回で山賊たちに気取られたか、武装して迎えられたが、倒すことにあまり手間取ることはなかった。

 助け出した四人を同じように毛布にくるめて一か所に集める。


「わたしたち……どうなるの……? あなた誰なの?」

「赤魔導士のアル。もう大丈夫だよ」


 意識のはっきりした女性も中にはいた。

 気丈なのだろう。

 比較的理性を残していた二十代の女性に、二の腕をぎゅっと掴まれた。

 まるで加減のない力が込められており、ちょっと痛い。

 目を合わせて、俺は思わず仰け反ってしまった。

 だって血走ってるんですもん。


「こ、これ以上酷いことはされないから、離して……」

「ほんと?」

「嘘なんて言わないです。大丈夫です。ほら、いまの自分見てください。綺麗な体でしょ?」


 毛布を掛けているが、下は裸だった。

 だがそういうことではない。

 汚濁も傷もすべて清め、治癒した。

 山賊たちの凌辱が比較的マシだったおかげで五体満足だ。


「ほ、ほんとうに? あいつら、もういない?」

「まだいるんです。だから全部やっつけてきます。そのためにも次に行きたいんですが……」


 暗に離せと言っているが、目を泳がせ、よくわからないことを口走り、まともな状態ではない。

 九歳の子どもに縋るくらいである。

 精神をすり減らした彼女らの気持ちを察せないわけではない。

 だが、まだ犠牲者はいるのだ。

 掴まれた手をゆっくりと解こうとしたが、まるで緩めてくれる様子がなかった。


「あなたと同じように苦しんでいる女性をこれから助けに行ってきます。ここにいる七人のほかに、助けられなかった女性は四人いました。これから助ける女性に、その四人と同じ運命を辿ってほしくないんです」


 同じ高さに目線を合わせ、なるべく噛み砕いて諭すと、じっと目を見つめてきた。

 不安な表情のままだが、ゆっくりと指を解そうとした。


「あ、あれ? 指が……」


 女性の体は、極寒の地に投げ出されたように震え出した。

 俺の二の腕を掴んで離さない手は度重なる恐怖で硬直しているようだ。

 怪我を治して身体を清めたところで、刻み付けられた恐怖はなくならない。

 それをまざまざ思い知った。


 よしよしと頭を撫でてやり、冷たくなった手に手を重ねた。

 抱き締めてやればいいのかもしれないが、山賊の感触を思い出して不安が増すかもしれない。

 結局手を温めてやると、しばらくして自然と解れた。

 彼女は身を丸め、毛布の中でしくしく泣き出してしまった。


 助けてよかったのか、という疑問がよぎる。

 死なせてあげたほうがずっと楽だったのではないか。

 それをいまは考えるべきではないのかもしれない。

 考えるな……。

 考えちゃダメだ……。


 この村で感じる気配の最後の一団を始末し、ふたりの女性を助け出した。

 途中の家屋で食事中だった山賊を窒息させて、食糧を女たちの建物に運び込んだ。

 山賊はこれで全部潰したかな?と思ったが、まだ反応がある。

 ひとつの建物――それは馬小屋だった。

 中に入ると、獣臭さが鼻に付く。

 馬はすでに略奪された後で、藁や道具が散乱している。

 その藁束が積んである奥――地面から魔力を薄らと感じる。

 不思議と女性たちと色が違った。

 藁をどけると、土の地面に開き戸が付いている。

 少し警戒しながら開くと、中から呼吸音が聞こえてくる。

 こちらを目を細めて見上げる小柄な体躯。


 子どもだった。

 この村の女たちを除いた唯一の生き残りだろう。

 衰弱して、こちらは別の意味で目がうつろだ。

 何人かは意識障害を起こしていると思われる。

 すぐ治癒魔術と浄化をかけ、床から引きずり出す。


「うっ……」


 痩せ細った少年五人と、少女六人を助け出した。

 五歳と三歳くらいの少年だけ人族ではなかった。

 耳が丸っこく、先端にわずかに毛が生えている。

 ステータスを何気なく視て、納得した。

 ダヤン・グレゴリ・ゴルオールと、ディド・グレゴリ・ゴルオール。

 グレゴリ・ゴルオールの特徴ある名前には見覚えがある。


「君ら、メルデノさんの子どもか」


 返事もろくにできないくらい弱っていたので、土魔術でコップを作り、水を生み出すと、ひとりひとりに配った。

 手に力が入らない子どもには、支えて飲ましてやった。

 あと塩を舐めさせるのがいいのだったか。

 荷物で持っていた塩を削り、摘まんだ塊を子どもたちに舐めさせていく。

 なぜここにメルデノの子どもがいるのか――いまは偽名でメーテルと名乗っているんだったか。

 隠れ里が襲われた理由。

 メルデノの正体。

 間欠泉から吹き出すようにして浮かんだ疑問も、これまでの村々での事情を考えればおのずと結ばれていく。


「お、おにいちゃん、だれなの……?」

「赤魔導士のアル。君たちを助けにきたんだ」


 メルデノの大きいほうの男の子に笑って答えてやる。

 おそらく何日も閉じ込められていたのだろう。

 大人が迎えに来るまで、ずっと息を潜めていたに違いない。

 水を与えた後、果実を干して甘味を蓄えた保存食を、小さく千切って食べさせた。


「ママのともだち……?」

「うん、友だちだよ」


 君のお母さんとサーシャの三人で大人のマッサージをした関係です、とは口が裂けても言えない。

 この秘密は子どもには刺激が強すぎるので墓まで持っていこうと思う。


「君と友だちになりたいな。名前は?」

「……ダヤン」

「ダヤンか。力強い良い名前だね。ダヤン、君にお願いがあるんだ」

「なに?」

「ここにいる子どもたちの面倒を見てくれるかい?」

「おにいちゃんは?」

「俺は悪い奴をもっと倒さないといけないから、ここには長くいられないんだ」


 不安げに曇るダヤンの頭を撫でてやる。

 黒髪のメルデノに似てふわふわした髪質だった。

 ドワーフ族の血が流れていると髪質が柔らかいので、ちょっと癖になる。


「君が頑張れば、きっとすぐにお母さんに会える。そのとき男らしく胸を張っているか、子どもらしく泣いて甘えるか、どっちがいい?」

「……男らしいほう」


 少し悩んだようだが、やはりメルデノの息子だ。

 どこか芯を感じる。


「よし、ダヤンは弟を背負って付いてきて。避難所に案内する」

「うん」


 地下牢から助け出したドワーフのオルダと同じく、呼吸するだけで身じろぎもできないほど弱っている彼ら。

 その中でもダヤンくらいしか、自分の足で立って歩けそうになかった。

 ダヤンにしろ衰弱しているが、弱音を吐くことなく弟を背負って立派に歩く。

 生き残りを集めた建物まで、何度か往復して子どもたちを運んだ。


「やるじゃん」

「……うん」


 少しだけ誇らしげなダヤンの頭を撫で、比較的理性があった女性に子どもの面倒を見るように言いつける。

 ダヤンも含め、子どもたちは緊張の糸が切れたからか、あっという間に毛布にくるまって寝息を立て始めた。

 俺は俺で村の周囲を探った。

 哨戒に出ていたと思われる山賊をふたり森の中で倒したところで、山の上の方から風に乗って声が聞こえた。

 登り坂へ足を向けると、山から三十人ほどの山賊の集団が降りてくる。

 「やっと女を抱ける」「まだ殺したりねえなあ」「ようやっと交代だぜ」と、耳を澄まさずとも何の警戒もしていない下品な会話が聞こえてきた。

 そんなことさせるわけねえだろ。

 降りてくる山賊を風の鎌で一瞬にして片付ける。

 超高温の火魔術で、一瞬にして骨も残らないほど焼いた。


 山を少し登ると、山賊数人の気配を感じ取った。

 登り坂を駆け上がると、やがて木々が拓け、崖を背にして野営地を張る山賊集団を見つけた。

 問答無用で見張りに立っていた男らを始末し、天幕で寛いでいた男を踏みつけ、事情聴取する。

 聞くに堪えない罵声を浴びせられたが、お返しに腕二本と足二本に土魔術で作った指ほどもある針を突き刺すと、泣いて許しを乞うてきた。

 男が恐怖とともに吐いた話は、俺の想像していたものとそれほど違いがなかった。

 ジェイド、ヴォラグの名も聞くことができた。

 彼らはここにはおらず、ヴォラグは仲間を連れてドンレミ村に向かったようだ。

 ヴォラグとは前回の不意打ちの件もありいずれ決着を付けねばならないが、それも遠いことではないような気がした。


 考えてみると、いまテオジアから北はいくつもの勢力が蠢いている。

 蛮行を働く領軍に、統率された山賊の横行、そして彼らに狙われた隠れ里、果ては国境を侵す他国軍。

 落としどころはどこになるのか、俺には分からない。

 ただこれが誰かの筋書き通りだとしたら、このまま思い通りに進められるのは大いに癪だ。

 転移の魔術師、ジェイド・テラディン。

 間違いなくこの男が黒幕のひとりだろう。

 隠れ里を山賊に襲わせたのもジェイド。

 クェンティンに鉄国軍と裏取引をするように仕向けたのもジェイド。

 遠征した領主軍の神輿である領主弟を唆していたのもジェイドではないか?

 だがジェイドひとりが計画するには大掛かりすぎる。

 ジェイドもまた組織的な活動をしているのだろうと考えるのが自然だ。


 強引な事情聴取で聞いたところ、ここは王国に反抗する組織の拠点だったという。

 メルデノとサーシャの正体は、反抗組織の一員だったわけだ。

 俺はたぶん、反抗組織と共闘できる。

 この国を相手にすることになんら躊躇いはない。

 そもそもが両親や屋敷、家族を奪い去った王国には何の未練もないのだ。

 しかし獣人村はこの国の東の端にある。

 そこを人質に取られたくはないので協力も敵対もしないだろう。


 皆殺しにした野営地を探索すると、崖を掘って作られたトンネルの奥にジェイドが設置したと思われる転移魔方陣があった。

 俺は転移のやり方など知らない。

 魔方陣を見たところで読み取れるものは少ない。

 だったら破壊するまでだ……と思うが、行き先が気になる。


「これでジェイドと直接ご対面は嫌だな。でもチャンスだし。反撃タイムを逃す手はないよな」


 転移には思うところがあるが、考えていても仕方がない。

 運が悪かったらそれはそれで、不意打ちの攻撃でも喰らわせてとんずらこくとしよう。

 手に魔力を溜めて、風の鎌をすぐさま打ち込めるように準備してから、魔方陣に足を乗せた。

 円形の魔法陣の上に乗ると、頭の中に転移する先と思われる、いくつかの選択肢が思い浮かんだ。

 これから飛んで行ける場所が浮かぶだけで、名称はわからない。

 だがほとんどが屋外か、ここみたいな薄暗いトンネルと思われる景色で、一か所のみ室内だった。

 行先はどれもテオジア以北の村だろうか。

 ひとつだけ知らない雪を被った森があった。

 景色を見るに、たぶん雪に閉ざされたアイアンフッド王国のどこかだろう。

 シドレー村から奴隷にした村人を北に送るために、運搬のコストを考え転移魔方陣を設置したのかもしれない。


 行先を思い浮かべるだけなんて、便利なものだ。

 どうやったら習得できるのだろう。

 俺はとりあえず、屋内と雪地帯を除いて端から飛んでいくことにした。


 魔力を転移魔方陣に流し込むと、景色が一瞬にして変わる。

 エレベーターで落ちるときの浮遊感を何倍にもしたような感覚に襲われ、気が付けば冷気の漂う森にいた。

 北方のアイアンフッドに近い森だろうか。


「なんだぁ? 誰が魔方陣からきたぁ?」

「ヴォラグの旦那からかい?」

「予定にねえぞ?」

「……ああ?」


 魔方陣を守っていると思しき山賊さん一行と目が合う。

 やることは決まっている。


「テメエなにもん――」

「皆殺しだコノヤロウ!」


 腹から声を出して風の鎌を縦横無尽に飛ばしまくった。

 山賊の野営地が、悲鳴と血臭で埋め尽くされる。


「敵襲か!」

「大勢やられたぞ!」

「敵は誰だ!」


 次から次へと溢れてくる。

 布製の天幕の中に拵えられた魔方陣のため、外側から攻撃されることも懸念される。

 入り口で躯の山を作っている山賊を突風で吹き飛ばし、外に転がり出る。

 周辺にいる山賊をすべて目の端に捉え――たところで、飛んできたナイフを寸前で避ける。

 山賊とはいえ、向こうも武闘派。

 剣と槍を避けるために後ろに仰け反ってバク転。

 炎を手に生み出し、着地と同時に撃ち込む(ショット)。


「うわぁぁ! うわぁぁぁぁっ!」


 火だるまになった男が周囲の目を集めた一瞬、本当に一瞬でよかった。

 どうやらここには山賊しかいないみたいだ。

 連れて来られた女や働かされている子どもがいればできない芸風を披露しよう。

 地面に手をつき、土弾を生み出す。

 イメージは散弾銃の弾。

 ぎゅるぎゅると回転がかかる。

 触れれば指が弾け飛びそうなほど。


 小柄な魔術師の少年が膝を突いて蹲っているとしよう。

 その少年の周囲に一万の弾丸がぎゅるぎゅる唸っている。

 火だるまになった男から襲撃者に目を向けた山賊たちは、時間が止まったように動きを止めることだろう。

 ぎゅるぎゅると空気が擦過する耳障りな高音。

 なんだ? と思わずにはいられない、蠢く小石がドームを作ったような不思議な光景。


「――ばん」


 その内側から魔術師の少年が発砲音を口にしたとしよう。

 声はぎゅるぎゅるに掻き消され、聞こえない。

 ドームが突然膨らみ――そしてドームを見ていたすべてのものは死亡する。

 弾丸に撃ち抜かれ、貫通し、その背後にいた仲間すら貫き、どこまでもどこまでも弾丸は飛んでいく。

 魔術師の少年には知りえない話だが、弾丸の飛距離は一キロ以上にも及んだ。


「ふう……」


 結局、二百人近い山賊を、たったひとりで皆殺しにした。

 死体は燃やしておく。

 証拠隠滅と、死霊系の魔物を生み出さないため。

 隠し村の山積みの死体のように黒焦げにはならない。

 骨まで燃えつきて、崩れ落ちる。


 少しの間、蹲っていた。

 ようやく立ち上がり、真っ直ぐに魔方陣を目指す。


 転移魔方陣から転移する際、頭上に巨大な大岩を生み出し、野営地ごと潰すように落とした。

 大岩が落下中の間に次の転移先へ飛ぶことで、大岩が転移魔方陣ごと押し潰してジェイドの目論見を潰しておく。

 次の転移先に飛ぶ。

 森に囲まれた野営地。

 魔力感知で二百ほど。

 山賊だけではなく、奴隷として捕まっていたものもいて、単純に暴力で押し潰すことはできなさそうだ。


「ぬぁあんだキサマぁっ! ヴォラグの兄貴が寄越した奴隷――ぐぼぁっ!」


 山賊の数など数える気にもなれない。

 それでも百人近く屠った。


 捕まっていたひとたちは、自分の足で逃げられるものは食糧なり必要物資を持たせて解放し、そうでない衰弱したものは――治癒魔術でも快復が追い付かないものは、隠し村の転移地へ連れて行くことにした。

 隠し村に連れて行ったものの中で動けるものは、女たち、子どもたちの看護を任せた。


 同じように合計九カ所の魔方陣と百人近い人間を救出する。

 その間に殺した山賊の数は、もう数えていなかった。

 とある拠点では、これからどこかへカチコミ行くぜ!と言わんばかりに物々しい武装をした山賊集団にぶつかり、これを血祭りに上げた。

 中には歯ごたえのあるものもいて、獣人のサーシャをいくらか強くしたような、自然に肉体強化を使ってくる猛者もいたが、成長した猫ちゃんほどの強さはなかった。


「ひ、ひぃっ!」

「ぎゃーっ!」


 汚い悲鳴と飛び散る鮮血。

 汚濁のような連中だが、血は真っ赤であまり汚くはないなあとぼんやり思うようになった。

 頭が麻痺してきている。

 考えない。

 考えないようにしているからか、顔が強張っていく。


「この凶眼のバナゴスが――」

「死神オルレールの剣の錆に――」

「貴様はもう終わりだ、この蛞蝓(ナメクジ)のペロペロータがッ!」


 現実での無双など、所詮殺戮でしかない。

 変な名乗りを上げる山賊を倒していくにつれ、感情が削げ落ちていくような気がする。

 おかしくなりそうな自分を、なんとか理性で保っている状態だった。



○○○○○○○○○○○○○○○○



 まだ陽の昇らない早朝、リエラはドンレミ村の教会で膝を降り、一心に祈りを捧げていた。

 周囲から寝息が聞こえる。

 教会の傍聴席は隅に積み上げられ、広い空間に宿を失くしたものたちが折り重なるように眠っている。

 誰が言い出したわけでもなく、ただ示し合わせたように祭壇の前だけは何人もいなかった。

 祈るための場所を穢してはならないとでも言うように、慈母女神の偶像と祭壇は常に神聖性を保っている。

 指を組み、こうべを垂れて、リエラはその場を借り、一心に祈った。

 世界平和や差別のない世界を願っているわけではない。

 リエラは自分が博愛に溢れる人間だとも思っていない。

 願いごとはごく身近な私事であった。


 やはり最初に思い浮かぶのは兄の姿だ。

 テオジアの近くにいることは、ミィナを通して知ることができた。

 しかしどこにいるのだろう、一向に所在が知れない。


 兄を思うと、トクントクンと、鼓動が高鳴った。

 リエラにとって、兄は道の先を行く存在である。

 いまだに兄の背中に憧憬を抱き、兄に失望されないよう自分ができることはなんでもやろうと思ってきた。

 だがそれにも限界がある。

 いくつもの助けられなかった命がリエラの前を通り過ぎ、女神の手のひらへ召されていった。

 救えなかった命を思うと、リエラは苦悶の表情を浮かべる。

 唇がわなないてしまう。


 涙が零れそうになって、リエラは祈るのをやめた。

 起きているひとの気配を感じて慌てて目元を拭い、振り返る。


「……おはよーにゃー」


 寝惚けまなこのミィナが傍にいた。

 ぐしぐしと目を擦り、耳をぷるぷると震わせている。


「おはよう、ミィナ。でもなんでここに? まだ寝ていてもいいのに」

「レーラいるからきた」


 リエラやミィナが寝起きしている部屋は別にあるため、ミィナはトイレか何かで起き出して教会まで歩いてきたことになる。

 ミィナはくわっと欠伸をして、ぐっと体を伸ばすと、リエラにぐりぐりと頭を擦り付けてきた。

 よしよしと頭を撫でると嬉しそうににっかり笑う。


「レーラ、アルみたいな匂いするー」

「お兄ちゃんの匂い?」


 リエラは自分の袖に鼻を押し当ててみた。

 兄の匂いに近いか思い出そうとしても、よくわからない。

 獣人の鋭敏な嗅覚だからわかるのだろうか?


「ミィニャね、レーラのこと好き。はびえーぬもいちおー好き」

「ファビーは怒ると怖いもんね」


 リエラはくすりと笑う。

 ミィナは怒られることが苦手だ。

 サリアからもよく逃げているし、ファビエンヌも短気なところがあるから、気配を察して一定の距離を置いている。


「ミィニャ守る。いつもアルに守ってもらったから、弱いレーラとはびえーぬ、守るよ」

「あたしとファビーを?」

「にゃ。アルに会いたいってレーラ言ってた」

「うん、会いたい。……会いたいよ」

「ミィニャお手伝いしたい。ここは危にゃいから、ミィニャがんばって守るよ!」


 にかり。

 てらいのない笑みに、リエラは獣人少女の裏表のない優しさを見た。

 眩しすぎるほどである。

 リエラは実のところ、ミィナの戦いぶりを知らない。

 だが怪我を負って運ばれてくる村人の口から、山賊を圧倒するミィナとマルケッタの鬼神のような働きをいくつも聞かされていた。


 ――アルが育てた獣人の子。

 リエラたちはこれまで、寝る間を惜しんでたくさんの話をしていた。

 その中にミィナが生まれ故郷を離れ貴族の命令で働かされていたことを聞いた。

 大平原の戦争でアルにたまたま出会い、奴隷から解放されたことも知っている。

 たどたどしい話しぶりであったが、内容に反してミィナは嬉しそうに語った。

 アルに出会えたことをなによりの幸福として受け止め、奴隷であったことなど瑣末にしてしまっているのだ。


 六歳の頃、リエラは転移の魔術に巻き込まれて兄と離れ離れになった。

 それから今日まで二年半近く経っている。

 その空白の時間を兄と一緒に過ごしてきたのが、目の前のミィナだ。

 二年半、きっとミィナは幸福に過ごしてきたに違いない。

 幸福の中で、とても純粋に育った。

 その純粋さからか、リエラとファビエンヌを守ると言った。


 ミィナはきょろきょろと当たりを見渡し、床で眠るひとの隙間を器用に音もなく走り抜け、積まれた長椅子の一番上に身軽な身のこなしで登ってしまう。

 そこに座り、足をぷらぷらさせながらリエラを見下ろして笑っている。

 ショートパンツから顔を出した青灰色の尻尾が、楽しそうに揺れていた。


「守ってくれるのは嬉しいけど、ミィナやマルケッタが傷ついてほしくないよ」

「おばちゃんミィニャのこと守ってくれたにゃ。アルもニーニャンもミィニャ守ってくれたにゃ。ミィニャ、誰も守れにゃいの、いやー」


 ぷるぷると首を振るミィナ。

 リエラは困ってしまった。

 だが、すぐに思い直す。


「じゃあ、ミィナが守ってくれる代わりに、あたしはミィナが怪我したらすぐに治すね」

「ミィニャケガしにゃいよ?」

「ウソだよ。いっつもかすり傷だけど、いっぱい傷ついて戻ってくるじゃない」

「んー、そうかもにゃ」


 ミィナがこくんと首を傾げる様子はあどけない猫のようで、つい顔が綻んでしまう。

 なぜ猫耳の少女がこんなことを言い出したのか、リエラにはわからない。

 昨夜、銀髪の麗人、アスヌフィーヌが姿を消した。

 メーテルが過労で倒れ、いまはニキータとノシオの母ベルタが交代で看病に当たっている。

 サリアはひとり、屋上で敵地を見つめて黙ったまま。

 作戦司令部はいま村の工人たちが動かしているが、慣れないためか命令がはっきりとせず、少なからず混乱しているようだ。

 いくら村長の孫のヘルトンを担ごうとも、彼を支えるものたちが足元を確かなものにできないのであれば不安はいや増した。

 そんな中での山賊の加勢である。

 ミィナだって防衛線が危ういことを察しているのかもしれない。

 もしものときは戦場を放棄して、自分たちが逃げるために矢面に立つものと考えているとか。


「大怪我しないに越したことはないけど、ミィナに守ってもらうばっかりだとなんだか落ち着かないし、あたしにもできることがあったらやらせてね。傷を治すことしかできないけど」

「しょーがにゃいにゃー、いいよー」

「ふふ、ありがとう」


 「しょうがないわね」とたまに零すファビエンヌを真似しているのか、ミィナは胸を張りつつ頷いている。

 リエラは長椅子の上を器用に歩き、跳ねるように飛び移るが、崩れそうな気配は見せない。

 端までくると、くるっと空中で一回転して、音もなく着地。


「どーん!」


 真っ直ぐリエラの腕の中に飛び込んできた。

 それを優しく受け止めると、ミィナはぐりぐりと頭を押し付けて、ふんふんと匂いを嗅いでくる。


「にゃー。レーラいい匂いするー」

「ありがとう。ミィナもいい匂いするよ。お日様の匂い」

「むふふー」


 ミィナは花が咲いた様に笑った。



 リエラは後に、この瞬間をたびたび思い返した。

 寝坊助のミィナがなぜ、早朝に起き出して自分に会いに来たのか。

 こんな時間にミィナとふたりで話したのは初めてだった。

 獣人の直感がそうさせたのか。

 それは後々いくら考えてもわからなかった。

 ただひとつ言えるのは、ミィナはずっと笑っていたが、その言葉は本気だったということ。

 『守る』と言った言葉に、命を懸けていたのだ。

 リエラはこのとき、ミィナの言葉の重さをちゃんと理解していなかった。





 暗闇を追い出すように陽が昇り、太陽が稜線から顔を出した。

 早朝、目を細めつつ眺めるのはサリアだ。


「やべえなあ……これはやべえ」


 どうせなら陽など昇らない方がよかったと暗に込められている。

 屋根の上で胡坐を掻き、肘を立てて頬杖ついた格好でサリアが誰にともなく愚痴る。

 尻尾が毛ばたきのように地面を掃くが、特に嬉しいという仕草ではない。

 落ち着かないとき、先端にだけもこっと毛が固まったサリアの尻尾は、勝手に左右に揺れるのだ。

 サリアの土気色の耳と鋭敏な鼻は、風上に当たるドンレミ村の山賊占有地の情報を事詳細に感じ取っていた。


「夜のうちに山賊の数が増えたぞ。臭いだと、ざっと百。まだ増えそうだな」


 山賊は森から現れたようだ。

 街道は屋根の高さからなんとか監視できるため、木々が開けたそちらから現れていないことは間違いない。

 そもそも村の守備隊も寝ずの監視を行っており、山賊の援軍を見かけたら騒ぎ出すに決まっている。

 しかし森から現れた。

 そちらには道がない。


 山賊の現れ方もおかしいが、もっとおかしいと言えば、メーテルが寝込むきっかけになった隠し村の仲間たちが首だけになった一件である。

 サリアの鼻は、彼らの首が落とされてから半日も経っていないことを嗅ぎ分けていた。

 まだ新しい血の臭いがしたのは、傷口の血が固まっていないからだ。

 隠し村まではどんなに馬を飛ばしても一日半以上かかる。

 隠し村で捕縛した仲間を途中で斬首し、ズタ袋からぶちまけたという可能性もある。

 しかし、より鮮烈に恐怖を植え付けたいなら、目の前で首を落とすだろう。

 怯懦に駆られた仲間が衆目の前で国に楯突いていることを喋ることもあるだろう、そのほうが村人の動揺は首だけ放られたときの比ではなかったと思う。

 だが結果は、首だけである。


「考えんのは苦手なのになぁ、クソ。こういうのはメルデノの仕事だろうがよぉ。あっさり放棄しやがって」


 がしがしと頭を掻く。

 最近ろくに体を清めていないので、フケがぱらぱらと落ちてきた。

 真実はひとつで、事実の欠片がいくつも目の前に落ちている……のだと思う。

 それをひとつひとつ繋いでいく作業は、サリアには不得手だった。


「山賊がどっからかやってきてる。山賊の親玉はヴォラグで間違いない。で、アタシらの本当の敵は……ああ、あの野郎の仕業か」


 サリアの顔は途端にやる気を失くしたように無表情になった。

 考えるまでもなかった。

 山賊たちが街道を行かず、端折って現れる理由は、サリアの手持ちの情報から考えてひとつしかない。

 “転移の魔術師”ジェイドの転移魔方陣。


「こええわぁ……無限に戦力を送り込めるとか、勝ち目ねえわぁ……」


 冗談めかして言うが、逆に勝ち目のない戦いだからこそ綱渡りで生き残れているのだろう。

 戦力を逐次投入できる山賊たちにとっては、圧倒的な数で押し潰してしまう選択は容易い。

 それをせず、波状攻撃と撤退を繰り返すのは、エモノを嬲って楽しむ遊びを少しでも続けたいからにほかない。

 獣人のサリアとしては、嬲り殺しは好きだが、殺される方は不愉快極まりなかった。

 昨日の攻撃でもかなり危うくいまにも瓦解しそうなところを、更に増員して今日これから戦いが始まろうとしているのだ。

 向こうが本腰を入れてくる前に決着がついてしまうのは腹立たしい。

 しかし打つ手がない。


「やべえなぁ、マジで。いっそ捨て身で行くか? 行っちゃうか? でもなあ、ガキどもを見捨てられねえし。いまや司令部は凡才どもに言い様に使われてるし、馬鹿ドワーフは寝込んで使い物にならねえ。カマ野郎にいたっては護衛役のアタシを無視した上に全部捨てて向こうに行っちまうし。もう行き詰まりじゃねえか。結局やることがねえんだよなあ」


 ドンレミ村の工人たちはプライドばかりが高く、女や新参者の話なんて聞きやしない。

 これまではメーテルが実戦経験とカリスマを武器に果敢にやり合っていたが、それがぽっきり折れてしまった今、司令部は素人の集まりの工人たちが要領の悪い命令を飛ばし、現場を無駄に混乱させている始末だ。


 昨夜から姿を消したアスヌフィーヌは、領主弟に働きかけ少しでも攻撃が緩まるようにと行動するだろう。

 へらへらしているが、割かし仲間の絆を大事にするやつだ。

 自分の身は割と省みないところがあるが、いいやつなのは間違いない。

 だが無駄だろう。

 いまは山賊ヴォラグがすべてを掌握しているはずだ。

 用なしの領主弟は殺されているかもしれない。

 アスヌフィーヌは死んだものと思ったほうがいい。

 護衛を付けていた意味がねえなあと思うが、言っても詮無い。

 そもそも護衛を付ける意味をサリアは正しく認識していなかった。

 そういうことはメーテルの役目だったのだ。


 そして本当にやばいのは、包囲の人員が増やされたことによって、鳥籠に閉じ込められてチクチクと責め立てられるだけの現況であるにもかかわらず、逃走経路がひとつも残されていない事実である。


「今日で終わるかもしれないなあ、割とマジで」


 子どもだけでも逃がしたいが、団結していないいまの状態では無理だろう。

 今残っている百人近い人間が一丸となって敵中突破。

 子どもを逃がそうと村人全員が捨て身になってようやく包囲を破る芽があるか、というところだ。

 例え包囲を破っても、その後は昼夜なく追撃されるだろうし、生存の可能性は薄い。


「……せっかく気に入ったガキどもなのにな」


 獣人で青豹族のミィナ

 赤髪修道女のリエラ。

 金髪おしゃまのファビエンヌ。

 馬娘のマルケッタ。


 どの娘も将来有望だろう。

 器量もいいし、顔立ちも悪くない。

 ミィナとマルケッタは、その圧倒的な戦力から畏敬視され、幸運を呼ぶ獣と崇められているというし、リエラとファビエンヌにいたっては持ち前の治癒魔術を惜しみなく使うことから神聖視され、神が遣わした聖女と呼ばれている。

 少女らの活躍は神輿として担ぎ上げられたヘルトン以上だろう。

 そのうち銅像が建つかもな、と冗談を独り言ちてカカカと笑う。

 それもこれも、ドンレミ村が滅亡しなければの話だ。

 いまはまだ、魔術の使えない普通の人間が相手だが、魔術師がひとりでも現れたらと思うとぞっとしない。

 そして、山賊の増員がこれ以上に続けば、存続はあり得ない。


「はぁ……脇腹がいてえとか言ってられねえな」


 どうせ最期を迎えるなら、先達として格好良く逝こうではないか。

 先に待っている同志たちと向こうで酒を酌み交わすのも悪くない。

 そう思い、パンと膝を打つと、サリアはすっくと立ち上がった。


「いてて……」


 脇腹に走る強烈な痛みは思わず歯を食いしばってしまうほどで、皮膚が引き攣り、内臓が捩れたようにじくじく痛んだ。

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