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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 二章 大森林のエルフ
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第59話 ジェイドの魔宮⑲ クリスタル鉱石

「これは面倒くさい……」

「にゃにがー?」


 猫ちゃんがふんふんと鼻を鳴らしながら、ぐりぐりと頭突きをぶつけてくる。

 俺も趣向を変えてぐりぐりと頭を擦り付けると、驚いた顔になったのも束の間、喜んでぐりぐり合戦が始まってしまった。


「階段を下るために岩をどけなきゃならないけど、どけたらワイバーンが出てきちゃう。ワイバーンを出さずに階段を下りたいところだけど」

「無理」


 我が家の知恵袋は楽観視をさせてくれないらしい。


「むーりーむーりー」


 にゃははと猫ちゃんが笑う。

 何がおかしいのか、のそのそと俺の体を登ってきて、いつの間にか肩車している。

 猫ちゃんの健康的な太ももがぎゅっと俺の顔を挟んでくる。

 ふむ。

 鼻を近づけると、女の子の清涼な匂いがした。

 ずっと嗅いでてもいいな。


「ワイバーンが岩の下敷きになってお陀仏している可能性は?」

「おだぶつ、がなにかよくわからないが、死んではいない。魔力のめぐりでわかる」

「ですよねー」


 見ないようにしていたが、そういうことらしい。

 ワイバーンは息を潜めて岩山が崩される瞬間を待っているということだ。

 ミ〇ックだと分かっていて宝箱を開ける馬鹿はいない。

 いや、経験値稼ぎで開けるか?


「でもまあ、クリスタルの素材はちょっと欲しい」

「この迷宮の魔物は純度の高い素材を落とす」


 それにはニニアンも同意している。

 クリスタルゴーレムの魔術反射の鉱石といい、ワイバーンの骨や皮といい、迷宮は魔力の溜まり場だから良質な素材が稼げるわけだ。

 この世界の迷宮産業は盛んである。

 冒険者=迷宮探索者の通称でもある。

 しかし冒険者=社会の底辺でもある。

 ならずものが食い扶持に困って名乗ったり、傭兵崩れだったり、元盗賊だったり一獲千金を夢見て田舎を飛び出した若者だったり、冒険者になるものは大抵がアウトローなのだ。

 至極まともな頭があれば、権力のある立場を目指しているだろう。


「クリスタルワイバーンが弱っているいまがチャンスか……」


 肩車した猫ちゃんより、ニニアンの方が目の高さがわずかに高い。

 猫ちゃんと正面から見つめ合っている。

 目と目が合う~♪

 ニニアンの謎行動だ。


「このまま放っておけば、周りの岩から魔力を吸って回復する」

「それはまずい」


 俺の前にはちょうどニニアンの細い腰があるわけで、むっちりした太ももをまじまじと眺めることができた。

 まずいなんてものではない。

 ここは楽園か。


「やっつけるー?」


 ニニアンのむちむち感を凝視していると、猫ちゃんの顔がさかさまに映り込む。


「やっつけるよー」

「おー」


 なんとも牧歌的な返事だったが、真面目な話、いつまでもここで立ち往生しているわけにはいかないのだ。

 この先にいるイランにこれ以上引き離されるわけにはいかない。

 七階層――最終階層に降り立ったとき、すでにラスボスが倒されているなんて目も当てられない。

 なんのために迷宮に入ったのかと。

 ラスボスを倒すためだ。

 ん?

 ラスボスが倒されるなら別に誰が倒してもいいのか?


 要は俺個人の気分的な問題で、イランに先を越されることに無性に苛立ちを覚えるのだ。

 これが他の冒険者なら、どうぞどうぞと先を譲っただろう。


「よし、ニニアン。やっておしまい。我らの行く手を阻むすべてをすべてを吹き飛ばしておしまい」

「まいにゃー」


 俺がバッと手をかざすと、猫ちゃんもバッと手を伸ばした。


「任せる」


 ニニアンが背を向け、弓に暴風の矢を番えた。

 ニニアンのミニスカートに押し上げられた柔らかそうなお尻が目に飛び込んでくる。

 なんてことだ。

 暴力的な光景だ。

 程よい筋肉に締め付けられてもなお、柔らかそうなお尻である。

 信じられるか?

 これで前方にはゾウさんがぶら下がってるんだぜ?


 周囲の風を飲み込み、そして暴れ回る風の矢。

 十メートル以上も重なり合っている岩山の一点に突き刺さり、矢は呑み込まれていった。

 何も起こらないのかと思った。

 猫ちゃんが身を乗り出して、危うく肩車から落ちそうになった。

 次の瞬間、内側から爆発するように岩山が吹き飛んだ。

 クリスタルワイバーンがゆっくりと顔を出し、岩山から這い出して来る。


「我の眠りを妨げるものは誰だ」


 と不機嫌そうだ。

 しかし先ほどの戦闘の傷を引きずっているのか、翼を動かすが鈍重な体が持ち上がっていない。


「よっしゃ。さっさと始末して下に行くべ」

「いくべーいくべー」

「“水圧砲”」


 手をかざすと、水を圧縮したものが手の中に集まってくる。

 魔力を最大限に込める。

 それを意思ひとつで撃ち放つと、クリスタルワイバーンの片翼をブッ千切った。

 炎を圧縮した矢がニニアンの手元から飛んでいき、同じくワイバーンの片翼を抉り取った。

 見た目から弱っていたが、本当にあと少しのようだ。


「あっという間に羽を捥がれたトカゲの完成だよ。えげつな……」


 自分で狙っておきながら、自分勝手な言い分である。


「ミィニャとどめさすー」


 猫ちゃんが肩車から跳んでいった。


「おいちょっと――」


 止める暇もない。

 両翼を失ったとはいえ、高さは六メートル近い。

 巨人族を有に超えているのである。

 猫ちゃんひとりで相手できるものではない。

 ここまでの経緯で猫ちゃんはすでに戦力外(おみそ)扱いだ。

 完全にパワー不足で、魔力障壁を突き抜ける力がないのだ。


「“疾く速く、雲霞を渡る羽の靴を”」


 ニニアンが猫ちゃんに向けて付与魔術をかけた。

 移動力を上げる付与魔術だ。

 六メートルの高さを跳ぶことも不可能ではない。


「ニニアン?」

「やるというなら、支援するのが仲間……でしょ?」


 違うのか? と言いたげな口調だった。


「いや、そうだけどさ……」


 何がまずいと言えば、火力がないことであって。

 それに猫ちゃんには実力以上の相手と向き合ってほしくないという親心があってだな……。


「何か変?」

「変じゃないけどさ! ああもうわかったよ」


 猫ちゃんの攻撃が成功するよう、俺も援護しろということだ。

 ワイバーンに向けて魔術を行使する。


「“暴風渦”」


 猫ちゃんを巻き込まないように、脇から二本の暴風角が現れ、ワイバーンの胸元と顔面に突き刺さる。

 これでワイバーンの魔力障壁に穴が開いた。


「ふにゃ!」


 猫ちゃんがいつも以上に高く跳び上がり、顔面に向けて猫パンチを叩き込んだ。

 魔力障壁をあらかじめ暴風渦で破壊していたおかげで、水晶の体に直接拳が突き刺さる。

 ワイバーンは仰け反って、倒れた。

 ニニアンがすばやく矢を放ち、両足を地面に縫い止める。

 最後に無防備な首を水圧砲で刎ねると、ワイバーンはぴくりとも動かなくなった。


「ドラゴン食べたい!」


 猫ちゃんが万歳する。

 悦んでいるところに水を差すようだけどね、猫ちゃん。

 そのワイバーン、身体が鉱石でできてるんだ。

 さすがに岩は食べられないよ……。

 とりあえずいつものように、狩ったモンスターから素材を剥ぎ取る作業である。


「このクリスタルワイバーンの水晶石は魔力増大の効果がついてるけど、これって単体だと効果はないよね?」

「魔術を使う際の補助機能になる。持っているだけで有効。鉱石だけでも十分だけど、加工したほうがさらに効果が上がる」


 ニニアンが真面目に教師然として話すので、俺は感心して頷いた。


「たくさん水晶石を持っていたらその分魔力増大の効果も上がるの?」

「そうとも限らない。いちばん大きな効果を持つ水晶石だけしか反応しない場合が多い」

「へえ。じゃあ、何の効果も付いてない水晶石って貴重なの? 魔力増大や魔力反射の効果はなくても、好きな効果を付けられるでしょ?」

「結局は書き込めるのは一回だけ」

「でもまっさらなクリスタルは貴重だと思うんだけど」

「確かに珍しい。普通、いろんな魔力の影響を受けてて効果が中途半端。屑鉄くらいの使い道しかない」

「魔力抵抗(弱)じゃお守り程度の効果しかないもんな」


 俺やニニアンの一撃は、魔力抵抗(強)に相当する魔物の魔力障壁を散々打ち破ってきたのだ。

 (弱)程度では薄紙一枚の感触でしかないだろう。


「アルー、あっち追いかけるのー?」


 猫ちゃんが崩れた岩山に埋まった階段を指差した。

 空いた方の指は口に咥えている。

 幼い仕草が愛らしいな。


「まだ昼頃だからね。休憩して岩をどかしたら追いかけよう」


 この六階層で一晩過ごしてからイランたちに追いついた。

 迷宮の外ではまだ太陽が真上に昇っていないだろう。

 休んでからでも遅くはないはずだ。

 たぶん。


 七階層がおそらくこの迷宮の最下層だ。

 魔力を探ると、大きな塊がすぐ真下にあることが感じられる。

 最下層に迷宮の核となるものがあるのだ。

 それは燃え盛る炎の塊のようで、たとえるならキャンプファイアーだ。

 熱風に肌が炙られるので、意識して見続けるのは難しい。


 素材を剥ぎ休憩まで入れて、特別急がないのは、最下層の魔物があっさり倒せる類の魔物ではないことを見越しているからだ。

 さきほどのイランのパーティを見たところ、猫ちゃんレベルを三人抱えているようなものだった。

 イランが戦闘で常に前に出るタイプだから、得意の魔剣でここまで引っ張ってこれたのだろうが、自分より強い魔物と相対したとき明らかに劣る仲間を抱えて戦うのは至難の業だ。

 自分の身を守ることで手いっぱいになったら、仲間の援護に回れず、最悪自分以外の全滅すらあり得る。


 そこへいくとこちらはニニアンの存在がとても大きなものになっている。

 種族の差もあって魔術の力は俺よりも掛け値なしに強い。

 認めるのは癪だが、無数のワイバーンをひとりで狩り尽くした腕や剣技を見る限り、力量ははるかに上だ。

 ただ誰かと連携して戦うことをしてこなかった所為で、ときどき幼稚とも思える判断ミスがある。

 さもありなん。

 それさえなんとかなれば、背中を預けられるくらい頼りになる仲間だ。


 気づけばニニアンに対する警戒心がどこかへなくなっていた。

 軍隊に遭遇したことや、イランに対する敵意で、ぐっと身内意識が固まったのかもしれない。

 ヴィルタリアにはテイムしたゴーレムを押し付けたから、追ってくることもなく無事に迷宮を出るだろう。

 老将軍は迷宮を攻略してほしくない様子だったが、俺が何をしなくても時間を掛ければイランが攻略してしまう。

 どちらにしても将軍の思惑通りにはいかないのだ。残念だったな。


「猫ちゃん、おやつにしようか」

「おやつー!」


 猫ちゃんは青灰色の耳と尻尾がピンと立て、普段見せないような俊敏さで傍に寄ってきた。

 基本的に食事は朝と夕の二回だけだ。

 休憩の合間に湯を沸かして腰を落ち着けることはない。

 せいぜい保存食を咥える程度だ。


「ほ!」

「んにゃ!」


 オピオンフィッシュの干し魚をほいと上に投げると、猫ちゃんが跳躍して軽やかに口に咥えた。

 これは見ていて楽しい。


「やるな、猫ちゃん。犬っころも真っ青なフリスビー猫になれるぞ」

「にゃるにゃるー」


 特に何も考えていなさそうな顔で頷きつつ、干し魚を噛みしめるように満面の笑みで食べている。

 俺も一本咥えた。

 ただ塩をすり込んだだけなので鮭とばには劣るが、噛みしめているとじわっと味が出てくる。

 干しているので最初は硬いが、唾液と咀嚼によって肉が柔らかくなっていき、うま味が染み出してくるのだ。


「猫ちゃんはドラゴン肉と干し魚、どっちが好き?」


 猫ちゃんは小首を傾げ、うーんと唸ると、一転笑顔になった。


「どっちも好き!」

「だよねー……」


 悩む必要があったのかと思わなくもない。

 ぽんと肩を叩かれた。

 振り返るとニニアンが無表情で、手をくいくいと動かしていた。


「はい」

「違う」


 干し魚を差し出したら首を横に振られた。

 もう一度、手をくいくいと動かした。

 どうやら自分にも放れと言いたいらしい。


「ほれ」

「ん」


 猫ちゃんのときは下投げだったが、ニニアンには手加減を加えるだけ無駄だろう。

 上投げの鋭く全力投球で放るが、ニニアンは軽やかに跳躍して空中で干し魚を咥え、難なく降り立っていた。

 どうだと言わんばかりに口をもぐもぐ動かしながら見てくるけど、別に褒めてあげないし。

 何も言われないのがわかると、心持ちニニアンの肩が沈んだ気がする。

 猫ちゃんと張り合うなよ……。


 最後に水魔術で喉を潤し、腹もこなれてきたところで出発である。

 積み重なった岩に魔力を流して、人が通れるほどの穴を作った。


「狭い……」


 ニニアンが文句を言うが、俺と猫ちゃんの身長に合わせて横穴を作ったのでしょうがない。

 ニニアンは手をかざし、自分がしゃがまないで通れるように魔力を流していた。

 やりすぎたのか、岩がすべて溶けだして、階段前に立派な門扉ができた。


「魔力が使えるってほんとチートだわ」

「ちーと?」


 眉をわずかにしかめるニニアンに呆れつつも、準備万端の俺たちは最下層へと足を踏み出した。

ラストを書き直そうと思うので、土・日は投稿をお休みします。

時間をかけて納得のいく仕上がりになるかははなはだ疑問ですが……

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