第55話 ジェイドの魔宮⑮ 運命の悪戯
奴隷を手下にするのは、我ながら冴えているやり方だった。
最初は傭兵を雇おうと思っていたが、誰も自分のような見た目が子どもに従うはずもない。
腕前を見せれば従うだろうが、いちいち鼻っ柱を折っていくのも面倒くさい。
だったらいっそ、戦闘奴隷を使えばいいじゃないか。
そう思い、ジェイドに頼んで資金を見繕ってもらい、奴隷市場で三人ほど購入してきた。
オレが適当に名前を付けた、ナディ、フリッツ、リーリエ。
ナディ。
男。
褐色肌の人族。
二十五くらい。
偉丈夫。
喉が潰れて喋れないが、大柄で盾役として使っている。
フリッツ。
男。
歳は知らん。
小人族の歳なんてわかるわけがないだろ。
大人になっても子どもみたいな顔をしているからな。
唯一の迷宮経験者で、探検者としてマッピングや食事などをすべて一任している。
リーリエ。
ウサギの獣人族でメス。
歳はオレより六、七歳上だ。
常にビクビクと何かに怯えている。
聴力が異常に優れているので、迷宮では敵を見つけるのに役に立つ。
戦闘奴隷と言っても、ナディだけが戦闘向きだ。
小人族のフリッツは背丈が百四十ほどしかなく、手足が短いためほとんど役に立たない。
リーリエにしても獣人族で身体能力は高いが、あまり戦闘に向かない種類らしい。
だが、そんなことは関係ない。
短剣を無理やり持たせ、軽戦士として無理やり使う。
オレはある魔術を全員に覚えさせることで、少ない経験をカバーすることに成功した。
身体強化術。
いわゆるブースト魔術だ。
魔力の扱いさえ体で覚えれば、そこらの人間よりはるかに強靭になる。
どうせ使い潰すだけだが、それなりに働いてもらわねば購入代金が無駄になる。
面倒だったが、最初のふた月は魔力を纏えるようになるまで訓練の日々だった。
彼らにとっては苦痛でしかないだろう。
魔力を帯びたオレに、ひたすら殴られ続ける。
手加減はするが、魔力で纏ってガードしないとそのうち死ぬ、という恐怖を常に植え付けていた。
怪我も自己治癒で治すしかない。
オレは自らをナイフで傷つけて、魔力で治す方法を見せた。
治癒魔術の初級らしいが、ブーストが使えるようになれば、自然と怪我の治し方も覚えるのだ。
最初に魔力を纏えるようになったのは、最弱だと思っていた小人族のフリッツだった。
あっさり死にそうだっただけに、予想を裏切られた気分だ。
最弱故に、死なないように必死なのかもしれない。
次に魔力操作を覚えたのが、ウサギ獣人のリーリエ。
女を殴り続けるという行為はオレの嗜虐心をどこまでも刺激したが、自己治癒を覚え、他人の怪我まですぐさま治すようになった。
物覚えの悪かったのが浅黒い肌の偉丈夫、ナディだ。
背丈は百八十センチを軽く超えるのに、いくら殴っても普通の防御しかできなかった。
両腕をへし折って、あばらも何本か折っているのに、まったく使い方を理解しようとしない。
見かねたリーリエがなんとか治癒魔術で回復させようとするくらいに、ナディは虫の息になっていた。
だがひと月もサンドバッグ状態が続くと、さすがに理解し始めた。
最初の一歩が踏み出せれば、あとは加速するだけだ。
覚えは悪いが、いちばん伸びしろは高かった。
おかげでいまでは盾役を担っている。
オレと先生が屈辱的な敗北を味わってから、半年が経っていた。
その怒りをぶつけるように、奴隷三人を鍛えてきた。
死ななかったのはたまたまでしかない。
殺してもいいやというつもりで、彼らを殴り続けてきた。
オレと先生は、転移の魔術でプロウ村から南東にある、王国最南端の町に転移した。
念のため南の国に逃亡し、潜伏することに決めた。
先生は敗北をあまり引きずっていないのか、すぐさま家を手に入れて研究を始めたが、オレはまだ消化し切れていなかった。
思い出すたびはらわたが捩れそうになるほどの怒りが涌く。
あいつら――俺と同じ異世界人。
そしてエルフ。
次に会うときは必ず斬り殺してやると胸に決めていた。
そのために、自身を鍛えることも忘れていなかった。
南の国は内紛状態で、移民が多い。
肌の色が違うだけで対立し、よく街中でも争いが絶えなかった。
「実戦経験だよ」と言って、先生の命令で最初のひと月はたったひとりで戦争に参加させられた。
肌の浅黒い連中をとにかく斬りまくるだけだった。
ひと月が経ち、戦争が終わってしまった。
蛮族討伐という名分だったらしいが、オレには関係ない。
戦争で生き残って感じたのは、ブーストを使えなければ生き残れないということだ。
同じく使える猛者とは、何人も渡り合った。
体格差で押し負け、死にかけたこともある。
生き残ったのは、運が良かったとしか言えない。
迎えに来た先生が、「やっぱり生きてた」と笑ったとき、オレは自分が生きることに誰よりも貪欲なことを悟った。
それからは南の国を転々とした。
魔窟に入って、先生とふたりで攻略することもあった。
とにかく自分を苛め抜いた記憶はある。
それしかなかったという記憶しかない。
何か月が経っただろう、風の噂で、自分たちが去った後のプロウ村が、迷宮に丸ごと飲まれたことを知った。
「なんだか面倒なことになってるから、イランが攻略して魔核の壺を回収してきてよ」
そう言われて、オレは何ひとつ考えることなく、「わかった」と頷いていた。
そうして別行動を取ることになって、オレは奴隷を買うことを決めたのだ。
自分の手足は、自分で鍛える。
ふた月で何とか及第点に届くくらいに仕上がると、次に迷宮に挑む前に、実戦経験を積むことにした。
大森林のような魔の森を奴隷たちとともに潜り抜け、危険な魔物を倒して回った。
それが二か月。
全員生き抜いた。
生にしがみ付く執念が、三人とも強かった。
そういうところを見込んで、オレは数多の奴隷の中からこの三人を選んだ気がする。
見た目だけなら、彼らよりも何倍も強そうな奴隷がいたにも関わらず、だ。
そうして着々と準備を整えると、奴隷三人を引き連れて迷宮へ向かった。
「頑張ってね~」
力の抜けるような先生の見送りを背中に感じて、オレはプロウ村へと向かったのだ。
グランドーラ王国に入ると、一面が雪に覆われていた。
プロウ村へはひと月の旅になった。
迷宮は大森林や村を飲み込んで、想像とはかけ離れた姿に変わり果てていた。
昔は百階層あったが、ひと階層に敵が一体から三体いて、それを倒すと次の階層へ、という流れだったものが、まったく違う姿へと変貌していた。
なにより巨大空間ではなかった。
小部屋が延々と続いているはずだったのに。
迷宮に棲息する魔物も、一筋縄ではいかない魔物ばかりになっていた。
だが逆に、オレは興奮した。
強い魔物を倒すことで、強くなる実感があるからだ。
そうしてあいつを倒すために、日々刃を研ぐ必要があった。
オレたちは六層目に到着した。
五層目はかなり面倒だったが、なんとか階段を見つけて、さっさと降りてきてしまった。
あそこはあまり長居したくない場所だ。
硬すぎて、剣が刃こぼれする恐れがあったのだ。
六階層には、飛竜がいた。
ワイバーンというやつだ。
体長は五、六メートルもある。
草食動物の名残か、リーリエが震えている。
戦闘に入ればその震えも止まるだろう。
つくづく楽ができない迷宮だ。
そりゃそうか。
先生の作った迷宮だからな。
オレは斬るだけだ。
南の国で手に入れた、魔剣シェリファを使って――
短めです。
プロローグです。




