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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 二章 大森林のエルフ
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第53話 ジェイドの魔宮⑬ 軍隊の到来

「ちょっとヴィッキー! 私の話に割り込まないでよ!」

「ごめんなさい、ゾーラ。でも私にとっての死活問題でもあるのよ」

「それでも!」

「正直軍隊の鈍間な行軍では、今後も無駄に戦力を削られていくだけだわ」

「なにを……」

「それなら彼についていった方がマシと考えたのよ。ごめんなさいね、別にゾーラのことを頼りないと思っているわけではないわ」

「そうじゃないわよ! いまはそういう話ではないの!」


 女ふたりで盛り上がっているうちにさっさとお暇しようかと考えたが、やめておこう。

 女性は怒らせたままが一番怖い。(※アルの偏見……ではないかもしれない)


「ねえヴィルタリアさん、もし純粋な気持ちで魔物を見たいだけなら、ここは引いて、安全な場所まで戻ってください。もしテイムを覚えたいなら迷宮を出てから教えて差し上げます」

「え? テイム?」

「魔物を調教することです」


 魔物の魔力をソナーのように探ってみた。

 ゴーレムの魔力はすぐに見つかった。

 そして遠く、このフロアの入り口周辺から半ばにかけて軍隊の魔力が感じられる。

 彼らは刻一刻と近づいてきているが、その先にゴーレムの集団が二十体はいる。

 単発なゴーレムとの戦闘は何とか乗り切っているようだが、これに当たれば全滅もありうる。


 ならば掃除のついでに、テイムがどんなものかを見せた方が早いだろう。


「口で説明するより実際に目で見たほうがわかりやすいですよね。貴女にいいものを見せて差し上げます」

「いいもの?」


 ヴィルタリアが小首を傾げる。


「ちょっとの間、待っていてください」

「逃げるつもりかしら?」

「荷物はすべて置いていきますので」


 ゾーラから離れたいという気持ちもあった。

 彼女らを無視して下に降りてもいいが、その所為で勝手して彼女らに命を落とされても寝覚めが悪い。

 ならば、安全確実に地上まで帰ってもらう方法を取るまでだ。


「ニニアン、この場に残って周囲を警戒。猫ちゃんはおいで」

「わかった」

「んにゃ!」


 ヴィルタリアにじゃれついていた猫ちゃんは、呼ばれるなり背中に飛びついてきた。


「今からゴーレムをテイムしてきます。それで信じてもらえるでしょ」

「ゴーレムを?」

「では」


 猫ちゃんを背負い、地を蹴った。

 迷路に入り、まっすぐ軍隊のいるほうへ向かう。


「アルー、この先いっぱいひといるよー?」

「大丈夫。その手前までしかいかないから」


 ゴーレムの団体はすぐに見つかった。

 小柄な三メートル級が十二体、五メートル級が八体だ。

 通路に犇めいている。


 ちょうどいい。

 三メートル級を一体テイムしよう。


「猫ちゃん、あれを潰すよ! できる?」

「できるー!」


 元気いっぱいで頼もしいことだ。

 俺はゴーレムの足元まで迫り、各々狙いすましたゴーレムに飛びかかった。


 ゴーレムの頭上に着地し、思い切り肩のあたりから殴りつけた。

 胸の核の位置まで凹み、ゴーレム一体を戦闘不能にする。

 猫ちゃんは背中からゴーレムへ飛び移り、連続で殴りつけている。

 俺も次のゴーレムへ飛び移り、風魔術で障壁を破った。

 核の部分の防御を薄くしてから、水圧レーザーで撃ち抜いて始末する。


 ゴーレムは突然現れたふたりに対処しようと暴れ出すが、味方のゴーレムと接近しすぎていて、腕を振り回しただけで他のゴーレムを巻き添えにする始末である。

 俺と猫ちゃんは素早く動き回り、攻撃を掻い潜りながら仕留めていく。


 俺の前には残り一体。

 猫ちゃんの前にも一体。

 俺はこいつをテイムしよう。


 障壁を風魔術で破り、距離を詰める。

 大振りな腕をしゃがんで躱し、核のある位置を浅く破壊する。

 剥き出しになった核に手を突っ込んで触れ、暴れる前に自分の魔力を流し込む。

 いつもなら暴走させるだけだが、今回は内部を壊さないように慎重に……。

 さすがに大人しくしてくれないようで、カエルのようにへばりついている俺を振り落とそうと暴れるのでちょっとやりにくい。


 遠心力に負けずに魔力を流し終えると、真っ赤だった核が緑色に変わった。

 どうやら所有権を俺に移すことができたようだ。

 ゴーレムは途端におとなしくなった。

 試しに命令してみよう。


「よしゴーレム、片足でバランスを取りながら、両腕を頭に載せろ」


 ゴーレムはゆっくり動きだし、間抜けなポーズを無言でやって見せた。


「よし、いまから俺がポーズを取るから、それに合わせておなポーズを取れ」


 命令として受理されたのか、試しに漢字の命を模したポーズをとってみた。

 ゴーレムはわずかな時間差でまったく同じ動きをした。


「完璧やで……」


 猫ちゃんが相手取っていた一体を機能停止にして、側に寄ってくる。


「アルー、これ倒さにゃいの?」

「これはテイムしたゴーレムだから、味方だよ」

「味方ー?」


 猫ちゃんと話しつつも、ツルのポーズをとってみる。

 寸分違わずゴーレムも真似をする。

 猫ちゃんは目をパチクリさせた。

 その後もカマキリのポーズや、荒ぶる鷹のポーズを連続でやってみた。

 猫ちゃんの目がキラキラと輝き出した。


「にゃにこれにゃにこれー!」


 ゴーレムの周りをぴょんぴょん跳ね回り、好奇心のおもむくままにつついたりしている。


「よし、戻ろう!」

「んにゃ!」


 帰りはゴーレムの肩に乗って楽をした。

 猫ちゃんはゴーレムの肩や腕にぶら下がって、ちょっとしたアスレチック気分を味わっていた。

 合流したときの唖然とした彼女らの顔はおかしかった。

 猫ちゃんが肩に立ち、器用なバランス感覚で胸を張り、むふーっと睥睨している。


「テイムしたゴーレムです。ぼくの命令には必ず従います」

「さ、さささ、触っても攻撃してこない?」


 ヴィルタリアが眼鏡をくいくいといじりながら、そろりと近寄ってきた。


「ぼくが命じなければ動きませんから」

「触ってもいいのね?」

「ご自由に」

「きゃーっ!」


 ヴィルタリアは乙女のような黄色い声を上げてゴーレムに飛びついた、ように見えた。

 それくらい興奮していた。

 猫ちゃんのようによじ登ることができないので、周りをくるくる回っている。

 荷物入れから素早くメジャーらしきものを取り出し、ゴーレムの寸法を測りだした。

 手を途轍もない速さで動かして、羊皮紙に何やら懸命にメモっている。


「まさか野生のゴーレムに触れることができるなんて!」

「いえ、これは、はぐれゴーレムです。ゴーレムは魔術師の手でしか生まれませんから」


 というか、魔術師の手で生み出された土属性無機物系の魔物を、ゴーレムというのだ。


「迷宮の魔力に当てられて、暴走していたみたいですけど」


 でなければゴーレムが魔力障壁を纏えるわけがない。


「テイムとはすごいものですわね」


 メモがひと段落したのか、満足気な溜息を吐いて、ヴィルタリアは顔を上げた。


「私にも覚えられますか?」

「ええ、ですが魔術の修行がそれなりに必要です」

「私、生まれてから一度も魔術を使ったことがありませんわ」

「誰でも魔術は使えますよ。人によって、体の内側に溜め込んでいる魔力の量が違うだけです」

「魔術教練で教わったこととは違うわ。魔術には才能が左右するのよ」


 唇を尖らせたゾーラが言った。

 少しだけ落ち着いたようで、拗ねたような口調だが会話に参加してくる。


「属性魔術と身体強化術は違いますからね。テイムは、身体強化術寄りの魔術です」


 猫ちゃんは属性魔術を今後も使えないだろう。

 だが、魔術師を凌ぐ身体強化術は使える。


「何が違うのかしら?」

「体内の魔力操作が上手くなれば、身体強化やテイム、自己治癒の魔術くらいなら使えます。属性魔術は体外の魔力を操る術ですから、感覚が左右します」


 センスがいるというわけだ。

 獣人さんには頭からできないものと決めつけるところがあるので、属性魔術とは相性が悪い。

 自分は炎を生み出せるんだと思い込んでいるのでもなければ、火魔術は出せない。

 人族の感性はどの種族よりも柔軟だからな。


「私に教えていただけます?」

「今まで積み上げてきたものをすべて捨てる覚悟があるなら」

「ありますわ」

「ヴィッキー!」


 思わぬ即答に、ゾーラが声を荒げる。


「なら、ここを出たらべレノア公を頼ってください。赤魔導士アルの名前を出せば、面倒を見てくれます。そこで落ち合えるでしょう」


 俺自身はボンボン公爵を許せていない。

 股間を潰したからマリノアが襲われる心配はないだろうが、いまでもなぜマリノアが屋敷に残ったのかわからない。

 彼女ならどんなことがあっても俺に付いてくると思っていただけに、少し傷ついているところがある。


「ここの魔物はどうなるのかしら?」

「たぶん、最下層の魔物は石化魔牛です。そいつは大森林にも生息している魔物ですから、ここで見る必要はないかと」

「私は見たことないわ」

「耐性のない貴女では目があった瞬間に石にされているでしょうね」


 猫ちゃんでも、たぶん厳しい相手だと思う。

 俺とニニアンなら一瞬で石化することは避けられるだろう。


「嫌よ、信用できないわ。この目で見なければ!」

「信用してもらえるなら、このゴーレムを差し上げます」

「え? ほんとう?」


 ヴィルタリアの顔が一瞬で喜色めいたのを見逃さない。

 さらにダメ押しで、荷物から価値のありそうなものを取り出す。


「ついでにこれもお渡ししますよ」


 荷物の中から、スノウウルフの毛皮とアースドラゴンの牙を取り出す。


「大霊峰四合目の魔物の毛皮と、大平原のドラゴン種の牙です。これを信用代わりにお渡ししておきます。これをべレノア公に見せれば、ぼくの知り合いだと信用してくれるでしょう。貴女なら獣人の村にも馴染むでしょうし」


 ヴィルタリア驚いた顔で受け取り、毛並みを確かめていた。


「これは、本物?」

「手触りで何となくわかるでしょう? ぼくが自分の手で狩った魔物です」


 ゾーラまで目を瞠っていた。


「大霊峰まで辿り着けた冒険者はほとんどいないと言われているわ」

「ありえるのかしら? これは……たぶんスノウウルフの毛皮。大商店でも滅多に取り扱ってないわ。こっちはアースドラゴンの牙よね。まるで一流の冒険者みたいだわ。でもさすが私の甥っ子よ」

「あなたの実力はよくわかりましたわ。見た目が子どもだろうと関係ない。このゴーレムといい、この素材といい……」


 ヴィルタリアはひとりで頷いている。


「私、貴方に付いて行くことに決めたわ。貴方といると未知の魔物にだって出会える気がしてきたわ」

「いや、連れてかないし。話聞いてた、ねえ?」


 話の通じなさはニニアンに通じるところがあるな。

 ニニアンをちらりと見ると反射石を加工している最中で、視線に気づいたのか目を上げ、じっと見つめられた。


「なに?」

「なんでもないです」

「そう……」


 ニニアンは作業に戻った。


「貴方が実力を見せてくれたのだから、私も何か相応のものを貴方に差し上げたいわ」

「いいえ、結構です。差し上げたものは信用のためで、それで納得して迷宮を出てってくださいって言ってるんですよ。わかりますか?」

「いいえ、それはできない相談だわ。それよりも何かほしいものは?」

「好意の押し売りって言うんだよそれ」

「何も売らないわ。差し上げると言っているの」

「いらねーから。回れ右して迷宮をさっさと出てってくれるのが一番の恩返しだから」

「それはできないわ。だってついて行くと決めたのだもの」

「だっ……だった私も行くわ!」


 ゾーラが前のめりに名乗り出た。


「ややこしい……」


 頭を抱えたくなった。

 セラママのような顔をして、子どもみたいなことを言う。

 あれ?

 でもセラママも結構子ども染みていたような気がする。

 さすがは姉妹か。


「子守は猫ちゃんで精一杯なので、どっか他を当たってください」


 猫ちゃんをちょいちょいと手招くと、服の袖を咥えながらトコトコとやってきた。

 猫ちゃんをひしと抱き寄せ、よしよしと頭を撫でた。

 猫ちゃんはくすぐったそうに目を閉じながらも、袖を噛んでいた。

 歯は生え変わっているのだが、最近は何か噛んでないと歯がむずむずするらしい。

 俺の手を口に持って行き、指をガジガジと甘噛み? し始めた。

 痛くはないけどね、人の指は食べ物じゃないぜ、マイハニー。


「じゃあエルフでもいいわ」


 じゃあってなんだよ。

 いいわってなんだよ。

 鞍替え早いよ。


「いいかしら?」

「構わない」

「構うから! ニニアンだって俺についてきてるだけでしょ。勝手に決めないで」

「そうか。それもそうだな」

「まったくもう……俺の後ろにいてよ」

「わかった」


 ニニアンがゆったりとした足取りで、俺と猫ちゃんの後ろに立つ。


「別に減るものでもないと思うわ。ケチケチしないことよ」

「減るよ! ノコノコついてきて貴女たちの命が減ったら寝覚めが悪いから拒否してるの!」

「私も行くから!」

「ムリですって!」

「なら私が怪我しないように、最後まで面倒を見るのが一番だと思うわ」

「最悪のほうの一番だよ!」


 これでは埒が明かない。


「ゴーレム、彼女たちを迷宮の外まで安全に送り届けて」

「そうはさせないわ! ゾーラ、やっちゃって!」

「結局私頼みじゃないの」


 氷魔術を唱え、ゴーレムの足場を凍らせる。

 しかしゴーレムは物ともせず、氷を砕いて動き出す。


「なんて力なの! でも、次は止めて見せる!」

「そこまでじゃ!」


 突如将軍が発した声に、ゾーラは掲げた杖をピタリと止めた。


「王国軍迷宮攻略部隊指揮官、ジェラード・ジオである! 全員無闇に動かないことを了承してもらいたい」


 ようやく軍隊のお出ましのようだ。

 兵士がわらわらと広場を埋め尽くす。

 内心で心待ちにしてましたよ、ほんと。

 そのために二十体のゴーレムを摘んでおいたんだから。

 そちらさんのお荷物を早く連れて帰ってほしい。

インフルエンザで先週の金曜から四日間の出禁を食らいました。

この間に次の章をどれくらい書き進められるか。

しかし頭がふらふらします。

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