第50話 ジェイドの魔宮⑩ 反射石
四階層エリアボス――残骸と化した水晶のゴーレムが、階段前に転がっていた。
「クリスタルゴーレムか……戦ってたら面倒だったかもな」
「魔術障壁と防御力は、たぶん最上級の機械兵器」
ニニアンとその場の検証を行っている。
殺害現場は当時のまま保管されていた。
被害者のクリスタルゴーレムの死因は、鋭利な刃物による裂傷と見られる。
他にも、致命傷ではないが、体中のいたるところが欠けて床に体の一部が散らばっていた。
猫ちゃんはそれを拾い集め、たすき掛けにしたお気に入り専用鞄に詰めているが、とりあえずは見なかったことにしよう。
加害者は複数人。
彼らはクリスタルゴーレムを襲って自由を奪うと、一目散に階下へ逃走したと思われる。
完全なヒット&アウェイだ。
少数のパーティならば納得だ。
下手にエリアボスに挑んで全滅する危険より、隙をついてさっさと先を急いだ方がいい。
それに、最終階層までの体力も残しておかなければならないしな。
俺たちの場合は猫ちゃんと俺の訓練を兼ねているので、魔物を見つけるなり強襲しているわけだ。
あれ? 俺たちも割とひどくね?
犯行の手口から見るに、複数犯はかなり手慣れている様子だ。
一見すると辻斬りめいているが、特に刀傷に注目してもらいたい。
クリスタルゴーレムの岩の体を両断するには至っていないが、脆いと思われる関節をしっかりと狙って切りつけている。
それに比べたら、凹み痕や焦げた部分はクリスタルゴーレムの注意を引くくらいの効果しか出せていない。
なるほど。
いちばん頼りになる剣士の力を活かすために、全員で協力して戦術を練っているのだ。
おかげさまでクリスタルゴーレムの両足は自重を支えられずに転倒し、そこをフルボッコにしたわけだ。
ひっくり返った亀になす術はないのだ。
「ニニアン警部。この死体、どう見ます? 核はどうやら抜き取られているようです。物盗りの犯行という線も」
「けいぶ? なにそれ知らない。死体じゃない。これ、ただの土人形」
「ノリ悪いなーもー」
このノリを共有しろという方が無理か。
いまはっきりとわかったが、女の子に無理めの要求をして困らせるのが好きらしい。
困った悪ガキである。
どうでもいい話か。
口ではふざけながらも、ゴーレムのステータスはしっかりと視ている。
技能に魔術反射とある。
魔術を跳ね返すということは、火魔術は無効化するということで。
焦げ痕はじゃあ、火炎瓶でもぶつけたか。
それなら注意は引き付けられるだろう。
実際はまったくわからないけどな。
「魔術反射か……ふむ」
クリスタルゴーレムの一部を拾ってみた。
水晶のような、淡い紫色をした透明な石だ。
その石の特性にも魔術反射とある。
「ニニアン、この石って」
「水晶石。クリスタルゴーレムの魔力を吸って魔力反射の特性を持った」
「うん? それはつまり、クリスタルゴーレムの体が水晶石でできていて、ゴーレムの魔力を吸って魔力反射の特性を持った? それとも最初から水晶石に魔力反射の特性があって、クリスタルゴーレムの魔力を吸って特性が強くなった?」
「どっちでもいい」
俺の些細な疑問はニニアンに一瞬にして切り捨てられた。
「要はこの石自体が魔力を吸いやすい石なのか。もらいだな」
「私も貰う。細工の材料」
「持っていけるだけ持っていこうよ。四メートル級のゴーレムだから量は腐るほどあるし」
「……それは難しそう」
「え?」
目を上げると、ニニアンがあらぬ方向に顔を向けていた。
突如としてゴーレムの瓦礫が、ゆっくりと震えはじめた。
山となっている残骸が、ゴロゴロと落ちてくる。
瓦礫の山を登っていた猫ちゃんは、飛び上がって駆け下りてくるなり尻尾を膨らませて俺の後ろに隠れた。
「アル、あそこにゃんかいる! にゃんかいるにゃー! ミィニャ落ちるかと思った!」
「だから崩れやすい岩場は危ないって言ったでしょ」
猫ちゃんの頭をポンポンと叩いた。
猫ちゃんは膨らんだ尻尾を毛繕いして、なんとか元に戻そうとしている。
過剰に驚いたりすると毛が逆立つのは、猫も獣人も同じだった。
ゴーレムの残骸から立ち上がったのは、クリスタルゴーレム。
砕け散った体が、不完全だ。
かと思ったが、案外そうでもないらしい。
ゴーレムの残骸が、磁力に引かれるようにクリスタルゴーレムに集まっていく。
ゴーレムの腕がずるずると這っていって、クリスタルゴーレムの腕になった。
体のいたるところをゴーレムの岩パーツで補い、やがて岩石を駆動させて、残骸から出現する。
クリスタルゴーレムの核は残骸の山の中にあったということか。
ステータスを視ると、魔術反射-(マイナス)と、防御力-(マイナス)となっている。
たぶん、純粋なクリスタルゴーレムであったときより、他のゴーレムを取り込んだことで特性が弱体化している。
目の前にある残骸は、本当に残骸なのだろう。
核が抜けているだけの。
これらも磁力に引き寄せられるように、クリスタルゴーレムの山に向かって引きずられていっている。
「あー、クリスタルの部分が混ざってるー!」
「均一化」
綺麗な紫水晶のボディであっただろうクリスタルゴーレムは、見る間に体が灰色になっていく。
取り込んだゴーレムの一部が溶け込んで、全体に行き渡っているのだ。
「不純物が混じった水晶石では、特性も弱まる」
「早く核を壊さないともったいないおばけが出ちゃう」
「なんだ、それ」
一刻の猶予もないと思うのはたぶん俺だけ。
純粋な紫水晶の部分が、見る間に失われていくのだ。
時間とともに価値が下がってしまうなんて、もったいないではないか。
「土魔術で拘束するから、核をさっさとぶち抜いて! 紫水晶で一獲千金なんだから!」
クリスタルゴーレムの両腕両足に、磁力で吸い付くみたいに岩の礫が集まっていく。
クリスタルゴーレムは拘束を破って動こうとするが、俺は魔力をありったけ込めて、動きを封じる。
ゴーレムの体の一部になった岩と、俺の魔力で操っている岩が綱引きをしている。
若干俺の方が引っ張られている。
だが、それも時間稼ぎになればよしだ。
「猫ちゃん、高身体強化準備! ニニアンは核を狙って!」
「はいにゃ!」
「わかった」
ニニアンが矢を構えた。
そして動力石を、寸分違わず射抜いた……はずだった。
魔術障壁が邪魔をし、寸前で止まっている。
「猫ちゃん! 矢が当たってるところを、本気パンチ!」
「んにゃー!」
猫ちゃんが弾丸のように駆け抜けた。
矢が止まっているあたりに向けて、拳を振り抜いた。
ゴーレムはしかし、頑強さを発揮しているのか、物ともしない。
猫ちゃんの方が拳をぷるぷるさせて、涙目になっていた。
「アルー、痛いにゃー……」
「猫ちゃん、こっちにおいで」
「うにゅー……」
猫ちゃんがゴーレムと距離を取った瞬間、紫電を動力石に打ち込んだ。
空気が爆ぜ、ピリピリと肌に触れてくる。
一度ではダメだ。
バチンッ、バチンッと二度、三度、空気を震わす。
魔力障壁にわずかに亀裂が入る感触があった。
それと同時に、ゴーレムがガタガタと震え出した。周囲の岩が浮かび出し、クリスタルゴーレムの周囲を浮遊する。
その岩が一斉に、俺たち目がけて襲い掛かってきた。
「こんなもので! “炎壁”」
岩を一瞬で溶かすほどの炎。
猫ちゃんが俺の後ろに隠れて、「いにゃー!」と楽しそうに声を上げている。
遊びじゃないんだから……。
俺の間合いに飛んできた岩をあらかた焼き尽くしたかと思って顔を上げると、頭上に嫌なものを見てしまった。
炎の壁を迂回したと思われる礫が、何百と宙に浮いている。
俺は咄嗟に猫ちゃんを抱えて、その場を逃げ出した。
散弾銃を頭上から降らせているような礫が、俺たちを襲う。
俺はなんとか炎を操り、俺と猫ちゃんに当たりそうなものだけ溶かしていく。
ニニアン?
気を割く余裕なんてねーし。
礫の射程圏内から逃れるが、やられっぱなしでは癪である。
炎を手繰り、魔力を込めて巨大な柱にしていく。
俺の指先ひとつで、ゴーレムへ突き進んでいく。
炎が一瞬にしてゴーレムを包み込んだ。
「やっつけたにゃ?」
脇から猫ちゃんが顔を出す。
炎から現れたゴーレムは無傷であった。
笑うしかない。
魔術反射、防御力ともに落ちているはずだが、物量の差だろう。
下層への階段を背にして、もはやクリスタルと呼べない見た目のゴーレムが聳えている。
八メートルにもなったその存在感は、鉄壁の名にふさわしく圧巻だった。
「はは、ついに俺たちでも苦戦する魔物が現れたか」
軍隊なら全滅しているかもしれない。
猫ちゃんを小脇に抱えて距離を取る。
五十メートルほど離れると、ゴーレムはぴたりと動くのをやめた。
近づかなければ攻撃はしてこないようだ。
番人らしい重厚な面構えである。
いま職務に励む必要なんてないのに。
もうちょっと寝ていろよな。
「このゴーレム、どう倒せばいいの? 教えてニニえもーん」
「その呼び方はなに?」
「頼りになる猫型ロボット」
それ以上はいけない。
俺の何かがそう訴えかけてくる。
「さっき魔力障壁に亀裂が入った。もう塞がっているけど、またこじ開ければいい。内側の防御力なら、問題なく貫ける」
「なるほど。要するにゴリ押しあるのみと」
最初からやることは変わらないらしい。
エルフってもっと知的だと思ってたよ。
「じゃあ、そうだな。猫ちゃんはちょっと見てて」
「んにゃー」
聞き分けの良い猫ちゃんはシュタッと手を挙げる。
「おさかにゃ食べてていい?」
「ダメ」
「えー」
ただ単に戦闘よりおやつが食べたいだけだったみたいだ。
「ニニアン、連携するから、最初に弓攻撃お願い」
「任せる」
薄い胸を張り、少し誇らしげにニニアンが言う。
「初撃は好きな時に。もし俺が取りこぼしたら、猫ちゃんを護りつつ回避優先で」
「わかった」
ニニアンが矢を番える。
かなり魔力を練っているのがわかる。
俺も負けじと、魔力を練る。
超身体強化である。
これは呼吸と同じようにできるわけではないので、ある程度準備がいる。
体中の魔力を絞り出すように、魔力を練る。
腹の底の方に魔力の塊があり、そこから全身に血を巡らせるように行き渡らせ、そして纏う。
血管が沸騰しそうなほど熱くなる。
腕を見ると、筋肉や血管が浮き出ているのが見える。
超身体強化は身体にとても負荷がかかるものなのだ。
門を八つ開けると死んでしまうのだ。
ニニアンが練りに練った魔力を矢に込め、放った。
空気をつんざく、キィィィィィンと、金属を掻いたような広大な大部屋に響いた。
猫ちゃんが顔をしかめて耳を押さえている。
放たれた矢は、不動のゴーレムの動力石があるちょうど腹の部分へ一直線へ向かい、そして破裂した。
木でできた矢が魔力に耐えきれなかったのだろう。
しかし、おかげで障壁が薄くなった。
「行く」
体をぐっと屈め、ゴーレムへ向かって飛び出した。
音速を超えて、瞬く間すら飛び越えた。
コンマ一秒もなく、ゴーレムの正面に近づいた。
爆裂魔術を拳に込めて、動力石へ振り抜いた。
強烈な旋風が巻き起こる。
障壁を破った手応えが確かにあった。
八メートルを超えるゴーレムの巨体が破裂するように内側から吹き飛んだ。
どてっぱらに風通りの良さそうな穴が開いている。
穴の下部分に、赤い色をしたゴーレムの核が見えた。
岩が襲い掛かってくるが、紙一重で躱していく。
針に糸を通すような隙間を縫って、ゴーレムと距離を詰める。
剥き出しになった動力石。
拳を振り上げ、最大出力で振り下ろした。
爆風の中、動力石に罅が入る。
まだ終わりではない。
殴る。殴る。殴る。
狂ったように拳を叩きつける。
殴りつけるたびに、ゴーレムの体全体に亀裂が刻まれていく。
何度目だろうか、動力石が破壊されるのが拳の先に伝わってきた。
ゴーレムは機能を失い、ただの石くれに戻る。
俺は着地するなり、ころんと仰向けに転がった。
両腕がズタズタに裂けている。
「……ふぅ」
俺は汗を拭おうとしたが、痛みで腕が動かなかった。
ニニアンがゆっくり歩いてきて、猫ちゃんが駆け寄ってくる。
「アルすごいにゃー!」
「おおぅ、どうどう」
プレスしてくる猫ちゃんを受け止めると、肺から空気がすべて抜けていった。
「まるで暴力の塊。美しくない」
「褒め言葉として受け取ってもよくってよ」
猫ちゃんとじゃれつつ、見下ろしてくるニニアンににやりと笑いかける。
「可愛げがない」
「おっさんだからな」
「見た目は可愛いのに」
「ショタコンか」
「しょた?」
エルフとは素で話せるから楽だ。
深読みしないし。
「あー、とりあえずニニアンさん。腕治してくださいません? 死ぬほど激痛なんです」
「本当。泣いてる」
「泣いてないやい!」
猫ちゃんが誤って俺のボロボロの腕に膝を乗せ、激痛に飛び跳ねた。
本気泣きしたのは内緒だ。
戦闘は終わり、治療も終え、完全に沈黙したゴーレムを調べること小一時間。
ゴーレムの鉱石の質を確認するが、水晶に混じった不純物の所為で、反射効果は半減している。
使い物にならないだろう。
売り物としてもあまり価値があるとは思えない。
いや、そうでもないか。
効果が付いている鉱石というだけで、高かった記憶がある。
純度が高い分だけ一獲千金だったのだ。
「こっちにある」
ニニアンが、部屋の隅を指差す。
クリスタルゴーレムの一部が、まるまる残骸に埋まっていた。
「なるほど。再生のときに戻らなかった体の一部か」
落ち込んだのも忘れ、俺たちは反射石を入手した。
手頃な反射石を荷物に詰め、回収した。
肩にずしりと来る重さだ。
俺が二十キロ、ニニアンが十キロの反射石を荷物に収めるので精いっぱいだった。
いまもリュックサックが千切れちゃうよーと悲鳴を上げている。
下に降りる階段が目の前にあるが、俺たちは四階層で野営することにした。
「おにゃかへったー」とお腹をさすっている猫ちゃんの体内時計が夕飯の時刻だと告げている。
迷宮内は外の時間がわからないので、お腹が空き、眠くなったときに食事と睡眠を取らないと体内時計が狂い出すのだ。
健康的な毎日を送っていないと疲労が溜まっちゃうからな。
そこをいくと、三人の中で欲求に忠実な猫ちゃんがいちばん頼りになった。
適切な時間に食事と睡眠を取ることで、疲れを残さないで迷宮に挑めるというわけである。
夜眠っているときの無防備な時間は、あまり睡眠を必要としないニニアンがいることで解決だ。
普通なら交代で眠るところを、ニニアンひとりに押し付けている。
その代わり食事は俺が用意するので、持ちつ持たれつである。
だよな?
ニニアンがクリスタルゴーレムから取れた鉱石を細工している間、俺は水を沸騰させてスープを作る。
といっても、具は干し魚とわずかな薬草。
水はどうにかなるが、食糧ばかりは手持ちが心許ないのが残念だ。
味付けに、塩や魔物の肉から搾り取った凝縮汁、いわゆる自作コンソメを混ぜる。
このコンソメ、猫ちゃんと旅をする短い間にとある村で教えてもらった方法だった。
骨と野菜を鍋にぶち込んで、じっくりと火にかけること二、三日。
灰汁を取り、漉したスープ。
これで完成ではない。
これに、ミンチ肉やいろんなものをブチ込んで、さらに過熱。
灰汁を取り、漉してできた上澄みスープ。
これがコンソメである。
変わり者の料理人の男が生み出した極上スープ。
しかし手間暇かかりすぎて、野営中に作るには向いていない。
そこはそれ。
俺は風と火と水魔術をうまく使い、凝縮スープを短時間で作った。
ずるをして作ったスープは料理人の腕には遠く及ばないが、淡白になりがちな野営料理を少しだけ華やかにしてくれる。
俺はこのスープを土魔術で作った瓶で大切に保管している。
ニニアンはそれを見て、「なんで小便を瓶に詰めている?」と言ってきたときには、危うくブチ切れそうになった。
本当にスープにおしっこ混ぜるぞと言いたい。
くつくつ煮込んだスープをよそい、三人で食べる。
料理が温かいだけでなんだか幸せな気分になるものだ。
猫ちゃんもニニアンも、味に関してはあまりとやかく言わない。
美味いか不味いかではなく、食べられるかどうか、という判断基準だからだ。
猫ちゃんの育ちは言わずもがな、ニニアンもあまり食に思い入れはないようだし。
そのせいか、一度もおいしいと言われたことがない。
「おかわり」「もっと」「お腹いっぱい」
ふたりはこの単語しか知らないらしい。
君らの腹を満たす俺の苦労を考えろよと言いたいが、言わないのが男の甲斐性。
食後ののんびりタイム。
猫ちゃんは残骸を積み木に見立てて遊んでいるし、ニニアンはゴーレムの攻撃で壊れた猫ちゃんの新たな装飾品を作るのに勤しんでいる。
俺がそろそろ猫ちゃんとの組手を始めようかと腰を上げた頃、フロアのどこかから悲鳴が聞こえた。
「ヴィッキー、ダメ! 逃げないと!」
「もうちょっと! 傍で近づいて見てみたいの!」
「ムリ! 死んじゃうから!」
残骸に登って遊んでいた猫ちゃんが、顔を上げて耳をぴくぴくさせている。
判断を仰ぐように、自然と俺を見てきた。
ニニアンも目を向けてくる。
リーダーが行動をすべて決めろ、ということらしい。
俺はふたりの視線を感じながら、腕を組んだ。
投稿しようと思って何度も見返していたら全部消えました。
ワードにバックアップを取っておいてよかったと心から思いました。




