第42話 ジェイドの魔宮② 女王スキュラ
ジェイドの魔宮・第一階層――
出現する魔物は、蜘蛛や蟷螂、毒蛾といった虫系魔物と男スキュラだった。
女スキュラはいるのかな~? いないのかな~? と思っていた矢先、一階層のエリアボスとして、多頭狼の下半身を持つ女スキュラが二階層へ続く階段を塞ぐように顕在していた。
スキュラの生態は蟻と似たような形態なのかもしれない。
女王蟻と下僕の蟻たち。
現に女スキュラを護るようにして、男スキュラがわらわらと集まってきている。
女スキュラの上半身はひと肌に近い色をしているが、若干黄色っぽい。
他の紫色の男スキュラと比べると一目瞭然であった。
肌蹴た胸まで覆う長髪に、憂いを漂わせながらまつげを伏せる妖艶な容姿をしているのがまた女王の貫録を思わせる。
「軍隊もそう遠くないところにいるから、さっさと下へ行こう」
魔力を練って、超身体強化術を体に施す。
魔力のコスト的にも五分継続するので精いっぱいだから、短期戦で終わらせたいところだ。
大抵の魔物は魔力障壁をぶち抜けば、直接の防御力は大したことがない。
要するに魔力障壁をぶち抜く火力さえあれば、大抵は何とかなる。
女王スキュラが腕を上げ、指先に俺たちを示した。
従順な男スキュラたちが一斉に向かってきた。
これまで待ち受けるだけの守勢の戦闘スタイルが嘘のように、四方八方から襲い掛かってくる。
女王スキュラと俺たちの間に厚みを作るように男スキュラが殺到するのも、無意識に女王を守ろうとする男たちの健気な努力か。
「いちばん大きいの、遠いにゃ!」
「あれが頭。頭を落とせば終わる。紫色は単なる壁」
つまり、男スキュラは女王を生かすための捨石なのだ。
「交尾の後に雌に食べられる雄カマキリの生態並みに涙ぐましいな!」
オスどもにちょっと情が移ってしまうではないか。
感傷に浸っている間にも容赦なくタコ足が殴りかかってくる。
これが言葉通りタコ殴りと言うやつか。
違うか。
ニニアンの弓と猫ちゃんの礫攻撃、合間に詠唱される火魔術の効果によって、男スキュラを何とか押し返していた。
それでも突破しようと、かぶさるように愚直に突っ込んでくる。
圧倒的な数に押し切られるか、体力の限りに凌ぎ続けるかの勝負であった。
「連携、は?」
ニニアンが催促するような目を向けてくる。
「わかってるよ!」
向こうが女王を護ろうと必死なように、俺も猫ちゃんという溺愛する娘を護ることに必死なのだ。
ちょっと移った情など、愛する嫁であり娘でもある猫ちゃんを思えば、あっという間に鼻くそのように吹き飛んでしまう。
「猫ちゃん、ニニアン、目を閉じて!」
男スキュラが少し遠ざかった瞬間を狙って、ふたりに叫ぶ。
「にゃ!」
「なんで?」
猫ちゃんはぎゅっと目を瞑った。
しかしニニアンは不服そうだ。
「連携!」
「……わかった」
絶対に言葉通りではないのだが、ニニアンが渋々目を閉じたのを横目で確認すると、先程から溜めていた莫大な魔術を解き放つ。
「“閃光”」
俺を中心に、眩いばかりの“白”が放たれる。
“白”はあっという間に男スキュラを飲み込み、女王スキュラも飲み込んだ。
光が消えると、麻痺して動けない男スキュラたちがいる。
「なに、これ?」
ニニアンがジト目で聞いてくる。
「いま研究中の爆裂魔術」
「なにそれ」
ニニアンは理解できないとばかりにジト目を継続中だ。
詳しい説明なんてする気はないけどね。
雷魔術の応用でいくつか思案中なのだ。
そして目を焼き尽くして悶え苦しむ男スキュラなど、物の数ではない。
「猫ちゃん、正面突破するよ! ついてきて!」
「んにゃ!」
猫ちゃんは元気よく答え、俺が駆け出した瞬間にも遅れずぴったりと付いてくる。
近くの男スキュラを拳で殴る。
直接触れると毒にかかる。
なので拳骨の先端が触れるか触れないかの瞬間に小さな爆発を起こし、男スキュラを一瞬にして砲弾に変えてしまう。
吹っ飛んだ男スキュラは、周囲を巻き込んで果てまで飛んでいく。
砲弾と化したスキュラに触れた他のスキュラは、触れた部分だけ吹っ飛んでしまった。
「にゃにそれにゃにそれ! すごいすごい!」
猫ちゃんが興味津々で尻尾をピンと立てる。
その間にも麻痺したスキュラの下半身を思い切り殴り、砲弾に変えている。
「これはいま研究中の爆裂魔術以下略」
「いかりゃくってにゃにー! にゃにー! にゃはー!」
猫ちゃんがけらけらと笑う。
正面の一体を砲弾に変え、女王へ向けて撃ち放った。
麻痺して動けないはずの男スキュラが何十体も盾になって勢いを殺す。
弾ける男スキュラの壁。
女王の手前で勢いが消えた。
男スキュラの執念に感服だ。
女王は男たちの肉壁で光が届かなかったようで、表情を変えずこちらを憂い顔で見下ろしている。
男スキュラが、またわらわらと両側から押し寄せる壁となって集まってくる。
猫ちゃんと一緒に、まっすぐ伸びた女王までのルートを駆ける。
男スキュラを蹴散らし、女王まであと一歩というところまで近づいた。
「“轟雷”」
手をかざすと、そこから雷撃が迸る。
男スキュラが盾になったが、貫通し、ついに女王に届いた。
バチバチっと爆ぜる雷撃が、女王の腕を焦がした。
女王に変化があった。
下半身の多頭狼が、突然吼え出した。
何か大技が来るのかと身構えたが、違った。
女王スキュラは踝を返して一目散に逃げ始めたのだ。
一瞬、虚を突かれた。
あれ? 攻撃は?
女王に続いて逃げる男スキュラたち。
仕留め損なっては経験値にならない。
スキュラの一体を砲弾に変えて、女王に向けてぶっ放した。
女王が後ろを振り向き様、身体を横に逃がしたので、仕留めることができなかった。
しかし、女王の左腕は跡形もなく吹き飛んだ。
男の肉壁は厚みを増し、もうスキュラ砲弾は届かないだろう。
結局、ボススキュラのタマをトるまでには至らなかった。
「逃げた」
「逃げたにゃ」
「逃げるか普通……」
種の存続の危機だったのだろうか。
女王を潰したらスキュラは衰退の一途を辿るだけだったりして。
何はともあれ二階層への道は開いた。
「……まあいいや、階段を降りよう」
「ういにゃー」
「わかった」
スキュラを討滅するよりも疲れた気がするが、まあいい。
エリアボスを退けたのに宝箱もなく、レベルアップもないことに若干の拍子抜けはしたが、これがこの世界の迷宮なのだろう。
階段を下りる前に振り返って軍隊の位置を探ってみた。
ちょうどスキュラが逃げた方角に軍隊の気配があった。
全滅するかな?
そう思いながらも、別にどうでもいいやと思っている俺がいる。
ジェラード・ジオは頭を抱えていた。
今日まで手塩にかけた軍隊の錬度の高さを誇ってやってきたが、いまその誇りが揺らぎつつある。
兵士千名、魔術師二百名を連れて迷宮へやってきたが、迷宮の入り口に辿り着くまでに三百の死者、四百の怪我人を出している。
それでも誰も到達できなかった迷宮の入り口を押さえたことは快挙だろう。
治癒術師は三人いて、怪我人はいずれ復帰するが、彼らの魔力にも限りがある。
「撤退か……」
「撤退は考えられませんわ。まだ迷宮の魔物を見ていませんから」
独り言を横で目敏く聞いていたヴィルタリア・クラウス嬢が、眼鏡をくいっと上げて居丈高に言う。
ジオ将軍は張りつめた弓を思わせる彼女の顔を見つめ、ふうとため息を吐いた。
「動かせる手勢は魔術師隊も合わせて約五百。これで迷宮攻略を果たせると本気でお考えか?」
「もちろんですわ。比較的新しく生まれた迷宮だと窺っています。そういった迷宮は階層が浅いのではないですか? ならばこの数でも攻略は可能でしょう」
どの口が根拠もなしに言うのだろうか。
彼だって撤退は最終手段だと思っていたし、進軍を鈍らせるつもりもなかった。
しかし迷宮入り口前に辿り着くのに、三百の犠牲は大きすぎる。
ジオ将軍の考えでは、まず迷宮の入り口に拠点を作る。
そこに百名の常駐兵を置き、迷宮攻略は三百名ほどの部隊を三隊、ローテーションを組んで行う手筈になっていた。
犠牲もある程度頭に入れて、想定はできていたのだ。
撤退と言ったのは、迷宮攻略部隊が全滅したときに、常駐兵のみで王都まで辿り着けるかどうかを思い描いてのつぶやきだった。
ここまで至るまでに大規模な魔物の群れを潰してきたので、帰りは少しでも楽になるだろう。
自分はここで果てても、この高官の娘だけは王都に送れるはずだ。
ただ、迷宮内では何が起こるかわからない。
それが一抹の心配として胸に巣食っていた。
これまで通った道で阻んできた魔物より、これから戦うことになる未知なる魔物の方がずっと強いはずなのだ。
「撤退と言ったのはあくまでそれも視野に入れてのこと。迷宮攻略は行いますので落ち着かれますように」
「なら、いいのですわ」
つんと澄まして、クラウス嬢は背を向けて行ってしまった。
半日ほどの進軍で、ようやく雪に埋もれた森の中に迷宮の入り口を見つけていた。
迷宮は口を広げ、どこまでも不穏な空気が奥から流れ出していた。
まず、四百ほどの偵察部隊を送り込んだ。
入り口の階段を下ったところで魔物との大規模な戦闘があり、その攻略がいきなり滞ってしまっている。
迷宮内の魔物は外から来る餌食となるものを入り口で待ち構えていることが多く、この新しくできた迷宮も例に漏れなかった。
「将軍! 迷宮の奥からものすごい数の魔物が飛び出してきます!」
「回避を優先しろ! 迷宮の外で迎え撃つ! 防御陣形!」
ジオ将軍はすぐさま命令を飛ばす。
迷宮の入り口付近で虫系魔物の群れと交戦中だった兵士を地上まで呼び戻し、五百すべてで迎え撃つ態勢を取った。
迷宮の入り口を睨んで、じっと待つ。
しばらくすると、地響きのようなものが聞こえてきた。
そして、タコ足の魔物が間断なく飛び出してくる。
スキュラだ。
ジオ将軍は戦った経験があるので、その数の多さに身を固くした。
「スキュラじゃないの! なんでこんなところに! 捕獲! 捕獲して!」
「おい、誰かクラウス嬢を押さえつけておけ! 転んで怪我をされてもつまらん」
「ちょっと! こんな絶好の機会を逃すの? 馬鹿なの? 死ぬの? ちょっとぉ!」
兵士に引きずられ、クラウス嬢は天幕へと引っ込んだ。
「やれやれ、緊張感がなくなるわい」
スキュラは、たった一体でもかなり手こずる魔物だ。
それが三十体、いや、五十、八十と迷宮から湧き出てきている。
兵士たちは槍を構えた。
槍衾の構えは応戦というより、スキュラが近づかないよう警告の意味しか持っていない。
もしスキュラが突っ込んでくれば、陣形も何もかも滅茶苦茶にされる。
これは相当の犠牲を覚悟しなければならない。
ジオ将軍は血の気が引くのを感じていた。
しかしタコ足の魔物は、兵士たちと交戦することなく横をすり抜け森へと一目散に逃げていく。
ジオ将軍は不思議に思っていた。
なぜこちらに向かってこないのか。
迷宮の入り口から、一際密集したスキュラの一団が現れた。
中央に女王スキュラがいる。
周りと比べて動きが鈍いようだ。
遠くから見た感じ、どこかを負傷している。
「あの中央の大きな魔物、片腕がないようです。それを護るように逃げているといった様子でしょうか」
副官の言う通りかもしれない。
魔術師隊が詠唱を始めていた。
狩りどきだと思っているのかもしれないが、逆だ。
見逃してもらえるならそちらを取るべきだ。
いま手負いのスキュラを挑発して死に物狂いで襲ってこられたら、全滅すら考えられる。
「魔術師隊に待機だと伝えろ! スキュラに皆殺しにされたくなければ大人しくしていろ!」
ピラミッド型の生態構造を持つ魔物は、頂点の女王を殺されると途端に弱体化すると聞く。
迷宮内で何かしらと交戦して怪我をしたために、女王スキュラは迷宮から逃げ出したのだろう。
逆に、頂点の女王を護るためならその他のスキュラは死を厭わず突っ込んでくる。
百体近いスキュラの群れ。
その中の女王に手傷を負わせる相手とはいったい何なのだろうか。
ジオ将軍は背中にうすら寒いものを感じた。
魔術師隊は大人しくしているが、その中にいる赤毛の女はさぞ不満顔だろう。
鬱憤を発散したくば、迷宮内で思う存分やればいい。
どうせ余裕などありはしないのだから。
それにしても、スキュラがなぜ迷宮から逃げ出したかだ。
迷宮内では、魔物同士の戦闘も起きるだろう。
ということは、迷宮内にスキュラの群れを追い出すほどの魔物が息づいているのか?
「何事もなかったようですね。どうやらついているようです」
副官が冷や汗を拭いながら言った。
本当に運が良かったかは、迷宮に入ってみればおのずとわかる。
鬼が出るか、蛇が出るかだ。
「念のため二百を拠点防衛に割く。迷宮偵察は三百で行う。回復した兵士が百人集まったら、順次後続として迷宮に送れ」
「はっ!」
迷宮内で全滅も考えられるが、迷宮の攻略途中に地上の拠点が全滅することも珍しくはない。
周辺地域の制圧も兼ねて、兵を割いておこうと決めた。
「クラウス嬢は拠点でお待ちを。私が直接の迷宮攻略の指揮を執りますゆえ」
「いいえ、私も付いていきますわ、将軍。査察官としての役目は、迷宮の中を調べることも含まれますので」
「……了解しました、クラウス嬢」
彼女はジオ将軍の傍にいれば死ぬことはないと根拠もなく思っているのだろう。
そして思う存分、迷宮の魔物を観察できると内心で喜んでいるわけだ。
だが残念なことに、自分を含む部隊の全滅も想定の中に入っている。
自分が死ぬときはせめて、この箱入り娘が無事迷宮から脱出できるよう時間稼ぎになろう。
どこまでいっても、ジオ将軍には損な役回りしか回ってこないのだった。
迷宮一階層につき一話にするつもりが、
ボリュームがおかしくなったのでやめました。
いつの間にか100話超えてました。
ありがとうございます。
総合評価も1000ptを超えて嬉しいことばかりです。
他の作品と比べるとなんだたったの1000ptかとも思いますが、
まったくの無名から始めた身としては、
興味を持っていただいた読者皆様のおかげだなと感動に打ち震えております。
更新頑張ろうと思いました。




