第1話 転生者は双子の兄
※全話加筆修正を行いました。
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気が付くと俺は甘く深いまどろみの中にいた。
心地のいい夢を見ているような気分だ。
夢の中では俺は英雄だった。
国を治め、自然と人々の賞賛が集まり、そばには俺が愛し、俺を愛してくれる妻たちがいた。
現実の面倒臭いものは排除して、俺はただ無双状態で高笑いしていた。
それが俺の望みなのだろう。
厨二を引きずっているとか、アホじゃないかという斜に構えたような気持ちは湧かず、不思議と英雄になった自分の姿を受け入れられた。
あるいは将来の姿を予知夢として見ているのか。
それはとても夢物語で、とても馬鹿げていた。
俺はいい大人になったが、先日バイトをクビになり、無気力で怠惰な貯金を食いつぶすだけの独り身生活を送っているのだから。
だからそう、この夢から覚めたら、またいつもの自分の部屋だ。
六畳のじっとりと湿った畳の上に、布団も敷かず丸まって眠る俺がいるはずだ。
夏はうだるような暑さで目が覚め、冬は歯の根が合わないほど凍死寸前で目覚める、そんな日々がある、はずだ……。
だが、なにかおかしい気がした。
目が覚めたのに、一向に夢の感覚が消えないのだ。
耳が遠く、目もおぼろ気にしか見えなかった。
体を動かそうにも、起き上がる力さえない。
ついに起き上がる体力も失くしたか。
起き抜けに一発のボディブローとばかりに襲い来る黴臭い布団の臭いもわからなくなっている。
でもまあ。
別にどこも苦しくないし、このまま死ぬならそれはそれでいいかもしれない。
割と気分がいいからあっさり受け入れられそうだ。
そうだな。
どうせ死ぬなら新しく生まれ直して、前よりマシな生き方がしたい。
日本社会じゃ英雄になれるかわからないが、生まれて大人になるまでひとつのことに打ち込んでいれば展望はある……はず、と思いたい。
そこにも才能やら個人差やらが絡んできて、挫折を味わうかもしれないが、やらない後悔はもう十分してきた。
やって後悔することを選ぼうと思う。
たとえばクラスの中。
正しいと思えることを、たったひとりでも発言するとか。
……いや、まあ、それは頼れる仲間ができてからにしよう。
でも俺は、英雄に憧れている。
最初はひとりかもしれないが、俺発信でひとり動かし、ふたり三人、そして最後はクラスごと動かしてしまうような、そんな力が欲しい。
できれば幼馴染の少女を作っておきたい。
可愛がってくれる先輩女子や、愛くるしい後輩女子、普段は素っ気ないがふたりきりになるとよく喋るようになるツンデレ美少女のクラスメイト。
まさに学園ハーレム。
夢見過ぎと思われるかもしれないが、夢は寝て見るものだ、問題ない。
そんなとき急に世界が明るくなった。
体がふわりと持ち上がった。
俺は驚いて目を見開いた。
見開いたと思ったが、視界がぼやけている。
おぼろげな景色だが、赤髪で豊かな巻き毛の女性と目が合った……ような気がした。
急に目が悪くなったような気がする。
俺は視力だけは良いほうだったのに。
「……っ……!」
小さな口が動き、何かを話しかけてくるが要領を得ない。
え? なんだって?
水の中で声を聴いているような感覚だ。
わずかに拾える言葉も、何かの外国語の様に聞こえてくる。
どう好意的に見てもその女性は日本人には見えない。
外国人だ。
顔が近くに寄せられてようやく見える。
わお。
めっちゃ美人だった。
豊かな胸に抱き上げられ、何かを話しかけられる。
と言うか俺、女性に抱き上げられるほど軽くないだろう。
どういう力をしてるんだ?
あれか、巨人族か。
俺の体重は……最近計ってなかったが、七〇キロはあるはずだ。
あまりまともな食料を口にしていないのでいくらか痩せたが背丈だけはあって、高校時代からほとんど変わっていないと思う。
「…………アルシエル……アリィ……」
聞き取れた言葉で、アルシエルか、アリィという単語が多かった。
なんとなく、俺に向けて名前を呼び掛けているらしい。
俺の名前は阿部聡介だ。
聡い男子、なんて名前だが、それも名前負けしている。
馬鹿校に通い、ろくに就職もできなかったクソニートが本当の俺の姿だ。
そんな俺の生い立ちなど知らない赤毛の女は零れ落ちるような笑みを浮かべている。
額にキスされる。
俺は無条件で愛されているのを感じた。
もうこの人になら童貞を捧げてもいい。
俺の心はあっさりと彼女に奪われた。
あるいはそれは母親の愛情にも似ていた。
ふと、両親を思い出す。
もう何年も実家の親とは音信不通だ。
自分のいま住んでいる場所も教えていなければ、携帯の番号すら登録していない。
そんな俺の考えをよそに、頭を優しく撫でられる。
「……アルシエル……」
ここまできて、俺が今どのような姿が想像できないはずがなかった。
俺は自分の手を見た。
なぜか赤ん坊の手になっていた。
夢にしてはリアルすぎる。
だんだんとはっきりしてきた甘い香りに、思考がとろけそうだ。
赤毛の女性は胸元がざっくりと開いたドレスを着ているためか、ぽよんぽよんのおっぱいによって右頬が幸せなのだが、鼓動やぬくもりもしっかりと感じる。
もしやこれは、夢にまで見た生まれ変わりか?
丸っこい指に、小さく柔らかそうな爪が申し訳程度についていた。
これが俺の手かー。
グーパーグーパー。
赤ちゃんの手を動かしていると、赤毛の女性が笑い声をあげた。
どうやら俺の仕草を見て笑っているらしい。
どこかの知らない外国人の赤ん坊として生を受け、母の慈愛を一身に受けている。
なんなのだ。
なんだと言うのだ。
俺の体はいったいどうしたというのだ。
三十路前の男の姿からは程遠いぞ。
そういえばいつ死んだんだ?
……ダメだ、思い出せない。
赤毛の母親が俺をベッドに下ろした。
手放されるときに少し寂しいと感じてしまった。
前世の俺はもしかしたら相当愛情に飢えていたのかもしれない。
ベッドに降ろされて柔らかい毛布に包まれる。
頭を撫でられ、俺はくすぐったさを感じた。
心地がいいと思っていると、隣から不意に泣き喚く声が聞こえた。
赤毛の女性はそちらの方に手を伸ばした。
俺も動かない首で泣き声がした方を頑張って向いてみる。
首が動かしにくいのはまだ首が据わっていない所為か。
赤ん坊が泣いていた。
赤毛の母親に抱き上げられて、優しく宥められている。
柔らかそうなふわふわした赤毛が、頭の上に申し訳程度に生えた赤ん坊だった。
ぼやけた視界でもなんとなくわかる。
くしゃっとした顔。
生まれたばかりだろうか。
猿みたいだが、可愛いじゃないか。
赤毛の母親は同じ赤毛の赤ん坊を腕の中であやし、笑いかけている。
愛情を注いでいるのだと思った。
俺もさっき同じようなことをされたからわかる。
別に羨ましくなんかないぞ。
こうしてみると聖母と無垢な赤ん坊に見えてくるから不思議だ。
俺は生前、子供を愛してやまなかったと自負している。
ランドセルを背負う子供たちを遠くからこっそり見守ってるというのに、警官に不審な目で職務質問をされたこともあったが、おおむね子ども好きだと胸を張って言えるだろう。
「……リエラシカ……リエラ……」
赤毛の女性は赤ん坊の名前を呼んでいる。
ああそうか。
聡い俺はすぐに気づいた。
誰がどう見ても赤毛のふたりは親子だ。
そしてどうやら、俺も赤毛の母親の子どもらしい。
ということはだ。
俺とあの赤ん坊は双子のようだ。
小さな手で頭を触ってみた。
きっとあの赤毛の赤ん坊を撫でたらこんな感触だろうな、と思える指触りのいい柔らかな髪の毛があった。
どうやら双子の片割れとして生を受けたらしい。
最終編集:2017/5/21




