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09 宣戦布告とストーカー


 ちょっと……ちょっとね。私の許容範囲をオーバーしちゃうよ。


 教師と肉体関係を持ち、顔の良い男を侍らす妹。それだけだったら別に構やしない、私に直接的な害は及ばないのだから。私が眉を顰めたいのは、自分の発言の影響力を知ったうえで平気で嘘をつくその狡猾さにある。

 私は私の身がいちばん可愛いのだ。向けられた刃を黙って受け入れるほど、自分を捨ててはいない。

 私の中で、メラメラと怒りが燃え上がるのが分かった。


 妹が可愛いのはそりゃ認めますとも。でもだからと言って、何でも許されるってそういうわけにはいかないでしょうが。可愛いが正義? いや違う、真実こそ正義だ! 贔屓、反対。ちょー反対!!


 愛だの恋だのどうぞご勝手に、しかし加減と言うものを覚えてほしい。妹の強かさも見抜けないとんだ与太郎どもめ。

 成人した立派な大人まで恋にうつつを抜かしやがって……。職務怠慢だろ、これ。


「バッカじゃなかろうか」


 ケッ、とツバを吐き出したい気分だ。床が汚れるからそんなことしないけど。

 怒りを露わにした私の声は思いのほか低く、穂崎先生の眉がわずかに寄せられる。


「お前、教師になんて口の利き方を……」


「どの口が教師を語りますか? 教師なら教師らしく、一視同仁の心で生徒と接したらどうです? 妹を贔屓目で見て平等性を損なうあなたは、もはや教師の風上にも置けません。あなたを払う敬意などそこらのドブに捨ててしまった方がいくらかマシというもの。

 私はあなたを、先生とは認めたくないです。絶対に」


「………!?」


 怒りか、驚きか、困惑か。

 大きく見開かれる瞳を私はしっかりねめつけた。


「懲罰でしたっけ? 私がやったという確固たる証拠が出てきたなら、停学でも退学でも処分は如何様にもどうぞ。ああそれと、妹の取り巻きたちによろしくお伝えください。お前らどこの乙女ゲームから飛び出てきたんだよ、と」


 にっこり笑って、けんもほろろに保健室を後にする。あれ以上あの場にいたら(私が)何しでかすか分からない。

 ふんだ、宣戦布告してやったよ! ちょいと喉に突っ掛かった魚の小骨が取れたような思いだよ!


 ともあれさっそく――――



「………」


「………」


「………せ、先生。いつからそこに?」


 扉の前でこれからのことを考えて笑っていたところ(もともと私は好戦的なので紛うことなく悪役の笑みを浮かべていただろう)、何か物言いたげな視線に気づく。

 そこには担任が立っていた。残念な子でも見るかのような微妙な表情付きで。

 な、何故だ!?


「……今の、聞いてました?」


 どうして保健室に舞い戻って来たのか知らないが、とにかく重要なのはそこだ。

 もしさっきの会話が聞こえていたとして、担任は私のことをどう思ったのだろう。こりゃまた説教かな。やめてくれよ、私の精神HPは既にデッドラインを大幅に下回っている。


「はぁ」


 聞こえてきたのは重たい溜息。やはり説教コース行きは免れないのか……!


「はぁ……」


 と、思えば、担任は片手を額に添えて、頼りない背中を見せながらトボトボ立ち去ってゆく。

 えっ。何も言わないのか? それはそれでラッキーだけど……。うん、教師としてはアウトだろ。私これからサボリに向かっちゃうよ? 止めなくていいの? 向かっちゃうからねー!?






 キーーンコーーン、カーーンコーーン。


 昼休みが終わったのだろう、優美な校舎に響く電子チャイムは心なしか荘厳な鐘の音に聞こえる。


「おーい、猫ちゃんー?」


 私は裏庭にいた。

 休めると思っていた保健室も敵の陣営だったし、悲しきかな校内でここだけがただ一つの私がいても許される居場所なのだ。


 草木の隙間など隅々まで探すも命の恩人である猫ちゃんは不在らしく、姿が見当たらない。非常に残念である。飼い主のもとにでもいるのだろうか。


 その代わり、見覚えのある女子生徒が現れたけど。


「ふふ、放課後にって言ったのに、奇遇ね」


 ついさっき廊下ですれ違った、「私ならあなたの助けになれる」的な意味深な発言を残していった彼女だ。


「いや……」


 奇遇ね、じゃないだろ。なんでここに?

 というか授業はどうしたんだ、あんさんや。


「ああ、あたしは明石芽衣子。気軽に“めーちゃん”って呼んでくれればいいから。あなたのことは“あーちゃん”って呼ぶわね」


「あ、あーちゃん?」


「ね、可愛いでしょ?」


 安曇の「あ」から「あーちゃん」なのか……。なんだその、幼稚園児につけるようなあだ名の付け方は。別にいいんだけどね。


「えーっと、明石さん。授業はどうしたんだ?」


「めーちゃん」


「……」


「めーちゃん!」


「…………めーちゃん」


 うわぁ。面倒臭いな、こいつ。


「聞いて驚くがいいわ! あーちゃんが来るんじゃないのかってね、あたしのセンサーがビンビンに反応するものだから、放課後を待たずにここに来てみたのよ! すると、見事にビンゴでしょ? あたしってホント才能あるのかもしれない」


「………授業は」


「あーちゃんと同じよ。サボったわ」


 そんな当たるかも分からない第六感を頼りに授業をバックレたのか。お主、なかなかやりよるな。平然とサボっている私が言えたことじゃないが。


 明石芽衣子はそれより、と話題の舵を取る。


「あたし、あーちゃんのことずっと見てたの! ここ半年ほど、ずぅっとよ! いつか話しかけられたら、って思ってたんだけど、勇気を出して良かった。今こうして友達になれたことが夢みたいだもの!!」


「おい」


 いつから私とあんたは友達になったんだ。


 だけど、そうか。彼女と私は記憶を失う前からの付き合いじゃないのか。半年ほど前から彼女が一方的に私を見ていただけで………ん? 一方的にずっと見ていた?

 ちょっと待て。それってどういうことなんだ。なんだかあらぬ行動に聞こえてくる。


「そう、ずっと……。妹ちゃんのことで周囲にいびられ続けようが、一人変わらず毅然とした態度のあーちゃんには本当に惚れ惚れしたわ。あの頃の私に振り絞れるだけの勇気があったなら、あーちゃんを不遜な女王様と崇め奉るのに。けど駄目だったのよ、あの頃は! だからいつもあーちゃんを見掛けては柱の影に隠れて、その姿をたんの……ごほん、見守る日々に徹していたの。流石に盗撮とかはしてないから安心してね! あーちゃんの記録はあたしの脳内メモリーにしっかりと刻み込まれているから。うふふっ。あ、思い出してヨダレが」


「………」


 背筋に寒気が走ったのは、脳が本能で危機を察知したからだと思う。


 どうしようこの子、関わっちゃいけない人種の方だ。






▽安曇は変質者に出会った!

500のダメージ!

▽しかしスキル“タフネス”発動でなんとか持ちこたえた。

安曇の精神HP ■□□□□□

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