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08 きたる舌戦


「では穂崎先生、安曇のことくれぐれも、くれぐれもよろしくお願いします」


「おー、任せとけー」


 やるべきことは終えたとばかりにさっさと保健室を出て行こうとする担任をジト目で睨む。

 あの野郎、「くれぐれも」を二回も言ってきやがった。


 結論から言えば、保健室に私が懸念していた彼らはいなかった。用心に越したことはないと室内をくまなく視線で探したが、養護教諭以外に誰かが居る気配はなくとりあえず一安心である。

 だがそこで、これまで失念していた第二の問題が浮上した。問題というほどでもない話なんだけど……色香たっぷりのイケメン養護教諭穂崎先生、今朝ここで生徒とあっはーんな事していたんだよねぇ、そういえば。向こうは私がそんなことを知っているとは思いもしないだろうから至って普通の態度。しかし私はどうすればいいんだよ。微妙に気まずいよ!


「安曇ー、一応ここに氏名とその他諸々書いといてくれ。利用者名簿だ」


 最悪だぁ。担任がいなくなって、気まずい相手と二人きり。前世の記憶を思い出してから、本当に不運続きだわ……。


「あー、はい。分かりました」


 バインダーごと渡された用紙に名前と来室理由を(適当に)書く。クラスを記入する際は頑張って今朝の記憶を手繰り寄せたが、間違えてたらどうしよう。ちょっとドキドキだ。


「……安曇。お前、何かあったか?」


 記載を終えてさぁ本命のベッドだと浮かれていると、いきなり穂崎先生が核心に触れてきた。

 な、何かって……?

 もしや記憶喪失なのがバレたのだろうか。私は冷や汗を掻く。


「今日はやけにしおらしいじゃねーか。お前らしくないな、まだ“体調不良”が続いてんのか。いつもの高圧的な態度はどこに行った?」


 心なしか、「体調不良」の単語だけ強調されたような。

 いつもの高圧的な態度って……今世の私はTHAお嬢様タイプだったのか? 嘘だろ、この顔で? 似合わなさすぎる。


 答えに窮した私は、曖昧に笑って誤魔化すことにした。覚えていないものは仕方がない。


「は、はは……」


「まあ、分からないでもないな。流石のお前でも良心の呵責くらいあるんだろ」


「は……え?」


「さて安曇。俺はあまり公私混同をしたくないんだが……」


 ギィ、と音が聞こえた。穂崎先生が椅子から立ち上がったからだ。

 けれど何をするわけでもなく、冷めた目でこちらを見下ろすだけ。


「調子に乗るなよ、ガキ」


 そこに静かな怒りを携えて。


「……っ」


 何。なんなんだ、これ。


「お前のことは嫌いじゃなかったが、流石にやり過ぎだな。志穂のことも然り、時枝と佐野についても。片や一方は不登校……俺も家まで様子を伺いに行ったが、門前払いを食らったよ。いやまさか、お前があんな事をしていたなんてな」


 人は見掛けによらねーな、そう肩を竦める穂崎先生。


 あんな事って何だ?

 私が何をしたというんだ?


 不登校、って……。


「可哀想になぁ、佐野。お前が嫌で嫌で仕方がなくて、学校に来なくなったんだろ? おまけに仲の良かった真宮たちとも会おうとしないらしい。

 ……楽しかったかよ。卑怯な手使って、人を無理強いするのは。お前のせいであいつも時枝も散々だ」


 佐野と時枝。

 それが誰を指すのかは分からないが、私にとってはその名がとても重く感じられた。

 記憶を思い出したわけじゃないのに、胸に重たい鉛が沈んでゆく。


「三日休んで幾分頭も冷えた頃かと思ったが、そうでもないらしい。懲りずに志穂に暴行を加えたんだってな? 手当する時、驚いたぞ。あんなに赤く腫れて……余程の力でないとああはならない」


「あれは……、穂崎先生の言わんとしていることは重々に承知してます。私だって流石に暴力はどうかと思いますよ。でも、だからと言ってどうして私が犯人の汚名を被らなきゃいけないんですか。私が彼女を叩いたという証拠は?」


「……目撃者がいねーからな、本人の主張のみだ」


「それって信用性に欠けますよね? 彼女が偽証していないとも限りませんし」


「志穂が嘘をついていると? それこそ証拠もないだろ。第一に志穂はお前が謝ってきてくれるなら大事にはしないと言ってんだぞ。本来なら即刻懲罰モンのところを……。お前はもっと志穂の寛大な措置に感謝するべきだ」


「……問題なのは、先生方が異様に彼女に肩入れしている一点のみに尽きると思いますが」


 つかこいつも妹信者かよコンチクショウ!

 口を開けばみんなお前が悪い。私から言わせれば、“お前が悪いから”を大義名分にしているようにしか思えんがな!

 そもそも誰も彼も何故妹の言葉ばかり鵜呑みにする? いや、これまでの私が信頼に値しない人間だったのか。ここまで話を聞いて貰えないほど愚劣を極めた私って、一体……。


「安曇。いい加減に自分の醜行を認めたらどうだ。今ならあいつらに許してもらえるよう俺も口添えしてやる」


 穂崎先生が諭すような優しさを含めた声色で言った。


 はは……。

 許してもらうだって?

 私が? 誰に!


 お門違いな言葉を頂いたことにより、いよいよハラワタが煮え繰り返りそうだ。


「―――決めつけるんですか、先生。私が彼女を傷つけたと」


 正直、記憶が吹っ飛ぶ前の私が何をしでかしたかなんて知ったこっちゃないわ。

 だって同じ魂持った人間でしょ? 自分のことは自分が一番知っている。私は害さえ及ばなければ他人なんてアウト・オブ・眼中という結構な・・・性格なのだ。

 それに根回しが得意なタイプで、間違っても大衆に自分の愚行を晒したりしない。暗殺稼業が天職のようなセコセコした人間なのである。誇れないけど、これだけは胸を張って言えるね。


 つまり!

 私は今世の私(の立ち回り力)を信じ、(冗談でも悪い事は一切していないと断言できないのがまた悲しいが)二重人格っぽい妹と依怙贔屓組の男どもには絶対に謝ってやるものか!


 またの名を、開き直りとも言う。


「あのな、安曇……」


「口添えの件は断固拒否します。私は自分が彼らの寛恕を請うべきことをしたとは思ってません」


「お前……っ!」


 もうヤダこいつ。手を出さないあたりぼんやりくんたちよりはマシなんだろうけど、そこは公務員の肩書き持ってんだから弁えて当然だよね。てか、一人の生徒に傾倒してる時点で免許剥奪しちゃっていいような気がする。だってここに現在進行形で蔑ろにされてる可哀想な生徒わたしが……!


「お前は自分で自分の首を締めているのがまだ分からないのか! 安曇、お前はさっき“私が彼女を叩いたという証拠は”と言ったな。何故、志穂が殴られたのではなく叩かれたのだと知っている? それこそ紛れもない証拠だろう!」


「……現場を一部目撃していただけです」


「ならば真犯人をお前は知っているんだな? どこの誰だ、言ってみろ。名前が分からないなら見た目の特徴をいくつか挙げるだけでいい。俺が探してきてやる、もちろん言えるものならな」


「……」


「ほら、どうした? 言葉に詰まるか? 探されるのは困るんだよな、だって他に犯人がいるなんて土壇場ででっち上げた嘘なんだもんな。何とか言ってみろよ、安曇」


 ………妹の声を、どこかで聞いたことがあるなと思っていたが、今ようやく合点がいった。


 保健室で喘いでた声。

 目の前の男と戯れていたのは―――彼女だ。








▽安曇は特殊技“思い出す”を使った!

安曇は思い出した。

安曇の精神HP ■□□□□□


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