06 話がおかしい
「は? 何言ってるの? もしかして、姉妹の縁は切ったとでも仰りたいのかしら。やだ傑作だわ!」
いやぁ、精神的には赤の他人なんだけどねー。
女子生徒たちが再び笑い出すので、私もハハハと笑っておいた。すると「何故笑うの!」と怒られたため大人しく口を閉ざす。どうやら今し方の言葉には皮肉が込められていたらしい。至らぬもので、意図をまったく読み取れなかった。
「安曇さん……私たち生憎と取り込み中なの。邪魔はしないでくれる? でなきゃあなたもこの女と同じ痛い目見ることになるわよ」
ギロリとこちらを睨んで威嚇する女子生徒。赤髪男ほどではないけれど、それでも十分怖い。うん、顔がね。
「……私がここから立ち去ったとして、きみたちはこの子に何をするわけ? 暴力を振るうのか?」
「よく分かってるじゃない。身の程を弁えさせるのよ」
「それは感心できないな」
「あらどうして? あなたも私たちの気持ちは痛いほど分かるんじゃなくって? 好きな人が女狐に付き纏われてるのよ、これ程不愉快なことはないわ」
分かってたまるか。
彼女たちの好きな人とはおそらく顔面偏差値だけが異様に高いあの四人のことを指しているのだろうが、私が彼らを好きだなんてとんでもない。彼女のハーレム要員になろうと私には痛くも痒くもないし。
「なら、本人に直談判してみてはどうだ? 影で寄って集って一人の女の子を虐めるというのも、あまり褒められたものじゃないし。それに惚れた晴れたの世界に誰かが悪いなんてないと思うけど」
「うるさいわね! とっくにそんなことくらいしてるわよ! けど真宮様たちが聞く耳を持ってくださらないんだもの、仕方ないじゃない!」
詰まる所、真宮様たちとやらに訴えを取り払われたから彼女に非難が集中したと。そういうことでいいのか?
しっかりしてくれよ、真宮様たち。今のような事態は想定できなかったのかな。聞く耳くらい持ってやって逆に自分がどれだけ彼女を愛しているか説き伏せてやれば良かったのに。
はぁ。
一呼吸置いて、私は答える。
「ああ、分かった」
「! ようやく理解してくれたのね。じゃあ、さっさとご退場願えるかしら」
「……いや、」
そうじゃない。
女子生徒の言葉に頭を振り、
「私が分かったと言ったのはきみたちがどれだけ真宮様たちの身を案じているかということだ。きみたちにこんなにも慕われて、彼らはさぞ幸せだろうね。
だからこそ、陰湿な虐めは黙認できない。人を叩いたり殴ったりするだけで自分の手も傷付くのだから、そんなものはせっかく綺麗なきみたちには似合わないと思うんだ。
それにもしこのことを真宮様たちが知ったらどうなると思う? きみたちに失望するだけじゃない、ひいてはきみたちを同じ目に遭わせようと画策するかもしれない。ここで手を引いてくれるなら私もこの子も彼らに告げ口したりしないけど、どうだろう?」
息継ぎなしで捲くし立てたけど、言いたいことは「やるならもっと上手くやれ、ここは見逃してやるよオラ」ってだけ。
最低だって? バッチコイ! 助けに入っただけまだマシだ。
「……ッ、あんたも人のことが言えないクセに……覚えておきなさい!」
真宮様たちに告げ口という脅し文句が効果覿面だったのか、悔しそうに顔を歪めながらお決まりの台詞を吐き捨てて退散してゆく女子生徒たち。
もしかしなくとも私はいらぬ恨みを買ってしまったんじゃないだろうか。本物のヒーローが助けにくるのを大人しく待っていれば良かったかな。うーん、後が怖い。
「ねえ、大丈夫?」
俯いたままいつまで立っても動こうとしない彼女に痺れを切らし、私は声を掛けてみた。
「………」
反応は、ない。
ふーん、この子が私の妹ね~。
はっきり言って、似てないよな。赤子を取り違えたんじゃないかってくらい面影も何もない。私はホラ地味な顔立ちだけど、正反対に彼女は人の目を自然と惹くような可愛らしい容姿をしている。男どもに好まれる理由はこの気弱な佇まいに庇護欲をそそられるからだろうか。
しげしげと我が妹ちゃんを眺めていれば、ふと、彼女の口から漏れるはずのないそれが聞こえた。
「――――チッ!」
舌打ち、だ。
え。嘘でしょ舌打ちしちゃったよこの子。おいおい私にか?
何かの聞き間違いかと目と耳を擦って彼女に再度視線をやったが、こちらを向いた彼女は獰猛な目つきで私を睨んでいた。
妹にひどく怯えられるのも何だけど、こんな風に疎ましがられるのも嫌だよね。理由が分からないから、特に。
「肝心なところで邪魔してくれて……あんた本当ウザい!!」
私は助けに入ったつもりなのだが、彼女にとっては余計なお世話だったようだ。
どうしよう。大きすぎる態度のビフォーアフターについていけない。これが彼女の本性というやつだろうか。
「志穂、大丈夫かっ!?」
「志穂っ!!」
と、そこでようやく本物のヒーローたちの登場。
自称俺様男とぼんやりくんの二人だ。
あとの二人はどうしたのだろう。
「透くん文哉くん! た、助けて……! お姉ちゃんが……っ」
それにしても彼女の声、どこかで聞いたことがあるような……とか思案に更けていると、その彼女から思いもよらぬ発言が。
「テメ……志穂に何した!?」
「私をここに連れ込んで、急に暴力を振るってきたの! 怖かった……!」
「暴力!? クソ、またか! あれだけ言ったのに懲りねぇ女だな!」
いや待て俺様男。そして妹よ。
私がいつきみに暴力を振るったんだ? え?
そして“また”って何!
「違う、私は―――」
何もしてない。
そう弁明しようとして、出来なかった。
何故ならあのぼんやりくんが私に殴りかかってきたからだ。