05 味方は猫ちゃん
「か、可愛いぃぃぃっ!! やばい何この子、ちょー可愛いんですけど!」
はい、こちら屋上から逃亡してきた安曇ナントカです。テンションが異常に高いですが、気にしないでください。ちょっと運命の出会いを果たしてしまっただけですから。
「あーもうお持ち帰りしたいっ! ほらほらぁ、安曇ですよぉ。遊んであげるからこっちにおいで~」
普段出さないような甘ったれた声で、目の前の可愛い生き物を手招きする。初めこそこちらを警戒していたのだが、可愛い可愛いと何度も褒め称えるとその言葉の意味が通じたのか、ゆっくりと歩み寄ってきてくれた。これなら抱き締められる! と思って両手を突き出せば、「ニャー」なんて愛くるしい鳴き声を披露し頬を擦り寄せてくる。
あわわわ。やばい、幸せかも。今朝からロクなことがなかったせいか、この子が天使に見える。私の唯一の癒やしや。
「猫ちゃん。きみだけは私を嫌がらないんだね……」
昼飯を求めて食堂に行ったら給仕の人含むほとんどの人たちから白い目で見られたことを思い出し、自分から寄ってきてくれるこの猫ちゃんに心ともなく涙ぐんじまったよ、くそぅ。ああ、私の味方はこの子だけ……。
人気のない場所を探し求めてやって来た広すぎる裏庭の一角で、まさかこんなに素晴らしい邂逅を果たせるとは夢にも思わなかった。屋上を追い出してくれた赤髪男たちに感謝せねばなるまい。
何を隠そう、私は無類の猫好きなのだ。どんなに大きかろうがブサイクだろうが猫と名の付く生き物はすべて愛せる自信がある。
もともと野生の豹が好きで堪らなくて、テレビでサバンナ特集なんかがやっているとすぐ夢中になる私に、両親がならばと用意してくれたのが二匹の子猫だった。アメリカンショートヘアとコラット。どうせならベンガルが良かったなあー、あの豹柄猫ちゃんだったらなあーと不貞腐れていたのも本当に最初らへんだけで、子猫特有の活発さに見事ハートを射抜かれ、そこから猫と名のつくものがすべて可愛くて仕方がなくなった。
いざという時は物凄い跳躍力を見せるくせに、普段はグータラしているところとかさ。もう可愛くてしかたないよね!
「きみはここの生徒の飼い猫なのかな」
猫ちゃんの頭を撫で回しながらふと疑問に思ったことを呟く。
その辺の野良猫が蟻の這い出る隙間もない金持ち校の万全セキュリティを掻い潜って来られるはずないし、野良にしてはやたらと毛並みも整ってる。誰かに飼われていることは一目瞭然だろう。
「あーあ。私も猫が飼いたいなぁ」
なんてぶつくさ独り言を呟いていれば、不意にどこからか人の声が聞こえた。
「―――、―――!」
「―――っ!」
一人じゃないな。複数いる。それもキーの高さから言って、女で間違いないだろう。
こんな人気のないところで何を……っと、まあ人目を憚りたいのは男女の密会か女同士の修羅場だと昔から相場は決まってるよね。
面倒事は勘弁願いたいが、他人の下情は気になってしまうのが人間の性。もちろん私とて例外ではない。
一度興味を惹かれてしまえば好奇心に勝てるはずもなく、猫ちゃんを残してこっそり様子を見に行くことにした。
その先で見たものは、ああやはり私の想像を裏切らない。
「ふざけないでよっ! 真宮様たちを侍らせて何が楽しいの? 優越感にでも浸ってるわけ? この痴女風情が、身の程を弁えなさいっ!!」
「あんたも所詮あの姉と同レベルだわ!!」
五人の女子生徒たちが校舎の壁際に囲うようにして立っており、しかもなんと責められているのは先程屋上で目にしたばかりの彼女ではないか。
これはアレか? 少女漫画お約束の“呼び出し”か? 現実に本当に存在したのだな……!
「皆様こんな女に誑かされて、お可哀想でならないわ。私たちがきっちりあなたに制裁を加えてあげる!」
「クスクスッ。自慢の可愛い顔、無事だと言いわね?」
「あら本当っ」
はっ。いかんいかん。妙なところで感動している場合じゃない。今にもあの女の子がリンチされそうな勢いじゃないか。というか、すでに頬を叩かれた模様。かなりマズい状況なのでは? やはりリアルハーレムには障害が付き物らしい。
「あー、ごほん。きみたち」
赤髪男たちは何をしてるんだまったく。彼女が好きならピンチにも颯爽と現れて軽く救ってみせるくらいの器量を見せてみろよな。
肝心な時に限ってヒーローは登場しそうにないので、ここは私がその役を買って出ることにする。流石に暴力は黙認できないしね。
女子生徒たちは突然茂みの中から出てきた乱入者に目を丸くして驚くが、それが私だと分かると明らかに安堵する。
「なんだ、淫乱女のお姉さんじゃない。学校一嫌われ者の。御用は何かしら? まさかこの女を助けようとでも?」
そんなまさかねえ、と言ってせせら笑う女子生徒の言葉を反芻し、私はあることに気がつく。
“淫乱女のお姉さん”
淫乱女とは現在進行形で虐められている彼女のことであり、お姉さんというのは血の繋がった兄弟のうち年齢の高い女の方を指し示す単語である。
とどのつまり―――
「私とこの子は、姉妹ってこと?」
なんてこった。
私は実の妹に恐怖対象として認識されていたらしい。