03 とことん嫌われてる私
軽くR15指定?
男はさながらどこかの不良漫画から飛び出てきたかのような派手さで、特にその赤髪は校則違反にはならないのだろうかと心配になる。
憎たらしげに額に青筋を浮かべ、目を細めてこちらを睥睨してくる表情にはいささか肝が冷えるものの、よく観察すれば彼は相当なイケメンであることが判明した。格好いい不良なんて、お伽話の世界の話だと思ってたよ。前世に私が通っていた中学と高校にも不良と名のつく人たちはいたけど、どれも強面な人ばかりだったし。
拝めば何かいいことあるかな? 一日一福ありますよーに。
と、心中で合掌していると、赤髪男が再び苛立った声を上げる。
「いつまで俺の席に座ってやがる。さっさと退けよノロマ!」
「……ああ、ごめん」
「ハッ。三日も学校を休んでいるうちにとうとうボケでも始まったか? テメェの席は一つ前だろ」
なんと。そうだったのか。私の席は一つ前なのか。ご親切にどうも。
「てか、え? 私って三日も学校休んでたの?」
純粋に疑問に思ったことがポロリと口から出てしまい、それを聞いた途端、赤髪男の纏う雰囲気が一層殺伐とする。
しまった。失言だったかもしんない。自分が欠席した日にちも分からないなんてとんだ阿呆じゃないか。なんとなしにやってしまった感が否めず、私は自分の席へ移動しようとするが、赤髪男に乱暴に胸ぐらを掴まれた。
「ああ゛……? テメェが仮病使って逃げてたんじゃねーか! 志穂や理人たちにしてきたことまで忘れたとは言わせねえ。この報い、キチンと受けてもらうからな!!」
しほ? りひと? 誰だソレは。
当然のことながら思い当たる節もない私には、何が何やらさっぱりだ。報いを受けてもらうって……え、私これからイジメられちゃうわけ? 記憶喪失の私には少々苛酷な仕打ちすぎやしないかい。
「俺は、俺らは、絶対にお前を許さねえ。クソ女」
赤髪男の瞳に浮かぶのは色濃い憎悪。クラスメイトたちの侮蔑とはまた違う、はっきりとした悪感情に私は眉を顰めた。
周囲が息を呑むそんな最中。鳴り響いたチャイムは、まさしく私の救いとなった。赤髪男の手を振り払い、今度こそ自分の席に着席する。背中に突き刺さるような強い視線を感じるが、視線だけなので捨て置いた。
……ひとまず状況を整理しよう。うん。
私の名前は安曇ナントカ。性別女、十六歳の高校二年生。家族構成は不明だけどとにかく金持ちの家の子で、通う高校もゴージャス。しかし校内で私は嫌われ者。特に赤髪男から強い憎悪を感じる。
そしてここが最も重要だ。私は全校生徒に嫌われるような“何か”をしでかしたらしい。おそらく赤髪男の言っていた“しほやりひとたち”に人様の顰蹙を買うようなことをした。三日間仮病を使って休んでいたみたいだから、あながち嘘ではないのだろう。
ではその“何か”とは何だ?
これがまったく分からない。心当たりもない。赤髪男に私が何をしたのか聞いてみようかとの考えも一瞬脳裏に過ったが、無神経すぎるのでやめておいた。未だ私の背中に睨みを利かせるこの男のことだ、逆上しかねない。
「……はぁ」
前世の私を殺した黒ずくめの男でさえ、ここまで尖った殺意を顕わにはしてなかったのになあ。
溜息を吐いてぼんやりとだけど自分の死んだ間際のことを思い出すや否や、猛烈な吐き気に襲われた。
「っ」
いまわの際にはどうってことなかった恐怖が今更ながらに込み上げてくる。
フラッシュバックしたのは殺人鬼ではなく、春の嵐のように舞い上がったあの桜の花片たちだった。
何これ、気持ち悪い……。
―――――キモチワルイ!
「せ、先生」
「どうしましたか? 安曇さん」
「……体調が優れないので、保健室に行ってきます」
出席をとっていた担任に力なく伝えると、わずかに訝られたが「はぁ、分かりました」と溜息混じりに許可を貰えた。
ちょ、何だその仕方ねーなみたいな態度は! こちとらマジで気分が悪いのに、担任のせいで余計に増長したじゃないか。ばーか! もひとつばーか! そして教室を出てく私を睨む赤髪男とその他大勢もばーか!
脳内で散々に罵詈雑言を並べそれでも気分が良くなることはないので、保健室の仮眠ベッドを求め早足に向かった。うぅ……吐きそう……。
だが。
そう、だがである。
校舎中をフラフラ歩いてようやく見つけた保健室は、こともあろうに男女の如何わしい行為に使用されていた。
「あ……っ、んん、せんせぇ」
「ふ。先生じゃねーだろ? こういう時は名前でって何度も言ってるのに」
「や、やぁぁ。イジワルしないでっ」
お前らナニやってんだよぉぉぉ!!
ここは健全かつ神聖な保健室だぞ!? しかもおい、男の方! あんた教師のクセに何生徒に手ぇ出しちゃってるんだよ! 禁断の恋もいいけど時と場所を考えてくれ!
無駄に聴覚が良い私の耳に、この時ばかりは感謝した。保健室の扉を開ける前に中で情事が行われていることに気づけたから。何も知らずに入っていたらあわや大惨事だよ。修羅場もいいところ。ふぅ、とりあえず回れ右だな!
他にどこか誰の邪魔も入らないような静かな場所は……と考えて、やはり思いつくのは屋上。
うーん。ベッド装備の保健室には敵わないけど、青空のもと風が心地よさそうだし。気分の悪さだけでなく心なしか頭まで痛くなってきたので、なんかこう、澄み渡ったものを見たい。