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02 嫌われてる私



 つい勢いに任せて学校まで来てしまったけど、自分の名前すら分からない記憶喪失も同然の私がどうやって学校で一日を生活しろと?

 しかも先程から私を見る生徒たちの視線が痛いこと痛いこと。中には軽蔑するような眼差しもあり、昨日までの記憶がない私にとっては謂れない敵意だ。私が何をしたと言う。


「ねえ見て。安曇さん、よく学校に来られたわよね」


「本当。図々しいったりゃないわ」


「ちょっとやだ、こっち見てるわよ。気持ち悪い」


 ……ふむ。周囲の生徒たちの話に聞き耳を立てて分かった。私の名前は安曇というらしい。下の名は不明。誰も口にしないから。そういえば今朝の使用人たちからも「お嬢様」としか呼ばれなかったな。


 しかし素晴らしいくらいにどこもかしこも針のむしろ。少しどうにかならないものか。気持ち悪いだなんて初めて言われた。

 「安曇と同じクラスとか、マジ憂鬱でしかねーわ」と言っていた男子二人組の後を追いかけてなんとか自分の教室に辿り着いたのは良かったんだけど、私が教室に入った途端、全員の目がこちらに向いた。特に女子からの視線は冷ややかかつ酷烈なものだった。

 何故だ。何故なんだ。再度言うが、私が何をしたと言う。誰か説明プリーズ。


 けれどいつまでも入り口に佇んでるわけにはいかないので、ぐるりと教室を見渡し、人が寄り付かない窓際のとある席に目を付けた。生徒たちが意図的に近寄らないようにしているあたり、あそこが私の席で間違いないだろう。しかも最後尾。ほほう、なかなか良い位置ではないか。

 途中、私を転ばせて恥でもかかせようという魂胆なのか男子生徒の一人がスッと足を出してきたので、素知らぬ顔で思い切り踏んでやった。


「っ!?」


「あー、ごめん。気付かなかった」


「テメェ、何すんだよっ!」


「だからごめんって」


 自業自得だろうという本音は心の内に仕舞い込んで、表面上だけの謝罪をする。もちろん私が悪いだなんて微塵も思っちゃいない。わざとでないにしても歩いてくる人を前に足を差し出すなど自己の過失としか言いようがないし、踏んでくださいと言っているものでしょ。

 明らかに反省していない態度にムカついたのか、それとも私が罠に引っ掛からなかったことが許せなかったのか、男子生徒はやにわに頭に血を上らせる。

 怒り心頭に発して、私の肩を力一杯に押した。

 まさか手が出てくるとは思わなかったから、受け身の準備も間に合わず私は床に尻餅をつく。

 うわ。ちょっと、地味に痛いんですけど。骨に直接ダメージが届いたかのような疼痛に顔を歪める私に、男子生徒は吐き捨てるように言った。


「本当、最低な女だな」


 はあ?

 最低なのは、か弱い女の子を相手にして荒くましい所業に及ぶあんたみたいな男だろうが。

 ……呆れた。昨日までの私が何をしたのか知らないけど、ちょっとのことで暴力を振るうこいつもこいつだ。気に食わないことがあるとすぐ力技に訴える、将来DV夫にでもなりたいの?

 ちょいと目前の男子生徒の将来について憂えていれば、黙り込んだ私に何を勘違いしたのかクラスメイトたちが「ざまーみろ」とでも言いたげにクスクス笑っていた。これには流石にカチンときたけど、自分の置かれている状況もうまく把握できていないのにむやみやたらに喧嘩は買うものではないと、沸き立ってやまない不快感になんとか耐える。

 私は大人。そう、大人だ。前世で死を経験しただけに妙に達観してるのか、冷静な心を取り戻せば自然と憤りも感じない。このまま悟りの境地でも開いてやろうか。


 まだ何か言いたげな男子生徒を尻目に、私はさっさと立ち上がる。嫌味っぽくスカートの裾を払う仕草も忘れない。纏わりつく視線を薙ぎ払って、窓際の席ついた。

 と、そこでギョッとするクラスメイト諸君。今度は一体何なのだ。


「おい、おま……」


 クラスメイトのうちの誰かが口を開き掛けた時。



「―――あ? なんで、クソ女が俺の席に座ってやがる」



 燃え上がるような真っ赤な髪の印象的な男が、苛立った表情と共に教室に登場した。





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