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08 おにごっこの終点



「な、なんであんたがっ! 俺を追いかけてきたのかよ、家まで!? ストーカーじゃねぇか!!」


 坪田健吾は片手で頭を押さえながら、もう片方の手で私を指差す。

 そうかこの店、坪田健吾の母親が経営する店だったのか。なんたる偶然だろう。


 というか、聞き捨てならない台詞が一つ。

 私がストーカーだと!?

 やめろ、隣の女店主が「え」って顔して私を見てるから!


「なんなんスか、いい加減にしてくださいよぉ! お、俺の母親買収して何企んでるんスか!!」


「ちが」


「じゃあ母さんの手にある高級菓子の説明は!?」


「いや、これはだな……」


「ほら答えに詰まってるじゃないっスか!」


 詰まってないよ。懇切丁寧に猿でも分かるよう噛み砕いて説明しようとしてたのに、お前が勝手に遮ったんだよ!

 改めて痛感するけど、今世の私の周り、本当に話が通じないやつばかりだ。


「俺は騙されないっスよ! あんた蛇ですもん! 蛇女ですもん! そうやって腰低くして、またあの事を蒸し返そうとしてる―――」


 と、そこで。


 ゴツンッ!!


 女店主の重たい鉄槌げんこつが坪田に下った。

 それも数回に渡って。


「いた、たっ、た、ちょ!」


「あんたって子は! 蛇だなんて、女の子になんてこと言うんだい! 謝りな!」


「なんで俺がっ」


「いいから謝りなさい!」


「ひぃ!」


 女店主が拳をちらつかせると、流石に参ったのか、坪田は渋々私に向かって頭を下げた。

 かかあ天下だ……。


「うちの愚息がすまないね、ちょっとオツムが弱くて、思い込みが激しいんだよ」


「い、いえ」


「ほら健吾! こんなに律儀で小さい子がストーカーなわけないじゃないか。お前は一体どこに目を付けてるんだい!」


 果たして小さいって関係あるのか? 確かに平均より身長は低い方だけど。


「顔……」


 でもって坪田も真面目に答えてんなよ。顔以外に目を付けてる人なんて見たことないし、そんな人いたら怖いだろ。


「ふぅ、悪いね、こいつはバカなんだ。そうだお嬢ちゃん、良かったら奥の部屋貸すよ。上がっていきな。ついでに、このバカ息子と話をしてきたらどうだい? 何やら誤解があるらしいからね」


 女店主がそう言ってくれたので、私は「お言葉に甘えて」と返事をした。いい人だわぁ……。

 対してあからさまに顔を引き攣らせる坪田だったが、かかあには敵わないと判断したのか投げやりに頷いた。

 おいこら、私と二人で話すのがそんなに嫌か。





「……初めに言っておきますけど、俺、あんたに話すことなんて何もありませんよ」


 昔ながらのちゃぶ台を挟んで、向かい合うようにして座る私たち。先に口を開いたのは坪田の方で、相変わらず迷惑げな表情をしていた。


「あれからしばらく経っているのに何で今更俺のところに来たのか……あっ」


 しかし刺々しい態度から一転。何かを思いついたようにしかめっ面を崩した坪田は、チラチラと物言いたげに私の顔を見た。

 が、私に話すことはないと言った手前、自分から口を切るのは躊躇われるのか視線が行き来するだけ。痺れを切らした私は仕方なくきっかけを作ってやった。


「……何だ」


 言質を得たとばかりに、坪田が喋り出す。


「あ~あの、もしかして先輩、あの噂本当なんスか?」


「噂?」


「えーっと、言い辛いっスけど、クラスで虐められてるとか」


 言い辛いと前置きする割に、まったくイントネーションに淀みがないけどね!


「や、びっくりしましたよ! だって天下の安曇ですよ? 誰も恐ろしくて手なんか出せませんって! それに先輩が虐められる姿がどうしても想像できなくて、根も葉もない噂だと俺は……」


「……」


「…………って、え。なんスか、その沈黙。まさかあの噂マジなんスか!?」


 信じられない、と言うようにムンクの叫びよろしく驚く坪田は、なかなか愉快な男である。いちいち動作が大袈裟だ。まさに体育会系の極み。


「うわ、うわー。きっとそいつら、外部生のやつらだ。少なくとも内部生なら安曇の脅威を心得てるはず。あーでも、安曇志穂がいるし、先輩の方に利がないとでも考えてるのか? あちゃー、なんて向こう見ずな……」


 独り言のようにぶつくさ呟くこの男は、隠し事ができないタイプの人間だろう。今もおそらく、胸の内が駄々漏れしている。なんて使える子だ。

 ふと妹の名が出てきて、そういえばあの時、どうしてあんな表情で妹たちを見ていたのかと再び気になりだした。


「坪田、お前、妹が好きなのか?」


 恋愛方面はからっきしな私だが、流石にあれだけ嫉妬の混じった表情を目の当たりにすれば、それくらいの想像はつく。

 妹と仲良くしている男が許せない。大方、そんなところだろう。


「は、え? 妹? って、安曇志穂!? ああ有り得ないっスよ! あの女に惚れたら、俺の青春はジ・エンドじゃないですか!」


「恋敵が強者ばかりだからか?」


「強制退場させられること確実です! 排除されますよ、排除!!」


「ほう」


 この否定具合……なんだ、違うのか。

 ならどうして、あの時あんな表情を?

 まさかとは思うが、赤髪男ではなく妹に嫉妬していたわけではあるまい。


「……! 分かりましたっ、先輩! あんた、イジメの報復に俺を使う気っスね!」


「お前なんぞ何の役に立つ」


「ふん、しらばっくれても無駄っスよ! あんたが藤並先輩を窮地に追い込むつもりでここに来たことはすべてお見通し! けど前にも言った通り、俺は絶っ対に口を割りませんからね!」


「はあ?」


 ………話が見えない。一体どういうこと。


「大体、先輩は横暴すぎます! マジ鬼畜っス! 俺が何も言わないからって、普通トラック五十周も走らせますか!? あの時は本気で死ぬかと思いましたっ。意識が遠退いた時なんか、死んだばあちゃんが対岸の花畑で手招きしてて、危うく三途の川に足突っ込んでしまうとこだったんスよ!」


「……ああ、まあ、その節はすまん」


 話は見えないが、私のせいで死にかけたらしいことは分かった。ので、とりあえず謝っておく。坪田の語り口調がどうにも笑い話にしか聞こえず緊迫感に欠けるものだから、本当に死にかけたのかと問いたくなったけれど、今はそれも一旦置いておこう。


 重要なのは、坪田の口から藤並の名がでてきたことだ。

 イジメの報復と言っても赤髪男は直接的には私のイジメに関与していない。周囲を煽ってるのは間違いなく妹のハーレム要員たちだが、坪田が名を挙げたのは赤髪男一人。これはどういうことか。


 それに、坪田の言い方ではまるで……赤髪男を窮地に陥れることのできる何らかの事情を、知っているようではないか。


「あ、謝った……」


 考え込む私を尻目に、瞠然と呟く坪田。

 む。なんだその鳩が豆鉄砲を食らったような顔は。しかも僅かにタイムラグが生じてるし。

 私が謝ることはそんなに意外なの?


「な、なんか変スよ、あんた。悪いモンでも食ったんですか? そんな気軽に謝るような人じゃないでしょ!」


「すまん」


「ヒィィィイッ!! 何考えてんスか!!」


 悪戯心に火が点き、試しに再度謝ると、坪田が自分の腕を抱いて部屋の隅まで飛び退いた。まるで幽霊にでも遭遇したかのような反応だ。

 面白いな。


「塩! 塩撒かなきゃ! きっと生前善人だった幽霊が憑依してるんスよっ! 恐ろしい!」


「坪田、落ち着け。自分が何を言ってるか分かってるのか?」


「分かってますとも! 世界が滅ぶ前兆ですよ!」


「……」


 分かってないね、これ。

 完全に混乱を極めてる。


 このままからかい続けても面白いが、肝心の本題が進まないので私は坪田を宥めようとするのだけど、私が近づこうとすればやつは脱兎の如く逃げ出した。

 あ、おい!


「母さん! 客人のお帰りだ、丁重にお見送りしたげて! ついでに塩も!」


「待て坪田! 話はまだ終わってない!」


「俺から話すことはもう何もないっスよ! じゃあ先輩、永遠にサヨナラーッ!」


「坪田!!」


 部屋を出て行った坪田を追い、暖簾をくぐると、ちょうど女店主と出会い頭にぶつかってしまった。

 ぐ、ぐえっ。

 変なとこぶつけた。


「うわ、危ないね! 何やってんだい、あんたたち。ああ、もう帰るのかい?」


「いや、えーっと……」


「さっき塩が欲しいって聞こえたけど」


「あ、いえ! さっきまでは体がすっごく塩分欲しがってたんですけど、もう大丈夫です。すみません、私、そろそろお暇させていただきますね。お邪魔しました」


 自分で言っておいて体が塩分欲しがってるって何だよ運動後でもあるまいしと突っ込みつつ、ペコリと頭を下げて店を後にした。

 女店主が「またおいで、品物安くするよ」と言ってくれたので、是非ともまた来ようとは思うのだが……。


 うん。

 坪田のやつは見事に、私に新たなる謎を残してくれた。




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