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06 おにごっこ


 是が非でも我を通す悪者というのは、そんなにも魅力的なんだろうか。

 メー子の弾けんばかりの笑顔に気圧されながら思う。


「生徒の名前は坪田健吾。野球部に所属していて、中学の頃から万年補欠のベンチくんよ。クラスは一年B組。背が高いだけで多面に渡って不器用さが目立つことからあだ名は木偶の坊。ああでも、そのあだ名も遊びの延長でつけられたものらしいわ。本人も笑いながら自分は木偶の坊だって言ってるから。性格はそうね、どこにでもいる思春期の男の子って感じかしら」


「……詳しいな。知り合いか?」


「いいえ、あーちゃんに一度でも関わった人間だからよ!」


 見知らぬ生徒のプロフィールを知っていることも怖いが(どうやって嗅ぎ回ったのか)、その理由が「私に一度でも関わった人だから」というのも怖い。私が道端で肩をぶつけた人間から、どこかのベンチでたまたま隣り合わせになった人間のことまで知ってるんじゃないかと。そんなまさかとは思うけど、メー子ならやりかねないと思ってしまう自分も恐ろしい……!


「じゃあ、ついでに聞くが、妹の取り巻きたちのことはなにか知っているか?」


 臭い物には蓋をするように、私は訊ねた。


「あーちゃん興味あるの?」


「そりゃあ、私はあいつらの“敵”だからな」


「! そうね、悪役のあーちゃんはヒーローたちにとっての敵なのよね。あたし、こう見えても情報通だから、あーちゃんの役に立てると思うわ!」


 一層目を輝かせるメー子。

 なんだか、彼女の扱い方がだんだん分かってきたかもしれない。


 メー子は胸ポケットからメモ帳を取り出し、パラパラと被見する。その姿はどこぞの新聞記者みたいだ。か、刑事。しかしメー子に刑事は似合わないよな。


「じゃあまず、この学園の王様から―――」


 ともあれ、私は五人分の詳しい話を聞いたわけだけども。



 いやぁ、妹の取り巻きの中にあの養護教諭が混じっていたのには驚いた。教師のクセに一生徒の取り巻きとか他の生徒に示しがつかないよね。ま、妹とは男女の関係みたいだし、予想通りといえば予想通りだが実に残念な事実である。

 そして最も気になっていた現在不登校中の生徒についてはメー子は教えてくれなかった。

 『佐野泰斗のことは、あーちゃんの方が詳しいでしょう?』と。

 詳しくないから! とは言えなかった。私が不登校にしたようなものらしいし、詳しいといえば詳しいのかもしれない。どの道、今の私に知る由もないが。


「そういえばあーちゃん。これ、聞いていいのか分からないけど……どうしても気になってることがあるの」


 メー子が真剣な顔つきで物問うてきた。


 おお……なんだろう。

 私はゴクリと固唾を呑むが、次に発せられたメー子の言葉に脱力した。


「どうしてジャージなんて着ているの?」


「今更だな!」


 そして無駄な前振り入れるなよ!





 さてはて。

 メー子のフェイントに見事なまでに引っ掛かった私ですが、ただ今一年の廊下を全力疾走しています。


 何故って? 理由は一つ。

 安曇杏奈の蛮行の被害に遭ったという生徒の話を聞くために。


 「私」はかなりの粗暴行為を繰り返してきたらしいが(メー子談)、具体的に被害者が特定されている事例は少なかった(メー子の情報不足というより、事例の大半が信憑性に欠ける噂程度のもののようで)。その中で最も酷い目に遭っただろう坪田健吾から着手していこうと今に至るわけだが、張本人である坪田健吾はわざわざ校舎の違う一年の教室にまで足を運んだ私を見るやいなや、真っ青な顔して回れ右。つまり逃げ出したのである。


 反射的に逃がすまいと追いかけたのはいいものの、年下で野球部の万年補欠とはいえ腐っても男。脚力体力ともに敵うはずもなく、坪田健吾との差は広まるばかりだった。

 息を切らしながら考える。

 なんで! 私が! だっさいジャージを着て校内を走り回らにゃならんのだ!

 他学年の生徒たちの視線が痛いぃ!


「はぁはぁはぁ……」


 階段に差し掛かる曲がり角を曲がった時点で対象を取り逃がしてしまったため、私は柱に手を置いて乱れた呼吸を整える。

 やはり日々の運動不足が祟っている。登下校くらいは自分の足を使うべきか。


 ゆっくり肩を上下させながらふと冷静になって思い返してみるが、坪田健吾にとって私は過去の加害者。怖がられるのも無理はない。過去に犯した私の行動のせいでトラウマを抱えてしまったのなら、顔を見ただけで逃げられるのも納得だ。

 ここは一度撤退した方が良いのだろうか……。



「―――あのね」


 その時、鈴のような声が響いた。


 聞き覚えのあるそれに私は思わず身を伏せ、恐る恐る手摺りから顔を覗かせて階下を探る。そこには会いたくもなかった血の繋がらない妹と赤髪男がいた。喜ばしくも二人はこちらに気づいていない。

 厄災を招く妹と鉢合わせになることだけは勘弁なので、私は抜き足でそっとその場を離れようとした―――のだが、向かいに同じように姿を隠して妹たちの会話に聞き耳を立てる坪田健吾を見つけてしまい、気になって去るに去れなくなった。


 何やってんだ? あいつ。


「あのね、祐輔くん。私、みんなの前では平気だよって言ってるけど、やっぱり怖いの。お姉ちゃんの姿を見るだけで足が竦んで、手が震えるの……。お姉ちゃんのことが嫌いじゃないって言えば嘘になるかもしれないけど、それでも、義理でも私のお姉ちゃんだから……」


「志穂……でも」


「っ、ごめん、祐輔くん。私、何言ってるか分かんないよね。でも信じて祐輔くん。お姉ちゃんだってきっと、やむにやまれぬ事情があったんだよっ。だから、お姉ちゃんに酷く当たらないであげて!」


「でもあの女はっ!!」


「お姉ちゃんはこの学園を卒業してお父様の後継者になることが夢だって言ってた! 私はその夢を壊したくないの……っ」


「夢、ね……。ハ、あいつにはそんな夢を追う資格なんてねーよ」


「祐輔くん? ……今なんて?」


「いや。なんでもねーよ、志穂。俺が、俺たちが守ってやるから」


 赤髪男が妹を優しく抱き寄せ、重なる二つの影を見ながら思うことと言えば。

 なんて茶番劇。もうその一言に尽きる。

 わたしのことが怖いやつは、散々に嫌味を言ったりましてや水なんてぶっ掛けてこないだろーよ!


 妹は隙のない完璧な泣き演技を披露しながら、完っ全に悪者である私を庇うことで健気さ&良い子ちゃんアピール、さらには自分がどれだけ姉という存在に恐怖感を抱いているのか伝え、激昂する相手にわざと私の夢(真偽不明)を話すというテクニックを見せてくれた。赤髪男は当然ながら憎き輩の夢などのうのうと叶えさせるわけがない。どんな手段を使っても私を学校から辞めさせるか、安曇の跡継ぎにはさせまいと働きかけるだろう。


『あんたはもうすぐ学園を追放されるわ。透たちがそうなるよう動いてくれてる。この家からも、同じ』


 今朝の科白は“動いてくれてる”のではなく、自分が“動かしてる”の間違いじゃないか。末恐ろしい義妹を持ってしまったものだ。ただ誰構わず愛想を振り撒かす八方美人ではなく、それなりに計算された言動や態度。意のままに人を操る姿は父様を連想させる。比べること自体が失礼だとは思うが、とても見た目の良さだけでなせる所業じゃない。


 ふーむ、と舌を巻く私だったが、向かいの男は対照的に苦虫を噛み潰したような表情で妹たちを見ていた。

 何か言いたげな、それでも必死に我慢しているような、そんな表情。


「……?」


 なんだろう。気になる。


 坪田健吾はそのまま去ろうとしていたので、私は猛ダッシュしてやつを捕まえた。


「あ、な、なんでここに……っ!」


 両手で力一杯坪田健吾の腕を握り締め、もう逃がす気はないと言外に告げる。

 私を認識した彼は瞬く間に顔色を無くして、小さな悲鳴と共に首を横に振った。

 なんだか失礼な。


 でも悪いけど、逃がすつもりはないんだよねぇ。


「坪田健吾くん。私と話をしようか」


 私なりに最大級のスマイルをプレゼントしたつもりだけど、坪田健吾は完全に萎縮してしまい、抵抗を始めた。


「ち、違います! 何度言ったらあんたは分かるんスか! もう過去の話じゃないっスか!」


「……過去? どういうこと?」


「どういうことって、あんたが一方的に疑い出して――」


 何かを言いかけて、ピタリと止まる彼。その視線はある一点を見詰めており、つられて私もそちらを振り返る。


「……何やってんだ、テメェ」


「げっ」


 そこには赤髪男と妹が立っていた。

 しまった、見つかった! もっと階段下でイチャイチャしていればいいものを、こういう時に限って――。

 とことん私はタイミングの悪さに恵まれているようだ。


「と、とにかく、安曇先輩は顔が怖いんスよっ!!」


 拘束が緩んだ隙をついて坪田健吾は私の手を払い除け、意味不明な捨て台詞を残し再び逃走してしまった。

 ちょ、この平凡極めた顔のどこが!


「………」


 ああ、赤髪男たちの視線がビシバシ突き刺さる。

 先程の構図からして、“下級生を虐める私”としか認識されていないのだろう。


「ハハ……」


 問いただされるのも面倒だ。


 何か言われる前に、私はずらかった。




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