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04 許すまじ


 その晩、夢を見た。

 私の前世の記憶と今世の曖昧な記憶が混ざった意味深長な夢だった。


 初めは前世の“私”が泣いていた。あれは物心ついたばかりの頃の“私”だ。

 小さくて、今にも壊れてしまいそうな“私”。

 そういえば、そんな時期もあったなと朧気に思った。


 続いて場面が切り替わり、二人の母娘が現れる。義母とセーラー服を着た妹だった。これは間違いなく、今世の記憶だろう。


『杏奈。彼女たちが今度、新しく家族になる人たちだ。仲良くやりなさい』


 父様の声が聞こえた。

 妹、義妹は、人懐っこい笑顔で私を見ていたけれど、たまに私を睨んでいるのが分かった。初対面の人間に敵視される覚えはないので、私は見て見ぬ振りをしていた。


 そして視界が暗転する。

 誰かの押し殺した泣き声が聞こえた気がした。



『――――かわいそう』



 そう呟いたのは、一体誰だったか。


 答えは見えぬまま、私は目が覚めた。






「ふぁ……」


 だるい。どうしようもなくだるい。春眠暁を覚えずなんて言うけど、まさしくその通りだ。ベッドから起き上がるのに十分ほど格闘してしまった。


 私は朝の身支度を整えながら考える。

 今朝の夢。あれにはわずかだが今世の記憶が混じっていた。義母と義妹がこの家にやって来た時の記憶だ。

 父様から二人を紹介された時、私はあまり良い感情を覚えなかった気がする。

 当たり前と言えば当たり前かもしれない。まったく見知らぬ他人がいきなり家族になってしまったのだから。思春期の子供にとってはデリケートな話である。

 けれどそれだけでなく、もっと決定的な何か。そう、何かがあったはずなのだ。


「なんだっけ……」


 肝心な部分だけが、一向に思い出せない。



「お嬢様。如何なさいましたか?」


 思案に更けて固まっていた私に、メイドさんが話し掛けてくる。彼女は昨日、私の部屋を訪れたメイドさんと同じ人物だ。こんな子供の一挙手一投足の変化にも気を遣わなきゃいけないなんて、メイド職も大変だよね。お手を煩わせて申し訳ない。

 私は少し逡巡した後、尋ねてみた。


「二日前の私と今の私、何が違うと思う?」


 義母たちがやって来た日のことを聞いても良かったんだけど、上手い質問の仕方が思い付かなかったので、そこはかとなく記憶を失う前の私について聞いた。

 メイドさんはよく観察してなければ分からない程度に眉を顰め、しかし仕事だからか躊躇いがちに答えてくれる。


「はぁ。違い、ですか……。そうですね、二日前と比べて元気になられたかと」


 元気に?


「どうしてそう思うの?」


「……私にはお嬢様の質問の意図が分かりかねます。私の答えがお嬢様の真意に沿わず、気分を害されたのでしたら申し訳ございません」


「いや、大丈夫。続けてほしいな」


 頭を下げたメイドさんにそう言えば、また眉根を寄せられてしまった。

 まずかったかな、この質問。あ、そういや私って性悪お嬢様だっけ。もっとぞんざいな口の利き方をするべきだろうか。


「………二日前のお嬢様が、体調が優れず部屋に引き篭もってらしたのは屋敷の誰もが知っております。夜にはだいぶお加減もよろしくなったようですが、本日の方が顔色も良くいらっしゃるので、そう思ったまでです」


 あれ。赤髪男は私が学校を休んだのは仮病でとか言ってなかったか?

 あいつ憶測で物を言ったな。私、本当に体調不良だったんじゃないか。


「あ」


 不意にメイドさんが声を漏らした。

 ん? なになに、どーしたの。


「もしかしてお嬢様、言葉遣いを変えられたことを指摘されたかったのですか?」


「え?」


「ああいえ、私も気にはなっていたのですが……」


 マジか! 私は言葉遣いからして記憶喪失前と違うのか!

 えぇ、どうしよう。昨日は普通にこの喋り方で妹たちと接していたよ。明石さんあたり、疑問に思っていたんじゃないだろうか。悪女の私をかなり崇拝していたし。まずいな、どう訂正すればいい。


 「~ですわ!」みたいな口調だったなら、本当にテンプレ悪役お嬢様だなあ……。

 と、思ったけど、どうやらそれは違ったようで。


「あの男性口調をやめられたのですね」


 まさかの男口調!!


 私は今世の私が、よく分からなくなりそうだ。


 考えてもみてほしい。十六歳のうら若き乙女が男口調って……。どうしたって需要ないよねぇ。

 そういえば今の私の口調も時々男寄りになるというか、安定しないというか。これってもしかしなくとも記憶喪失前の口調が惰性として残ってる所為なんじゃないだろうか。なるほど、謎が一つ解けた。


「う、うん。そうなんだよねえ! でも、やっぱり口調は元に戻すことにするよ」


「そうですか」


 先程まではスッキリした! って顔つきだったメイドさんは、ハッとしたように表情を引き締め、また無表情に戻ってしまった。

 お堅い人かと思ってたけど、案外そうでもないのかもしれない。今度また改めて色々と話し掛けてみようかな。




 数分後、昨日と同じく一人で朝食をとっていたところに意外な乱入者が現れた。

 同じ家に住んでいるのに会わない方が不自然だが、丸一日家の中で姿を見なかったので、私にとっては意外なのだ。


 妹が私の前に現れるのは。


「……あんた、調子に乗ってるみたいだけど」


 可愛らしい顔を歪めて、開口一番にそれ。

 ちょ、義母と台詞が似てないか。妙なところで親子の証明はいいよ。ノーセンキューです。


「お父様はあんたのこと、迷惑にしか思ってないのよ! 本っっっ当に勘弁してほしいって言ってたわ。あんたなんて要らない子だって!」


 ちょうど私は漬物を口にしていたため、カリコリと咀嚼する度に音が出る。憤る妹を前にしてその音はシュールとしか言い様がない。ちなみに、妹の頬の腫れはすっかり引いていて、痕も残っていなかった。


「聞いてるの!?」


 予想通り突っ掛かってくる妹。

 あんたの金切り声はちゃんと聞こえているし、私は会話するために口の中の食べ物を噛んでいるんだろうが。と、声を大にして言いたい。こればかりは食事に話し掛けてくるあんたが悪いと思う。


「……聞いてるよ。お父様が、私を迷惑だって言ってたんだね」


 ああ、そうだ。口調も気をつけなきゃな。男っぽくを心掛けなければ。


「そうよ! 安曇家の恥だとも言ってたわ!」


「へぇ。それで?」


「え?」


「言いたいことはそれだけか?」


 妹の言葉は信用できない。事実、昨夜私を居酒屋に連れて行ってくれた父様がそんなことを言うとは到底思えない。

 だから軽くあしらえば、妹は驚いたようなさらに苛立ったような変な顔をした。


「ちょうど私もきみに聞きたいことがあったんだ。会いに行く手間が省けて嬉しいよ」


 義母を手玉に取る父様を真似て、私も笑い掛けてみる。父様のことを模範にすると、俄然うまくいくような気がしてならない。すごいな、これが父様パワーだろうか。

 もっとも私を目の敵にする妹には、良くは映らなかったみたいだけど。


「気持ち悪い! 余裕ぶってるつもり? あんたの居場所なんてどこにもないのに!」


 火に油を注ぐ感じかな。失敗した。

 誰か至急消火作業を頼む。


「学校も家も……そう、どこにもないのよ。だってあんたはただのお邪魔虫だもの! みんなに愛される私が羨ましいくせになんともないような顔をして、本当気持ち悪い!」


「……」


「あんたはもうすぐ学園を追放されるわ。透たちがそうなるよう動いてくれてる。この家からも、同じ」


 妹が薄っすら笑った。


「お父様は前妻の忘れ形見のあんたを気にかけているようだけど、それだけ。あんた自身のことは見ていないのよ。そしてもうすぐ私に落ちる。


 私は人に愛されるすべを知っているんだもの!!」


 声高に叫ぶ妹を見て、この時初めて私は妹が怖いと思った。


 電波系だ。

 変態・変質者に次いで、関わっちゃいけない妄想癖のお方じゃないかこの子……!


 尻尾を巻いて逃げ出したい衝動に駆られたが、なんとか耐える。恐れるな私。たとえ会話が噛み合わなくとも、人には勇気というものを振り絞らねばならない時があるのだ。


「なあ」


 よしその調子ぃ!


「私たち、話し合いで解決できないだろうか。大事になるのは本意ではないんだろう? 私も同じだ」


「………クスッ。何、今更命乞い? みにくーい」


「違う。今までいくつの嘘を積み重ねてきたのか知らないがきみは虚言癖があるようだし、それが公にバレてしまうのはいただけないだろう?」


「虚言癖?」


 キョトン、と首を傾げる姿はまるで小動物。ずっとその演技を続けてたのなら、そりゃ男どももお茶の子さいさい落ちるだろうよ。

 ……中身の強かさに目を瞑ればね。


「馬ッ鹿じゃないの! 嘘だって、突き通せば真実になるわ。それに、嫌われ者のあんたと人気者の私、どちらの言葉をみんなは信じるかしらね?」


 最後に、テーブルに置いてあった水の入ったコップをひっくり返し、私にかけるというなんとも悪質な嫌がらせをして、妹は颯爽と出て行った。


 ピチャピチャ、と滴る水滴。

 しばし私は唖然。

 これで着ている服が寝間着だったら良かったものの……いや良くないけど、一張羅の制服よりマシでしょ? そう、妹の水害にあったのは制服と私と机と床。後ろ三つは拭き取れば何とかなるものの、制服を濡らすって。しかも広範囲に渡って、だ。

 私は慌てて時計を見る。私に残された登校までの時間タイムリミットはほんのわずか。

 うむ、断言できよう。制服を乾かしている時間はない。

 よって私は、ダサすぎる学校指定のジャージで登校するはめになった。生徒たちの笑い物になることは請け合いだ。


 お、おのれあの女ぁ……っ。



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