10 衝撃の……
明石芽衣子。
彼女はどうやら少々ストカーチックな一面があるらしい。半年間、良くも悪くも陰ながら見てきたのだと尋ねてもいない脳内“私”観察日記を振り返ってくれた。
「初めてあーちゃんを見た時、地味な顔立ちのクセにやたらと傲岸不遜で生意気な女だと思ったわ。妹ちゃんはあんなに愛想が良くて可愛いのに、姉であるあーちゃんはいつも見下した嘲笑を浮かべてて攻撃的だったじゃない? きっと妹ちゃんに劣等感を感じてたのよね、今なら分かるわ。あんな美少女が身内だなんて、あたしだったら家にあるすべての鏡を割りたくなるほどイヤだもの」
明石さんは身振り手振り語りながら、私の反応などお構いなしに一人「うんうん」と頷いている。
できればストーカー疑惑のある人間の話なんぞ聞きたくもないが、内容が“記憶を失う前の私”であるために、耳を傾けずにはいられない。
「最初は私も妹ちゃん派だったのよ。校内の大多数の人間がそうだったしね。それにあーちゃんってば可愛くないんだもの。ああでもそれも一時期だけの話よ! あの頃はあーちゃんの魅力にまだ気づけていなかった、若気の至りってやつだわ、許してね。今はあーちゃん以外何も見えないから安心して!!」
「いや……安心って、あかしさ」
「分かってるわ、あーちゃんを好きになったきっかけが聞きたいんでしょう。これぞって言う決定的な出来事はなかったんだけど、強いて言うならあーちゃんの初志貫徹した驕慢な態度ね~。妹ちゃんを心配した大勢の人間から責られても、ああ殴られたこともあったわね。あの時は大丈夫だった? いくらなんでも女の顔を傷付けるなんて信じられない。最低な男よ、退学になって清々したわ!
そこでもそう、あーちゃんはどんなことをされても自分の非を認めなかったし、許しも請わなかった。まさに悪女の鑑よね! あたしは、そんなあーちゃんの生き様に惚れたの!」
鼻息荒くして、明石さんは私の手を取る。その顔が「うふふふ」と気持ち悪いくらいニヤけていたので、問答無用で払い除けた。やめてくれ、身の危険を感じる。
「そういうところよ! 冷たい氷柱のような女王様! どこまでも我を通すその強さ!!」
ひぃっ!
なんでさらに嬉しそうにするんだこの子は! 頭のネジが数本イカれてるんじゃないの!?
「あーちゃん素敵よ……!」
「頼むからそれ以上近づかないで!!」
「ど、どうしてっ!? あたしはあーちゃんの味方よ! 流石のあーちゃんでも、今回ばかりはマズいんじゃないかって思って馳せ参じたのにっ」
「分かった! 分かったから、そのだらしない口元を先にどうにかしろ!!」
「口元?」
明石さんはキョトンとするが、口に片手を持ってきたところでようやくヨダレが出ていることに気付いたらしく、「あらごめんなさい」とハンカチで拭う。認めてやっていい、仕草だけは一流のお嬢様だと。中身はとんだ変質者だがな。
彼女が身なりを整え終えたので、私はこれみよがしにコホン、と一つ咳をする。
「明石さん、一つ質問いいかな。今回ばかりはマズいんじゃないかって、どういうこと?」
「め、めーちゃんって呼んでくれないの……?」
「……ごめん、間違えた。めーちゃんだったね」
「ええ!」
扱いにくいが、これでいて明石さん、なかなかに役に立ってくれている。私が知りたい“今世の私”の情報をペラペラ勝手に喋ってくれるからだ。自分について質問し過ぎると怪しまれるだろうけど、その心配もないので大変都合が良い。
「だって、今まであーちゃんは妹ちゃんを家で虐待していたり、金に物を言わせて好き勝手し放題だったり、うちの生徒をイジメてたりしたでしょ? まあ、妹ちゃんを虐待って言うのは噂が誇張しただけっぽいけどね。使用人の目が光る家の中でどうやったら出来るのよ、って」
「……」
「でもその度に、周りの言及を得意の減らず口でかわしてたじゃない。物的証拠は何一つないと言ってね。もちろん格好良かった……じゃなくて、今回の件はさしものあーちゃんも言い逃れできないんじゃないかなあと思ったのよ」
聞けば聞くほど、今世の私には悪評しかない。それ本当に私? って感じである。
そして気になる今回のくだんとやら。悪名高き今世の私は最後に何をやらかした。
「佐野泰斗と時枝理人。全女子生徒憧れの的の二人を脅迫して、影で自分の言いなりにさせちゃうんだもの~。しかも二人もよ! 面目躍如だわ、悪女ここに極まれり」
感激した様子で私を見つめる明石さん。
私はと言えば、驚きのあまり声さえ出ない。
ちょ、ちょっと待って……。
脅迫して、言いなりに?
どこの悪役だよそいつ、って私なのか!!
衝撃的すぎる事実に思考が追いつかない。道理で校内は敵だらけなわけだ。みんなの人気者(?)を脅して無理強いさせるなんて。しかもあの腐れ眼鏡まで!
今更ながら、保健室で啖呵を切ってしまったことに後悔した。馬鹿だよ私。巡り巡って因果応報ってやつだよ。赤髪男たちの怒りもごもっともである。
知りたくなかった。こんな事実知りたくなかった……!
頭を抱えて唸りたい衝動に駆られていると、明石さんが快活な口調で切り出す。
「だけどそれが露呈した今、あーちゃんは皆の怒りを買えるだけ買っちゃったわけだし、御身が危ないでしょ? ふふふ。なぁに大丈夫よ、このあたしがついてるから!」
明石さん、きみには感謝してるよ……。
図らずもたくさんの情報提供、ありがとう。
▽安曇は衝撃の理由に3,000のダメージ!
安曇の精神HP □□□□□□
▽安曇はお先真っ暗になった!!