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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第2話.山賊ポルカ
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1.無駄遣い代わりの無駄いぢめ

「あ~」


 夜の山に女の声があがった。


「からまっちゃったぁ~」


 およそ山歩きに似つかわしくないフリフリのドレスをまとった彼女は枝にとられた自分の髪を引っ張った。だが、くるくると柔らかい巻き毛は取れる様子もない。


「姉さん。ちょっと待って」


 彼女に瓜二つの弟が、見るに見かねて手を出した。


「おいおい、何やってんだよ」


 別の大柄な男が声を飛ばす。


「しょうがないじゃないぃ~。だってぇ、枝がたくさんあるんだものぉ」


 森に枝がたくさんあるのは当たり前である。


「そんなこと言ったって姉さん。こればっかりはフェリオの言う通りだよ」


 ようやく枝から離れた姉の髪を見つめて弟は続けた。


「どうにかしてまとめておかない?」

「えぇ~? だってぇ、面倒じゃない~」

「僕が編んであげるから。三つ編みでいいよね?」


 自分の荷物を漁って紐を探す弟に姉が一組のこれまたかわいらしいピンクのリボンを渡した。


「どうせならぁ、これでおさげがいいなぁ~」

「はいはい。じゃ、ちょっと腰落としてくれる?」


 仲むつまじい二人の様子を、それまで黙って見ていた大柄な男が口を開いた。


「なぁ、ディアナ。オレがやったろか?」

「いらない」

「リジィちゃんはぁ、上手なのよぉ? フェリオだとぉ、なんかヘンになっちゃいそうだからぁ、遠慮しておくわぁ」


 二人から立て続けに拒否をくらい、フェリオはいじけた。


「だってさ、せっかく会ったのに、二人とも冷たいしよぉ」


 しゃがんでいじいじと地面に「の」の字を書く彼を姉弟はそろって無視する。


「ゆるめに編んだ方がいいかな?」

「うん、リジィちゃんがその方がいいならぁ」


 まったくもって仲の良い姉弟である。

 姉のふわふわの髪を、リジィは苦もなく編んでいった。


「もしかして、慣れてるのか?」


 第三者なら当然、感じるであろう疑問を口にすると、「いつものことだから」と即答が返ってきた。

 と、リジィとフェリオの視線が一瞬、交わる。


(あぁ……)


 と、二人は同時に思った。


――――こいつさえいなければ。






 時は半日ほどさかのぼる。

 西オグブにあるハンターズギルド直営の酒場、そこに顔立ちの良く似た男女が訪れた。陽は高く昇り、中点に達しようとする頃のことだ。


「こんにちはぁ~」


 脳味噌もとろけてしまいそうな口調で先に声を出した姉に、弟は無言で付き従った。フリフリのドレスを身にまとった女とそれに付き従う目つきの鋭い男に、店にたむろった格下ハンターの誰もが依頼主だと耳をすませる。良い条件の仕事なら、誰よりも先に名乗りを上げなくてはならない。


「ちょっとぉ、お仕事探しに来たんですけどぉ~」


(なんだってぇっ?)

 それまでうわべだけで談笑していた全員がぐりんっと首をめぐらし、彼女に注目した。


「――――ハンター証を」


 いつもにも増して無愛想なマスターがいつも通りの対応をすると、彼女は自分のバッグから一枚のカードを取りだし、提示した。それに続いて後ろに控えていたもう一人の男もカードをカウンターに出す。


「……あいにく、ランクに見合うものはないよ」


 ペラペラとぶ厚い依頼票をめくりながら、マスターが答えた。その答えに自分らと同じようなランクだとほっとする一同。


「えぇ~? そうなんですかぁ?」


 その女性の文句は、いまいち迫力に欠ける。マスターはいちいち答えることもせずに依頼票をめくり続けていた。


「……二人セットで盗賊退治でもやるかい? すぐ近くの山なんだが、仕事のランク的にはランクDが十人から二十人というところだが」


 談笑に戻っていたハズの客が再びその会話に耳を傾けた。


「それはどのぐらいの規模?」


 初めて男の方が口を開いた。


「ざっと三十人。だが、依頼の条件は盗賊団を潰すのではなく、全滅だ」

「逃亡人数の許容範囲は? あと、全滅って言うからにはリストがあるんだろうね?」

「許容は三人。だが、依頼主はゼロを望んでいる。リストはあるが、そこからさらに増えている可能性もある。最近、急に現れて地主の荷を襲ったことで名をあげたからな」

「三十人でゼロねぇ~。ちょっとぉ、キツいかなぁ?」

「いや、二人で逃亡者まで追うのはさすがに人手が足らないよ」

「……彼らと一緒にやるという選択肢もあるが?」


 指差した先、たむろするランクDやそれ以下のハンター達を見て、リジィがため息をついた。


「足手まといだね」

「こぉらぁっ! ダメでしょお~? 聞こえてるかもしれないんだからぁ」


(いや、聞こえてまっす!)

 一同が心の中で叫ぶ。


「えぇっとぉ、ちょっとぉ、考えたいんでぇ、飲み物、お願いしますぅ」


 マスターは頷くと、カウンターの奥に「おい」と声を飛ばした。

 とりあえず空いている席に腰をかけた二人に、話しかけようかどうか迷う他のハンターたち。それを知ってか知らずか、奥から出てきた中年のウェイトレスにオーダーを告げると、二人ははぁ、と大きく息を吐いた。


「どうしよっかぁ、リジィちゃん」

「……ちょっとキツいと思うよ。アレは。それとも姉さん、本気出して働く?」

「本気出してぇ、って言うのはぁ、あたしがいつもぉ、怠けてるって言うのぉ?」

「そうだね。だって、ことごとくラクしてるじゃないか」

「でもぉ、あたしが本気出してもぉ、どうにもならないと思うのぉ」

「……ま、それもそうか。逃亡者ナシってのはキツイよね」


 むーん、と考え込む二人に、勇気ある一人が近づいた。カウンターの近くのイスに陣取っていた、やや細めの男である。


「ちょっと、お話中のところいいっスか?」

「はいぃ、なんでしょう~?」


 にっこりと微笑みで返され、その細めの男が慣れていない反応に一瞬ひるんだ。


「……先ほどの盗賊団の仕事なんスけど、よろしかったら私達に手伝わせてもらえないっスか?」

「えぇとぉ、『たち』ってどういうことぉ?」

「はい、今、ここにいるハンター全員っス」

「却下」


 静観していたリジィが口を挟んだ。


「どうせ、みんなランクDかEだろ? 足手まといになるだけだ」

「えぇ~? リジィちゃん、どうしてそんないじわる言うのぉ?」

「こればっかりは譲れない」

「けちぃ~」


 姉がリジィに対して文句を言うが、それでも彼は意見を変える気はないようだ。


「そうっスか。じゃぁ、もし気が変わったら、いつでも声をかけてください」


 勇気ある男はすごすごと去って行く。……と、その行き先から鋭い声が飛んだ。


「おいおい、そいつぁねぇんじゃねぇか?」


 顔を上げたリジィはこの酒場の一番のデカブツを見た。


「本当のことだろ?」

「こらぁっ! ごめんなさいぃ~。リジィちゃんはぁ、こういう性格だからぁ、チームプレイって苦手なんですぅ」


 女の方があわてて仲裁に入る。だが、二人は睨みあったまま動かない。


「……やめときな」


 カウンターの中から、マスターの声が飛んだ。


「悪いが、ランクBとCのハンターが暴れたら、この店が壊れる」


 その低い声に、店中のハンターが二人を見つめた。


「ランクCだとぉ? おいおい、まじかよ。その嬢ちゃんがかぁ? マスター、そんなはったり……」

「あぁ~! 違うものぉ! あたしがランクBなんだからぁ!」


 本人の反論に、全員が一気に笑い声を上げた。


「こ、このお嬢ちゃんが、ランクBだったら、オレなんてランクAになってるさ」

「だいたい、そんなきれーな服着て、どうやって仕事するってんだよ」


 むぅ!と頬を膨らませる姉の横で、リジィが立ちあがった。


「だぁめぇ。今日はぁ、あたしが怒ったからぁ、あたしがやるのぉ!」


 彼をイスに押し止め、女がゆっくりと、自分を指差して笑う男達を見据えて立ち上がった。


「おいおい、ケンカはやめてくれよ」


 マスターの制止の声を無視して、彼女は店の中央までゆっくりと移動した。


「テーブルとかぁ、イスとかぁ、壊さなければいいんでしょぉ~?」


 彼女は一番のデカブツ――一番初めにヤジを飛ばした男を指さして手招きした。


「おいおい、ご指名かよ。ひゃーっ、嬉しいねぇ」


 イスから立ちあがった男は大股で彼女に近づく。


「こりゃ、いい女じゃねぇか。オレが勝ったら何してもらおうかな」

「……なんでもいいわよぉ?」


 目の前のでかい男を見上げた女はにっこりと微笑んだ。立ちはだかる男の胸ほどもない背丈でいったいどうやって勝てるのかと周囲がひやかす。


「ヤジとばしてるんならぁ、ちょっとはテーブル寄せなさいよぉ」


 言われて何人かが中央にあったいくつかのテーブルとイスを寄せ、ちょっとした広場を作った。


「リジィちゃん。ちょっとコイン貸してくれるぅ?」


 無言のまま飲み物を手にしていたリジィが銅貨を弾く。吸い寄せられるようにそれは放物線を描いて女の手に渡った。


「これをぉ、そっちの誰かに弾いてもらってぇ、落ちた時が合図ねぇ?」

「おいおい、素手でやる気かよ」

「だってぇ、この店に損害あたえちゃいけないしぃ……」


 そう答え、適当なヤジ馬に向けてコインを放つ。受け取った男は「いいのか?」と尋ねた。


「はやくぅ。こっちはぁ、す~っごく怒ってるんだからぁ」

「やってやれよ。すぐに終わるだろうけどな」


 対決する二人の了承を得て、コインを持った男がヤジ馬全員を見渡した。特に反対する者もいないと見て、ピィンっと弾く。


――――それはゆっくりと上で止まり、落ちていく。


 腕を伸ばせば相手に届く位置で二人は睨み合う。


 そして、コインが――――


カンッ


 乾いた音をたて、落ちるのとほぼ同時に二人は動いた。そして、その一瞬後に、ダァンッ!と派手な音が店中の響き渡った。

 静まった店の中、コロコロコロっとコインが転がる。だが、それもやがてカランっと倒れた。


「……おい、何があったんだ」

「わかんねぇ。あっという間に、ダインが倒れちまった」


 こそこそと何が起きたのか確認し合うヤジ馬を尻目に、女が倒れて呆然とする男――ダインを見下ろした。


「どーおぉ? これでぇ、分かってくれたでしょぉ?」


 その言葉に彼の頭にカッと血が昇った。


「こんのっ……!」


 足を掴んで引きずり倒そうとする男に女がさっと足場を変えてかわす。そしてそのまま片足を上げて男の喉元に軽く置いた。しっかりと両手はスカートを押さえ、下から覗かれるのを防いでいる。


「あらぁ、ちゃんとぉ、負けたってことぉ、認識しないとぉ……ねぇ?」


 嫌味たらしく見下す姉を、弟は珍しいものでも見るように見つめた。


(こりゃぁ、相当怒ってるね)


 思うだけ思って飲み物のおかわりを注文する。もはや止める気はないらしい。


(この町で買い物する余裕もなかったからな。……お金の)


 姉の不機嫌な原因を知っているので、別に気にすることもなく新しい飲み物を受け取った。自分も彼らにムカついたものの、こういうものは先に怒った者勝ちだということも分かっているのであえて弱いものいじめに参加する気もおきない。


「ちょ、待て、まさか……」

「踏まれたかったらぁ、遠慮なく言っていいわよぉ?」


 喉を潰すどころか首の骨までへし折りそうな言葉に、ダインが恐れおののいた。さすがに傍観者も女の声に潜む『本気』に気が付いたか、互いに目配せをする。だが、この圧倒的な力の差に、誰も止めようと動き出す者は


「―――そこまでで止めといてもらえるか?」


 制止の声を上げたのは、今まで一言も口を出していない、奥に座った男だった。


「……なぁにぃ? リーダーってわけぇ?」


 足を微動だにさせず、そちらの方を向く女に、その男は一歩踏み出した。


「ま、どうだろうな。ただ、ランクBハンターのディアナ・キーズの名前が、なかなか思い出せなかったんだよ。ついさっきまではな」


 名前を言われ、女――ディアナがくるっと弟の方を振りかえった。


「聞いたぁ? あたしぃ、そんなに名前売れちゃったのかなぁ?」

「はいはい」


 『リーダー』はゆっくりと、慎重な足取りで二人の方へ近づく。背は床に倒れたダインよりもやや小さい。だが、それでも体格的にはハンターをやっていくに十分だった。


「……以前、会ったことがあるんだけどな。ま、忘れちまってもしょうがねぇか」


 あと三歩という所で、足を止める。


「シーグって名前に聞き覚えはあるか?」


 ディアナは首を傾げた。


「シーグのアニキぃ……」


 弱々しい声をあげ、喉元に靴を置かれたままの男が見上げた。まるで捨てられた子犬のような目で。


「……えぇっとぉ?」

「まだ、アンタがドールハウスの専属広報塔になる前の話だ。黒いレザーアーマーを着てピンで動いてた頃、アジェンダで会った」

「……んーとぉ?」


 足はまだ動かさず、考え込むディアナ。シーグは黙ってそれを見つめた。


「ああぁぁぁー!」


 いきなり大声をあげたディアナに、目を丸くするヤジ馬たち。


「アジェンダのギルドでぇ、いきなりあたしのお尻触ったひとぉっ!」


 ディアナに突きつけられた指をかわそうともせずに男は頷いた。後ろのヤジ馬は微妙な顔を浮かべている。


「そうだそうだぁ! 間違いないぃ! あの時はぁ、腕一本ぐらい折ってもいいかなぁ~って思ってたのにぃ、誰かが止めたのよねぇ~」


 うん、うん、と腕を組んで頷くディアナ。さすがに恥ずかしいのか、向かいのシーグがぽりぽりと頬をかいた。


「それでぇ~、なんの話だったかしらぁ?」

「……姉さん」


 テーブルについたまま額を押さえるリジィ。


「別にいいさ。―――ところでダイン。眺めはいいか?」

「……さいこうっス」


 あれ? と思ったディアナが下を向く。ところが自分のスカートで隠れて見えない。いつの間にかスカートを押さえていた手を放してしまったようだ。


(……ということはぁ?)


 ディアナが首を傾げる。その次の瞬間男はスカートの下から蹴り出された。

 転がり出るダイン。悲鳴をあげるディアナ。にやにやと傍観するシーグ。まったく収拾がつかない、とマスターが頭を抱えたとき、第三者の介入があった。


「おい、情報ねぇか!」


 ドアから開口一番でそう怒鳴った男は、勢い良く入ってきたにも関わらず、すぐに足を止めた。


「……なんだこりゃ?」

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