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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第14話.そして最後の鐘が鳴る
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3.花火と女装と決戦前夜

 とても静かな夜だった。

 昨日と同じように、暴力つきの尋問をされ、これは本当に何も知らない運の悪い男だったと思われたのか、エレーラが出るというのに見張りも少なく――逆にエレーラが出るからこそ、見張りに割く労力も惜しいのかもしれないが――昨晩と同じようにイスに縛りつけられたまま、夜を迎えた。


(このままだと、殺されてどっかに捨てられそうだけど―――)


 今日の尋問では家族のことまで聞かれた。それは果たして油断させるための手管だったのか、それとも身代金でも要求するつもりだったのか。


(話したところで意味ないしなぁ)


 リジィはぼんやりと、暗い闇に目をこらしてみた。

 たぶん、そろそろダファーが来る頃だから、闇に目を慣らしておかないといけない。

 目の前には見張り番が一人。こっちが起きてるとも知らずに、こっくりこっくりとうたたねをしている。

 そして、その見張り番を避けて、指定された部屋の角に行くルートをじっくりと見つめた。


「あぁ、準備オッケーみたいですね。それじゃ」

「え?」


 声が聞こえたかと思って、振り向いた瞬間、あっという間に視界が真っ白になった。


(ちょっと、いきなりっっ!)


 考える間も惜しんで、リジィは手首を動かすと、戒めはあっさりと切れた。


(確か、こっちの―――)


 ホワイトアウトする前の景色を思い出し、急いでリジィは部屋の角に寄る。そして、僅かにずれた天井板にジャンプして手をかけると、軽々と上に登った。


「おや、お早い到着で」


 飄々とした声に振り向くと、低い天井裏の中に、もう一人の姿があった。


「じゃぁ、さっさと着替えて頑張ってくださいね。全部で七人。よろしくお願いします」


 黒装束にゴーグルという、エレーラの格好をした彼は、すちゃっと手を挙げると、そのまま薄暗い闇の向こうへと消えて行った。


(がんばってくださいね、じゃねーだろ)


 きちんとたたまれたエレーラの衣装を掴んで広げると、そのぴっちりさ加減に少しゲンナリとした。

 だが、それもほんの短い間で、リジィはすぐに着ているものを全部脱ぎ捨て、それらを身にまとう。

 黒装束に金髪の長いかつら、黒い頭巾にゴーグルとブーツ。と、そこまで身につけた時点で、布が残っていることに気付いた。


(あれ、なんだろ……)


 まさか、着替えを間違えたかと青ざめたリジィの目に、四つに折りたたまれたメモが映った。


『オプションですが、腰にまいてください』


 腰に?と自分の下半身を見下ろしたところで、リジィは納得した。


―――エレーラが『男』なのはマズいだろう。



 ◇  ◆  ◇



「う、うわ、なんだっ!」


 突然の真っ白な視界に、目を覚ました見張り番が騒ぎ出したのは、リジィの着替えが終わった直後だった。


(うわー、僕ホントにやるのか?)


 胸パッドにズレがないことを確かめ、リジィは何度目かの自己嫌悪に陥った。

 エレーラになるということは、女言葉を操って……


(まさか、ここまで見越して、姉さんが僕に何度も女装させたわけじゃないよね)


 リジィは大きくため息をついて、男を捨てる決心をした。ムチの代わりにロープをぴん、と張って構える。


「あんまり騒いじゃだめよ♪ ヤードが来ちゃうから♪」


 姉の仕草を思い出し、言葉を紡ぐものの、全身を鳥肌が蹂躙した。


「な、ヤードだと?」

「あら♪ 今夜行くって言ってあったでしょ?」


 もうもうとたち込める白い煙幕の中で、ちらりと見えた人影に近付くと、リジィはそのミゾ落ちに拳を叩き込んだ。


「んぐっ……」


 小さくうめいた見張り番を、リジィはロープでぐるぐるっと縛ると、ぽいっと床に転がした。


(あと六人か)


 隣の部屋に寝泊まりしているのは知っていた。うまく白い煙でごまかしている間にどうにかしなくては。


(こんな姿は見られたくないし……)

「おい、窓開けろ、窓!」

「ちくしょー、エレーラのやつ、どこに来やがった!」


 ドア越しに聞こえる物音に、リジィが大きなため息をついた。


「おい、ザフト、こっちは―――」


 ドアを開けて顔を覗かせた男と、至近距離で目を合わせる。


「はぁい♪」


 硬直した男に笑みを浮かべて手を振ると、そのまま腹に膝を入れる。


(ちっくしょー、あと五人!)


 すぐ近くで女装姿を見られたと、半泣きでリジィは男にロープをかけた。


「どうしたエナフ?」


(ごめんなさい、エナフさんは意識がありませんよ)


 心の中で答えつつ、縛り上げたエナフを見張り番の隣に転がすと、残り五人がいるはずの部屋に足を踏み入れた。

 さすがにエナフの返事が戻ってこない理由に気付いたのか、白い煙幕の向こうからは、刃物を持ち出す音が聞こえた。同士討ちを恐れ、煙幕の晴れたタイミングを狙うのだろうが―――


(それなら、煙幕が晴れる前に、一人でも多く縛り上げるだけだ!)



 ◇  ◆  ◇



シュルシュルシュル……パァン!


 合図の花火を打ち上げると、リジィは屋根の上で安堵のため息をついた。


(とりあえず、これで一段落ついたかな)


 ヤードに顔でも見せてから逃走した方がいいかなー、などと考えていると、カンテラを構えた一団が向かって来るのが見えた。


(結構、来るの早いんだ)


 目をこらしてみると、先頭に立って走っているのは、スワンであった。


(そういえば、研修期間が終わって、警部になったとか言ってたっけ?)


 よっこらせ、と立ちあがると、リジィは塀をつたって彼らの方へ駆けだした。


(姉さんも、いつもこんな風にやってたんだろうな)


 そんなことを考えると、自然と笑みが浮かぶ。


「エレーラだっ!」


 ヤードの一人が彼を指差して叫んだ。


「そこの民家に縛って転がしといたから、あとはよろしくね♪」


 視線をスワンに定めて声をかけると、リジィは足を早めた。


「レスティと自分はエレーラを追います! 他はアジトの確認を!」


 指示を飛ばすと、スワンと、彼の前を走る犬だけが、リジィを追ってきた。


(うわぁ、ヤードって犬も使ってるんだ)


 万が一、あの犬にホンモノのエレーラの匂いでも覚えさせていたら大変なことだ、とリジィは走る足に力を込めた。大通りに向かって走れば、人に紛れることもできるだろう。


(とりあえず、あのピエモフ巡査……じゃなかった警部からは逃れないと)


 小脇に抱えた自分の服を持ち直しながら、リジィは全力で塀の上を駆け抜けた。



 ◇  ◆  ◇



「どもー、衣装返しに来ました」


 きちんとたたんだ『エレーラなりきりセット』を携えて、リジィがマックスのところにやってきたのは、アジト脱出から数刻という時間だった。


「おー、意外に元気じゃねーか。あと二、三日放っておいても大丈夫だったかもなー」


 マックスは、リジィの持っていた黒装束一式をテーブルに置かせると、バシンバシンと肩を叩いた。


「手伝いどころか、かえって迷惑かけてしまって、すみません」


 顔をしかめつつ、リジィが謝る。


「肩から背中にかけて、けっこうやられたか?」

「打撲で済んではいるんですけど」


 ちょっと見せてみろ、というマックスに、リジィは少し躊躇して、上着を脱いだ。


「あぁ、青アザになってるのがいくつかあるなー。腹にも数箇所……」


 マックスの指がリジィの剥き出しの肌をなぞった。


「あの、くすぐったいんですけど」

「あー、我慢しとけ」


 あっさり拒絶すると、マックスはアザや傷をなぞりながら、その状態を確かめていく。

 くすぐったさと、時折感じる痛みを何とかこらえ、変な顔になったリジィは、ふと、扉の前にたたずむ人影に気付いた。


「あ、姉さ……」

「リジィちゃぁんっ! なんでアニキに身体ゆるしてるのぉっっ!」


 うわぁんっと駆け寄ったディアナは、腹の傷をいじっていたマックスをげしっと蹴り転がすと、呆然と立ったままのリジィに抱きついた。


「ちょ、っと、姉さん、いた、いたたたた……」


 尻もちをついて見上げると、今にも泣きそうな姉が両手で自分の顔を挟んで、覗き込んでいた。


「姉さん、心配かけて、ごめん」

「ごめんじゃないわよ、ばかぁ~」


 倒れ込んだリジィの太腿をまたいで座り込んだディアナは、リジィの上半身をぎゅっと抱きしめた。

 リジィは、姉の小さな背中を、さするように抱きしめかえした。

 しばらく、無言で熱い抱擁を交わす姉弟。


「そんで、ディー。ちゃんと持って来たか?」

「うん。これで最後の証拠」


 蹴り飛ばしたことの謝罪もせずに、ディアナは持っていた書類を、マックスに手渡した。とはいえ、まだ抱擁は続いている。


「アニキ、リジィちゃんに手ぇ出したらダメ、だからね?」

「いや、俺はダファーみたいな性癖じゃねーし」


 受け取った書類をパラパラとめくるマックスに、「弟子が弟子だから」とディアナの鋭いツッコミが飛ぶ。


「ありゃ俺のせいじゃねーぞ? っつーか、いい加減に離れろ」


 書類を確認し終えたマックスは、問答無用で、べりっとディアナを弟から引きはがした。


「当日は、シーア使ってダファー引きいれろ。メイド服さえ渡せばいーから。ケガの様子みてリジィも使えそうだったら使うから、一応、二着ぶん用意しとけ」

「あ、そうだ。リジィちゃんのケガっ!」


 再びリジィを押し倒そうとするディアナを、片手でマックスが止めた。


「俺が見とくから、お前はさっさと帰れ」

「えー? アニキそれって、おーぼー」

「あー、どうせ俺は横暴だよー。だからとっとと戻れ」


 有無を言わせぬ勢いに、ディアナはしょぼん、とうなだれた。


「姉さん」


 リジィが姉に声をかける。


「僕は大丈夫だから、心配しなくても」

「うんっ!」


 マックスが止める間もなく、再度ぎゅっと弟を抱きしめたディアナは、「充電完了~!」とわけの分からないことを呟いて部屋を出て行った。

 マックスもリジィも、何を口にするでもなく、無言でいた。


「……そろそろいーか?」

「もう、離れたと思います」


 さすがにマックスまではごまかしきれなかったか、とリジィが諦め顔で呟いた。


「まぁ、よく耐えたよな。……肋骨、いつやった?」

「今日の昼です。イヤ~な音がしたんで、確実にその時だと」

「んで、その後、エレーラに扮装して、アジト一つ潰した、と」

「あはは、そうなりますね」


 気を抜き、リジィは壁にもたれかかった。


「まぁ、賢明な判断だなー。ディーはこれから大仕事もあるし」

「あ、僕、当日は留守番してますんで」

「―――ったりまえだ」



 ◇  ◆  ◇



 新しい太陽が顔を覗かせるには、まだ早い時分。

 彼はその場所にたたずんでいた。

 城の片隅にある、ちいさな礼拝堂。大きなステンドグラスは、内側の灯りを微かに反射し、その色をぼんやりと浮き上がらせている。

 入口から祭壇へ続く絨毯の両側には、それぞれ四列のベンチが並んでいるが、それは城に建てられる礼拝堂としては、あまりに小さすぎるものだった。


「いよいよ……か」


 彼は祭壇の前で、じっと前を見据えていた。


「あれから三十年。長かったのか、短かったのかは分からないが、そろそろこの場所から離れても良いのかもしれないな」


 白髪混じりの前髪をちょっと引っ張り、ついでに目許の皺をぎゅっと伸ばしてみる。


「革命軍のリーダー、ティタニエも老いたもんだな。……なぁ、メリレ・アンク・ナス」

「―――フルネームで呼ばないでいただきたい、そう何度も言ったはずですが?」


 彼以外、誰もいないはずの礼拝堂に、もう一人が姿を見せた。褐色の肌は暗がりに紛れるものの、日に焼けた金髪は隠しようもなかった。祭壇の前に置かれたカンテラが照らし上げたのは、深緑の瞳と、右頬の醜い火傷の痕。


「だが、宰相と役職で呼ぶのも味気ないだろう」


 姿を見せたこの国の宰相が、苦笑いを浮かべ、彼に近付いた。


「ティタニエ、私を怒らせたいのですか?」

「お前に呼び捨てにされるのも久しぶりだ。……三十年前はさんざん怒られたものだったが」

「それは、あなたがあまりにも無謀な賭けばかりするからです」

「だが、それでも勝って来たぞ?」

「運が良かっただけです。人に戦略を立てさせておいて、ここぞという時には必ず無視するんですからね」

「何を言う、お前だって、しまいには『その後は好きにしてください』と言ったではないか」

「何を言っても聞いてくれないあなたには、それで充分です」


 と、二人の目が合って、同時に顔を和ませた。


「あれから三十年。お前にとっては長かったのかな、短かったのかな」

「それは長かったに決まってるじゃないですか。あの時の仲間も、私達を除いて、皆、地方へ戻ってしまいましたね」

「あぁ、ラザも、コーエンも、ルーガも。まぁ、やりたいことが出来ているみたいだから、いいんだけどな」

「まさか、こんなに長く政権を握ることになるとは思ってませんでしたからね」

「そうだな。五年ごとに、ちゃんと選挙はしているのだが、どうにも国主から降りられないな」

「……」

「……」


 ティタニエは口を閉ざしたまま祭壇を見つめた。夜明けの太陽が、ステンドグラスに色を与え始めていた。


「……なぁ、メリレ」

「言いたいことは想像がつきます。どうぞ、お好きなように」


 言葉を遮られ、ティタニエはむっとふくれた。


「わたしは、今日のスピーチで、あの件に触れようとは思わないよ」

「そうですか」

「エレーラに暴かれようが、あれは真実だ。だが、国主として、自ら告白するわけにはいかない。―――それに、この件でわたしが罷免されても、もう問題はない。そうだろう?」

「共和制は既にこの国に根をはりました。……懲りずに、王制復古をもくろんでいたレジスタンス、『スレッジハンマー』はあっさり壊滅しましたね」


 宰相は目をつぶった。三日前の朝、衛士から受け取った正義新聞には、スレッジハンマーのこれまでの犯歴と、彼らを支援していた元貴族の名前が書かれていた。そして、ヤードの警視正からも同じような報告を受けた。


「あれだけ鮮やかなことをしてくれる人だ。私が失脚するのなら、その幕引きにはきっとふさわしいよ」

「―――ティタニエ。一つだけ言っておきます」

「なんだ?」

「もし、まだ『英雄ティタニエ』を望む声があるのでしたら、私は迷わず全ての罪を被って、中央から去ります」

「私一人を残すというのか。……厳しいな。そのときは、私自ら辞職しよう。故郷に帰ってルツ菜でも栽培したい」


 しようのない人ですね、と笑みを浮かべた宰相の耳に、ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえた。

 まっすぐこちらに向かって来るその足音に、レジスタンスの残党か、と彼の身体が硬くなった。


「これは違うよ、メリレ」


 ティタニエは祭壇を見つめながら、語りかける。

 ほどなく、礼拝堂のドアがきぃ、と開けられた。


「ああァーっ! コンなトコロにイたのでスネ? おフタリトモ!」


 すっ頓狂な声を上げた侵入者は、白い仮面で顔の上半分を覆ったメイドだった。


「ミナサーン! コチらにイラっしゃいまシタよーっ!」


 くるりと後ろを振り向いて大声をあげた彼女は、礼拝堂に足を踏み入れることはせずに、厳かに告げた。


「オキガエのジカンには、オきてヘヤでマっていてクダさい、と、イったハズでス」


 ティタニエは軽く肩をすくめ、ゆっくりと祭壇に背を向けた。

 宰相はその半歩後ろを黙ってついていく。


―――式典の朝が来た。


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