1.お姉さんは大変不機嫌です
「なぁ、ちょっくらディーに戻れや」
「はぁ?」
自分の中に燃え上がっている怒りを、なんとか閉じ込めていた彼女は、不機嫌な声で答えた。
これから印刷する新聞をトン、トンと揃えて机にそっと置いて、辺りを窺う。どうやら、声の聞こえる範囲内には人はいないようだった。
「ねぇ、アニキ」
「なんだ?」
「熱でもあるの?」
アニキと呼ばれた男――筋骨たくましいその身体に似合わず、さっきから、ちまちまと木工細工に手を加えていたマックスは、右の眉を軽くあげた。
「ねーよ。……ったく、いつまで不機嫌でいる気だよ。こっちの計画が狂うっての」
「それと、さっきの発言と関係あるの?」
あくまで冷ややかな声を出す彼女に、マックスはわざとおおげさにため息をついて見せた。
「だーかーらー、適当な賞金首ぶんなぐって、とっととガス抜きして来いっての。ランクBハンター、ディアナ・キーズはまだ使えるんだろ?」
「……確かにまだハンター証の期限はあるけどね。それでも―――」
そこでディアナは言葉を切って、座っているマックスの向こうにある窓を見た。窓越しに、月明かりに照らされた小さな庭が見える。
「それでも?」
マックスが促したところで、ようやく言葉の続きを口にする。
「それでも、怒りはおさまりそうにないし、第一、着てく服もないし」
冗談まじりに答えたディアナに、にやり、とマックスは笑みを浮かべた。
「それなら問題ねーな。『アネキ』のトコに寄って行けや」
「え?」
「『ディアナ』の服はかさばるから、全部向こうに渡したって、……言わなかったか?」
「き、聞いてないわよ、そんなの!」
「手元にあるランクCの賞金首の目撃情報もあっちなんだよな。あー、アネキの道場にいる若いの片っ端から沈めてみるってのもアリかなー」
「……」
それでもかたくなに首を縦に振らないディアナに、マックスはとっておきの言葉を吐いた。
「ついでに、弟と直接ハナシつけて来いや」
「―――いじわる」
「こーゆーのは、『親心』って言うもんだ」
「アニキが言うと『下心』に聞こえるから不思議ね」
「ま、ほれ、とりあえず行って来い。……あのフェリオとか言うハンターには、気づかれねぇようになー」
その言葉に、ディアナの脳裏に黒髪のハンターの姿が浮かび上がる。そして、彼女は大げさに、肩でため息をついて見せた。
「無理ね」
「あぁん?」
「だって、もう向かってるもの」
「……どこに」
「兄さんから情報が流れて来たでしょ? ヤードでも、次の大きなターゲットは目星がつけられてるって」
「あー、もうラストだしな、アイヴァン関連は」
「アンダースン警部も無能じゃないし、ね。……そういうことで、ヤードにツテがあるのかどうか知らないけど、フェリオのヤツも同じ情報手にして、意気揚々と向かったハズよ。シーアに言った言葉が正しければ」
マックスは作業していた木工細工を、コトン、とテーブルに置いた。
「なん……っでハンターってやつは、こー、無駄に情報持ってやがんだ」
「生活の為だから仕方ないわね。……ま、いいわ。向こうで会ったとしても、何もして来ないだろうし」
「あん?」
「もう、あらかたこっちの布陣もバレてるんだから、今更ジタバタしないでしょ」
「そりゃどーかな。今度の相手は本気で大物だからな、トチ狂って止めようとでもすんじゃねーか?」
「耳を貸すあたしだと思う?」
「……そりゃねーわな」
「それに、あたしを行かせるってことは、どうせすぐにアニキも来るのよね? だったら元々どうしようもないことだもんね」
「そうだな、『式典』も近いし」
ディアナはぐぐっと両手を上げて伸びをした。
「行くわ。サミーお姉ちゃんの所だったら、それなりに腕のある人もいるんでしょ?」
「……あぁ、んじゃ、とりあえず、これがランクC賞金首の情報だ」
マックスは引き出しか数枚の紙片を取り出した。
「ふぅん、主に旅人をターゲットにした盗賊、ねぇ」
ディアナは猫科を思わせるような表情で、薄く笑った。




