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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第9話.シンデレラの涙
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3.潜入操作!信仰の園

ざわざわ、ざわざわ


 祈りの間の信者たちは、時間になって壇上に出てきた人影を見てざわめいた。


「おい、尊師じゃないぞ」

「どうしてかしら、カラン上級導師しかいないわ……」


 どうやら、祈りの間には教祖がいつも来るらしい。


「―――あー、皆さん、お静かに願います」


 カラン上級導師の声に、それまでのざわめきがゆっくりと落ちついていった。


「本日はご覧の通り、尊師はいらっしゃいません。何人かは知っていらっしゃるかもしれませんが、あの盗賊エレーラ・ド・シンが―――」


 上級導師の説明に再びざわめく信者の中、当のエレーラ本人だけが唇を笑みの形にした。


「というわけで、皆さんの尊い布施の中から、尊師はその名を持つとおぼしきものを全て選び、保管室へと移されました。そして、尊師はその傲慢極まりない盗賊を改心させるため、その部屋で待ち続けております」

(なるほど、保管室ね)


 エレーラがちらりと隣に目を移すと、ダファーもこくりとうなずいた。


「そのような理由から、本日のお祈りは、不肖、このカランが勤めさせていただきます。では、皆さん、聖典をお開きください。本日は四七八ページの『人と心』についてです」


 ぱらぱらと聖典をめくる音が各所から聞こえる。


「あー、人が木に寄ることはやすむこと、人が二人いれば仁の心が生まれる」


 カラン上級導師の後に、集まった信者たちが復唱する。


(うわぁ、聖典全部がこんな感じなのね~?)

(顔をひきしめてください。ここまで来て、怪しまれたら最後ですよ)


 笑いをこらえつつも、至って真面目な顔で聖典を読むエレーラ。隣のダファーも平然としていた。


「また、下心あって恋、中に心あって愛」


 エレーラは髪の毛をはらうフリをして笑いを抑えた。この句はどうやら隣のダファーもツボだったらしく、鼻の頭を軽く押さえてごまかしているのが見える。


(いつまでこんなこと続けるの?)

(祈りの時間は三十分です)

(え、そんなに? 耐えられるかな?)

(……なんとか、こらえましょう)


「舌は自ら心を表して憩い、武士の心がけこそ志と言うべきもの」

(なんで、『憩う』の後に『志』がくるの?)


 吹きだしそうになるのをぐっと息を止め、下唇を軽く噛んだ。いったんツボに入ってしまうと、何もかもがおかしくて仕方がない。


(こ、こんなのが、あと何分~?)



 ◇  ◆  ◇



「こっちで確かなの?」

「はい、保管室と名付けられているものは一つしかありません。……あとは、見つからないように行くだけです」

「……抜け道とかは?」

「ないことはないですが。―――使いますか?」

「もっちろん! ……え?」


 エレーラはいきなりダファーに突きとばされた。


「隠れてっ!」


 ただその言葉だけを忠実に実行する。しばらくすると、数人の信者が歩いて来るのが見えた。


「尊師、お言葉通りに腕の立つ信者を数十人、保管室に待機させました」


 その声にエレーラとダファーが顔を見合わせた。二人の口が同時に同じ名前を形に出す。


(カラン上級導師!)

「うむ、うまくいけば、あのランクAの賞金首を捕まえられるじゃろう」


 答えたのはでっぷりと太った男だった。白いローブもやたらとドレープをたっぷりととったもので、その姿は丸まったカーテンがもそもそと歩いているようにしか見えない。


(……あれが尊師?)

(はい、おそらくは)

「それにしても、『シンデレラの瞳』を狙うとは、いかなる者なのでしょうか」

「なんでも、とてつもなく重い陶器の像すら盗んだというからには、さぞや怪力なのじゃろう」

(な、なんですって~っ!)

(落ちついてください。バレますって!)

「それにしても、こんな『貧乏』教団を狙ってくるとは、なんとも憐れな盗賊よのぅ。そうは思わんか?」

「えぇ、そうでございますとも。この『セルフストリーム』の教義は質素倹約ですから」


 尊師と上級導師は顔を見合わせ、にやりと笑いあった。


「では、わしは瞑想室に行っておるぞ。こやつと共にな」


 尊師は意味ありげに小箱をちらつかせ、笑いながら廊下の向こうに消えていった。そして、それをその姿が消えるまで見送るカラン上級尊師。


(あれ、もしかして……?)

(その可能性は高いですね)


「……まったく、あの肉ダルマが。何が哀しくてあんな下衆にへこへこしなきゃならんのか」


 尊師の姿が消えた途端、ぶちぶちとグチをこぼすカラン上級導師は、ゆっくりとした足取りでエレーラとダファーの隠れている物陰の方へと近づいてくる。


(ちょっと、ヤバいんじゃない?)

(いち、にの、さんで行きましょう)


 二人は互いにうなずいて、カラン上級導師を見つめる。


―――いち、


 エレーラが、めくらましに使おうと、自分が着ている白いローブの裾を握った。


―――にの、


 ダファーがローブの下に隠してある自分の武器の位置を確かめた。


「カラン上級導師!」


 たったいま、尊師が消えて行った方から、一人の信者が彼に声をかけた。


「なんでしょう。……サワドくん」

「門の方に、また、ヤードの方が見えています」

「……やれやれ。わかりました。行きましょう」


 カラン上級導師が信者と共に廊下を走り去ったのを確認して、エレーラが息をついた。


「セーフ、かしら?」

「そうですね」


 ダファーも握っていたピックをローブの下に隠した。


「さて、これでシンデレラの瞳の所在は分かりましたね。あとは、証拠です」

「え? 集め終わってるんじゃないの?」

「そうですね、普通でしたらこれでおしまいです。ただ、あなたが求めている証拠は、まだ手に入ってません」

「……アイヴァン」


 エレーラは苦々しくその単語を口にした。


「そうです。どうやら、ここの尊師は非常に金に几帳面ということでしたので、過去の帳簿さえ手に入れば―――」

「今の帳簿はもう手元にあるってこと?」

「いいえ、怪しまれないように、今夜、あなたがシンデレラの瞳をさらう時に」

「過去のものは―――そうね、几帳面だとしたら……」


 エレーラの頭の中に総本山の見取り図が浮かぶ。これから隠れるのはきっと、尊師専用の瞑想室。保管室にあったとしても、これから荒事が起きる場所に置いておくとは思えない。


「ところで、今の帳簿はどこにあるの?」

「はい、尊師専用の書見所に―――」


 総本山には尊師専用の部屋がいくつもあって、それらが全て東の棟に固まっている。だけど、書見所にないとすれば……


「待って、尊師専用の書見所って、本堂のすぐ裏よね?」

「はい、そうですね。本堂で祈りを捧げることが、尊師が新たな経文を書く力を与えることになるとかなんとか、言ってましたからね」


 あんなダジャレのような経文など便所紙にも劣るが、それでも書くための御託はいろいろと必要なのか。エレーラはそう思ったが、わざわざ口には出さない。


「とりあえず、書見所とやらに行くわよ」

「いや、そこはもう、調べたんですってば」

「あたしのカンではね、あーゆーヤツに限って、自分の悪事をつけた帳面を眺めてニヤニヤするものよっ!」


 言うが早いかエレーラは本堂の方へと戻っていく。


「ちょ、そっちは違いますよ。本堂に出てしまいますよ」


 ダファーの制止の声が聞こえているのかどうか、彼女は一直線に本堂へと入っていった。


「……」


 本堂には何人かの信者が祈りを捧げていた。


「むかし、かこいありて國と為したもの、今や玉をかこいて国とする。」


 ぶつぶつと唱える祈りの文句も、やっぱりそういうテイストだった。

 何を考えているのか、エレーラは本堂の中央に座している尊師の木像のギリギリ近くまで寄った。そして、そこから壁に沿ってスタスタと歩いて入り口まで戻ってくる。

 ダファーはあえて言葉をかけることはせずに、その後についていった。

 エレーラは本堂を出るとまっすぐにその裏の書見所へ向かった。本来なら、力自慢の信者がその前に警備に立つものだが、今はその気配もない。


「鍵かかってたりする?」

「えぇ、中に入るには別のルートからです」


 今度はダファーが先に立ち、本堂から一番近いトイレへと案内する。


「通気孔を使います。個室の天井から行けるようになってますが、白のローブには汚れが目立つので、着替えてください」



 ◇  ◆  ◇



「よ……っと」


 軽く掛け声をかけて、エレーラが先に降り立った。尊師専用の書見所は暗く、明かりひとつない。


「問題ないわ」


 その言葉に、天井に開いた通気孔からもう一人、ダファーが飛び降りた。手にした携帯用カンテラ内部を照らし出す。


「帳簿はそちらの棚に入ってます。二段目右から三冊目の経典です」


 言われた本を手にとり、開いてみると、そこには細かい時でびっしりと数字と日付が書きこんであった。


『○月○日 後布施百万イギンのうち、五十万を金庫へ入れ、残りを総本山の補修代にあてる』

『×月×日 書見所に侵入した信者を荒苦行に落とす。三日後、ミイラ回収』

「……ワルね」

「そりゃもう。ちゃんと悪ですよ」


 エレーラは「土成りて城」と書かれた経典を棚に戻した。


「それで、この部屋に、何か目星でもつけたんですか?」


 壁に手をあてて、うろうろと歩きまわるエレーラに向かって、ダファーは核心をつく質問を投げかけた。


「ちょっと待ってよ。そんなに急がせないで」


 部屋を文字通り一周し、何やらぶつぶつと考え込んだエレーラは、まっすぐにある方向に向かった。

 そして、さわさわと壁に触れる。


「やっぱり、合わないのよねぇ」

「何がですか?」

「本堂とこの部屋の間の壁が、ぶ厚すぎるのよ」

「……なるほど。そういうことですか」


 納得したダファーが、尊師専用の書見台へ向かう。真っ白な座布団の前の座卓には、書きかけの『経典』が広げられていた。

 エレーラの方は、まさか壁を叩いてみるわけにもいかず(そんなことをしたら、本堂の人間に気づかれてしまう)、さわさわと壁の継ぎ目という継ぎ目を、さぐりまくっている。


「見つけました」


 先に手がかりにたどり着いたのは、座卓を探していたダファーだった。


「ここにボタンがあります。……少し、下がっていてください」


 エレーラが壁から数歩離れたのを見ると、ダファーは何のためらいもなく、そのボタンを押した。


ガコン


 小さな物音と共に、座卓の足が開き、何かが出てきた。


「……鍵?」

「そうですね。どこかに鍵穴があると思うんですが……」


 エレーラは何かに気づいたように、壁の一点を見つめた。


「……それ、ね」


 見つめる先には小さな穴ひとつ。模様に巧妙に隠されていたが、間違いなく穴だった。

 ダファーから鍵を受け取り、そこに差し込む。そのままゆくりと右に回すと、がちゃり、と音がした。

 キィ、と音をたてて、人が楽に通れるぐらいのドアが開き、その先には下へ向かう階段があった。


「この先ね……」


 ごくり、と、のどをならし、エレーラが踏みこもうとする。


「待ってください。今はまだ、だめです」

「……」

「あなたが、人目を引くと同時にわたしが行きます。中に何があるか分かりませんから」


 エレーラはじっと階段の先を見つめた。もとより暗い部屋の中、さらなる暗闇が広がるだけで、何も見えはしない。


「そうね。じゃぁ、これで過去の帳簿については問題ないのね。―――あたしは、エセ尊師の方へ行ってるわ。また、どこかに動かないとも限らないしね」


 まるで自分に言い聞かせるようにぺらぺらと饒舌になったエレーラに、「すみませんね。これも社長との約束ですから」とダファーが呟いた。


「どうせアニキのことだから、あたしの頭に血がのぼらないように、って言ってるんでしょ?」


 ひらひらと手を振り、エレーラは通気孔の真下に移動した。


「……0時きっかり。間違えないようにね♥」

「はい、そちらこそ」


 エレーラが天井の通気孔に手をかけ、ぐいっと登る。


「怒ったあなたを、わたしではどうにもできませんから」


 残されたダファーの呟きは、エレーラの耳には届かなかった。


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