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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第1話.ハンターというお仕事
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3.ハンターという職業

 ハンターという職業がある。これは殺人・強盗など罪を犯してなお逃亡中の罪人を捕まえ、ヤードと呼ばれる警察機構に引き渡して金を稼ぐ職業である。賞金首を捕まえた者全てにハンター証が発行され、ハンター証には稼いだ賞金ポイントが明記されている。これがすなわちハンターの格を表すものである。

 賞金首には賞金額等によって設定されたA~Gのランクが存在し、ランクに応じてハンター証の期限というものが変わるシステムになっているが、このランク付けは同業ハンターの格を表す一つの指標となっており、一度でもCランクの賞金首を捕まえた者は「ランクCハンター」と呼ばれ、逆にどれだけDランクの賞金首を捕まえても「ランクDハンター」のままとなる。

 とはいえ、ハンターの数に応じて賞金首が増えるわけでもなく、ハンターの肩書きを(かか)げながら便利屋稼業にいそしむ者も少なくない。そういう人間のためにあるのが、この『BARリベルト』のようなギルド加盟店である。

 元々はハンターの仕事に必要不可欠な手配書の配布や賞金の受け渡しを行う場所であったが、それ以外にも賞金首の目撃情報や同業者の近況などの情報交換の場として、そして、ハンターだけでは食べていけない人間への仕事紹介の場として発展してきた。

 

―――さて、ここ『リベルト』に集まるハンター達の目下の話題はというと、そろそろリフレッシュ休暇を終えようという怪盗エレーラ・ド・シンの復帰一番の仕事予想である。凶悪犯・一級政治犯が揃い踏みのランクAにあって、彼女はそのどちらにも含まれない異色の存在であった。先にも述べたように、彼女が狙うのはあくまで悪どく稼ぐ上流階級の人間なので、庶民にとってはヒーロー的存在である。また、盗みに入った先でも、警備の人間に対して最低限の傷しか負わせないことが、そのカリスマ性を引き上げていた。

 この日も、複数のテーブルでハンター達がエレーラ・ド・シンの話に熱中していた。バーにたむろするハンターはランクD以下の格下ハンターが多い。特に入れ墨でこけおどしするような人間がその大半を占めている。そんな掃き溜めに、一人の少女が店に入ってきた。

 そのあまりに場にそぐわない格好に、ハンター達の注目が集まる。視線をものともせずに、その小柄な女はフリルたっぷりのドレスをまとって、真っ直ぐカウンターの方に向かって行った。ふわふわとした金髪に、ガラス玉のように綺麗な青い瞳、白くなめらかな肌、その姿に磁器人形が歩いているのかと、何人かが錯覚かと目をこすってみるが、やっぱり白昼夢などではないらしい。

 それでも、この店に直接仕事を頼みに来たどっかのお嬢さんだろう、と居合わせた半分以上が納得したところに


「すみませぇん。賞金、届いてますかぁ?」


 アンティークドールのようなその姿に似合う、かわいらしい声が店の中に響きわたった。

 一拍の沈黙の後、店の客達がどっと笑い声をあげる。


「賞金だって? どうせランクGだろ? ちょっと豪勢に食事して終わりさ」


「痴漢とか捕まえたのかな。ひゃっひゃっひゃっ」


 女はヤジを気にもせずにハンター証を提示して照会を行う。


「おや、話は聞いたよ。今回もスゴかったんだってね」


「はい~。まさか温泉でぇ、ばったり会っちゃうとはぁ、思わなかったのでぇ……」


「ははは、弟くんもびっくりしただろうねぇ。……あぁ、そうそう、ランクCのファブ・パラポジアとその相棒のルイス・バトー、こっちもランクCだね。賞金は合わせて五十万イギン。ちゃんと届いてるよ」


 ランクCが二つ。その事実に店の連中が「げっ」と声を上げた。

 ギルド加盟店にたむろしているのは、大半がランクDハンターである。ギルドから下りてくるハンター向けのバイトをもらうために、通っているのだ。ちなみにランクDの賞金首というのは5万イギン前後で、ギリギリまで切り詰めて1ヶ月過ごせるかどうかという金額である。彼らにとって1つの賞金首でその倍以上も稼げるランクCなどは無謀な賭けでしかない。

 賞金を受け取った女が意気揚々と店を出て行こうとすると、肩にわざとらしい入れ墨を入れたマッチョがその行く手を阻んだ。


「よぉ、嬢ちゃん。色仕掛けで他の奴から手柄ぶんどったのかい?」


 驚いてマッチョを見上げる女の髪を一房掴む。


「オレにもそのテク教えてくんねぇかな?」


 その言葉にマッチョの仲間らしいテーブルから下卑た笑いがあがる。

 その一方で、本来なら弱い者を守るために動く、バーのマスターは動く様子を見せず、むしろニヤニヤとして観客に徹していた。


「あのぉ……、もしかしてぇ、ナンパですかぁ?」


 彼女は掴まれた髪を身を引いて取り返すと、上目づかいでマッチョに視線を移した。


「それ以外の、なんだと思う?」


「えぇとぉ……、恐喝、かしらぁ?」


 どっと店中が笑いに包まれた。


「でもぉ、どっちにしてもぉ……酒臭くてヤニ臭い人は嫌いなんでぇ……」


「っ! このアマ、人が下手にでてりゃ……!」


 マッチョが手をふりあげる。彼女は「きゃぁ~」っと気の抜けるような悲鳴を上げた。

 と、その時、振り上げられたマッチョの手首を、誰かの手が掴んだ。


「何してるんだ?」


 低い、怒気をはらんだ声をした男は、まるで汚らしい物にそうするかのようにマッチョの手首を離して尋ねる。その様子を見ていた何人かが、その男がしゃがみこんだ女によく似ていることに気付いた。金の髪に青い瞳、そして白い肌。その表情こそ大きく違えど、女に瓜二つだった。


「あぁん? 何だこのおぼっちゃんは?」


 いきなり割り込んできた女顔の彼を、マッチョが凄む。


「姉さんに何してんだって、聞いてるんだ、このデカブツ!」


 乱入してきた男は有無を言わさず、マッチョのみぞおちに膝を入れる。


「ぐぅっ!」


 思わず前屈みになるマッチョ。しかし男はそれすら許さなかった。


「答えてみろよ、ウドの大木!」


 手をマッチョのあごにかけると、そのまま片手で持ち上げる。


「ぐ、あががっ!」


 痛みと恐怖であえぐマッチョ。


「おい……、アイツ、百キロはゆうにあったよな?」


「百五十近いって聞いたぜ、オレ……?」


「あの男、ヤバくねぇか? 何かぶちキレてんぜ?」


 その男は笑みすら浮かべて罵倒する。


「その体重が、あごだけにかかってんのはどうだ? 自分がいかにデブか分かっただろ、このうすらデカ!」


「ぐ……あぐっ」


 あえぐマッチョの顔面が蒼白になっていく。カウンターの奥にいたマスターが、さすがにヤバイと思ってか、カウンターをくぐった。


「リジィちゃん。やりすぎはぁ、だめ!」


 アンティークドールが男の腕を掴む。

 一瞬、不満そうに彼女を見た男だったが、仕方ない、と掴んでいたあごを解放し、マッチョを地面に落とした。

 彼はその場に座り込むマッチョに「命拾いしたな」と言い捨て、振り向かずに店を出る。


「あのぉ、お騒がせしましたぁ」


 ぺこり、と頭を下げて、女の方もその後を追う。

 残ったのはボーゼンとするマッチョと三流ハンター達。


「……いやぁ、危なかった。さすがに店の中でコロシはまずいからねぇ」


 マスターがよっこいしょ、とカウンターの奥に戻る。


「あいつら、何なんだ……」


 こてんぱんにされたマッチョの仲間らしい男が呟いた。きっとそれは店の中全員の疑問でもあっただろう。


「見ての通りのハンターだよ。ディアナ・キーズとリジィ・キーズ。それなりに知名度はあるんじゃないかな?」


「まさか、あのシスコンの!」


 誰かがはじかれたように声を上げた。


「ご名答。リジィの方はお姉さんにべったりだよ。うかつに声をかけたら……って、言うまでもないか」


「でもよ、弟がいない時にやっちまえば……」


 命知らずなハンターの声に、マスターはとうとう声をあげて笑う。


「あはは、いいこと言うねぇ。でも、リジィがディアナにくっついてないときなんて、お風呂ぐらいじゃないの? それに、リジィに武器の使い方やら体術やら教えたのはディアナだって話だよ?」


 マジかよ……という雰囲気の中、新たに一人の男が店に入って来た。


「よぉ、マスター。ここにディアナが来なかったか?」


 背が高く、がっしりとした身体にぼさぼさの黒髪。明らかに強者のまとう雰囲気が漂っている。彼は静まり返った店内に目もくれず、まっすぐにカウンターへ向かって行った。


「おや、一足遅かったね。ついさっき一騒動おこして帰っていったとこだよ」


「くぅ、また入れ違いかよ。……しかたねぇ、金だけでも受け取ってくか」


 ハンターのライセンスをカウンターに叩きつける。


「おや、こいつ、捕まえちまったのかい? もう少しでランクBに上がるかと思ってたんだけどな」


 マスターの口から出た『ランクB』の単語に、店の中がどよめいた。


「今日は、えらく金が出るなぁ」


 ぶつぶつと呟きながらも金の入った封筒を探す。ヤードに賞金首を引き渡すと、どのギルド加盟店で金を受け渡すか指定する。金額によっては大きな店でしか支払えない場合もあるが、言うまでもなく、ここ『リベルト』はその一つである。


「はいよ。百万イギンだね」


 手にしたこともない金額にさらにざわつくバー。


「一ヶ月待っておきゃ、二百万になってたかな?」


「そうだねぇ……」


「そうだ、マスター。ディアナがどこに行こうとしてたか分からないか?」


「そういや、エッフェの観光案内を握っていたけど」


「サンキュー、愛してるぜ、マスター!」


 投げキスを一つ、そして彼は去っていった。


「……マスター」


「フェリオ・ドナーテル。いい腕のハンターなんだけどね。ディアナに惚れちまったからなぁ」


 何もあんな怖い番犬付きの子を追っかけなくても……とため息をつく。


「今日はまったく、忙しい日だね」

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