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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第5話.橋のある川
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2.ことの始まりはいつもの風景

「だぁかぁらぁ~! 付いて来ないでって言ってるでしょぉ~」


 街角にほんわかとした怒声が響く。道行く人の幾人かが振り返るが、ピンクのヒラヒラフリフリのスカートを着た女と、彼女に怒られている大柄な男の不思議なコンビが原因と知ると、すぐさま視線を戻す。何事も、怪しい人間には関わらない方が吉である。


「いいじゃねぇか、ディアナ。ほら、オレら同業だし」

「同業はライバルでしょぉ~?」


 ディアナと呼ばれた女性が、ぐっと相手を見上げてにらみつけた。


「あぁ~ん! 見上げるのすっごくいやぁ~っ! リジィちゃん、厚底のブーツ買いに行くわよぉ~」


 くるり、とそれまで他人のふりを決め込んでいた弟の腕をがしっと掴んだディアナは、そのまま引っ張って行こうとする。


「厚底はダメだよ。前もすっ転んでたじゃないか。……背の高いヤツがいなきゃいいんだよ」


 相変わらずフェリオが嫌いなのか、こき下ろすタイミングを見逃さないリジィの言葉に「そうよねぇ~」と納得するディアナ。


「おいおい待てよ。いいじゃねぇか、どうせ行き先は同じなんだからよ」

「よくないわぁ~。どうして行き先が同じだなんて言うのよぉ」


 ピタリと立ち止まり、ディアナが拳でフェリオの胸を叩く。身長差からすると、まるで女の子が父親に向かって駄々をこねているような光景だった。


「同じ情報もらったんなら、行き先も同じじゃんかよ。ほれほれ」


 フェリオがポケットから取り出して見せた紙片に、ディアナの目が丸くなる。


「こないだのニセモノの件で、ダファーに購読契約させられたんだよ。こ~んな3流新聞を」


 別のポケットから頭を覗かせているのは『弊紙記者は見た! 衝撃の人面アカマダラガエル』と1面にでかでかと見出しが踊る薄い新聞だった。


「……それは、なんというか、ご愁傷さま」


 リジィは見覚えのある見出しにため息まじりに声をかけた。姉も購読しているこの新聞は、リジィにとって毒にも薬にもならない、しいて言えば、野宿の時には焚きつけとしてお世話になる、ぐらいのものでしかない。


「正義新聞ねぇ~。それじゃぁ問題ないでしょぉ~? 別にぃ、追いかけて来なくてもいいんだからぁ」


 反論するディアナの眼前に、無言で紙片が突き出された。


『オーフィナ 橋 三角錐ってなーんだ』


「こんなんで分かるかっつーの!」


 簡潔すぎるメモの内容に憤るフェリオを、リジィが苦笑いで眺めた。


(確かに、ちょっと断片的すぎるよね)


 リジィも正義新聞に1年ほど目を通しているからこそ分かるのであって、フェリオが理解不能に陥っているのは昔の自分を見るようで、少し愉快だった。


「それで、付いて来るってわけ?」

「もちろん」

「……姉さん?」


 どうする? と問い掛けられたディアナはじっとあらぬ方向を見ていた。


(どうしよ? 今回はさすがにフェリオに構ってらんない感じなのよね)

「ディアナ、頼む! この通り!」


 フェリオはそっぽを向いている彼女に両手を合わせて拝む。


(でも……、前みたいに、フェリオとリジィちゃんをくっつけられれば、すっごくラクなのよね~)


 毎回毎回、弟を煙に撒くのもツラいのだ。


「でもぉ、どうしてそんなにエレーラにこだわるのぉ~?」


 人差し指を下唇にあてて、はにゃん、と首を傾げてみせると、フェリオは、何故か「うっ」と言葉に詰まる。


「どうしてぇ~?」

「あー、別に、そろそろランクA狙ったっていいじゃねぇか」


 何かを隠すような答えに、ディアナは「ふ~ん」とだけ答えた。


「……まさか、先にエレーラ捕まえて本気でコクろうとか言えるわけねぇよな……」


 小さな呟きはかろうじて大通りの喧騒に紛れ、本命=ディアナの耳に届くことはない。


「ランクA……ねぇ。別にエレーラじゃなくてもいるとは思うんだけど」


 リジィの言葉に、フェリオはここぞとばかりに胸を張る。


「エレーラが一番捕まえやすそうだからな」

「そうなの? 姉さん」

「う~ん、そうねぇ……。出現場所がぁ、神出鬼没なのを除いたらそうなるかもねぇ~」


 元々、ランクAなのも不思議なくらいだし、と付け加えるディアナ。


(まぁ、下手に地位ばっかりある人ばっかり狙ってたから、そうなるのも当然なんだけど……)


 自分でもそんなに賞金首が上がるとは思っていなかっただけに、ランクAになった時はびっくりしたものだった。いかに悪人ばかりを狙うエレーラに脅威を感じる富豪・高官の類が多かったかという話だ。


「こればっかりはぁ、しかたないわよねぇ~」


 ランクAに上がった以上、どうあがいても何にもならない、とディアナがため息をついた。


「え、じゃぁ、いいんだな?」

「ちょっと、姉さん?」


 それを全く別の意味に釈った二人がディアナに詰め寄る。


「えぇ? な、何の話ぃ~?」


 かくて、なしくずし的に、3人は行動を共にすることになったのであった。






 パク・テトラ、という町がある。

 比較的大きな街道の宿場町として栄えたここに、彼がやってきたのは数年前だった。

 多くの私兵を引き連れた彼は、町の中央を流れるリーメス川にまたがる橋に邸を建てた。もちろん、たった一本しか架けられていない橋だけに反対の声は多かった。だが、彼はそれがこの町における権力の象徴とでもするかのように、反対する人間を次々と私兵に黙らせ、建設を進めた。

 そして、その橋が完全に邸に乗っ取られた頃、彼はあっさり死んだ。

 残ったのは彼の息子ただ1人。

 これも天の采配と町の人々が喜んだのもつかの間、その息子は父親のやり方をそっくりマネた。すなわち、私兵による恐怖政治である。




「……と、いうわけでぇ~、夕方にぃ、ここの食堂に集合ねぇ~」


 宿屋を出た彼女は、えい、と右腕を振り上げた。

 パク・テトラに到着した3人は、エレーラの予告状もまだ出ていないことから、それぞれ情報収集に出かけよう、という話になった。


「姉さん、お願いだから迷子にはならないでよ」


 弟の言葉に、「えぇ~?」と分かったんだか分からないんだかとりあえず返事をするディアナ。


「おいおい、分担とかはしなくていいのかよ」

「……そっかぁ。今日はフェリオもいるんだっけぇ~?」


 忘れてたぁ、と手を叩くディアナに「勘弁してくれよ」とフェリオが泣き事をもらした。


「姉さんはいつも通り、大通りをぶらつくだろうし、僕はギルド加盟店に行くし……、あとは居酒屋とか飲み屋街かな」

「そうねぇ~。私が行くとマズいしぃ、リジィちゃんはて~そ~の危機なのよぉ?」


 いやちょっとその言い方やめて、という弟の声を無視して、ディアナは「よろしくぅ~」とフェリオの肩を叩く。


「あーはいはい。なるほどね、二人でも寄らない場所はあるもんなのか」

「別に僕が行く時だってあるさ! ただ苦手なだけだよ」


 食ってかかるリジィに「はいはい」とおざなりに返事をする。


「それで、大通りぶらつくって何するんだよ、ディアナは」

「えぇ~? ショッピングがてら井戸端会議とかぁ、世間話とかするのぉ~」


 情報収集ってそういうものよねぇ~、とリジィに同意を求めると、そうだね、とひどくそっけない返事が戻ってくる。


「それじゃぁ~、また夕方にねぇ~」


 フェリオの表情に何かを察したのか、ディアナはくるりと踵をかえしてパタパタと走り出す。弾むようなその走り方にフリルたっぷりのスカートがひらひらと可愛らしく揺れていた。


「ありゃー、擬態だよな」


 昔の彼女を知るフェリオはこっそりつぶやいた。


「それじゃ、フェリオ。僕も行くから。……何かギルドで欲しいものとかある?」

「あー、新しい手配書出てたらとってきてくれるか」

「分かった」


 リジィもくるりと彼に背を向けて歩いて行く。


「あー……、そんじゃオレも行くか」


 繁華街を目指し、フェリオも出発することにした。




―――フェリオの場合


「あら、いい身体してるわね」


 その店に入った時に見えたのはゴロツキ崩れの頭悪そうな連中と、それを見ぬ振りをしている店主、そしてこの厚化粧の女性だった。

 注文した酒を持ってきたのはいいのだが、やたらと人の身体にぺたぺた触ってくるのがどうにも、とフェリオは少しばかり辟易する。


(ま、ちょうどいいか)


 どうせ情報収集に来たんだから、誰も近くに来ないよりはマシだ、と気持ちを切り換える。


「な、ちょっと聞いていいか?」

「あん、なぁに?」

「あっこで集まってんのは何モンだ? やたらと羽振りが良さそうだけど」

「……ん、あなたやっぱりヨソから来た人ね? 初めに言っておくけど、関わっちゃダメよ?」

「あぁ、ヤバそうなのは見りゃ分かる。―――バックに何がいる?」


 後半部分を聞こえぬように声を1オクターブ低くして尋ねる。


「この町のね、おエライさんよ。特にあなたがこの町に用がないなら、別の町で宿をとることをオススメするけど?」


 艶っぽく濡れる唇がそっとささやく。控えめな香水の匂いによろめきそうになるフェリオだが、慌ててディアナの顔を思い浮かべた。


「つまり、この町じゃ、仕事はねぇってことかな」

「あ~ゆ~のと仲間になりたくないなら、そうなるわね」


 彼女は軽くウィンクをすると、店の奥へ戻って行った。


(ちっ、エレーラ絡みでなけりゃ、避けてぇトコだな)


 彼はカウンターに乗ったグラスを、くい、とあおった。





―――リジィの場合。


「あ、そうなんですか」


 相槌を打つリジィの目の前で「悪いな」と謝罪するのは、ギルド加盟店の酒場「ファウルト」の店主である。

 話のきっかけにと仕事を探しに来たふうに装ったリジィは、あっさり「仕事はない」と断られてしまったのだった。


「この町じゃ、ハンターが必要ないぐらいにお邸の私兵がゴロゴロしとってな、ハンターも居つかんし、仕事もとらんようになっとんのよ」

(つまり、私兵がハバきかせてるのか)

「それじゃ、今週発行の手配書ありますか?」


 あっさりと情報収集を諦めたリジィは、「それならあるでよー」という店主に、最新情報を2部ずつもらう。


「町ん中じゃー、ハンターちゅうことは隠した方がええかもしれんよ」

「え、なんでですか」

「お邸の人がな、ちゅうてもゴロツキみたいなもんやねんけどな、ハンターをボコにしたことがあってな」

(うっわ、特に姉さんとかヤバいよね、それ)


 『返り討ち』にする姉の姿がリジィの脳裏にやたらとリアルに浮かんだ。


「ご忠告、ありがとうございます。ところで、もう少し、邸の人について話を聞きたいんですけど―――」

「あぁ、もちろん。……その前に、アンタ、いい身体してんねやなー」


 店主がヒゲを撫でつつ答えたセリフに、リジィにぞくり、と悪寒がはしった。


「え、えっと、あ、ありがとうございます……」

(な、なんか、この人……)


 自分を上から下まで舐めるように見るその視線に、リジィの首筋に鳥肌が立つ。


「ちょっと聞きたいんやけどな? ……男同士って興味ある?」


 リジィは声にならない悲鳴をあげた。




―――ディアナの場合。


「いたいたぁ~。探したわよぉ~」


 ディアナはにこにこと微笑みを張り付けた男を見つけ、パタパタと近寄った。


「どうも。……奥に部屋がありますから、そこで」


 先に立って彼女を導くのはダファー・コンヴェル。今日はさすがに正義新聞ロゴ入りのジャケットは着ていない。


「ここ~?」

「はい、わたしのとっている宿でもいいんですが、なにぶん壁が薄いですから」

「だからって、ねぇ~」


 ディアナはぐるりと部屋を見渡す。目に入るのは生活感を感じさせる品々ばかりだった。


「誰のおうちぃ~?」

「ちょっとね、今回は情報提供者がいるもので。……それで、ディアナさん。ターゲットのことですけど―――」

「証拠は見つかったの?」

「いいえ、残念ながら。相手はよほど賢い方だったようで」

「だった?」


 過去形に眉をひそめるディアナに、ダファーは「概要を説明します」と微笑みを消した。


「今回、ターゲットとするのは、橋の中央に陣取ったアルレーテの先代です」

―――突然この町にやってきた富豪、ワイク・アルレーテ。彼は私兵を使ってこの町で恐怖政治を行うことにしました。しかし、その象徴である橋の邸の完成を待たずに死亡。今はその息子のクリス・アルレーテがそっくりそのまま後を継いでいます。このクリスはバカ息子とかドラ息子、という形容詞がぴったり合いそうですね。


 話が逸れましたが、私兵を持つにはそれなりの資金が必要となります。その資金源となったのが


「アイヴァン、ね」


 ディアナが苦々しくつぶやいた。


「そうですね。ワイクはアイヴァンで荒稼ぎをして、その後、それまで地盤としていた町を去って、ここに流れついたようです。残念ながら、どこの町から来たのかまでは分かりませんでしたが」


 ディアナはぎり、と歯ぎしりをする。

 AAA(トリプルエー)と言う伝染病がある。感染しても発症率は低く、発症した場合の死亡率は高いものの特効薬によって完全に抑えられることから軽視されていた。

 それが数年前、発症率の高いAAAが現れ、またたく間に伝染していった。幸いなことにその前年に流行ったBBTという伝染病にかかった人間は感染することはなかったが、BBTの感染ルートから外れた地域の人々を恐怖が襲ったのは間違いない。

 そこに、元々数の少なかった特効薬アイヴァンを複数の人間が買い占め、価格は一気に高騰した。命の値段と言われればそれまでだが、アイヴァンの買い占めさえなければ、これほどまでAAAは流行しなかっただろう、という意見もある。

 ディアナ自身は、AAAにかからなかったものの、その出来事は彼女にとって、にがい思い出に直結していた。元々、怪盗エレーラ・ド・シンとして動くきっかけもアイヴァンだった。


「証拠が消された、ということもあるってこと……」

「そうですね。でも、別の証拠でしたら既にあります。この町を支配下におさめる際にもいろいろやっていたようですから」


 ダファーは町の有力者の殺害から反抗した商店組合の乗っ取りまで、その罪状を並べ挙げる。


「亡くなってからは、目立った動きもありませんから、今のドラ息子を追い出すまではいかないかもしれませんけど」

「そう。うまくいかないもんね。……それで、今回のターゲットは何?」

「オーフィナの竪琴、というものです」


 ダファーの口にした品目に、ディアナは目を丸くした。これまでエレーラが狙ったことのある美術品よりも1ランク上の、国宝級の逸品である。


「え、まさか名工オーギュストの? どっかの国の内乱で行方不明になったんじゃなかったの?」

「行方不明ですよ、今でも。どうせ予告状を出しても公開しないでしょうから、ちょっと高望みしてみてもいいだろう、と社長もおっしゃってましたし」

「……相変わらずの悪どさね。でも、今回は賛成よ。……それで、見取り図ぐらいは手に入ってるんでしょ?」

「はい、もちろんです。それでは、本題に入りましょうか」


 ダファーがその紙を取り出すと、ディアナの顔が怪盗エレーラ・ド・シンのものに変わった。


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