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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第4話.美少女怪盗の有名税
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3.ついに登場、ニセモノさん

 聖女ギルヴィアは神殿に鎮座していた。

 彼女の拓いた荒野の町ガイウス。その中央にある神殿。さらに中央の台座にある、大理石で作られた聖なる書物を片手に教えを説く姿、それが今回のエレーラのターゲットだった。

 祭の喧騒冷めやらぬ深夜、その台座はものものしい警備体勢の中にある。

 メリダ警部補を筆頭に脇を固めるヤード。部屋の入り口近くにちゃっかり構えるディアナはそれを少し遠く一瞥してから、嘆息した。


「……あのモミアゲめ」


 低く呟くその声に「何か言った?」と隣のリジィが聞き返す。


(む~、もうちょっと近くが良かったのにぃ~)


 延々と長い交渉の末に、なんとか聖女の像が置かれているこの部屋まで入ることはできたが、メリダはそれ以上は決して譲らなかった。

 しかも、交渉を遠くから眺めていただけのフェリオも何故か彼女の近くにいる。リジィよりも遠い位置にいるにも関わらず、先ほどのディアナの呟きが聞こえたらしい。必死で笑いを堪えていた。


(……まったくぅ、やりにくいったらないわぁ~)


 フェリオとエレーラは一度打ち合った仲だ。いくらホンモノに限りなく似せてあるとはいえ、予告状を出したニセモノを捕まえる役の彼女とやり合うようなことがあれば、一発でバレてしまうだろう。アレは以前闘ったエレーラではない、と。

 ランクBハンターは運だけではなれない。そのことは同じランクBハンターの自分がよく分かっていた。


「あと少しで、時間になります。メリダ警部補」


 そんな声が聞こえ、ディアナは自分のロングソードの柄を握りしめた。


(とりあえずぅ、当面の敵はフェリオかなぁ?)


 ニセモノはあちらに任せるとして、もし隣の弟がエレーラに斬りかかるようなことがあったとしても、エレーラでないとはバレないだろう。


(と、するとぉ、どうやってフェリオを止めるか、よねぇ~?)


 ちらりと右を見れば、彼は真剣な表情で右拳を握っていた。カタールをはめていないところを見ると、どうやらこの人員の多さに味方の被害を考えたらしい。

 ディアナが見ていることに気づいて、彼はにやりと笑みを見せる。


「何笑ってるのぉ?」

「いや? ここまで近い位置で仕事するのも滅多にないよなって思っただけだ」

「姉さん、そんなヤツと無駄話するのはやめなよ。もうすぐ時間だよ」


 完全にフェリオを嫌っているのか、左のリジィがすぐさま横ヤリを入れてきた。


「……そうねぇ、ちゃんと緊張感を保ってないとぉ、また警部補さんが怒っちゃうもんねぇ~」


 ディアナが笑みを浮かべて振り向くと、こちらをすごい形相で睨むメリダの姿があった。


(だべってんじゃねぇよ、ハンターごときが)


 そんな声が聞こえて来そうな雰囲気だ。


ダンッ!


 突然、中央の入り口が大きな音を立てて開いた!


「……っ!」


 しん、と静まりかえる神殿に、外からの風が吹きこむ。

 砂のまじった風は、神殿内の燭台から次々と火を奪い、灯りは警部補と、リジィの持つカンテラだけになった。


「リジィちゃん!」


 ディアナはカンテラをもぎ取ると、すぐさま近くに居たヤードに渡す。


「え……?」


 ぽかん、とカンテラを受け取る若いヤードに、顔をしかめそうになったディアナは、ぐっと堪える。


「早くぅ、火種を増やしてねぇ~?」

(この、ヤードの教育がなってないわよっ!)


 細かい指示を出されてようやく自分の持つヤード標準装備袋の中からもたもたとカンテラを取りだす男から目を離すと、ディアナはいち早く入り口付近に駆けつけたフェリオを確認し、逆に聖女像の方へ駆け出した。


(扉は囮? それとも―――)


 彼女の思案は一瞬で終えた。風にのってモクモクと白い煙が漂って来るのが目に映ったのだ。


「か、火事か?」


 ざわり、と室内に動揺が走る。

 その時、入り口に立ったフェリオが何かに驚いたように2,3歩後退した。ポケットから布を取り出し口元に巻くと、彼は腰に無頓着にぶら下げたカタールを右手にはめた。

 それと前後して、彼の回りに――正確には扉の近くに――いたヤードが膝をついていく。


「な、何事―――?」


 メリダの驚愕の声も当たり前か、とディアナはこっそり頷いた。バタバタと倒れていくヤードの人間には苦悶の表情は見られないが、それでも、頭の中にいくつかの毒物が浮かぶ。


「リジィちゃん、煙吸っちゃだめよぉ~」


 言われるまでもない、と弟は煙から離れている。


「ほーっほっほっほっほっ……! 何人ヤードを配置したかは知らないけど、このあたくしエレーラ・ド・シンに狙われたのが運の尽きね!」


 煙の漂う中、女の高笑いが神殿中に響き渡る。

 ディアナは身構えるより、呆れて立ち尽くすしかなかった。なんたるニセモノ。これでは本物があまりにキワモノみたいじゃない。と、怒るより呆れてしまう。


(どこにいるのかは分からないけど―――)


 ディアナは当初の予定通りに聖女像に向かって駆ける。その間にもバタバタと倒れるヤード。


「安心なさい。単に一晩ぐっすり眠るだけだから」


 高笑いする声の元を探しながら、ディアナは聖女像にたどり着く。一段高くなったその場所には、煙は漂って来ない。先客は警部補と数名のヤードだけだった。

 呆然とするメリダ警部補の口がわなわなと震えていた。ついでにモミアゲも小刻みに揺れていた。


「……っとぉ、フェリオはぁ?」


 扉のフェリオは煙の向こうにいる誰かと対峙していた。

 その『誰か』は煙対策がきちんとしているのか、煙の中心にあって倒れることはない。そんな誰かと戦闘など不利だというのをフェリオは承知しているはずだが―――


「っぁっ!」


 フェリオの気合の声とともに、彼の姿が煙の向こうにかき消えた!

 その一瞬のつむじ風に、ディアナの目が相手をとらえる。


(……男?)


 大柄なフェリオと並べて見ても、遜色ない程の巨漢。もちろん、肥満体などではなく、鍛え上げられた身体のシルエット、そしてディアナの見間違いでなければ―――


(スキンヘッド?)


 小さく首を傾げて、腰のロングソードを抜いた。


「お、おい、聖女像に傷をつける気か……っ?」


 隣のメリダ警部補が喚くのが聞こえた。


「フェリオと闘ってるのはぁ、体格からして男よぉ? だったらぁ、さっきの声の主がいるはずじゃないぃ~?」

(まったく、あいつは何やってんのよ!)


 エレーラのニセモノを捕まえる役目の彼女を思いだし、ディアナは、ぎっと目の前のメリダを睨む。完全な八つ当たりだ。


「あら? なんで6人も残ってるのかしら。……薬の分量間違えた?」


 再び声がする。されど姿は見えない。


「しかも、ヤードだけならともかく、なんでハンターがいるの? ちょっとこの町にハンターはいないハズじゃなかった?」


 苛立たしげに呟く声。どうやら急いで来た甲斐はあったようだとディアナはほくそ笑んだ。


「まぁいいわ。それなら神殿中どこに逃げても無駄なくらいに、煙を充満させればいいことだも―――」

 どごっ、と鈍い音が響き、続いてどしん、と何かが落ちた音がする。


 下に溜まった煙が大きく動いたところを見ると、聖女の奉られた祭壇の目の前に、黒っぽい何かが落ちていた。

 その『何か』はがばっと起き上がる。が、よほど痛かったのか、背中から腰にかけてをさすっていた。

 よく見れば、ぴったりとした黒いシャツとズボンは女性のラインを強調している。すらりと伸びた足はそのまま黒いブーツをはいていた。

 ゴーグルとマスクで顔は隠され、露わなのは赤茶の肌と陽に焼けた金髪。


「ちょっと誰よ、人のこと落とし、て―――」


 天井を見上げた彼女は、ぴたり、と凍りついた。

 天井近くから見下ろす聖人像の隣にたたずむのは、黒いぴったりとしたスーツ、そしてゴーグルで目許を隠した、落ちてきた彼女と同じような服装の女性。


「モ、モノホン? そんな……」


 落ちた彼女は「信じられない」と呟く。


「これまでエレーラの騙りが、どういう目に合ってきたか知ってるでしょ?」


 見下ろす彼女のセリフに、ニセモノの目が光る。


「冗談じゃないわ。あたくしは捕まらなくってよ!」


 言うなり、フェリオと誰かの闘う扉へ駆けだす。


「ムユーロ、撤退! 本物が来たわ!」


 声をあげながらムユーロに集中しているフェリオの背中に飛び蹴りをかまし―――


「っと」


 後ろに目でもついているのか、あっさりフェリオが横に避ける。だが、それを予想していたのか、ニセモノは空中で体勢を整えてムユーロと呼ばれた巨漢にがしっとしがみついた。


「お嬢、行きやすぜ」


 ムユーロはひょい、とニセモノを抱え上げると、そのまま神殿から逃走。足止めにとフェリオがコインを取り出し、弾く直前に


「あたしんのぉ~!」


 ディアナがコインの軌道上に姿を現す。


「っとと」


 慌てて指を止めるフェリオの前を、一目散に駆け抜けるふわふわひらひらのスカート。その動きに、充満した煙がかき混ぜられた。


「ちっ、しゃあねぇな」


 リジィはディアナに言い含められたのか、警部補を含む無事なヤードと共に聖女像の近くに陣取っている。

 エレーラはいつの間にか姿を消していた。


「そりゃ、当たり前か」


 エレーラがニセモノを追うなら、自分もそれを追うまで、とフェリオも駆けだした。






「残念ながら、そこまでよ」


 ひとけのない小道を走っていたムユーロは、そのセリフに、ぴたりと足を止めた。そして、ゆっくりと担いでいたニセモノを下ろす。


「ムユーロ、だめ、逃げないと」

「お嬢は逃げてくだせぇ。あっしは、エレーラを引き止めやすんで」


 それは目の前の男を見捨てることと同義だと、ニセモノが複雑な顔をした。


「それで、どうするの? ニセモノさん。……いえ、盗賊団・桂の頭領の、えぇっと、タリサ・サバナだったっけ?」


 あっさりと素性を看破されたニセモノがびくっと震えた。


「……ってことは、逃げても無駄ってことじゃない」


 迷いを断ち切るように首を振ると、エレーラに似せたポーチから、ダガーを取り出した。


「お嬢!」


 ムユーロが険しい顔をした。


「こんなところで足止めされるわけにはいかないの! 何としてもあの聖女像はあたくしの手中におさめないといけないんだからっ!」


 それを微笑ましく見つめるエレーラは、何を思ったか声を上げた。


「お嬢ちゃんはいいわ。あたしはこっちとやってみたいの」


 あんたは邪魔、とばかりにエレーラは手を振った。


「なんだって……っ!」


 むきーっと唸るタリサ。


「桂の副頭領、ムユーロ・タミカで間違いないんでしょ? だったら、あたしの相手はあなたよ」


 言うが早いかエレーラが銀のカード片手に地を蹴った。


「お嬢っ!」


 隣にいた彼女を乱暴に突き飛ばし、ムユーロは自分の籠手でその攻撃を受け止める。


「……っぅ、いったーい」


 起きあがったタリサの目の前ではカードと籠手でせめぎあうムユーロとエレーラ。


「ちょっと、ムユーロ! 相手が女だからって手加減してるんじゃ―――」


 ないわよ、と言おうとしたタリサの口が止まった。ムユーロの顔が険しく歪んでいたのである。


「手加減? ふふ、可愛いことを言うわね」


 ハスキーなエレーラの声が、タリサに悪寒を感じさせた。


「残念ながら時間もないことだし、ね」


 エレーラはせめぎあう身体を弾かれたように離すと、黒いブーツに手を置いた。


「げ、鞭出すなんて卑怯よっ!」


 傍観するしかないタリサがぎゃんぎゃんと喚く。


「お嬢、下がってくだせぇ。あっしが引きとめやす」

「冗談でしょっ! 絶対に諦めないんだからっ!」


 ダガーを構えるタリサは後退しようとはしない。ムユーロも彼女の様子に諦めを見せ、目の前の障害を睨みつける。


「……そちらから、どうぞ」


 艶然と微笑むエレーラに、ムユーロが乾いた地面を蹴った!

 

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