1.ディアナ・ダファーの駆け引きバンザイ
「いたっ! 探しましたよ、ディアナさん!」
ぽかぽかとした日差しの中、オープンカフェでまったりしていた姉弟は突然の来訪者にきょとん、とした目を向けた。
「あれぇ~? まだ発刊日じゃないわよねぇ? ……リジィちゃん、小銭持ってるぅ?」
優雅にカップを傾ける姉の隣で、弟が財布を調べ始めた。
「あぁ、違います違います。新聞じゃありません」
「えぇ~? なんかすっごぉくヤな予感がするんだけどぉ……」
聞くのを嫌って、ディアナは眉をひそめた。
「わたしも急いでるんですって、ちょっと、耳貸して下さい」
ぷぅっと頬をふくらましながら、それでもディアナはダファーの方に耳を寄せた。
(なんだろう。急ぎで内緒話って……)
正義新聞の雇われハンターであるダファーから、正確にはダファーを雇っている正義新聞の社長から情報を受け取っている姉は、情報料代わりにその記事の手伝いをすることが多いと気付いたのは最近になってからだった。
とは言え、情報の受け渡し方法は新聞を販売・営業もこなすダファーから手紙を受け取ることが多かったのだから、気づかなくても仕方がないのかもしれない。
(でも、だからって正義新聞を定期購読することもないと思うんだけど)
正義新聞は、その社長の性格なのか、やたらと未確認生物やら未確認不思議現象やらの記事が多く、はっきり言って『おもしろ新聞』の位置にある。
だが、それでも、こと怪盗エレーラのことになるとどこよりも確実かつ迅速な記事を出し、特集がエレーラの獲物とバッティングすることも多い。だからこそ、この新聞社が保っているとも言えるのだが……
「えぇ~? うそぉ~……」
まったりとしたディアナの声にリジィは現実に引き戻された。
「本当です。ガセであることをわたしも祈りたいものですけど、残念ながら情報の信頼性は高いんですよ。……祭の 最終日が一番怪しいと社長は言ってましたが、できるだけ早く―――」
「はぁい。―――リジィちゃぁん? すぐ移動するからぁ、会計済ませて来てねぇ~」
ポーチから取り出した可愛らしいピンクの財布を渡す。
リジィは、体良く追い払われたのかと疑いつつ、そのまま伝票片手にカウンターに向かった。まったりとした時間ももう終わりだな、と―――
(げ。なんで、こんな所に……っ!)
カフェの前の通りを、フェリオが歩いて来るのが見えた。このまま進めば、まず姉とダファーが見つかることは間違いないだろう。
(でも、どのみち間に合わない、かな)
あっさり姉に知らせに行くのを諦め、リジィは店の奥に向かった。
「……それでぇ、今の話、ガセじゃないわよねぇ?」
リジィが離れたのを確認して、ディアナはダファーに向き直った。
「確たる証拠はありません。あくまで、その可能性が極めて高いということです」
「なるほどねぇ~。ホンモノみたいに事前に情報掴めないもんねぇ~?」
「そういうことです。今回はわたしが動きますので、向こうで会うこともないと思います。ディアナさんはハンターサイドからアプローチしてください」
「はぁい。ちなみにぃ、相手のメドはぁ~」
「情報が少ないので何とも。ただ、ターゲットについては明らかですから、祭の最終日までが勝負かと―――。
えぇ、そういうわけですので、次回の新聞はガイウスで受け渡しでよろしいですよね」
突然、話題を変えたダファーに『何か』を察したディアナは「わかったわぁ~」と答えた。
(リジィちゃん? でも、いくらなんでも早すぎるわよねぇ)
ディアナは小首を傾げた。ただ、必要最低限の情報は聞いたから、今ここでダファーと別れても問題無いということは助かった。
「よぉ、ディアナ」
その声に、彼女は小さく嘆息した。
(なんで、こんなところまでくっついて来てるのよぉ~)
脳裏には黒髪のデカい図体が浮かび上がる。何故か自分を追い掛け回すランクBハンター、フェリオに間違い無い、と。
「珍しいな、そんなヤツと二人なんて」
「別にぃ、あたしが誰といようがぁ、関係ないと思うわぁ~」
「それに残念ながら、二人きりではないんですよ。店内にリジィさんがいますからね」
ディアナが困っていると見てか、ダファーが言葉をつないだ。その言葉に、ちらり、と店内を見るフェリオ。
「そりゃ良かった。お前みたいなのと一緒にいたら、そのダメさ加減が伝染っちまうからな」
「……フェリオぉ、あいにくだけどぉ、あたしは急ぐから~」
ガタンと席を立つディアナ。
「おい、ちょっと」
待て、と言う間に、ディアナは店から出て来たリジィに合流する。
日ごろおっとりしている姉の素早い様子に何事かと思った弟はその原因――フェリオを見て、にやりと笑いかけた。
「~~~~~!」
じゃぁな、とばかりに嫌味なぐらいに手を振る相手に、フェリオの怒りゲージがぐぐっと上がった。
「おい、ダファー・コンヴェル! お前ディアナと何話してたんだ」
立ちあがろうとしていた彼を、再びイスに押し沈めて、睨みつける。
「……ちょっと、待って下さいよ。今のは、わたしのせいじゃないでしょう」
話振りから察するにダファーにもリジィのあの笑みは見えたらしい。
「……ディアナはどこに向かった?」
「ですから、わたしは関係ありませんって」
ダファーは底の見えない困り顔を浮かべつつ、「わたしも急いでるんですよ」と懇願した。
「急いで……? そいやディアナも急いでるって言ってたな。なら話は簡単だ。お前にくっついてけばディアナと合流できるんだろ」
「……それは、今度はわたしの後を追いかけてくる、ということですか?」
「お前が何も言わないんだったらな」
ダファーは大きくため息をついた。 実際、ランクBのハンターとは言え、パワーファイターのフェリオを撒くことは難しくない。だが、それはあくまで自分が本気になった場合であり、ランクDハンターとして擬態している自分はそうすべきではないのだ。
それに、万が一、自分や正義新聞とエレーラの関係が、あまつさえディアナのことまでバレるようなことがあれば―――
そこまで想定して、再びダファーは大きなため息をついた。
「お、心決まったか?」
見上げれば、笑みさえ浮かべるフェリオの顔。
このままフェリオに追いかけられるリスクと、ディアナの行き先を教えた場合の後始末、さらにここからガイウスへの行程と情報収集のための時間その他もろもろを秤にかけ、手をフェリオの前に突き出した。
「?」
「情報料として5万イギン。もしくは正義新聞の年間定期購読をお願いします」
げ、とフェリオが顔を強張らせた。5万と言えば、安宿に2週間は泊まれる金だ。決して安くはない。値段だけを考えれば、正義新聞購読の方が安いが、定期的にあれが届くのは精神的にきびしい。
「……両方払わねぇで、お前を見張ってた方がいいな」
「かまいませんよ。その場合、わたしは別の人にこの件を依頼するだけですから。正義新聞の雇われが、わたし一人のはずないでしょう」
それは、はったりだった。
もともと、ディアナの副業を除けば、正義新聞の経済状態がいい筈はない。ダファーとて、好きでこの仕事をやっているわけではないのだ。すずめの涙の方がまだマシな賃金で。
「3択はありません。完全な2択です」
フェリオはダファーを睨みつけ、自分のカバンに手を入れた。