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ダブルフェイスハンター  作者: 長野 雪
第3話.ニックネームはスワン
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4.ファースト・コンタクト

「今度こそエレーラを……!」


 アンダースン警部はぐっと拳を握りしめた。誓う先にはターゲットとなった木の神像が鎮座している。

 孤児院にすでに網は張った。飛び入りのハンター達の応対も終えた。あとは、待つだけだ。


「あの、警部さん?」

「院長さん。何かあったんかいな?」

「いえ、その、ハンターさん達のことなんですけど、残念ながら、私どもには払えるだけのお給金がないんですが―――」

「そんなん、気にせんでえぇのですよ。ヤツらはエレーラの賞金を狙っているのであって、この神像を守る気などこれっぽちもありゃせんからのう」


 目の前の中年の婦人は「そ、そうなんですか?」と、おどおどしながら隣にいるハンターに確認した。


「問題ありませんよ。金に困っているハンターはもっと別の仕事を選びますから。それに、今日、ここにいるハンターは金に困るようなランクの人じゃありませんからねぇ」


 あはは……と笑いながら答えたのはアンダースン警部の天敵、ダファー・コンヴェル二十七歳。にこにこと笑いながら物見高い孤児院の子供達と戯れていた。本人がそうと言わなければ保父さんで通りそうな雰囲気である。


「おんどれは別の目的じゃろうがっ!」


 怒鳴られて驚いたのは、本人よりもその周りを取り巻く子供達だった。とっさにダファーの後ろに隠れた者までいる。


「あー、大丈夫ですよ、みんな。このおじさんは別に噛みついたりしませんからねぇ。……ダメじゃないですか、子供を脅えさせちゃぁ」

「おんどれがここから消えれば問題ないんじゃ」


 睨む警部の視線を流し、ダファーがにこにこと笑う。


「すいませんね。これでもハンターですから」

「……っ! この正義新聞の犬が何ぬかしとんじゃっ!」

「あ、あの、みんな? 警察さんのお邪魔になるから、部屋に戻りましょうね」


 院長先生が慌てて孤児達を部屋に連れ返そうとする。どうやら二人の争いの発端が子供達だと勘違いしたようだ。


「えー、やだー」

「エレーラ見るの~!」

「けちけちー!」


 口々に反論する孤児達。彼らは怪盗エレーラ・ド・シンをナマで見るという千載一遇のチャンスを逃す気などこれっぽっちもない。


「警部、どうしましょうか」


 スワンが耳打ちをする。対してアンダースン警部はむぅ、と考え込んだ。

 ホンモノのエレーラが来るのであれば、身の危険はないが、仕事の邪魔になる。

 かと言って、ニセモノだった場合、そいつが人質としてさらう可能性もないとは言えない。

 この状態で警察の戦力を割いて警護にあたるのはきつい。


「毒を以って毒を制す」


 ぼそり、とアンダースン警部がつぶやいた。


「ダファー・コンヴェル!」

「はい、なんでしょう」


 子供の一人を肩車したまま、振り向くダファー。


「おんどれは、今回エレーラを捕まえる気はあるんか?」

「ありませんよ。ランクAなんて無理ですから」


 すっぱりとハンターらしからぬ返事が戻ってくる。正義新聞という三流誌の雇われ記者をする彼は、あくまでエレーラの記事を書ければよいのだ。何もメシの種を捕まえる必要などない。


「うむ。おんどれはそこで子供達を守っとれ! 万が一、何かあれば、新聞社の方に殴り込んでやるけぇのぉ」

「ははは、そうきましたか。まぁ、構いませんよ。ここにいられれば十分ですから」


 子供達を順番に肩車させながら、ダファーが頷く。


「それに、エレーラが一般人に危害を加えることなんて、考えられませんからね」

「……おんどれは、これがエレーラだと思っとるんじゃな?」

「はい、もちろんです。新聞社独自の情報網というのがありますからね」


 にこにこと笑顔でのたまうダファー。睨みつけるアンダースン。


「おんどれんとこの社長が、そう言うたか?」

「はい。社長じきじきに指示をくださいましたよ」


 小さな女の子を高い高いしながら、ダファーが答える。


(社長じきじきに指示をくれないことなんて、今までありませんでしたけどね)


 意外と知られていないが、正義新聞に社員はいない。社長がいるだけで、あとはダファーのような雇われハンターが記事を書くことが大半だ。……ときどき社長自ら記事を書くが、その内容は主にビマ湖の巨大生物やら空飛ぶ人間やら、正義新聞を三流たらしめているもので、まぁ、社員がいない理由はそういうところなんだろうと思われるが。


「……そうか」


 アンダースン警部は何を確信したのか、二、三度うなずいた。


「よし、予告の時間まであと五分、気ぃ抜くな!」


 アンダースンは木の神像の傍らに、スワンはその警部の隣に立った。この部屋の入り口も窓もすべて警官が立ち塞いでいる。

 壁側には院長とダファーと子供達。ハラハラと、わくわくとその時間が来るのを待っていた。


ボーン、ボーン、ボーン……


 柱時計が鐘を打った。

 時間だ、と誰もが目を見開いてその登場を待つ。


ガタン!


 窓が大きな音をたてて開く。その前に立っていた警官があわてて閉めようとする。


「よいしょっと」


 全員の目がそちらに向いた隙をついて、艶っぽい声とともに、天井裏から黒い人影が降りてきた。それも、丁度ターゲットの真上から。


「エレーラ!」


 アンダースンが叫ぶ。部屋にいた全員の注目が窓から離れ、木の神像へと動いた。

 その時は既に、彼女の腕の中に神像があった。

 黒いスーツは全身を覆い、体のラインをあらわにしている。腰にくくりつけたポーチは小さく、どうやら彼女の武器である銀のカードしか入っていないらしい。口元だけが白い肌を見せ、そこに艶めかしい微笑が浮かんでいた。ゴーグルが顔半分を覆っていて表情は分からないが、面白がっていることだけは確かだ。


「はーい、お元気だったかしら、アンダースンさん?」


 妖艶な笑みを浮かべるエレーラに、子供達が「エレーラだ!」「ナマのエレーラだ!」とはやしたてた。


「まぁ、小さな観客さん。こんばんわ。少し静かにしてくれるかしら」


 投げキスをすると、子供達が両手で口をおさえてこくこくと頷いた。どうやらエレーラは子供達のハートをがっちりキャッチしたらしい。


「よぉ来たのぉ。神像はお前の手の中じゃが、果たしてここから逃げられると思うんか?」

「あらあら、それ以上近づいたらイヤよ? あたしもこの像にそれほど執着はないんだから」


 ポーチから魔法のように取りだした銀色のカードを神像に突きつけ、エレーラはアンダースンを牽制した。


「執着ないんだったら、置いていけばいいじゃろが!」


 アンダースンの隣にいたスワンは、ゆっくりと腰の警棒に手を伸ばしつつ、そろそろと位置を変え始めた。後ろに回ろうというのだ。


「そこの若いコもね。あんまり変な行動すると、襲っちゃうわよ?」


 どうやらお見通しらしい。

 エレーラは手にした神像を自分の耳元で軽く振った。そして、何に気づいたのか、うふっと笑う。


「ねぇ、アンダースンさん。ちゃんと調べる期間あげたのに、気づかなかったのかしら?」


 言うが早いか神像にトスっとカードが突き立てられた。


「!」


 継ぎ目に刺さり、あっという間に神像が前と後ろ、二つにパカンと割れる。


「中身まではもらうって言ってないからね」


 中から出てきた麻の袋の中身をちらりと覗き込み「まぁ」と声を上げつつ、それを院長の方へポンっと投げる。院長は受け取ることもせず、その得体の知れない袋から逃げようとするが、それをあっさりダファーが受け取った。


「おや、宝石やら何やら、いろいろ入ってますね」


 開きかけた袋の口を覗きこみ、淡々と話す。その手の下では子供たちが「みーせーてーっ」としがみついているが、まったく気にしていないらしい。


「昔の人の知恵ってすごいわよねー」


―――木でできた神像の中の空洞に、高価なものをしまい、金庫とする。一時期、貴族の間ではやったものらしいが、今はめったに見かけない代物だ。


「ねぇ、そう思わない、アンダースンさん?」


 パカリと二つに割れた木の神像を片手にエレーラが微笑みかける。


「……っ! それでもお前はそれを盗んで行くんか?」

「もちろん。だって、あたしは元々これだけを盗みにきたんだもの」


 予告したものを盗まないなんて、と言い放ち、エレーラは天井に手をかける。


「逃がすかいっ!」


 アンダースンがその足めがけてタックルをかます!


「あ、まーい」


 それより早く、エレーラの体は天井裏に消えていった。


「警部! 失礼します!」


 スワンが動き、神像の置いてあったテーブルを足がかりにして天井裏へ乗り込む。


「残りは外にまわれっ!」


 スワンの耳にアンダースンの号令が響いた。


(暗い……)


 だが、孤児院がボロいのが幸いして月明かりがそこかしこから洩れていた。その中を這って行く黒い人影の輪郭を掴むには十分なほど。


「あら、1人だけかしら?」


 屋根の上へ通じる大きめの穴の下にエレーラがいた。と言っても両足を投げ出し、座っている。


(余裕を見せて、こっちを挑発しようっていうのか?)


「そうですね、他の人は外にまわって、取り囲む準備です。自分は追いたて役ですから」


 心の動揺を押し隠し、スワンは答える。緊張で声が震えてしまいそうだった。


「ふぅん、若いのに感心ね。キャリアのルーキーくん?」

「……っ!」

「え? どうして知ってるかって言うとね、アンダースンさんの周りの情報は筒抜けにするようにしてるから」


(ヤードの内部に密通者がいるのか?)


「つまり、こっちの配置についても筒抜けということですか」


 エレーラにあと少しというところで、スワンは止まった。これ以上は近づいたらマズい。外の包囲網が完成するまで。いや、そんなものは詭弁に過ぎない。これ以上、近づけない……!

 自分の腰抜けぶりに涙が出そうだった。


「もちろん。でも、アンダースンさんもなにかとウラをかいてくるからね」


 あの人もその場その場で考えて行動するから、とエレーラは笑う。

 すぐそこに逃げ場があるのに、どうして外に出ないのだろう。スワンはエレーラが何を意図しているのか分からなかった。分からないからこそ……恐くて手が出せない。


「もうそろそろかしらね」


 その言葉に、スワンが身構えた。と言っても、立つこともできない天井裏ではたいしたことはできない。


「そんなに身構えなくても大丈夫よ。向こうだって安全な場所にやってくれるから」


(何を―――?)


 疑問符を口に出す直前、何かが天井裏の梁に突き刺さった。エレーラと自分の、丁度、中間の床を、いや、一階の天井を突き破ってきたようだ。

 一瞬遅れて、それが千枚通しのような鋭い刃物だと気づき、スワンの血が凍った。


「う~ん、ナイスコントロール」


 それをずぼっと抜き、くくりつけてあった紙を取り上げ、刃物を、たった今通ってきた場所に戻す。


「誰が、いるんですか?」


 この下は何の部屋だ? 誰が、いったい――――?


「な・い・しょ」


 艶っぽい声を出しながら、エレーラはその紙に目を通す。そこに、一体なにが書かれているのか、スワンのいる位置からは見えない。


「げ、このコースにこの二人がいるのかー。あ、でも、何とかイケるかなー?」


 ぶつぶつとつぶやきながら、逃げるコースを練るエレーラ。スワンはそのつぶやきから、情報を拾いだそうとして……


(ハンターの、配置かっ!)


 気づいた。気づいた直後に動く。


「ハンターなんかに、とらせませんっ!」


 何をバカなことを、と自分でも驚いた。勝てるはずはない。だが、ここで追いたてれば、逃げる道は今検討していた、ハンターが二人いるルート。自分も警部の隣でハンターへの応対を見ていたため、はっきりとどの道かが分かった。

 エレーラはAとBだと口にした。Aランクのハンターは確かあの道に―――!


「あら、いやん」


 天井から外へ飛びだし、エレーラが逃げる。


「警部! エレーラがここに―――っ!」


 信じられないぐらいの絶叫。今まで、こんな声を出したことがあっただろうか。警棒を構え、自分も後を追って飛び出す。

 目の前には、屋根に立つ、黒い人影。


「もぉ、いきなりだったから、びっくりしちゃったわ」


 艶めいた声が下を見下ろして「あら」とつぶやいた。予想通り、下の配置は終えて、そこで警官達が屋根の上の二人を見上げている。


「おとなしく捕まれば、罪は軽くなります」


 スワンは警棒を構えた。斜めの屋根で、研修で習ったような動きができるだろうか。落ちてしまったら、という恐怖が強い。風も思ったよりも強く、煽られたらおしまいだろう。


「あら、どうせお偉いさん方が黙っちゃいないわよぉ」


 そこからは、とにかく無我夢中だった。

 エレーラが屋根から孤児院の塀まで飛び移ろうとしていたのを見て、勝手に体が動いた。ここが屋根の上だということを忘れていたわけでもないのに、事もあろうにタックルを仕掛けたのだ。


「キャリアなのに、熱いのね」


 避けることもできただろうに、エレーラは一歩も動かなかった。


「でも、これっきりよ」


 タックルを仕掛けた腕を掴まれ、そのまま屋根に叩き伏せられる!


「あんまり、命は粗末にしちゃダメよ?」


 耳元で囁かれたかと思うと、次の瞬間、エレーラは宙を舞い、塀へと飛び移ってしまった。


「追えーっ!」


 警部の怒号をバックにスワンは悟った。

 自分を屋根から落とさないために、タックルを避けなかったのだと。


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