序章
薄墨の雲が時折、ゆらゆらと流れる、星降る夜。
細く長い下弦の月を眺めやる、歳若い者が一人。
背に弓筒と弓を背負った子供は、幼さを残した愛らしい顔を顰めて闇の空を睨む。
『次の満月までに、妖刀を…』
耳にこびりついた、養父の声。
息苦しいまでに張り詰めた、有無をも言わさぬ鋭い瞳に追い立てられ、少年は故郷を遠く離れたこの場所にいる。
「じっちゃん…俺、必ず探すから…」
袖の下にある布に包まれた左の腕を撫でながら、少年は呟く。
声変わりもせぬ、少女のような少し高めの声で、彼の者は此処に居ない者へと。
『殺しておくれ、仇をうっておくれ…』
「仇を討つよ…」
己の心が揺らぐのを恐れるかのように、養父とかわした最期の言葉を繰り返す。
「秀丸…」
足元にいた小さな妖が一体、彼の者の袴を引く。
申し訳程度に腰に羅紗を纏う、幼児の姿をした半透明の妖は、大きく円らな瞳で訴える。
この三日、昼夜を問わず歩き続け、ろくに休息もとらない相手を咎めるように。
「分かったよ、魑…明日は都に入るから、今日はゆっくり休もう」
ひょいと魑を抱き上げ、再び月を見る。
これから日を重ね膨らんでいく、その禍々しく憎らしい月を見る彼の者の双眸は、強い決意と悲壮感に苛まれていた。