04 シド/エルフの娘。
町に着いたのは昼前だった。
組合へと向かう由衣さんと別れて宿へと向かうと、宿がある二階から一階の食堂へおりてきた少女と目が合った。
「シドさん」
白い肌に短い金の髪、青い瞳の少女が軽快な足取りで近づいてきた。旅装を解いたときに着る白いワンピースが目に眩しい。
「どこに行ってらしたんですか」
きょとんと首をかしげる様子は、誰が見ても可愛いと思うだろう。
ティナという名のハーフエルフの少女は、外見年齢15歳というが、どう見ても小学生だ。顔も小さいが、なによりその体型が小学生を思わせた。細い首、手足、肉のない胴体。
外見年齢というのは、人以外の種族が人に当てはめた外見上の年齢で、実際の年齢とは異なっている。
今のところ出会ったハーフエルフは彼女だけなので、種族の特徴として幼く見えるのか、それとも実際に幼いのかは不明だ。この世界では、男も女も16歳で成人と見なされるため、外見年齢15歳という彼女は、外見上は幼く見えるが実際は成人ちょっと前ということなのだろう。
エルフと人との間に生まれた者をハーフエルフというが、彼女の見た目は人と変わらない。ただ、普通の人より容貌は秀麗なので、エルフの血が流れていると言われたら納得できるのは確かだった。
そんな彼女も、今の身分は一目でわかる「奴隷」だ。
彼女の首には、首輪のように主人持ちの印である奴隷紋が描かれていた。奴隷紋は一見すると刺青のように見えるが、魔法の拘束具だ。奴隷から解放されると奴隷紋は消えるが、それは契約している主が直接解除しないと消えないという。
だが、目の前の少女からは、「奴隷」という響きから得る陰気さはまったく感じられない。
少女は無邪気な笑顔を向けてくる。
「昨日からルカさまが探していらっしゃいましたよ」
そうだろうな、と俺は思ったが返事はしなかった。
彼女は、三ヶ月前に奴隷市で売られていたところを丸川英雄――こと「ルカ」が買って以降、常に従っているという。あごの線で揺れている髪も、買った当時は少年のように短かったらしい。
この世界で短髪の女性が少ないのは、奴隷となる際に髪を短く刈られることが多いためだ。
俺が初めて彼女と出会ったのは一週間ほど前だが、ルカは彼女を妹のように扱っていて、いずれ髪が伸びたら契約を解除する予定らしい。
少女は俺の背後を確かめるように身体を斜めにした。
「ユイさまとご一緒ではなかったのですか」
誰に対しても様付けしているわけではないので、こだわりの基準が何かは不明だ。
「ルカはどこにいる」
彼女の質問には答えず、ルカの居場所を聞けば、少女は無邪気に答えた。
「ルカさまでしたら、お部屋に……。え、あ、あの」
隣を通り抜けようとしたら、袖を掴まれた。
なにか、と無言で問えば、彼女は眉を下げている。
「シドさん、怒っていらっしゃいます?」
「君に怒っているわけじゃない」
「……」
進もうとしても、彼女が掴んだ袖を離さない。
「ルカさまが……また何かをしてしまったのですね」
「……」
また、と口にして、俺に怒られるのが前提となっているのは、何か覚えがあるからだろう。
昼時だからか、食堂には人が集まり始めている。少女は周囲に聞こえないよう声を潜めた。
「精霊石と何か関係が?」
「……」
俺は息を吐き、とりあえず、彼女の話を聞こう、と立ち止まった。
「なぜそう思う」
守護魔法を使う彼女は、万物の気配や機微に敏感だ。少女は戸惑う様子を見せたが、視線を下げて囁いた。
「シドさんから、昨日のルカさまと同じ臭気がいたします」
おそらく、焦げた臭いだろう。俺はすでに麻痺してしまったが、服にも髪にもかなり染み込んでいるはずだ。この臭いは簡単に落ちない。
「ユイさまも共に?」
「ああ」
「……」
少女は何か口にしようとしてためらった後、小さく息を吐く。
「昨日、ルカさまがお戻りになられたとき、精霊石をたくさんお持ちで。全部売るつもりだと言うのでお止めしたのですが……」
「賢明だな」
俺は小さな頭を見つめた。妖精の化身と称されるハーフエルフの少女は、庇護欲を刺激されるようで、強い物言いで突き放すのは難しい。
「精霊石をどうやって手に入れたのかは聞いたか」
俺を見上げた青い瞳が一瞬揺れて、再びうつむいてしまった。
「いいえ……」
小さな頭が横に振れる。胸の前で祈るように組んだ両手が震えていた。
「怖くて聞けませんでした……」
だろうな、と思った。
「シドさん、ルカさまはいったい何を……」
「シンメイの森でカサギの棲み処を焼き尽くした」
「!」
弾けたように顔を上げた少女の口が「そんな」と動いて、口唇が小さく震えた。
信じられないのだろうか。だが、彼女は大量の精霊石をその目で見ている。ルカが精霊石をいくつ集めたのかは知らないが、一匹にひとつだ。カサギを何匹殺して手に入れたものなのか、想像するのは簡単だろう。
「女王は……」
「亡くなっていた」
「……」
少女の顔が泣きそうに歪む。その顔が由衣さんの泣き顔と重なって、俺は小さな頭に手を置いた。
ぐいぐい、と遠慮なく撫でた。一応、慰めたつもりなのだが、力が強かったようだ。少女は首をガクガクと左右に揺らして驚いたように俺を見上げてきたので、すまん、と慌てて手を離した。
いえ、と少女は小さく笑った。
「ユイさまにも今のようにされるのですか?」
「いや」
彼女の頭を撫でたことはあるが、あんなに頭が振れるほど撫でた記憶はない。由衣さんにしたら驚くだろうな、と思ったら小さく笑ってしまった。
そのまま、彼女にも笑い返す。
「生き残りがいたので保護したよ」
「生き残り」
「子供が2匹だ。今は、由衣さんが組合で保護登録している」
「そうですか……」
ほ、と小さく息を吐いた少女が、何かに気づいたのが俺を見て笑った。
「今、シドさんが笑いました」
俺は首をかしげた。
少女は笑う。
「ユイさまにはいつも笑っていますけど、私に笑ってくださったのは初めてです」
「そうか……?」
俺は苦笑して、彼女の頭をもう一度くしゃりと撫でた。今度は頭を揺らさないように加減した。
「ティナ」
彼女の名を口にするのは初めてかもしれない。
はい、とまっすぐな声が返ってきた。
俺は彼女に背を向け、階段に足をかけた。
「明日の夜までルカの部屋に入るな。シャリンにもそう伝えろ」
シャリンというのは、ルカやティナと行動を共にしているダークエルフの少女だ。彼女も奴隷として虐待されていたところをルカが救ったらしい。
「……シドさん」
背中にかけられた声に、俺は短く答えた。
「入るな」
「……」
彼女はルカの奴隷だ。主人ではない人間の命令を聞く必要はない。しかも、俺がこれから彼女の主人に害を与えに行くことを彼女は察している。
だが、俺が二階に上がっても、彼女が追いかけてくることはなかった。