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にわか雨

作者: 嶋本圭太郎

「やべっ、降ってきた!」

 鼻の頭に水滴が当たり、僕は思わずそう口に出して歩調を早める。

 まだほんの昼下がりだというのに、にわかに暗くなった空から大粒の雨が落ち始めていた。

 降り出した、と思ってから本降りになるまではあっと言う間。

 それでも、雲行きが怪しさから本屋に寄っていこうという友人の誘いを断ったおかげで、家はもう目前だ。

 最後には駆け足になり、家の門を引いてあけると、飛びつくようにして玄関へ。

 風が弱いのと雨粒が大きいのとで、少しでも屋根のあるところへ入ってしまえば雨がかかることはなくなった。僕はおおきく息をつくと、ポケットから鍵を取り出してドアの鍵穴へさしこんでまわし、ゆっくりとドアを開いて家のなかへ入った。

「ただいま」いちおうそう声をかけるが、返事がかえってこないことはわかっていた。両親は共働きで、夜にならなければどちらも帰ってこない。

 鍵をかけなおして、靴をぬぐ。みじかい廊下を進んで階段をあがれば僕の部屋があるが、僕はとりあえずカバンをリビングに放り投げると、洗面所へ向かった。

 棚からタオルを引っ張りだして、頭をごしごしと拭く。鏡を見ると、雨に降られたのはほんの数分だったのに、半袖のワイシャツは肩口がびっしょり濡れていて、肌色が透けて見えていた。

 朝、出かける前に聞いた天気予報を思い出してみると、いちおうは、にわか雨にご注意ください、なんて言っていたような気もするが、降水確率はたしか二十パーセントだったはずだ。

 三十パーセント以下なら傘を持たない主義の僕としては、今日の天気予報ははずれだと言いたいところである。

 濡れたワイシャツのボタンをはずしながら、シャワーも浴びようかな、などと考えていたところに、玄関の方からガチャガチャと大きな音が聞こえてきた。

 誰かがドアを開けようとしている。

 ……と思ったら、キンコンとチャイムが鳴った。

 それだけで、僕は誰が来たのかわかってしまった。

 宅配便や新聞屋のたぐいなら、いきなりドアを開けようとしてからチャイムを鳴らす、なんて変なことはしないだろう。こんな時間に親が帰ってきたとも思えない。となれば、思い当たる人物はひとりしかいなかった。

 もういちどチャイムが鳴ったが、僕は無視した。

 ただ、それが無意味であることも、分かってはいたのだけど。

 チャイムがやんでしばらく静かになったけれど、やがて僕の予想したとおり、ガチャリと金属の音が鳴った。ドアの取っ手を考えなしに回す不規則な音ではなく、聞きなれた規則性を持つ音。つまり、鍵の開く音だ。

 僕はため息をつくと、観念して脱ぎかけていたワイシャツのボタンを留めなおした。


「おじゃましまーす」

 外の天気とまったく不釣り合いな、脳天気な声が響く。

「うあー、びしょびしょだあ……」

 僕が廊下にでると、玄関口に立っていたのは予想していたとおりの人物だった。

「やっぱりおまえか、(かおる)

「あ、シュウくん、いるんじゃない。チャイム鳴らしたのに」

 勝手に鍵を開けて入ってきた幼なじみの薫は、すっかり全身濡れネズミだった。制服のスカートの端から水滴が絶え間なく落ち続けている。 ショートカットにしている黒髪を撫でつけるようにしてしぼりながら、こっちを見るとそう言って口をとがらせた。

「鍵の場所知ってるんだから、わざわざ開けてやらなくたって入ってくるだろ。実際、入ってきたし」

「まあ、そうだけど」

 僕と薫は誕生日が一週間ちがいで、家は隣どうし、さらに産婦人科が同じだったこともあって生まれたときから家族ぐるみでつきあいがある。

 薫の両親も共働きなので、小さい頃は僕と薫、それに薫のひとつ年上の姉である優海(ゆうみ)さんと三人でいつもどっちかの家に集まって遊んでいた。

 高校生になった今はさすがにそういうことも減ってきてはいたが、薫は僕の母と仲がいいこともあり、しょっちゅうこっちに遊びに来る。誰かが鍵を忘れたり無くしたりしたときのために外に隠してある家の鍵の場所だって当然知っているのだった。

 僕が近づいていくと、それに気づいた薫は頭を振って水滴をまき散らし──どう考えてもわざとだ──それから僕が手にタオルを持っているのを気づくと、素早くひったくった。

「気が利くじゃん、ありがと!」

 ただ、それは僕が頭を拭いたタオルなんだけど──。

 あとで騒がれても困るので指摘したのだが、薫は少し考える素振りを見せた後で、「ま、いいや」と言うとそのまま僕の頭を拭いたタオルで自分の頭をごしごしとやりはじめた。

 昔から僕の飲みかけのジュースを奪い取ってちゅうちょなく飲むようなやつだったけど、もう高校生なんだから少しは気にしたらいいのに、と僕はあきれた。お姉さんの優海さんはやさしくておしとやかで、学校でも人気が高いのに──ちなみに、三人とも通っているのは同じ高校だ。

「急に降り出してくるからびっくりしちゃった。あわてて走ったんだけど、この通り」

「つーか、なんでこっちに来るんだよ。おまえん()すぐ隣だろ」

「それが、鍵を忘れちゃって。お姉ちゃんがいるからいいやって思ってたんだけど、今日は生徒会の用事があるから遅くなるって言ってたの、走ってる最中に思い出したんだよね」

 三年生の優海さんは生徒会の書記を二年続けて務めている。ちなみに、もし会長に立候補していたら間違いなく当選していただろうとも言われている。

「優海さん大変だな。テスト期間中なのに生徒会あるんだ」

 テスト期間なんて早く帰れることが唯一の喜びなのに……と僕などは思ってしまうが、優海さんは人間ができているのでそんなことは考えないのだろう。ひとつしか歳が違わないとは思えない。

「まあね……って、いつまで玄関に立たせる気なのよ。なかに入れてよ。ていうか、シャワー貸して」

「はあ?シャワー?」

 こいつはこいつで、優海さんの妹とは思えない。この図々しさは何だ。

「だって、このままでいたら風邪引いちゃうもの。それに、家のなか汚しちゃうでしょ」

「着替えとかどうするんだよ」

「あ、そうか……じゃあ、シャツとズボンも貸して」

 本当に図々しい。

「体操服とかないのか?」

「あるわけないじゃん、テスト期間なのに」まあ、それはそうか……。

 僕は意地悪をしてやりたい気分になって、わざとおおげさに両手を広げて言った。

「わかったよ。でも先に僕が使うから。薫はそのあとな」

 すると、薫は予想通りの勢いで抗議に出た。

「なにそれ!シュウ君なんかぜんぜん濡れてないじゃん!」

 肩をいからせてぷりぷりと怒っている。こいつは単純なので、怒らせるのも笑わせるのも簡単だ。あまりにも予想通りの反応をするので、からかうのは結構楽しい。

「見てよー、あたしなんか、スカートから水がしぼれるんだから」

 そういいながら薫は、片足を少し上げた姿勢でプリーツスカートの端を本当にしぼってみせた。

 言葉通り、水のしずくが数滴したたったが、言葉に誘導されてそっちを見てしまった僕は、不覚にも別のものに目を奪われてしまった。

 つまり──雨に濡れた彼女の太ももが、妙に艶めかしく、下世話な言い方をすれば、エロっちく見えてしまったのである。

 僕はあわててそこから目線をはずした。実のところそうするのは結構労力が必要だったが、こいつに気づかれるわけにはいかない。

「ねー、ほらほら、すごいびしょびしょ」

 しかし、薫は僕のそんな努力に気づく気配はなかった。それどころかスカートから水がしぼれる、ということがなんだか楽しくなってきたらしく、さかんにぎゅうぎゅうとしぼっているようだった。

「わかったからやめろ、子供かおまえは」

 僕は薫を洗面所へ向かわせると、適当な着替えを見繕ってやるために二階へ上がった。


        ※


 今、薫はシャワーを浴びている。

 僕はさっさと着替えをすませ──実際、シャワーを浴びなければどうしようもないほど濡れていたわけではない──、冷蔵庫に入っていた母の作りおきのサンドイッチ(昼食用)をリビングに持ってきて、ソファに座ってもそもそと食べていた。

 雨はいっそうはげしくなったようで、室内は薄暗い。だけど、明かりをつけることに気を回す余裕はなかった。


 僕は一介の男子高校生にすぎない。

 そして、薫はあんなだが女の子だ。美人で優しくて成績優秀な姉と比べてしまうといろいろと残念だが、それでもそんな優海さんの妹ということもあって、黙っていればそれなりに見られる容姿である。黙っていれば。

 クラスではガサツ女とか呼ばれることもあるが、その一方で密かに好意を抱いている男子が多いことも知っている。姉とは違う方向だが、やっぱり人気は高いのだ。

 そんな子が僕の前で無防備に脚をさらし、同じ屋根の下でシャワーを浴びているとなれば、それはもうなにも考えずにいられる方がどうかしている。

 もっといえばさっきはワイシャツもすっかり濡れてライムグリーンっぽい色の下着もはっきり透けていたし──。

 繰り返すが、僕は健全な男子高校生なのだ。

 考え始めると止まらなくなってしまう。

 だけど、薫に対してそんなことを考えるのは、なんだかとてもいけないことのように感じられる。

 ずっと一緒にいたんだから、彼女が魅力的な女の子であることくらい分かっている。だけど、薫は双子の妹みたいな、そんな存在なんだ。

 それに、僕は──。


「やー、生き返ったよ!」

 薫がリビングに入ってきた。相変わらず声が大きい。

 僕が貸してやったTシャツを着て、下には──。

「あれ、ズボンも置いといたんだけど……」

 薫は、ズボンをはいていなかった。大きめのTシャツが隠してはいるけれど、かなりきわどい格好になっている。

 さすがに下着の替えはないはず。さっきの様子だと同じ下着をはくことはさすがにできないだろうし、ということは……。

「どう、セクシー?」

 薫は、Tシャツの端を手で押さえながら、そんなことを聞いた。

「おまえな……」バカなことやってないでズボンをはけ、と言おうとしたそのとき。

「ばあっ!」「うわっ」

 薫がTシャツをめくりあげた。思わず声をあげてしまう。

 その下には──紺色の短パンをはいている。

「えへへ──びっくりした?」

 僕が驚いたので、薫は大喜びだ。

「部活用の短パンを洗濯しなきゃって、カバンに入れてあったのを思い出したんだよね。で、これはシュウ君を驚かせてあげなきゃって!」

 そんなことを言って手をたたいているが──。

 実は、なにか下に履いているのは薫がTシャツをめくりあげる前からちらちら見えていたので、驚いたのはそのことではない。

 ではなくて、Tシャツを勢いよくめくりあげすぎて、おへその結構上の方まで見えてしまったことのほうなのだ。

 悔しいことに、僕はその一瞬の光景をしっかりと脳裏に刻み込んでしまっていた。が、薫はそんなことにはまるで気づいていない様子だった。

「あっ、シュウ君のお母さんのサンドイッチ、半分ちょうだい!」

 テーブルの上に残っていたサンドイッチを見つけると、僕の隣に身体をくっつけるようにして座り、僕が何か言う前にもうサンドイッチに手を伸ばしている。

 シャワーを浴びたばかりのせいか、体温が高い。

 ひょっとしてわざとやっているのか?と一瞬考えたけれど、大口を開けてサンドイッチをほおばっているのを見ると、そんな風には見えなかった。

「いいからちょっと離れろ、暑い」

 そう言ってこっちから身を離すと、気にした様子もなく食事を続けている。半分ちょうだい、と言ったくせに、半分残しておくつもりはまったくなさそうだ。

 その様子を見ていると、さっき少しだけ色気を感じてしまったのがなんだかばからしくなってきた。

「おまえって、変わらないよな」

 独り言に近いつぶやきだったが、薫にはしっかり聞こえたようで、反論してきた。

「そんなことないよ。変わったよ」

「僕のことシュウ君って呼ぶのもなおらないし」

 その呼び方は恥ずかしいからやめてくれ、と最初に言ったのは確か中学に入ってすぐのころだったはずだ。

「学校では名字で呼ぶようにしたでしょ」

 だが学校以外ではこのとおりだ。

「それに、シュウ君だってあたしのこと薫って呼ぶじゃない」

「それは、優海さんがいるからだろ」

「優海さん、だって。ちょっと前まで優海ねえちゃん、だったのにさ」

 そう言って薫は口をとがらせた。不機嫌になるのも分かりやすい。

「だから、年齢にあわせて呼び方を変えるってこと──」

 そこまで言ったとき、窓の外が白く光った。

「ん、雷か?」

 窓のほうを見る。数拍おいて、落雷の音が腹に響いた。

「けっこう近いかな」

 そう言って視線を戻すと、少し距離を開けたはずの薫の身体がまたすぐとなりに来ていた。

「だから近いって──」

 いいかけたとき、また光が走り、今度はさほど間をおかずに音が続いた。

「ひゃあっ!」

 声とともに、薫がしがみついてきた。

 なにすんだよ、と言いかけて、そう言えば薫は小さい頃から雷が苦手だったっけ、と思い出す。

 普段は室内だろうとお構いなしにそこらじゅうを駆け回っているような子供だったが、雷が鳴っているときだけは、ちいさく震えて僕や優海さんにしがみついていた。

 今も、やっぱりちいさく震えながら、僕のシャツの袖を固く握りしめている。

 その手をむげに振り払うことはできず、仕方ない、とちいさく息をついてソファの背もたれに身をあずけた。

 ──のだが、そんな感傷に浸っていられたのは短い時間だった。

 次に雷が鳴ったとき、薫はまた悲鳴を上げて──今度は身体全体で僕の腕に抱きついてきたのである。

 おもいっきり胸が当たっている。

 薫は別に巨乳ではない、というかどちらかというとかなり残念ってそんなことはいいのだが、問題はやはり雨で濡れてしまったようで下着を身につけていないのである。

 シャツ一枚隔てて感触が伝わってくる。

 ……これはまずい。

 胸の感触とともに薫が相変わらず震えていることも伝わってきてはいたが、このままではいろいろ耐えられないかもしれない。

「薫ごめん、ちょっとトイレ」

 そう言って立ち上がろうとしたが、薫は腕を放してくれなかった。

「おい、放せって」

「雷がおさまるまで……お願い……」

 すがるような目で言われてしまい、ちょっとくらっときてしまう。

 その間にも身体は密着しているわけで、これはちょっと気持ち悪がらせてでも離れてもらわないとまずい。

「おまえな、俺だって男なんだから、こんな風にくっつかれたら変な気分になっても知らないぞ」

 なるべく冗談に聞こえるように言ったが、実のところあまり冗談でもなくなってきている。

 薫はというと、この発言を聞いてしばらく目をぱちくりとさせたものの、言っている意味は分かったようだった。

 だが、身体は離さない。

 目線をそらし、うつむいてしまう。

「私は……別に……」

 別になんだよ。

 聞きたいような、聞いたら歯止めが利かないような。

 なんだか空気もおかしくなってきている。

 僕は最後の理性を振り絞って、かなり強引に立ち上がった。

 薫の身体は離れたが、両手は僕の腕をつかんだままだ。

 かなり後ろ髪を引かれながらも、その手をふりほどこうとしたそのとき、これまでで最大級の雷が落ちた。

 光と音がほぼ同時にやってくる雷に、薫は悲鳴をあげてつかんだままの僕の腕をおもいっきりひっぱった。

 僕はバランスを崩し、薫の身体の上へ──。


 気がつくと、ソファの上で薫を組みしいたような形になっていた。

 真下に彼女の顔がある。しかも、その瞳はなんだか潤んでいるようにも見える。

「……離れないの?」と薫が言った。

 そう言いながらも、その手は僕の腕をつかんでいる。

 離そうとしない。

 僕が彼女の顔のそばに置いていた手を動かすと、薫は気配を感じてほんのわずか身じろぎをして、その目を閉じた。

 僕はその様子を見て、たまっていた唾を苦労して飲み込んだ。それから少しずつ、顔を近づけていった。


        ※


        ※


 外はまだ、雨が降っている。

「あたし、シュウ君がお姉ちゃんのこと好きなの、知ってる」

 僕の隣にすわった薫は、こちらを見ないままそう言った。

「でも、いいの。あたしがシュウ君のこと好きなのは、変わらないから」

 遠くからちいさく雷の音が響いた。さっきまでよりはだいぶ遠くなっているし、もう稲光は見えなくなっているけれど、それでも薫は少しだけ身体を近づけてきた。

「あたしは、シュウ君からみたらガサツな妹かもしれないけど──」

 言いながら、僕の肩に頭をこつんと預けてくる。重さがじっくりと、肩にしみこんでくる。

「雷が鳴っているときくらい、こうやってそばにいさせてほしいな……」

 僕は答えず、彼女の頭にぽんと手を置いた。重さがあるのに、小さな頭だった。


        ※


「じゃあシュウ君、また明日ね」

 十七時過ぎになって優海さんから薫の携帯に連絡があり、優海さんが家に戻っていることを知って、薫もようやく家に帰ると言いだした。

 雨はとっくに上がっている。天気予報の言うとおり、にわか雨だったようだ。

 Tシャツとズボン、僕が貸した服に身を包んだ薫は、あの雷の時のしおらしさが嘘のような明るい笑顔を浮かべている。

「おう。明日は数学のテストだな」

「うっ、そうだー。思い出させないでよ、もう」

「むしろ思い出せてよかっただろ」

 がっくりとうなだれる薫を見て、僕は意地悪く笑った。いつもの扱いやすい薫だった。


 薫を見送って、自分の部屋に戻ってきた僕は、ベッドに腰を下ろすと頭を抱えた。

「はぁーあ……」大きくため息をついた。

 なんだかとんでもないことをしてしまった気がする。

 あの雨が降っているあいだ、なかでも雷が鳴り出してからは、薫の様子が明らかにいつもと違っていた。

 普段はこっちがこう言えばあっちはこう返すだろう、というのがすぐ分かるのに、あのときはぜんぜん分からなかった。

 自分もすこし、おかしくなっていたのかもしれない。

 別に、夢と思いたい、とか、なかったことにしたい、とか言っているのではない。

 あのときの感情は間違いなく自分の素直なものだったし、ああしたことを後悔は──すくなくとも今は──していない。

 ただ、あのときの感情と今の自分の気持ちに、ずれがあるように感じているのも事実だ。

 あのとき僕は、薫のことをいとしいと思っていた。

 でも、薫に言われたように、僕は本当は優海さんが好きなんだ。

 今冷静に考えれば、僕はやっぱり優海さんが好きで、薫ももちろん好きだけれど、恋人にしたいというよりもやっぱり妹になってしまう。

 あんなに強かった気持ちが、嘘のように流れてしまっている。

 まるで今日のにわか雨とおんなじだ。一気に強く降って、気づいたらきれいに止んでいる。

 だけど、嘘や幻であんなに強い感情が芽生えるはずはない。

 明日、また薫にあったら同じ感情が生まれるだろうか?雨が降ったら?雷が鳴ったら?

 そもそも、「優海さんが好き」っていうのは本当に僕の本当の気持ちなんだろうか?

 考えれば考えるほど頭はもやもやして、なにもまとまってはくれない。

 だからといって考えることをやめることもできずに、僕は夕暮れの室内で悶々と考え続ける。

 結局、やがて親が帰ってきて声をかけるまでずっと、真っ暗になった室内で悶々と考え続けていた。


 そして明日のテストの予習はまったく手に着かないのだった。数学……追試かな……。




             終わり

お読みいただきましてありがとうございます。




がんばって高校生のふりをしてみましたが、果たしてちゃんとできているでしょうか。不安です。


……しかし、単発の話のつもりが、連載の長編の話の一部を引っこ抜いてきた、みたいになってしまいました。書いてる途中で図書館が閉館時間になって、家に持ち帰ってきたのがいけなかったのかな。短編は一気に書いたほうが仕上がりがいいような。


佳境に入ってきている連載物の息抜きで書いたので、とくに深い設定も、前後の物語もありません。


軽く読み流していただければ結構ですが、もしご意見ご感想などありましたらお聞かせいただければ幸いです。

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