004
その時、外から拍手をする音が二回聞こえた。
叶実「…来たわね。ついてきて」
美青「う、うん!」
美青は叶実の後ろに続き、来た道を戻っていく。
さっきは目を覚ましたばかりでぼんやりしていたが、
真っ暗なトンネルの正体は本堂へ続く道だったようだ。
本堂につくと、一人の女性が手を合わせて祈っている。
美青「……お母さん」
その女性は、美青の母だった。
母「お願いします…美青を私の元へ返してください…。
どうか生きていて…無事でいてください」
母は涙を流しながら小さな声で願いを呟く。
叶実は姿を出さずに、どこからかお札を取り出して
口元にあてると、母へ声をかけた。
さっきまで高かった叶実の声は、
低くて渋い男性の声へと変わっている。
叶実「何故彼女だけを可愛がる?優秀だからか?
君にはもう一人、娘がいるはずだろう」
母「か、神様…!確かに美青は何でも出来てしまいます。
でも、彼女が愛おしいのはそれだけが理由ではありません。
私が中学1年生の時に亡くなった、妹に似ているからです」
叶実「…妹は何故亡くなったのだ」
母「不慮の事故でした。私とおやつを買いに出かけた日、
免許を取りたての初心者の車がスピードを飛ばしすぎて
突っ込んできてそのまま…まだ10歳、即死でした。
妹は美青と同じく、一度見れば何でも出来てしまう子で、
可愛くて優しくて、本当に天使のような子でした。
妹を溺愛する母は、病気で死ぬ間際まで私を責めました。
だから…美青が成長してどんどん妹に似ていく姿を見て、
この子に私の人生の全てを捧げることが、妹を救えずに
生き残ってしまった私に出来る唯一の償いなのだと…」
叶実「不慮の事故が何故君のせいになるのだ。一緒に
居合わせて生き残ったことの何が罪になるというのか。
ただ似ているというだけで、彼女は死んだ妹ではない。
自分が母親と同じことを娘である姉にしていることに
気付いているか?姉の思いが人一倍わかるはずなのに」
母「………あっ……」
母は叶実の言葉を聞き、ようやく自分の過ちに気付いた。
母「初めはどうして私が責められるんだろうって…
そう思っていたのに、歳を重ねる度、妹の代わりに
死ねていたら母も、妹も、…私も幸せだったのにって。
死ぬ間際まで恨み節を言われたのが頭から離れなくて、
美青を幸せにしなければ、そうすれば罪を償えると
信じて…未舞…ごめんなさい。妹だけ愛される辛さは
私だけが理解できたはずなのに…ごめんなさい」
座り込んで泣き崩れる母の左耳に、あの蝶が止まる。
そして、蜜を吸うように、口吻を耳の穴へ向けた。
数秒後、真っ白だった蝶は綺麗な青色へと変色した。
母はそのまま地面へと倒れこんだ。
その時、鳥居の方から女の声がした。
未舞「お母さん!!!」
それは、母とは別に、
美青の無事を祈りに来た未舞だった。
未舞は母の方へ全力で走り、体を起こした。
母はゆっくりと目を開け、未舞に語りかけた。
母「未舞…今までごめんなさい。私が死んだ妹と
美青を重ねていたせいでずっと辛い思いさせて。
同じ境遇を生きた私が誰よりもあなたの気持ちを
理解できたはずなのに。本当にごめんなさい」
未舞「…ずっと寂しかった。私も見てほしかった。
特技があれば私も愛されると思って、一生懸命
習い事を頑張った。必死だったからどの習い事も
人並み以上には出来るようになるけど、美青は
迎えに来て一度見ただけで全部出来ちゃって…
羨ましかった。自分に美青みたいな才能があれば
認めてもらえたのに…いいな、羨ましいなって
気持ちが段々嫉妬に変わっていったの。私以上に
苦しんでいたのは美青よ。ただ生きてるだけで
私には僻まれ、お母さんには過剰に愛されて、
板挟みだったんたから。私も美青に謝りたい。
今まで嫌な思いばかりさせてごめんなさいって」
二人は座ったまま抱き合い、声をあげて泣いた。
大声で泣く未舞の左耳に、あの蝶が止まった。
花の蜜を吸うように、口吻を耳の穴へ向ける。
真っ青だった蝶の色がゆっくりと変色していく。
羽の周りが縁取られたように黒くなった。
叶実「母親の沢山涙を流した悲しい過去と、
姉の真っ黒な嫉妬心を吸い取ったってことね」
口元から札を外した叶実がそう言った。
美青「ユリシス…幸せの青い蝶…」
叶実「知ってるの?」
美青「一度ネットで見たことがあって。日本では
オオルリアゲハって名前なんだけど…海外では
ユリシスって名前みたい。幸運をもたらす蝶だと
言われているって書いてあったのを思い出したの」
叶実「そう…それはあの子が恩人のあなたに
そうあってほしいと願っているのかもね。
さ、二人の所へ早く行きなさい」
叶実は美青の背中を押し、母と姉の元へ行かせた。
美青に気付かず泣いている二人に、
気まずそうに声をかける。
美青「あの…お母さん、お姉ちゃん…?」
二人は美青の声を聞き、驚いた表情で美青を見た。
そしてすぐに立ち上がり、美青に抱き着いた。
二人分の力に負け、抱き着かれたまま地面に倒れこむ。
美青「ちょっと…重いから離れて!」
母と姉は、美青の声も届かないほど声を上げて泣いている。
母「美青!無事でよかった!」
姉「バカ!心配したじゃない!死んだかと思った!」
美青「わかったから、一旦離れて!死んじゃう!!」
三人の頭上を、ユリシスが無限大を描くように飛んでいる。
叶実は、裏から微笑ましい家族の再会の様子を見ていた。
すると、少しだけ悲しそうな顔をしながら笑って
真っ暗な通路へと歩いていった。




