003
慌ててベランダの柵を掴みながら地面を見るも、
美青の姿が見当たらない。
未舞「いない…どうして?確かに落ちたのに」
そこへ、大声を聞きつけた母がやってきた。
母「どうしたの?あれ?美青は?」
未舞「それが…蝶を追いかけてここから落ちたの」
母「えぇ!?救急車…!パパ!救急車呼んで!」
未舞「待って、下を見て。美青の姿がないの」
母「…本当だわ。どういうことなの?」
父「どうした!何かあったのか?」
母「パパ、美青がベランダから落ちたのに、
姿が見えないのよ。警察…急いで警察に…」
最愛の娘が突然姿を消したショックに、
母は気を失ってしまう。
父「ママ!しっかりして!!ママ!」
その後、警察が到着し、周辺を隈なく
捜索したが、美青は見つからなかった。
美青の失踪はテレビでも報じられ、
交番の掲示板にも捜索のポスターが貼りだされた。
両親は毎日、テレビや雑誌の取材に応じ、
娘の帰りを待った。
未舞は、ゴルフクラブを持っていたことで
美青に襲いかかろうとしたと母に気付かれ、
幾度となく罵られた。
『お前がいなくなればよかったのに』
まるで録音したテープを何度も再生するように、
母はこの言葉を未舞に叫び続けた。
母と自分を繋ぐ、今にも取れそうだった
解れかけの糸を、未舞は自ら断ってしまった。
*
一方美青は、目を覚ますと暗闇にいた。
美青「ここ…どこ?私、死んだの?」
辺りを見渡すと、200m程度先の場所に
大きく、月ほど明るく丸い鏡があり、
時折模様や色を変化させて輝いている。
美青「…あそこまで行けば誰かいるかも」
暗闇から光を求めて、
真っ暗なトンネルを走り進める。
美青がいるこの場所は、まるで万華鏡の中だ。
ついに辿り着くと、鏡の横に
見覚えのある女の子が立っていた。
(確か…毎朝通学路にある神社の前で
見かけたような気が…)
美青は記憶の中の彼女と同一人物かを
擦り合わせたくて、じっと見つめる。
彼女の左耳には、あの時の蝶が
イヤーカフのように止まっている。
あまりの美しさに目を奪われていると、
その人は美青に話しかけてきた。
「この子、あなたに恩返しがしたいんだって」
美青「あの…えっと……あなたは?」
「私は蝶花楼 叶実。毎朝あなたが神社の前を
通るのを見かけていたわ。この子がね、あなたの
心を案じて助けてあげたいんだって言ってきた。
家族の愛があなたを苦しめているんだ、って」
美青「どうしてそれを…というか…その…
蝶花楼さんは、蝶の話す言葉がわかるの?」
叶実「宮司の娘に産まれた宿命なのかしらね。
物心ついた時から、蝶の言葉だけは聞き取れるの。
何故かうちに来るのは真っ白な蝶だけだから、他の模様の
蝶の言葉はどうかわからないけれど…。父が言うには、
先祖代々、女が生まれると特別な力を持っているそうよ」
美青「あの神社、叶望神社は蝶花楼さんの
お家だったんだね。どうりで毎朝見かけるわけだ。
その力…代々受け継がれているだなんて…凄い」
叶実「白い蝶たちは、参拝者の思いを私に伝えてくれる。
神頼みするほどの悩みを、蝶が耳から吸い上げて救う。
心の闇を吸い取るという意味で、闇吸いと呼んでいるわ。
その様子をこの鏡に映し出して、あなたみたく身の危険が
感じられる時にはここに体を移動させたりしてる。
今回みたいに、参拝者ではないあなたのような人の悩みを
聞くのは初めてだった。この子の先祖があなたの存在を
言い伝えて見守るように教えてきたようね。それで、
毎朝通るあなたをこの子が見かけて様子を見ていた、と」
叶実が人差し指を伸ばすと、あの蝶はひらひらと舞い、
その指へと移り止まった。




