悪役令嬢をやめるつもりはありません
床に描かれた召喚のための魔法陣が神々しい光を放ち、思わず目を逸らす。しばらくして光が落ち着いてから現れたセーラー服、と言ったか、黒い珍妙な服を着た少女を見て、私は気づいた。
この世界には聖女が必要だ。そうでなければ、滅ぶ。
私は前世の記憶を持っている。と言っても、そう言い切れるほど確実なものではない。
私はこの記憶について誰にも話さないようにしているからだ。
しかし召喚された少女、マリを見て思い出した。前世の記憶の中に出てきた漫画の主人公だ。
異世界に召喚された主人公が孤独の中で王子に愛され、やがて聖女として覚醒し世界の危機に立ち向かう。そのような話だったかと思う。
ただここで一つ問題がある。聖女がいなければ、この世界は滅ぶ。
漫画の中でははっきりとそのように描写されていた。異世界から招かれた乙女が聖女として覚醒しなければ、この世界は終わってしまう。方法は関係ない。時に大災害、時に流行病、時には魔王によって──。
この事実は私しか知らない。だから、どんな形であれ私が彼女を聖女にしなければならない。
異世界から来た少女、マリの周囲にはいつしか常に人の輪ができるようになった。
彼女の笑みや言葉には何の裏も含まれていない。ただ真っ直ぐだった。
その上、彼女は私たちの想像の枠からはみ出たものを知っている。音を記録する機械や遠く離れた人と直接やり取りする機械は男性陣のロマンをくすぐったし、彼女の口から紡がれる御伽話は淑女たちを夢見る乙女に変えた。
その結果、以前まで王太子の婚約者として一番の関心を集めていた私のお茶会には、波に乗り遅れた者しか集まらなかった。
「フェリシア様、ご存知ですか?
殿下は最近マリ様にご執心で、毎日のように会いにいっては話をせがんでいるそうですよ」
赤い唇が楽しげに囁く。結い上げられた金髪は光を反射して、ぎらついて見えた。
「マリ様の語る御伽話は本当に素敵ですよねえ。
平民から努力して王子様に見初められた少女の話もあるそうですよ!それってなんだか…素敵ですよね」
わかりやすく含みを持った目線を躱すように、紅茶に口をつける。以前まで最高級のものだったのが、ランクが落ちている。
私が大した返事をしないのを良いことに、甲高い声で話は続く。
「そうそう、マリ様は魔法の習得にも熱心に取り組まれているそうですよ」
他の令嬢が重ねるように続ける。
「すでに上級魔法を使えるようになったそうですね、殿下も驚かれていたとか」
場に一瞬の沈黙が降りる。少し焦ったように緑の目をした令嬢が付け加える。
「と言ってもまだまだフェリシア様の実力には及ばないでしょうね」
私の立場をようやく認識したのか他の令嬢も流れに乗る。
「そ、そうですわね。未来の王妃として努力されてきたフェリシア様には追いつくことはないでしょう!」
「ええ!公爵家の貴い血を引かれているのですから……」
そこでふと、1人が何か思いいたったのか、緑の目を暗くして言う。
「そうですよ。どこの血を引くともわからないマリ様が宮廷中の関心を集めるなんて……」
流れが変わってゆくのを感じたのか、場の空気がざわめき、意味ありげな視線が飛び交う。言葉のない会話に関わらないよう目を伏せ、扇で口元を隠す。
「確かにおっしゃる通りですわね。生まれもわからない方が大きい顔をしているなんて」
「少し、灸をすえる必要があるのではなくて?」
どうやら、同意する方向でまとまったらしい。
まだ流れに追いつけないのか、金髪を揺らしてこちらに縋る様子の令嬢と目が合う。止めてくれないか、と言ったところだろうか。
波風立てない主義の私ならば止めるべきだ。扇で口元を隠したまま、口を開こうとした。
しかしここで止めたとしても、私の見えないところで話が進むかもしれない。管理できる範囲でものが進んだ方が良い。
開けた口を閉じる。そのまま具体的な話が進んでいくお茶会を眺める。
カップをソーサーから持ち上げて、紅茶を飲む。静かに金髪の令嬢が席を離れるのが見えた。
あのお茶会の日を境に、宮廷の一部の人間がマリに対して嫌味を言うようになった。
「どこの者ともわからないくせに大きな顔をして……恥ずかしくないのかしら?」
数人の令嬢がマリを囲み、威圧的な声で言う。少し離れた物陰から見ている私のところにも、その高飛車な声が届いた。
「そんなこと言われても、私、好きでこの世界に来たわけじゃ……」
「まあ!あんなに目をかけていただいているのに望んだわけではない、なんて」
「最高級の環境を与えられているのに、とんだ贅沢ものね!」
詰め寄られて怯んだ様子のマリが言い返す。
「そ、そんなつもりじゃありません、ただ……」
言葉が出てこなかったのか詰まる。弱々しい姿に気が済んだのか、それでは!とばかりに令嬢たちの群れが去っていく。
全くご苦労なことだ。嫌がらせのためだけに宮廷に来てわざわざ集団で攻撃しにいくなんて。
令嬢たちの無駄な努力に思いを馳せていると、側に控えていた侍女に、ひそめた声で問われる。
「よいのですか、お嬢様」
「何か問題があったかしら?」
あえてとぼけて見せる。侍女はそれに呆気に取られたような表情を見せる。幼い頃から見てきた私が、嫌がらせを止めもしなかったことに動揺しているのだろう。
「──いいえ、なんでもございません」
彼女は唇を噛み締めて俯く。目には失望の色が滲んでいることだろう。
少しの喪失感を抱えながら帰路に着くと、前から殿下が歩いてきた。目があったので黙礼をすると、少し話せないかと声をかけられた。了承すると、どこか言いにくそうに切り出してきた。
「その、マリが最近色々と言われているのは知っているだろう?
彼女は異世界から来て不安定なんだ。どうか、君が支えてやってくれないか?」
要するに令嬢たちの嫌味を止め、彼女を保護しろということだろう。
「殿下、申し訳ありません。しかし──それは難しい話ですね」
殿下もまた、先ほどの侍女と同じような顔をした。周囲の言うことに流されて揉め事を避けてきた私が反抗するのが意外なのだろう。
「君ならわかってくれると思ったよ。どうしても、難しいのか」
扇で口元を隠し、小さく頷く。それから退出の挨拶をし、別れた。
何も私だって、マリを憐れむ気持ちがないわけではない。彼女は常識も文明も何もかも異なる世界から来たのだ。その上、理不尽に嫌味を言われるなど──。
不憫ではあるが、その孤独もまた聖女になるためには必要なのだろう。彼女が聖女になるにはこちらの世界の常識に染まりきらない方が良い。異物であった方が、確実に聖女へと近づく。
「私、小耳に挟んだんですけれども、マリ様って異世界から来た時の持ち物をとても大切にしているんですって」
いつもの令嬢たちのお茶会で、誰かがふとマリの話題を出すと、空気は澱み出す。
「聞いたことがありますわ!確か手のひらサイズの小さい黒色の板を大事にしているとか。どうせ大したものじゃないんでしょうけど」
1人の令嬢が、緑の目をきらめかせて言う。嫌な予感がしたが、目を伏せて沈黙を保つ。
「隠してしまえば良いのでは?」
「確かに!名案ですね」
「きっと大層悲しむでしょうね」
悪趣味なことだ。異世界からの持ち物なんて、それしか拠り所がないだろうに。特に周囲から嫌がらせを受けて孤独な今は。
それでも私は何も言わない。彼女がこの世界に溶け込まない方が、都合が良いから。
宮廷内を歩いていると、血の気の引いた顔のマリと行き合った。定まらない視線のまま聞いてくる。
「あの、このくらいの大きさの、金属の板を知りませんか?とても大切なものなんです……」
「申し訳ありませんが、私は存じ上げませんわ」
すげなく返すと、さらに顔色を悪くする。
大した答えが返ってこないことはわかっているだろうに、そんなに必死になってまで探すほどのものなのだろう。かわいそうなことだ。
耳を澄ませると、密やかな笑い声が聞こえてくる。
ああ、いい気味。
必死になってみっともない。
心無い声だ。不愉快だが止めることもなくその場を立ち去ろうとすると、金髪の令嬢に呼び止められた。
「フェリシア様。何か、ご存じなのでは?」
「あら、どうして?」
特段否定することなく、笑みを浮かべる。
それに対して少し苛立ったように繰り返し問われる。
しかし私は本当にどこに隠したのかは知らないのだ。
「残念ですよね、見つからなくて。
私も良ければ協力したいのですが、生憎と用がありまして……」
そう言ってその場を去る。
少し離れたところで、付き従っていた侍女にも問われる。
「お嬢様。本当に、存じ上げないのですね?」
「何よ。お前まで疑うの?知らないわよ、本当に」
あえて突き放すように言う。段々と立場が危うくなる私に、侍女まで付き合わせるわけにはいかない。
この世界に聖女が必要なことは、私だけが知っているのだから。
その日以降、マリはより一層魔法の授業に打ち込むようになったらしい。素晴らしいことだ。
歯車はつつがなく回っている。
王妃教育を受けた帰り、普段のように殿下と会った。しかし普段なら時間を合わせて私を待たせないようにするのに、遅れてきた。
「遅かったですね、殿下」
意図せず責めるような声音になる。
「マリと少し話をしていてね、遅くなったよ」
なんてことないように答えればいいのに、気まずそうに目を伏せながら答える。ふと目が合えば微笑んでおけばいいのに、少し固まって、そのまま目を逸らす。
そういった違和感は、気のせいの範疇に収まらないものだろう。けれども私は、それを指摘はしなかった。しても意味のないことだ。
相手から提供してくる話題もないようで何が他のことを考えているようなので私から話題を振ることにした。
「私たちの婚約披露パーティーのことですが、晩餐会のメニューを少し変更しようかと思いまして。デザートを冷たいものにしようかと思っておりまして──」
「ああ、そうだね。いいんじゃないかな」
目線を合わせることなく、殿下にしては小さい声で答える。そのようすに違和感を抱きながらも段々と必要な問いを重ねる。
「それから、招待客についてですが、もう少し南部の方からお呼びしても良いのではないかと」
「それは──その、そんなに大勢の人は呼ばなくて良いと思うんだ」
何と無くそれは、先のことを考えたくない、という意思表示のようにも見えた。
「そうですか?では、そのように。
日程についてですが、もう少し詰めておきたいのですが」
「いや、今は忙しいし別にいいんじゃないかな」
以前までは小気味よく、通じ合うようにできていた会話が噛み合わない。一体どちらが変わったのかわからないが、そのズレだけが残酷に私たちに刻まれるようだった。
一通りの相談を終えて息をつく。
「それでは、また話しましょう。楽しかったです」
「ああ、また」
社交辞令ですら淡々と返される。
私たちのズレが埋められることも、そのために努力することももうないのだろうと感じた。
いつから潮目が変わったのだろうか。
時が経ち、婚約披露パーティーの日が来た。侍女たちに体を磨き上げられ、コルセットで体を締め付けた。
私は今日この日、誰よりも幸せそうな顔をしていなければならない。王子の婚約者になるのだから。
しかし、王城に向かう馬車の窓には、憂鬱そうな顔をした女の顔が映り込んでいる。
いつからか、私の優先度はマリの次に下がっていた。殿下からも、侍女たちからも。
私のお茶会に出ることが同年代の少女たちの名誉だったはずが、一番人気の茶会はマリが主催するものに変わっていた。
それ自体には何の感慨もない。ただ、私の知る物語の通りに進んでいることは正しいのだろう。
パーティーの打ち合わせに殿下が頻繁に遅刻するようになった理由も私からは聞かなくなった。そのうち謝罪すらもないまま、こちらで話を進めておくからと打ち合わせはなくなった。
殿下はマリから異世界の知識を得るためだ何だとか言ってマリの下へ通う頻度を上げているらしい。
マリへプレゼントを送るためにわざわざ宝石商を呼んだようだと、聞いてもいないのに殿下付きの使用人が伝えてきた。
私の婚約パーティーだというのに、いつからかその采配の一部はマリに渡されるようになった。
会場の飾り付けは、私好みのシンプルなものから小花の飾りがついた可愛らしいものになった。
デザートもマリの好みのものになった。マリに悪意などない。
ただパーティーでどのような飾り付けがいいか、何を食べたいか問われて答えただけ。それを聞いた使用人たちがマリを喜ばせたい一心でその通りにするのも、自然な流れだった。
がたん、と載っていた馬車が石に乗り上げたようで大きく揺れる。崩した姿勢を整えながら物想いに耽る。
もちろんそんな調子で私の地位が変わらないわけもなく。私の周囲の人間は変わらずマリへの怨嗟の声を上げて、マリへの嫌がらせをさらに激しいものにした。
その計画が私の前で語られるのを何度も見聞きした。その度に私は何もしなかった。
彼女の持ち物が消えても、破り捨てられていても。
ただ、マリが聖女になるためには孤独でいなければいけない。だから彼女が特定の令嬢と親しくなるたび圧力をかけて排除した。
だからかマリは、余計に故郷のものに縋り付くようになった。それが令嬢たちの悪意を煽り、彼女は次第に暗い表情をするようになった。
殿下はそれに懸命に寄り添っているようだった。それこそ私との打ち合わせに充てていた時間を全て彼女に捧げているようだった。
手の中にある扇を握りしめる。
マリが聖女化しなければ世界が滅びることは誰も知らない。だから私が彼女を確実に聖女にしなければいけない──。本当に?
本当にマリを聖女化させなければいけないのだろうか。いっそのこと全てを打ち明けてしまいたい。
私は何もマリを追い詰めたいわけじゃない。むしろひょっとしたら私が持つ記憶の中の異世界とマリの異世界は同じかもしれないのだ。彼女の見た目や持ち物から推察できる。
そんな縁ある存在かもしれない彼女が傷つくのを──私は一度も止めなかったし、むしろ意図的にそうした。
全て話してしまいたかった。私はあなたが来た世界を知っているかもしれないの、よかったら友達にならない?
そう言えたらどれだけ楽なことか。
一人で頭を抱えて悩んでいる間に、馬車は目的地に着いたようで動きを止めてしまった。
馬車から降りて、大広間の入り口前の扉で殿下と合流する。
婚約者がドレスアップした姿に殿下は大した言葉もかけず、黙って腕を組んだ。どこか上の空のようだった。
私たちの入場の番が来る。広間の光が目に眩しかった。
パーティーの序盤らしい中身のない儀礼的な挨拶を交わす。そこで交わされる盃や私たちの目を楽しませる装飾に、私の意見したものは一つ残らず掻き消されて、マリ好みになっていた。
殿下は終始上の空で何か探しているようだった。その何かというのは問うまでもないが。
入り口の扉が開く大きな音がした。会場中の視線を視線を集めながら、パートナーも連れずに無作法にやってきたマリを、皆笑顔で迎え入れる。
口々に話しかけながらマリを囲う集団を眺めていると、隣に立つ人物もそわそわとしだした。
ああ、前はこんなにわかりやすい人じゃなかったのに。黙って組んでいた腕を外してやると、じゃあ、とだけ言い残して去っていった。
婚約披露パーティーで婚約者に一人にされるなんて、こんな惨めなことがあろうか。
新鮮なゴシップの気配に飢えた獣たちは私に集まる。それを躱していると、やがて会場全体が静まり返る。国王陛下の挨拶の時間だろう。
特筆するところのない挨拶に耳を傾けていると、突然警備兵に腕を掴まれ、引っ張られる。
抵抗するそぶりを見せたが
「殿下の御命令だ」
と言いながら罪人のようにほとんど引きずられながら連れて行かれた。
やがてマリがいた方向の人だかりに連れて行かれる。そしてマリとそれをエスコートする殿下の前に放り出される。
状況を把握できないまま目を白黒させていると、突然
「フェリシア!今日発表される予定だった君との婚約を破棄させてもらう!」
と目の前の殿下から言われた。
「私はマリを愛してしまった。だから……君とは結婚できない」
覚悟していた言葉ではあったがまさか婚約披露パーティーで宣言されるとは。
手首の痛みを堪えながらできるだけ冷静に、承知いたしましたと頭を下げる。
周囲から嘲笑が聞こえてくる。
「婚約破棄ですって」
「ぽっとでの異世界人に取られるなんて、惨めね」
「嫌がらせをしていたんですって?殿下のお気に入りに手を出すなんて」
「罰は免れられないでしょうね」
その声が聞こえたのか殿下ははっと目を見開き、続ける。
「これは私の責任だ。君は何も悪くない。
君が今まで通りにできるようにするから、気にしないでくれ」
咄嗟に掴まれていなかった方の手で扇を広げて口元が歪むのを隠す。
お優しい殿下は今まで通りの生活をお望みなのだろう。しかし溢れた水は器に帰ることがないように、以前のような暮らしなどできるわけがない。
マリが来てから私がどうなったか知らないのだろう。宮廷一番の存在でなくなればどれだけ馬鹿にされるかわからないのだろう。
それを優しさで言っているのが質が悪い。
動揺と怒りが漏れ出ないように言う。
「いいえ。不要な気遣いですわ、殿下。
おそらく私は北の修道院に行くことになるでしょう。もう会うことはございません。
では、御前を失礼いたします」
最高礼を取り、退出しようとしたところで殿下に手首を掴まれる。先ほど警備兵に掴まれたのと同じところだ。痛みで漏れ出た声は、ざわめきにかき消されたはずだ。
「北の修道院なんて……戒律が厳しくて二度と出られないと有名じゃないか!
婚約破棄こそすれど、私は君が憎いわけじゃない。むしろ大切な幼馴染だと思っている。大丈夫、何も気にする必要なんてない。宮廷に残ろう、フェリシア!」
思わず目を細める。聖女をいじめた悪役は退場して、皆はハッピーエンドを迎える。それでいいだろう。彼らのハッピーエンドの中に私は必要ない。
殿下の背中、庇われるようにマリが立っていた。さしたる関心もなさそうにただ突っ立っている。異世界の記憶を持つ私なら、彼女と笑い合えたかもしれない。けれども今となってはあり得ないことだ。
「それではいけないのです、殿下」
え、と幼い顔で殿下がこぼす。ヒーロー気取りだったのに断られたから驚いたのだろう。
会場のざわめきが一層大きくなる。不敬だとでも言うような眼差しが飛んでくる。どの道修道院に入る予定の私には関係のないことだ。
扇で口元を隠し、なるべく穏やかに言う。
「それはあなたの役目ではありませんわ」
この物語の私の出番はここで終わり。
そのまま出口の方へと歩いていく。誰からも止められることはなかった。ただ、背後で殿下が何かを言おうとしては言いあぐねているのが伝わってきた。群衆はあまりに速い展開に追いつけていないのか、色とりどりの彼らは黙って私を見つめてくるばかりだった。
会場を出て、馬車に乗る。やけに早かったのを訝しむ御者に無理矢理出るように言う。滑らかに動き出した馬車は、私に落ち着いた時間を与えた。
二度も掴まれて痛々しい見た目になった手首を眺める。この程度で済んだのは幸運と言うべきだろうか。何せ私は、未来の聖女をいじめ倒した挙句王子に振られた女になっているのだから。
兎にも角にも目的は果たした。孤独な乙女は王子に見初められ、やがて聖女として覚醒することだろう。私はその知らせを北の修道院で受け取るのだ。




