8.決意と選択が通ります(3)
ゆっくりと目を開けると、黒い液体のようなものが視界に飛び込んでくる。
足を動かそうとしたが、黒い沼に嵌ったまま動けない。
身体がものすごく熱く、熱風が自分の周りを渦巻いているような感覚がする。
まるで身体の動かし方を忘れてしまったみたいに、その場で何もできずに固まっている。
目の前がぼんやりと明るくなって鬼ごっこをしていた子どもたちが浮かび上がる。
「タッチ!!」
「バリア~!」
「あ!!ずるい!バリア回数決めようよ!!」
「え〜しょうがねえなー!じゃあ三回にしよーぜ!」
また、また繰り返してる。
「タッチ!!」
「バリア~!」
「あ!!ずるい!バリア回数決めようよ!!」
「え〜しょうがねえなー!じゃあ三回にしよーぜ!」
なんとかしなきゃという焦りが心を支配する。
この子たちはこれから家に帰るんだ。
「タッチ!!」
「バリア~!」
それで、家族に遊んできたあとの満足そうな顔を見せて。
「あ!!ずるい!バリア回数決めようよ!!」
「え〜しょうがねえなー!じゃあ三回にしよーぜ!」
次の日にはまた学校で会っておはようって言い合って。
「タッチ!!」
「バリア~!」
将来の夢に向かってキラキラと突き進んで。
「あ!!ずるい!バリア回数決めようよ!!」
「え〜しょうがねえなー!じゃあ三回にしよーぜ!」
それなのにこんなところに閉じ込められて。
「違うんじゃない?」
突然頭に声が響く。
「………え?」
「だってあなたはそうじゃないでしょう?だったらこのままでいいじゃん。違う?」
「っっっ!」
お腹の底がまるで氷水につけたみたいに冷たくなる。さっきまでの熱さが嘘のように空気が冷たく変わっていく。そのとおりだった。
私は………私は、こんなこと押し付けられる立場じゃないっ………
「でしょ?そう思うんなら諦めればいいじゃん」
「そ……………」
それでも。
「それは……!!できないっっ!!!」
思い切ってそう叫んだ瞬間、身体に熱が戻ってきた。
「試してもないのにっっ!!!私が失敗したからって、この子たちの未来を諦めたり!!!そんなこと、ぜっったいにできないっっ!!」
最初よりも何倍も熱い熱風が巻き起こる。
その熱が体の中にものすごい勢いで入ってくるようなそんな感覚がした。
身体に精一杯の力を込めて、黒い沼から足を上げた。
すると、目の前がものすごい光に包まれ、思わず目がくらむ。
ーガクッ
「……ん…うん…?」
ゆっくりと目を開けると、私は公園の地面に膝をついていた。
「なっちゃん!!大丈夫?」
「渚沙ちゃん……!!大丈夫?!」
「あれ……私…」
今、私、黒い沼の中にいたはずじゃ……
「お前、なんだよ……あのエナジーの量。」
「え………?」
「「……………。」」
私の反応に二人も真剣な表情で顔を見合わせている。何かまずかっただろうか。
「お前…ほんとに装置起動しただけか…?」
「そうだけど……」
「あれは………俺たちが普通に装置起動して、エナジー全部つぎ込んでも到底出せる力じゃなかった。」
「ど、どういうこと…?」
「僕たちにも分からない……それに、怪奇現象を払ったというかあれは…」
「…なっちゃん、身体は大丈夫なの?痛いところとか変なところはないの…?」
「ちょっとふらつくくらいで、あとは大丈夫。」
「そう………」
「とりあえず、基地に戻ろうか。」
「だな。自分じゃ気づけない体調不良とかもあるかも知んないし、ちゃんと休んだほうがいい。」
そう言ってみんな車に戻ろうとした。
「ちょ、ちょっとまって!!ここの時間は?!?!」
「それなら、お前のおかげで元通りだぜ。」
「ほら、なっちゃん!時計もちゃんと進んでるよ。」
「……ほんとだ。」
見ると、時計は三時一分前を示していた。
そこではたと気づく。
「そういえば鬼ごっこしてる子たちっ!!」
勢いよく振り返る。
「俺そろそろ帰るなー!!また明日校庭で鬼ごっこしようぜ!」
「うん!約束だぞ!!」
「じゃーな!!」
「じゃーなー!!」
「………進んでる…よかった……あ、あれ?」
公園の地面に水に濡れたようなシミができる。
私……泣いてる…?
「な、なんで、あれ、止まんない。」
慌てて涙をぬぐうが、次から次へと溢れて止まらなくなる。
「ご、ごめんなんか、」
「ふふ、なっちゃんは優しいんだね〜」
座り込んで泣く私の上に影ができる。
上を見上げると、桃華が優しい顔でのぞき込んでいた。
「……優しい?……私が…?なんで、」
「だって、話したこともないような他人のことにこんなに一生懸命になって泣けるんでしょー??」
「そんな…そんな立派なもんじゃn「そんなことない。なっちゃんはわかってないなぁ〜」
私の言葉を遮って発せられた桃華の言葉は思いのほか鋭く、真面目な響きで驚いたが、すぐにいつもの調子で言葉を紡ぎけらけらと笑っている。
「………。」
返す言葉が思いつかず黙って座り込んでいると、桃華が手を差し伸べてきた。
「はい!なっちゃん。」
「えっと……」
困っていると、視界にでかい図体が入ってくる。
「ほら、仲間に手を差し伸べられたらそれを取るのは義務なんだぜ。」
そう言って夕月も手を差し伸べてくれた。
「……あ、ありがとう。」
戸惑いながらも2人の手を取って立ち上がる。
「よーし!!疲れたからおいしいご飯食べるぞ〜!!お兄さんがお金を出してあげよう!」
「よっ律くん!!特事の金でかっこつけてるぞ!!」
「いいよ律くん!どうせ国のお金なのにかっこいいよ!!」
「えぇ、せっかく流石って思ったのに…」
「ちょっと二人ともしっ!しぃ〜っ!!」
もしかしたら。
もしかしたらだけど、私にもできることがあるのかもしれない…なんて思いながら騒がしい三人の後を追いかけた。
気がつけば、曇っていた空は気持ちの良い快晴になっていた。




