3.科学の秘密が通ります?!(2)
「人には見えないものが見えているだろう。」
「なんで……それを………」
…………………これは私が生きてきてこの方、たったの一度だって人に理解されたことも、相談したこともない秘密だ。
あなたは、幽霊や妖怪を見たことはあるだろうか。いや、そもそも見る見ない以前に信じている人のほうが少ないのではないかと思う。
単刀直入に言うと、私は物心ついたころから人ならざるものが見えるのだ。例えば、死んでしまったと聞いていた友達の家の文鳥だとか。なんだかよくわからない黒い靄だとか。
もう覚えているか怪しいほど幼いころ、市内の医療センターの精神科に通っていたことがある。親は原因不明の幻聴や幻覚がひどい私をひどく心配していた。実際それは触れられるものも多く、幻覚や幻聴ではないと思うのだが。
だが、察しは良いほうである。幼稚園に上がって友人関係が出来上がるころには、何も見えていない自分を演じるのが自分にとっても周りにとっても一番幸せであることが、嫌というほど分かっていた。病院の先生も両親も、年齢の経過で症状が治ったと思っているのだろう。
唯一の救いは、こいつらがそんなにうじゃうじゃといつでもどこでも現れるわけではないということだ。もう17年もの間こんな状態なのだから、たまに見かけるくらいならば驚くことはあるが生活に支障はない。
だから、今日はじめて出会ったこの人がそれを知っているはずがないのだ。というか、そもそもそんなものが存在している前提の問いかけをしていることがありえない。「信じているか、いないか」ではなく「見えているのだろう」と。
この人は私にそう聞いた。
美里さんは話を続ける。
「私たちは金融庁や防衛庁などと同じ内閣府の組織の一つ、特異事象対策庁だ。」
……聞いたことがない。私が怪訝そうな顔をしていると、美里さんはそれに頷きつつ口を開く。
「疑われるのも無理はない。私たち特異事象対策庁の存在は、政府の中でもほんの一部の人間しか知らない。一般人に情報が下りることはまずないだろう。」
「………。」
「………そして、私達の仕事は君の見ているそれらを対象とした、研究、情報操作、対応、その他諸々だ。」
「……?!ということは、美里さんやこの組織の人たちは私と同じものが見えているんですか…?」
「いや…残念ながらそうではない。ほとんどの人間は君の見ているようなものを見ることも触ることもできない。簡単に言うとエネルギーの種類が違うんだ。」
「じゃあなんで………」
「まあそう慌てるな。君の見ているものを我々は怪奇現象と呼んでいるが、世界で初めて起こったと言われている怪奇現象、通称01事件以来、すべての怪奇現象は国や国際機関に記録されているんだ。」
どうやって…?そもそもそんな事件聞いたこともない。
「俺らもこの説明受けたっけ…?」
「受けたよ!こんな大事な話も覚えてないなんて………そんなだからいつも買い忘ればっかり…」
「なんだその憐れむような眼は………それとこれとは話が別だろ!」
「ちょちょ、二人とも静かに!しー!」
………………全然関係ないけどさっきから外野が騒がしい。
美里さんは構わず話を続ける。
「しかし、ちょうど8年前、その事件に巻き込まれた者が、後天的に怪奇現象と同じエネルギーを持つようになる現象がアメリカで観測された。その後、日本やほかの国でも本当に稀ではあるが、同じような事例のものが現れた。このような人間は怪奇現象を見ることができるだけでなく、触れたり、時には言葉を交わすことも可能らしい。」
……………私と同じ……いや、厳密には私と同じじゃない。おそらく私のものは後天的になったのではなく、生まれたときからのもののはずだ。
「そこで各国はそのような人たちを特異体と呼び、国家公務員として採用していて、日常生活や精神面のケアを保障しつつも、研究対象として研究したり、怪奇現象が関わる事件や事故の解決を任せたりしている。これにはもちろん拒否権もある。日本で観測された特異体は現在三人だ。」
「え…………それってまさか……」
「そう、そこにいる私を呼びに来てくれた彼と、ナポリタンをのんきに食っていた二人だ。」
「……こんなに小さい子も国家公務員として…?」
「他国ではあまりない例だが、日本に関してはこちらで保護し、研究せざるを得ない理由がある。」
「.....?」
「…………………日本の特異体だけ、なぜか寿命が短いんだ。」
「…………?!」
「彼らは、もう3年程しか生きられない。そこで、急ぎ原因を突き止め、寿命を元に戻すため、やむを得ずこちらに協力してくれているのが現状だ。」
「…そ……んな……………」
………3年なんて、そんなの短すぎる。まだまだ先の長い人生だったはずなのに…………
その悲しみや絶望はどれほどなのだろうかと今一度彼らを見た。
いや……………………
めっちゃ興味なさそう。え?めっっっちゃ興味なさそう、というかそもそも聞いてなさそう。ナポリタンコンビが喧嘩してて、律さんがこまったようにそれを止めている光景が目に入る。自分の心配を返してほしい気持ちになり、思わず渋い顔をしてしまう。
「……………………気持ちはとても良くわかる。」
同じように彼らの方に視線を投げた美里さんは、これまた同じように渋い顔をしていた。
「………気を取り直して元の話に戻るが……渚沙君は今日ご婦人を道案内しただろう。」
「え…はい。なぜそれを………………?」
「ちょっとその時にもらった五百円玉を私に貸してくれないか。」
そう言って美里さんは手を差し出してきた。
恐る恐るその手に五百円玉を乗せる。
………が、
ーーチャリン
「………え」
五百円玉は美里さんの手をすり抜けて地面にぶつかり、乾いた金属音を立てた。
「これに関しては本当に偶然なのだが、あのご婦人は我々がちょうど追っていた怪奇現象だったのだよ。」
「……!」
……………今日出会ったおばあさんが怪奇現象だったことと、美里さんが本当に一般人だという事実に驚く。
「研究チームの管轄外で特異体を観測したのは、世界でも初めての事例だ。そのため、どうしても君にここに来てもらう必要があったんだよ。」
「初めて………」
「申し訳ないが、君の戸籍と身体のデータを寝ている間に確認させてもらった。データからエネルギーの結果が出るまでは、ここにとどまってもらわなくてはならない。その後のことは……我々からは強制できない。」
「…………。」
おそらくここに残り研究に協力するか、元の生活に戻るか、という話だろう。
「…………身体調査の結果は、どちらにせよあと一日半程度は時間を取ってしまう。その間、この施設は自由に使ってくれて構わない。ゆっくり考えてくれ。」
「…分かりました。」
「こちらの都合で振り回しておいて申し訳ない限りなのだが、私はこれから予定があるため、行かなくてはならない。ここにいる間は彼らを頼ってくれ。なあ、みんn……」
美里さんはそういって三人に呼びかけようとした…が、
「だいたい夕月くんはいつもそうやってあーだこーだ…」
「そもそもお前だってどーのこーの…」
いまだにもめ続けているのを見て
「…………はあ。すまない本当に…」
と申し訳なさそうにして部屋を出て行ってしまった。
…………………取り残された私はというと。
騒がしい三人を横目に今日の夜ご飯について思考を巡らせ、現実逃避するほかなかった。




