50 震え
「怖いよな、やっぱり」
チクが身を低くしたままマロンに言いました。チクは、手に青い粒を握り締めました。
「でも、このまま、此処にいたらダメだ」
チクが、点滅する警告灯のようにまばたきをします。マロンは、二粒を吐き出して手に握り締めました。涎で溶けていて、力を込めると粒が逃げ出しそうになりますが、手の真ん中に置いて揺るがないようにします。
「マロン、お前が来た鉄線の破れた所あるだろ」
「うん」
「あそこの下にトンネルを掘ったから、そこを通って森に行く」
「うん」
「プラムの樹の裏、少し窪みがあるから、そこまで行く」
「うん」
「止まらずに、行く」
「うん」
「どんなことがあっても、止まるなよ」
チクがマロンの返事がないので、目を覗き込みました。
「うん」と、マロンは顔を横に向けて言いました。それから、マロンは小さく息を吐いてチクに聞きます。
「あれは、アカトビ?」
チクは、マロンの髭が細かく震えているのがわかりました。
「うん、たぶん」
今度は、チクが震える息を吐き出します。
「俺たちは帰らなきゃならないよな」
チクが言うと、マロンは棒立ちになっていました。
「だろ?」
チクが念を押します。
「うん」
マロンの口からは、「うん」しか出てきません。チクは自分の肩を叩いて、マロンに体を低くするように教えます。チクは肩の骨が目立つほど頭を低くして、地に腹をつけました。
「いくぞ」
チクの後ろ足が土を小さく掘り起こして蹴りました。同時に、マロンの小さな声が聞こえました。
「待って」
「なんだよ」
チクがマロンへ頭を回して振り向きます。眉間に皺を三本も寄せていました。
「怖いよ」
マロンは血だらけの父さんを思い出していました。
「いいか、此処にいたら、必ずやられるぞ」
チクは続けて言います。
「今だって、トビは見つけているのかもしれない。でも、見つけていないかもしれないんだ。今なら逃げることもできるんだ」
マロンは、頭を上下に何度も振りました。脳ミソが揺さぶられて、考えが止まりました。
「いいか、俺の後ろをついてくるんだ。丈の高い草にぶつかるな。草を揺らさないんだ」
チクは、唇を噛むマロンを見つめます。
「何があっても、止まったらだめなんだぞ。わかるよな」
チクは空を上目遣いで睨みます。マロンは、両手に持っていた薬の粒を口に押し込みました。マロンは頬を膨らませ、チクの背中を見つめます。
チクが蛇のように静かに走り始めました。二人は、森の境界線を目指します。




