43 痛み
その日、僕が半身の寝がえりをして目を開けると、いつもより早い時間でした。恐らく、昨日の怪我したハリネズミがどうなっているか気になっていたのだと思います。寝床の側の目覚まし時計を手に取り確かめると、額に片腕を乗せて目を閉じました。それから、ベッドから身を起こしていきました。
僕は、通常朝食を食べません。五郎に朝ご飯をあげます。五郎が皿から顔を上げずに、息もつかずに食べ続ける間、僕は庭に面した窓際に立ち、常温の水を一杯ゆっくりと飲みます。僕は右膝に穴がある灰色のスウェットパンツを尻を下がり気味に履いていましたから、寝ぐせの髪と合わせると、まだ寝相から離れられない自分自身のままです。スリッパを引きずるようにして、足先を外に向けて投げやりに歩く僕は、ちょっと悪ぶれています。コップに、水を注ぐ時も、ポケットに片手を入れて、背を丸めています。内心そんな自分も気に入っているので、妙な気持ちなものです。こうして、何をしても斜に構えるような寝起きの僕でも、壁いっぱいの大きな窓から入る朝の光と遠くの森の緑や庭の草の茎の真っ直ぐな勢いを観ると、視線が上向いてくるのがわかります。薄いガラスのコップの縁に口をつけ水を含めば、乾いた内側が潤います。家の隅の段ボール箱の中に森から来た一匹がいること以外は、変わらない一日の始まりでした。身支度をして、五郎の散歩に出掛けます。
僕と五郎が帰って来ても、森からの訪問者が箱から出た様子はありません。五郎は、歩き疲れて皿の水を音を立てて飲んでいました。僕は、段ボールに近づいていきます。
「これで、いなかったら、笑うよなー」
僕は誰に話しかけるともなく言います。箱の蓋は昨日、きちんと閉じてはいませんでした。段ボールの耳のような蓋をひっくり返して、中を覗き込みます。
「あ、いるいる」
僕は自分が笑顔になっているのに驚きました。結構、ほくそ笑んでいる自分が、段ボールの縁に手をかけています。
マロンは白い明かりが見えて、目を細く開きました。そして、直ぐに目を閉じました。
「なんか、見ている、なんか、わらってもいる」
マロンは、心の中で言いました。そして、横になった側に顔をつけたまま、体を決して動かしませんでした。でも、自分でも気付かないうちに、手の指先を内側に折り込み握り締めていました。
「今、動くと、まずいような気がする」
マロンは、帽子の大男が自分を見ているのを感じていました。そのうち、段ボールが少し揺れ、その振動がマロンの身体に伝わりました。大男が縁から手を離したのです。マロンは薄目を開けます。
「あー、行った、いった」
少し起き上がり、鼻の下をのばして、今度はマロンが大男の世界を覗き込みます。でも、箱が深くて、大男が何処にいるかはわかりません。ブーツの足音は遠ざかり、この部屋からは聞こえませんでした。箱から見えるのは、白い天井だけです。マロンはまた体をゼリーのように横たえました。大男がいつ、覗き込んでくるかわからないのです。寝たふりが一番だとも知っていました。それに、お腹がとても痛みました。いままで、胡桃を食べ過ぎて、お腹が痛くなったことがありますが、それとは、比べ物にならないくらいの痛みでした。脈打つように痛みが走ります。マロンの目尻には、知らずに涙が溜まっていました。口が震えて、吐く息も細くなります。起き上がって、歩き回ることはできませんでした




